桑田春風

くわたしゅんぷう(1877-1935)

千葉県出身、早稲田大学卒。童謡の作詞・児童読み物に活躍した。


【早春の歌】

あゝ梅が香の匂ふとき
あゝ新草のもゆるとき
ながきみ冬の夢路より
春の野面はさめにけり

さめてうれしき佐保姫の
みどりの髪のわか柳は
おのづからなるいろそへて
遠き霞の幕曳きぬ

黄金の窒フうぐひすよ
いざ谷の戸を立ちいでゝ
ながあどもなき聲をあげ
初音やさしく歌へかし

小川よなれもあたゝかき
春のひかりにさそはれて
ゆるきしらべをかなでつゝ
さゞれあやおる波の面

それ鳥のこゑ水の音
いづれか春のうたならぬ
泉のひかりうす霞
いづれか春の彩ならぬ

たのしき春のうたをきゝ
めづらの春の彩を見て
たれか心の底ふかく
よする血汐を覺えざる

花しろ/\のうるはしき
ころのみ春のすがたかは
まだうら若き前髪の
やさしき春をめでよきみ

あゝ早春の野邊のいろ
こゝによろこび、のぞみあり
あゝ早春の物ごゝろ
そこにいのちの泉あり

空ながむればゆく雲の
みどりの海に帆をあげて
小草にそゝぐ春雨の
やがて降りつゝをやみつゝ

1899年2月「帝國文學」第5巻第2(第50)號収載


【聽蟲曲】

月は出でけり秋の夜の
空の明鏡(かゞみ)のらう/\と
うつる光のくまもなく
あふれみちたる野の面や

影を地に曳く唐黍(もろこし)の
うら葉をわたる風清(す)みて
秋は最中のけふ今宵
夜よし月よし虫もよし

歩めば草の露散りて
踏めば冷江たる白玉の
こぼれて花の香にしめば
酒を見ましや野の虫の

甘露の酒に醉ひしれて
しらぶる虫の音に聽けば
聲もよきかな伶人の
虫のすさみぞおもしろき

豆の葉かげの笛の音は
節調(ふし)懷かしききりぎりす
歌ふはそれか襤褸(つゞれ)させ
肩させ裾させ袂させ

小萩がもとに鈴虫の
鈴振りたてゝ和(あは)するは
鐘撞虫か小夜ふけて
誰れをまつ虫戀ゆゑか

風にや靡く旗すゝき
通う梭(をさ)の音つやゝかに
姿やさしき促機(はたおり)虫は
織るやいろ/\綾錦

さて轡虫草みゝず
風たのむてふ蓑虫も
ちゝよ/\と音もほそく
かなづる絲や八百千條

月の光にうかゞへば
歌のしらべにうちのりて
拍子揃へて註Uりて
舞ひ遊ぶこそをかしけれ

歌へば舞へばむつまじき
おのづからなる樂しさよ
野面を虫の國とせば
今宵はやすき治世なれや

搏(う)てばはたれば腥(なまぐさ)き
修羅の巷を遁れ來つ
月の光にさそはれて
しばし今宵ぞ長閑(のどか)なる

 耳を掩へば
    月に影あり
 耳を澄せば
    虫に歌あり

 風來れば
    聲そう/\(虫+曹)
 風去れば
    歌喞々(しよく/\)

 月にあゆみ
    虫に佇立み
 われしばし
    無象をたどる

 おもひあり
    うれひある身の
 そもこよひ
    莫愁の夜


【蟲の樂隊】

千草・八千草、乱れ咲きて、
 花を褥の夢おもしろと、
  おのずからなる虫の声々。
 チンチロリン、チンチロリン、
 スイッチョ、スイッチョ、
 ガシャガシャ、ガシャガシャ、
 ガシャガシャ、ガシャガシャ、
月ある夜半は
 秋の野面の楽隊おかし。

鈴虫・松虫・くつわ虫や、
 こおろぎ・馬追・鐘つき虫の、
  節もさまざま、歌に囃子に。
 チンチロリン、チンチロリン、
 スイッチョ、スイッチョ、
 ガシャガシャ、ガシャガシャ、
 ガシャガシャ、ガシャガシャ、
風なき夜半は
 秋の野面の楽隊おかし。


【蟲のこえ】

あれ松虫(まつむし)が 鳴いている
ちんちろちんちろ ちんちろりん
あれ鈴虫(すずむし)も 鳴き出した
りんりんりんりん りいんりん
秋の夜長(よなが)を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ

きりきりきりきり こおろぎや
がちゃがちゃがちゃがちゃ くつわ虫
あとから馬おい おいついて
ちょんちょんちょんちょん すいっちょん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ


【二宮金次郎】

一 
柴刈り繩なひ草鞋(わらぢ)をつくり、
  親の手を助(す)け弟(おとと)を世話し、
兄弟仲よく孝行つくす、
  手本は二宮金次郎。

二 
身を惜(をし)まず仕事をはげみ、
  夜なべ済まして手習読書、
せはしい中にも撓(たゆ)まず学ぶ、
  手本は二宮金次郎。


家業大事に費(つひえ)をはぶき、
  少しの物をも粗末にせずに、
遂には身を立て人をもすくふ、
  手本は二宮金次郎。

『尋常小学唱歌(ニ)』明治44年6月