【将軍】
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彼はまぎれもない将軍であつた
万軍を叱咤するために
彼は寧日もなかつた
部下は唯機械の様であつた
金ピカの肩章のために
万軍を叱咤する資格のために
一ふりのサーベルとして
彼は軍の目くぎであつた
ともかくも彼はうやまはれた
良い時期に彼は死んだ
まぎれもない将軍として
万軍の頭として
さきごろ冥土で彼はきいた
不思議な噂であつた
将軍達は誰かに叱咤され
監視されてゐる!
――あゝ世も末ぢや
そう云つたかどうか?
また彼はきいた
今や将軍は
万民を叱咤すると
(「車輪」 1937年4月號)
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(註)
■寧日=ねいじつ=心安まる平穏な日
【詩人に(自戒)】
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永遠に飢えて さすらふとも
強権の前に 膝を折るな。
発掘人足と共に 杯をあげるとも
刑吏と共に 道するな。
野の花を 冠となし
貝殻もて 胸を飾れ。
(1939年9月11日の日記より)
『倉橋顕吉詩集』より
【萌黄色ノ戎衣ニヨセテ】
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1.
ソレハタダチニ
素朴直接ナル自然ノ色デアル
星章ナク モールナク 綺羅ヲ飾ラズ
凡ソ事大ノ形式ニ遠ク
イキイキトツヨイ草ノ芽ノ隊伍デアル
2.
ソレハタダチニ
北支一帶ノ黄土デアル
滔々千年ノ黄河デアル
野ヲ匐ヒ
山巓ヲ過リ
ユクトコロ
土ニ民アリ
民ニ聲ナキ聲アリ
聲ハ萬丈ノ黄塵トナリ
膝ヲ没スル泥濘ト化シ
怒髪時ニ天ヲツク黄河ノ氾濫
3.
キノフ黄河ヲスギ
オルドスヲ越エ
北上 又
南轉
行程 幾月
シカモ
ユクトコロ
ツネニ民アリ
民ニ聲ナキ聲アリ
聲ナキ聲ニキキ
地底ノ憤リニキキ
北流シ
南シ
ソレハ古キ國土ヲ貫イテ流レ
ソコニ
長城ナク
堰堤ナク
1946.4.18 於 長春
(1947 「コスモス」 第8號収載)
【異境】
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包運霊柩と大きく刷り出したビラをよく街角の電柱な
どにみかける。北支から來た出稼人相手の死體運送業
である、満洲に來てゐる山東人の數は大變なものだし、
コツコツ金を貯めて歩き、死ねば棺桶のまゝ故郷へ歸
るの彼等の唯一の願ひだとすれば、これはなかなかい
ゝ金儲けにちがひない、尤も戦時下の輸送隘路は彼等
のしきたりにもひびき、手つとり早い現地處理がだん
だん普及してゆく。
康徳十年暮の或る日、ハルピン驛はづれの露天に、荒
縄かけ荷札うちつけた棺桶の一群が、しづかに汽車を
待つてゐるのを見た。
なかなかだな。
なかなかのやうだな。
荒縄かけた棺桶の動かぬ闇にのけぞつたまゝ、
おいてきぼりの夢たちがいふ。
まばらにのびたひげ。ゆるんだ唇。底ぬけの無心は天にもぬけ。
きいろく汚れた齒のあひまに、きりりと噛んだ没有法子。
うすくみひらいた瞳の まつげにゆれるきららは 山東の天。
とてつもなく明るい空だ。
唾や
洟汁や
西瓜のたね 取らし
流れて歩いた。
廿年 いや もつともつとだ。
うごかぬ一枚の天
北斗の軸だけが
ぐらりぐらり
揺れてゐた。
山東へ歸らう。
山東へ。
――流氓の垢の肌深くカチカチに凍つた郷愁よ。
きのふも
けふも
凍土を蹴つてすぎる轟々。
汽笛は天の群に喰ひ入り
うつろな耳のあなたにひびき。
ぼうぼうのうぶ毛
をさなげに
そよぐばかりだ
(1947 「綜合文化」 10月號収載)
【爪】
▼
洪水や
戦争や
飢ゑ
國ほろび禮教は埋もれ
山河の悠久。
ぎりぎりの人事の底を
アイヤア
アイヤア
さけびながら
爪はうろついた。
かくれがのないじぶんの運命を
さいころのように
はじきながら。
爪はしだいに硬くなり
ふかぶかと暗Kをたたへ。
生甲斐なんかも識つていそうで。
夢中になって虱を逐ひ、うつとりと小銭をならし。
なかなかふつきれぬ洟汁をもて餘しては照れたりした。
ムラサキハシドヒの蕾ほども
可憐な爪の
ためいきや
つぶやき。
あぶくのやうに
ただよい流れるのを
さわがしい世界の巨きな沈黙が
きいてゐた。
(1947 「綜合文化」 10月號収載)
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