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今野大力

こんのだいりき(1904-1935)

宮城県生まれ。1921年、北海道旭川郵便局に勤務。この頃から詩を書き始め、生田春月の主宰する詩誌
『文芸通報』に作品を発表する。12月『大阪毎日』の一万号紀念懸賞に投稿した詩が入選(選者は生田
春月)。1923年『文芸通報』の後身である『詩と人生』の社友となる。旭川新聞などに活発に詩を発表。
この頃、
小熊秀雄と知り合う。1926年、プロレタリア文学運動への関心を強める。1927年2月 小熊秀雄
らと詩誌『円筒帽』を創刊。(2号で廃刊)3月ごろ上京。四ツ谷郵便局や本郷郵便局に勤務。1928年、プ
ロレタリア文学関係の機関誌『戦旗』が創刊。その発禁が郵便局へ伝えられることから関心をもつ。上
京してきた小熊秀雄宅に同居。1930年、
今村恒夫らとともに「日本プロレタリア作家同盟」に加盟。ソ
連から帰国した
宮本百合子と知り合う。1931年、日本共産党青年同盟に加盟。1932年、当局に検挙され
留置、拷問を受けそれがもとで中耳炎で重態。脳膜炎を併発し入院。1933年、小林多喜二と今村恒夫が
逮捕され、拷問で死去。また宮本顕治が逮捕、翌年に宮本百合子が検挙される。
                    /『
今野大力・今村恒夫詩集』新日本出版社(1979)』より


【鱒の話】

濃緑のあかだもの木下にて
三十を越えた
四十あまりの人の話をきく
二十余年北国の地に流浪して
絶えず山水に親しみながら
生活を続けて来た人の話である
面は陽に赫けている
ひげはおとなしくあご一面に
ぼうぼうと生えている
アイヌとも妥協して
或は独木(まるき)舟に乗り激流をさか上った
事もあると言う
熊狩りに魚捕りに
野に山に宿した事もあると言う
長い半生にありし物語の
さも面白そうな話ぶり

ちょうど今頃である
雌と雄の二疋の鱒が
だんだんと小川をさか上って来る
彼らは卵を生む為めに
遠い川下から来て
日当りのいい浅瀬に
雄が尻尾をもて砂を掘り
雌に卵を生ませ
自分の白子をふきかけて
砂と共によくからみ
そして元の如くに装いて
雄は再び川へ帰ってゆくけれども
雌はそれを最後に
最早すべてを失って
死につつ浪のまにまに
流れてゆくと
そうして二疋の鱒は
卵を生む為めに命を懸けて
清い流れを求めつつ
上下している
自分らは親しくそれを見て
再び彼らを捕る事が出来なかったと

やさしいあたたかい内地人の性格で
その人は語った
ああ涙ぐましい話ではないか
愛のために生命のために
殉ずる彼の魚達の行いを
人の心として見るとき
そはまことに美しい愛の発露である
                        1923.6

【拾った詩】

なぜか知ら
そぞろ歩みに誘われて
私もお祭りに加わります
誰ひとり街はずれのお宮へなぞゆくものですか
みんなはこうして
涼しい夏の夜の風を浴びながら
当どもなく華やかな灯の下を
さまよいます
     *
師団道路なんて
何て無意味な名前でしょう
面白可笑な人にもあい
一寸横丁へよれてごらん
音もない光りもない
夜半の神秘がねています。
未来派ならば
何と表現するでしょう
女、首、しな、ひとみ、赤坊
男、香水、めがね、煙草
花電気、太鼓、かね、笛
笑いましょうか
唄いましょうか
泣きましょうか
     *
祭りはまちに燃えるのろしです
一団高く、一年に一度の
天にまけよかし見よかし
祈る一つの灯です。
     *
あららっこれはしまった
あれが誰ですあの人でなくって
そうだねこれはしまった
さよならやあおや
何の真似でもせなけりゃならぬ
私の顔が疲れたろう
まちを歩けばこんなにも
おぼえた人がいるのです
そうして忘れているのです
     *
やぶ屋敷、活動人形、軽業師
見せ物からくり
ごっちゃごちゃ
まぜてかえてゆきましょうか
すりが鋏を持っていましょう
     *
灯のまちの尊さは
どんな処にあるか知ら
屹度お宮にあるんだろう
天の岩戸の踊りなら
神様さえもそろそろと
扉を開いて来ましょうよ
     *
忘れていましたお祭りは
商人が金をもうける手段です


【所有】

あらゆる所有の王国に呪いあれ
     *
万民平等なる母体の胎児たりし時
卿等(おんみら)に所有の観念の兆せしや否や
我古代より現代に至る
社会の変遷による人々の苦悩は
個人があやまれる自由の曲訳により
所有の観念のあやまれる故なりと断ずるなり

     *
自由とは何ぞや
     *
あらゆる個人の所有を許さざる万民平等の時
神人(しんじん)等が私慾の一点も加えられざる処
これあるのみ
     *
我ここに按ずるに
所有の生みなせる処の
社会の空中に燦然たる
電波線前面に
大玻璃板(だいはりはん)を設(しつ)らえ
これを中断せずんばあるべからず云々

       我拙なき咏嘆を東京の詩人凉木優輝兄におくる――
+------------+
(註)
 ■大玻璃板=巨大な板ガラス


【一疋の昆虫】

一疋の足の細長い昆虫が明るい南の窓から入ってきた
昆虫の目指すは北 薄暗い北
病室の汚れひびわれたコンクリートの部厚い壁
この病室には北側にドアーがありいつも南よりはずっと暗い

昆虫は北方へ出口を見出そうとする
天井と北側の壁の白堊を叩いて
ああ幾度往復しても見出されぬ出口
もう三尺下ってドアーの開いている時だけが
昆虫が北へぬける唯一の機会だが
昆虫には機会がわからず
三尺下ればということもわからぬ
一日、二日、三日まだ北へ出口を求める昆虫は羽ばたき羽ばたき
日を暮す
南の方へ帰ることを忘れたか
それともいかに寒く薄暗い北であろうと
あるのぞみをかけた方向は捨てられぬのか

私は病室に想う一疋の昆虫の
たゆまぬ努力、或は無智
                        1935.5.7


【土の上で】

  ――私が私自身に言う言葉――

おまえはまだ立っているか
力強く立っていようとするか
風は吹いても地はゆらいでも
おまえはまだ立っていようと願いるか
     *
久し振りで地に親しむ事の出来た
土へのおまえの愛は
まことに美しいものだ
けれども今はおまえの執着は
おそろしいものだ
     *
あくまで地に立っている事は
あくまで反逆の意味がふくまれている、真実に地を愛し慕うならば
おまえは立つ事を
やめねばならない
おとなしく大地のふところに
横たわらなければならない
     *
立つ事は不自然だ
捨て樣として捨て得ない
みれんなみにくい執着だ
おおおまえは安らかに
このすべての母なる
土の上で静かに
休む事を願わないか
                        1923.3


【亜米利加】

アメリカは正義人道を看板にして
非道な国際を売ってしまった
排日は夢の日本に対するにくしみだ、あなどりだ
夢も幻ももたない
トラウベル、ホイットマンを理想の詩人に祭りあげたアメリカ人
資産の外にはのぞみもない彼等は
貧しい夢の日本なぞ用もない
あたり前の成行きだ
ああ、ただ悲しい事実がある
それは偽られた同胞のクリスチャンだ
アメリカが偉そうにするもんだから
そうかしらと思って信じた
それが一枚看板をはいで終えば
そこには愛もなく正義もなく人道もなく
只ある、さもしい勝手なみにくい
資本主義の曠大な陸地だった


【未婚婦人】

     1
未婚婦人の魅惑に対して私は今日本の未婚婦人へ散文を書送る。

     2
未婚婦人はそが暁近き薔薇色の感情に高揚されて
浪漫主義的な、華やかに悩ましき春宵の恋を夢む
おお恋!
彼女等の夢なる!
幻の如く描かれて
現実の白日には霧の如く消ゆる
霧には彩る虹を写すとも
彼女等の勝利は遠く
人生の花園への路傍に
掠め奪わるる夢想の描き手。
     3
私は未婚婦人のみわくに感ずる、
未婚婦人はそが未だ奪われざる真珠を抱く未婚婦人は未だゆかざる途上の人
未婚婦人は純情を愛し、純情の世界を語る未婚婦人は智識を愛し、旋律の中に
 動く、そして未婚婦人の思想は小市民―小ブルジョア
     4
彼女等の胸にひそめるは性的差別の笞(しもと)に打たれて、少女
パンドラの快想
 を盗む曲者
彼女卿等(おんみら)が故なき故の刑罰の靴下を潜りその純情の意識に導かれて
 階級的抑圧に美しき嵐の如く目覚めよ!
     5
未婚婦人は未だ許さざるの権威者
かつこの未婚婦人は平凡な男へ追従に堕落して
自らの権威を蹂躙せしめ、自らを縛し、あまつさえ彼女卿等の唯一の鍵を渡す
     6
未婚婦人に告げて
卿等の夢を粉砕しようと想わない
『卿等の夢は歴史に永き神経衰弱者としての卿等に与られた魔酔薬の作用である。』
プロレタリアはいう
『卿等未婚婦人は男性への高尚なる極めて自由な玩具である。』
     7
未婚婦人が来るべき世界に投かけて
あえかにも弾(かな)でらるる夢は?
自らを畜産場として
自らを滅ぼし男性への不可抗の檻を自らに購(あがな)い作るを知るや?
そが夢みる楽園(ぱらだいす)は生と死を懸けて
空象意識、クリスト神と契約する天上にはあらずして
永遠に――種落て花咲き実地上の人間の社会にあるを。
記憶せよ!
夢みる未婚婦人は、そが暁に未だ立たざるゆえに。
その純情を愛せられ、みわくとなる。
     8
卿ら未婚婦人に告ぐる
革命の炎を青春のその赤き心臓に秘めよ!
卿等未婚婦人は至高の権威を十字に結び正しきわれらが歴史的使命にめざめて
 血みどろに戦われる
プロレタリアの勝利を助けよ!
しかして至る処、われらが戦線の防塁たれ。

(午前四時薄明の近づく頃)

 [註]ヴェデキンドの作『春の目ざめ』の中の少女、彼女は性愛を未だ知らず、
    異性に鞭打たれることを嬉こんだ。