【なみまくら】
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あかつきちかくなみさわぐ、
ふじの川戸のうすぎりに、
たゝずむわれはさながらに、
あまつみくににのぼりしを。
たかねのみゆきゆめにすら、
むすばれぬ身のかなしさは、
くれてさびしきすなはまに、
またちりひぢにまよひつゝ。
さすがともへのたよりには、
たのしきたびとしるせしが、
世にえにしなきおのがみは、
やみにやいつか落ちぬべき。
西へとゞろくゆふぎしやの、
けぶりこめたる小まつばら、
葉ごしにかよふなみのねに、
けふもくれゆく田子のうら。
むかしのゆめをたまくらに、
こよひはいそにやど借らむ、
くもりしむねの晴るゝまで、
つきよ照れかしよもすがら。1899年11月「文庫」第13巻第4號
【戀】
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こしばがくれを
よろ/\と
よろぼひいでし
こすゞめの
むねにさゝりし
ふきやこそ
わがつみふかき
しわざなれ
たゞたはぶれの
すさびとて
かろくふきたる
そやなれど
ほそきやじりは
するどくも
かよはき心臓(むね)を
つらぬけり
むねのにこげの
ふかければ
ちしほのいろは
みえずとも
うけたるきずの
いつのひか
いえんとすらん
こすゞめよ
1902年1月「文庫」第19巻第3號
【燭の火】
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樂譜(のーと)の象(かた)の分かぬまで
焔みだるゝ蝋燭の
弱き光は薄雲の
暮れ行く色を見るごとく
しづかに室をゆきかひぬ
上にかけたる油繪の
千草の花の紅(くれなゐ)を
光仄かに隈どりて
眞中に立てる少女子の
衣(きぬ)の白きにまぎれたり
青磁の瓶の水あげて
花蘇がへる水仙の
清しき香り葉を出でゝ
ピアノにむかふ妹の
小さき姿をつゝむかな
「わがたましひよ
窒あげて
あまつみくにに
たちむかへ
日月もつちも
みなほろびん
かけりすゝみて
みざにゆけ」
天つ港も程近き
ヨルダム川の浪荒れて
中瀬になづむ渡し舟
それかとばかり燭の火の
風立つまゝにゆられつゝ
1903年2月「文庫」第22巻第4號
【夜情】
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波間をてらす星影は
ゆふべ/\に冷やかに
露は聲なく野に零(お)ちて
秋とはなりし駿河路や
天の川原の金風に
戀の花草咲きちらふ
七夕頃となりぬれば
物思ふ事のしげきかな
駿河の南、富士の裙
白濱近き庵なれば
あしたゆふべの窓の外
烟も通ひ濤もゆく
田子の浦曲の夕凪ぎに
今宵は汐も高からず
紛るかたなく秋虫の
鈴振る聲のきこえけり
草の苑生に水打てば
こはさながらの露の庭
槙の葉蔭のすゞ風に
たゞひとりなる端居かな
愁の前に眺むれば
磯につらなる松原も
野邊送りするひとむれの
行くが如くに見えにけり
悲しきむねに仰ぎては
檐にいざよふ夕月も
顔蒼白きやまうどの
われにのぞむと思ひけり
宿場(しゆく)に求めし七草の
花を描きし小灯籠
淡き光の蔭にして
ふけゆく程をゆめみたり
1903年11月「文庫」第24巻第4號
【みじか夜】
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古りし代の 名ある畫匠(たくみ)が
筆の彩 刷毛の匂の
とり/゛\に 競(き)ほふ畫の巻
みじか夜を 見れどもあかぬ
オレンジの 花咲く邦に
髪長く 生れしひとは
繪に見えし 姿ながらに
その夜半の 枕に立ちぬ
亡き人に 似たりとばかり
何氣なく 見つる肖像(ゑすがた)
畫にあらぬ 畫とはうかびて
今こゝに 立てる少女よ
星の夜の 闇を透かして
白蓮の 花を見るごと
輪廓(かたち)のみ 目にはうつりて
物象(ものみな)は さだかに見えず
殘燈(ありあけ)の くらき光は
青沼に たゞよふ月か
燐火(おにび)よぶ つめたき風の
わが襟を 吹くと見しとき
名のれよと 喚べども告らぬ
俤の 人はうすれて
機械場の 笛のひゞきに
しら/゛\と 夜は明けにけり
1905年9月「文庫」第29巻第5號
【飄遊】
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舟はつる泊(とまり)もしらに
大海に漂ふ白水郎(あま)か
秋七日ところ定めぬ
さすらひの陸奥(みちのく)の旅
末枯(うらか)れし古城(ふるき)の跡に
草藉(し)きて昔忍びし
きのふにはきのふの思
けふもまた夕(ゆふべ)となりぬ
夕日影黍の帆末を
辷(すべ)るごとうすれ行くとき
ひよ鳥の聲一しきり
唐松の林に騒ぐ
名も知らぬ川につたひて
遠里の灯影をたのむ
行くれし旅の子ひとり
金風(あきかぜ)を袖にいたみぬ
夕月の仄かの光
行くかたのわが野を照らせ
夕されば露の千草に
ほそ/゛\と奥の細道
1906年3月「藝苑」第1年巻第3號
【故徑】
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白楊(はこやぎ)の細葉をもれて
夕日影草にしたゝる
川添のふるき徑(こみち)に
春深き思(おもひ)を辿る
ひと葉川堤を西に
うち煙る大野の末は
たゞなはる遠(とほ)の山々
桔梗の紫うすし
崩れたる水城(みづき)の墟(あと)に
ひた/\と汐さす如く
寂寥(さびしさ)は傷(やぶ)れし胸に
おのづから寄せて聲あり
楊梅(やまもゝ)の花咲く春を
ふたりして分けたる徑
野分だつ秋のゆふべを
うち連れて歸りし徑
いつとせの春はめぐりて
いつとせの夢は流れぬ
おもひでは此(この)ほそ路か
斷(た)えてまた幽かに續く
野は暮れぬ心もくれて
眺めやる方ははろ/゛\
天(そら)の海、さゞなみ雲の
さゞなみに浮ぶゆふ月
1906年4月「藝苑」第1年巻第4號
【月夜ばら】
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あゆむとすれば双袖(もろそで)に
散りてみだるゝばらの花
春くれがたの月の夜を
緑の園に君を見ぬ
若葉の風の清(すゞ)しさに
樗(あふち)のもとに君立てば
葉越の月の光(かげ)さして
霜とこぼれぬ弱肩に
處も知らず世もしらず
夢より淡き瞬間(つかのま)を
みそらに月はかすみたり
地に白ばらは熏りたり
それより遠くいや遠く
さかりて千夜と距(へだ)つれど
仄かに白きおもひでは
皐月一夜の月夜ばら
1906年4月「藝苑」第1年巻第4號
【雲珠櫻】
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小丹塗(さにぬり)にほふ金堂は
舊(ふ)りし繪巻に殘れども
今その跡はわか草の
けぶれるまゝに春たけぬ
ひと夜比叡の山颪(おろし)
洛中火焔(ほのほ)みだれ飛び
霜夜の空に一山(いちざん)は
炎上(おんじやう)せしと云ひ傅ふ
この日たま/\訪(と)ひ寄りて
懐古の情(こゝろ)うごけども
礎朽ちし草むらの
董によせん歌もなし
袙(あこめ)姿のあいだれて
眉清らなる院の兒(ちご)
落花(らくくわ)に遊ぶ――とみる間に
陽炎の夢くづれしか
見る目に眩(は)ゆくきらゝかに
紅(くれなゐ)匂ふふたもとの
ありしその日の雲珠櫻(うずざくら)
今を春方(はるべ)と咲ききほふ
ふるき藝術(たくみ)の鑿の香は
散りて跡なくなりぬれど
新らしき日の光より
咲きこぼれたる花を身よ
現在(いま)の生命に醉ふぞよき
ふるきは問ふ勿(な)、とばかり
廢寺の春に傲るなる
これやかたみの雲珠櫻
1906年5月「藝苑」第1年巻第5號
【花御堂】
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花仄かなる花御堂
こよひ鈴(れい)の音しきりにて
まばゆき燭の數々に
人はかゞやきまされども
さしぐむ目(まみ)の切なさに
御像のもとを逃れいで
さびしき庫裏の壁に凭(よ)り
遠(をち)かた人を思ひ佗ぶ
大慈大悲の月かげも
朧(おぼ)めく空のうす曇
卯月はじめの宵の間を
花木蓮の香ぞゆらぐ
ほの聞くそらのたよりには
君は深山のふる寺に
止観の水に澄む月の
深くも辿る法(のり)の道
われはかひなき乙女子の
山かげ草のうら枯れて
君ますかたに靡き伏し
夕の風に泣きまどふ
はつかに見しは沈丁花
はかなき春の夜なりしが
その玉ゆらの俤ぞ
われに久遠のいのちなる
また一しきり鈴の音の
わが魂をふりみだし
春のひと夜はおもひでの
涙ながらにふけゆきぬ
1906年5月「藝苑」第1年巻第5號
【驛車】
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斯かる夜の旅の哀を
物語る路づれもなく
ひとり凭(よ)る車の隅に
追懷(おもひで)の夢の數々
螢飛ぶ小田を離れて
路は今山蔭に入る
百合の香も霧にしめりて
山寂びし赤松林
來し方に聳ゆる影を
淺間嶺と知らるゝばかり
千曲川、光れる水脈(みを)も
七折(なゝをれ)の坂に隔てぬ
かくて暮れかくてさすらひ
一夏を旅より旅に
絹を賣る習慣(ならひ)悲しき
北國のわれは商人(あきんど)
いたつきの床に惱める
故さとの妻の面容(おもざし)
蒼白きこよひの月に
影となり空に浮べり
その月の弱き光よ
並み續く桑のむら葉に
怯(お)ぢ樣に震ひをのゝき
玻璃窓を低くうかがふ
ちぎれ飛ぶ暴風(はやち)の雲に
折々に變る夜の景(さま)
信濃路は八月はやく
秋空の氣色を見せぬ
岩道の車のきしり
渓川(たにかは)の聲に應へて
絶間なきものゝとゞろき
絶間なく心を刻む
赤き灯の靄に動ける
驛近く馬車は來れり
むねを裂く喇叭の響
山々の夜深き天(そら)に
ふたゝび三たび
1906年8月「藝苑」第1年巻第8號
【磯の夢】
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かへりみる岸のかた
叫喚の聲すごく
空を燒く火の柱
捲き狂ふたゞ中に
崩れ落つ、天主閣。
かしこしと寄手勢
亂聲(らんじやう)の勝鬨に
落城もまのあたり。
舟なるは本丸の
一の姫、琴抱へ
はらゝ髪、うつゝなく
舟底にころび伏す。
櫂とるは近習の
みづ/\し美少とて
此城にすぐれたる
横笛(やうでふ)の器量なり。
ふたりゆくうれしさは
若き星眉に照り
落ちてゆく悲しさは
秋の汐袖に散る。
はて知らぬ思して
はて知らに舟はゆく。
大空も波の上も
一色(ひといろ)の闇の海。
おどろしき夜をこめて
漕ぎ迷ふ一えふの
扁舟(はしふね)のゆく方は
海底の阿古屋珠
きらゝかに光(かげ)さして
水脉(みを)遠くしるべせむ。
潮曇る沖はるか
舟は今水隠(みかく)れぬ。
琴笛(いとたけ)のしらべかと
夢にきく松の風
浪の聲。夜はふけぬ。――
空想(おもひ)よりふとさめて
岩蔭にわれ立てば
千本松(ちもとまつ)月落ちて
眞夜中のみちしほに
波さやぐ駿(すん)の海。
1906年12月「藝苑」第1年巻第12號
【落ちる葉】
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ばさり!と桐の葉が落ちる。
遠い國へ
旅立ちでもするやうに。
又一葉、ばさりと
故里へ
歸つてでも往くやうに。
「現代日本詩集」(改造社版『現代日本文學全集』所収)より
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