【菊水川】
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天に詩の神、照鑑す、
地に詩の国を、加護せや、
我が故里の、清き川、
菊の雫を流すとや。
文星連なる、雲井より、
七つの星の、一つ堕ち、
菊に滴る、玉となり、
地に透き光る、誰が形。
生ぶ衣縫ひし、黄(きな)木綿、
晒らし染めにし、其色ぞ、
菊の天より、吸ひ溜めし、
蕋の液をば、浸すとぞ。
百々瀬に水は、石をせき、
渦なす流れ、滝となり、
釣天楽の、谷深み、
無絃の琴は、微かなり。
蒲公英董、手に摘みし、
古りにし岸のさゞれ石、
川清ければ、苔蒸さず、
水晶の如く、底白し。
野山十里を貫きて、
城郭遶(め)ぐる、玉の帯、
春の大鱒、夏の鮎、
銀鱗跳ぬる、幾千尾。
百瀑かゝる、谷邃(ふか)く、
大輪の花房、群れ乱る、
鬱金黄なる、玉の露、
尚ほ滴りて、瀬に流る。
布を晒せば、絹となり、
酒を造れば、香ばしゝ、
其水飲めば、病なく、
人の寿命を、延つべし。
冽なる流れ、甘き水、
掬びつ飲みつ、浴みしつ、
茲に魚釣り、田に漑ぎ、
其稲炊ぎ、我れ食みつ。
肉も血も此の、水を沁み、
露の清きを、みなぎらす、
骨も膚も、汚れなく、
瀬に鍛はれて、玉をなす。
詩神は清き、身にやどる、
腋に雫の、香を浮かせ、
胸に涵ふる、黄の色、
是れ詩の神や、護りませ。
神の囁き、天つ歌、
揺籃以来、聞く久し、
日を指し金の、車とす、
愚にして我に、詩才なし。
耽り初めたる、句の調べ、
翡翠の羽の、たゞ軽く、
石千鈞を、あげんには、
力のなくて、地にすだく。
涼しき心、火にもえて、
脈に血汐の、走しる音、
沙漠にあさる、宝石(たからいし)、
覓(もと)めぬ駱駝の、足の跡。
『恋に狂ふか、何故に、
さは悩むや』と、嘲られ、
魔神の口に、咀はれて、
迷楼に惑ふ、独り我れ。
真珠を采れる、夷人、
日に護る顆の、数知らず。
詩に苦しめる、日もすがら、
瓦磨けど、艶あらず。
『筆折らばやな』、『暫し待て』、
光なき石、くだき身よ。
菊の雫や、泡の痕、
欠目に綾の、妙へなるよ。
菊の玉蕋、其雫、
硯薫じて、香ばしも、
此瀬の流れ、せめて今、
我が故里の、片見かも。
鉄のからくり、山うがち、
地底に銀の、石孕み、
鉛の汗は、溢(ふ)れ注ぎ、
菊水濁る、我が恨。
メルトン式の、水車、
轟きめぐる、野に今や、
電気もえ立つ、菊の水、
雫流るや、流れずや。
(我故里の野を流るゝ犀川は、一の名を菊水川と呼び、
金沢城の西南を流る。予久しく外に在り、故郷を思
ふ毎に、此川は偲ばれぬ。今江上に住みて、そゞろ
此川の恋しければ、はしなく此歌をものしけり)
【侠客行】
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緒占に弾く、髪立ちて、
電如き、目の光、
金燭爛たる、大廣間。
腰に佩(は)きたる、長劒、
十歩に一人、斬り殺し、
千里に一の、敵やある、
衣を拂へば、腥(なまぐさ)し。
客三千の、並ぶ席、
誰れ上客ぞ、年七十、
守門の衞士、一老爺、
満座の客は、舌を巻く。
珠の車に、迎ひ來し、
客を彫める、牀に引き、
大杯捧げ、跪く、
魏國の公子、信陵君。
虎狼の秦氏、趙を撃ち、
夜長平の、陷し坑、
屠殺の惡魔、血にたけり、
邯鄲城は、はや落ちん。
魏の援軍は、野を蔽ひ、
業の都に、陣すれど、 (業+?)
魏王は秦に、嚇されて、
將軍進み、戰はず。
虎の割符は、宮深く、
祕めて在りとや、偸(ぬす)み得ん。
姫の讐人、刺して請ふ、
姫感激し、符を授く。
業の陣所に、駈けて入る、
上客朱亥、袖の中、
鐵錐重さ、四十斤、
將軍頭、撃ち摧く。
軍を奪ひて、號令し、
拍ち出す兵皷は、野に震ふ、
秦人旗を、顧みて、
怖れて圍、解き去りぬ。
「秦を帝とし、尊びて、
之れに事へ」と、誰れか言ふ、
彼れが玉冕、碎かばや、
我が鐵錐の。敵ならじ。
頭一たび、縦てに振り、
秦氏の山河、裂けしとや、
守門の衞士、屠者朱亥、
死して侠骨、香ばしゝ。
陰符を讀みし、窮書生、
縦横術は、拙なりき。
秦氏のコを、石に鐫(ほ)り、
朕と言はせし、何の?ぞ。
【湘君怨】
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風嫋嫋の、秋を吹き、
波洞庭に、襞を織り、
木は蕭蕭の、葉を落し、
雲に猩猩の、狂ふとぞ。
水瀟湘の、江に淺く、
蘋(うきくさ)浮きて、蘭秀で、
渚に草の、香ばしく、
尾花の露に、玉は散る。
蒼梧の野にぞ、君逝きし、
九疑の山は、雨醸もす、
帝の二た姫、溺れ死し、
湘長く、怨あり。
佳人の召べば、我れ往きて、
水の眞中に、住まばやな、
荷葉を屋根に、藻の戸張、
芙蓉の柱、蘿(つた)の苫。
蓮(はちす)の花を、舟となし、
桂の枝を、櫂に漕ぎ、
佳人の宮居、音づれて、
盡きぬ怨を、慰めん。
菖蒲を綴る、我が衣、
杜若を佩(は)きて、帶に巻き、
波踏み分けて、我れ行かん、
湘君二人、居ます宮。
帝の二た姫、湖の央(なかば)、
緑の雲に、泣き盡くし、
波間に遠く、見え失せて、
蘆の葉そよぐ、音のみぞ。
蒼梧の山は、崩るとも、
湘浦の水は、あするとも、
斑らの竹に、恨あり、
涙痕消えなん、時あらじ。
【王昭君】
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漢宮
未央の宮を、彩どりて、
霞棚引く、七重八重、
雲井に、栢梁台は立ち、
蜚廉の神は、天に舞ふ。
懸棟飛閣、五歩十歩、
輦道複道、空に架し、
虹は碧瓦の、上を曳く、
誰れ迷宮の、奥を知る。
宮媛
花の顔、雲の鬢、
春殿閉ざす、三千姫、
化粧の膏は、溝に充ち、
脂粉の川を、なせしとや。
艶ある花に、愧(は)ぢ妬み、
鏡を啓く、玉の匳(れん)、
蛾眉を画ける、刷毛の痕、
召びます夜をば、数へ待つ。
四宝宮
七宝の臥牀、繍几帳、
玉座に真近く、美を誇り、
雑宝案を、前に置く、
孔雀の蓆(むしろ)、敷く上に。
宝の屏風、立て廻はし、
列宝帳を掛け並べ、
四つの宝の、宮といふ、
侍べらん姫を、誰とせん。
絵像
『姫三千の、絵の形、
典侍を択ぶ』命せあり、
絵像を造くる、其価、
十万金と、申すあり。
黄金転化の、力とや、
腐唇に色づく、桃の花、
靨(えくぼ)新たに、生へしあり、
絵像にやつる、宮仕ひ。
明星
鬢も理めず、懶しとて、
紅筆取らず、つくらはず、
されど蓮の、香を含み、
秋水出でし、艶の色。
『絵入の巧み、借らずとも、
夕づゝよりも、浄き我れ、
真の姿を、見そなはせ、
絵図醜(みに)くは、かゝるとも。』
純金
日は蔽はれて、萎ぼむ花、
海棠雨の、いや暗らし。
選みに泄(も)れし、沙の底、
純金光り、透きとほる。
梟は玉の籠に棲み、
鶴羽衣の、恨あり、
美人哭して、君知らず、
ほつれ毛撫づる、うとましさ。
胡人配
匈奴の使者は、入覯し、
『内姫を賜へ』と、上奏す。
帝は親ら、絵を案じ、
醜き一人、選りましぬ。
『沙漠万里に、とつぎ行け、』
勅命下る、内の宮。
猛き美人は、ためらはず、
胡地に行くをば、諾ひぬ。
驚愕
錦の幔(まく)を、打ち廻はし、
朱雀の幟、龍の旗、
御階の前に、跪づき、
匈奴の使者は、命を待つ。
是れ蓬莱の、織女かも、
是れ藐射姑(はこやのやま)の、神姫かも、
涼しき目には、決意あり、
帝の愕き、いかばかり。
噬臍
帝は悔しく、思ほせど、
『国の信義は、重からめ、
一たび行くと、諾ひし、
舌乾かぬを、奈何にせん』
帝の勧めは、切なれど、
美人は聞かず、『此身こそ、
毛よりも軽し、国重し、』
絵図に誤り、ありしとも。
烈女
『絵に偽りの、ありし』とて、
帝の赫怒は、啻(ただ)ならず、
絵人五人は、棄市せらる、
されど美人は、意を枉げず。
かよわき腕、馬の脊に、
万里都の、暇乞ひ、
黄河は天より、奔流し、
胡地に峙立つ、五台嶺。
漠北
祈連の山は、帯をなし、
沙漠の天に、連りて、
績ぐや霧の、色黄也、
燕支はいづこ、雲迷ふ。
駱駝の游ぶ、大荒野、
穹窿形の、幕の廬(いほ)、
千草の末に、見るも罕(ま)れ、
我が居寝るべき、宮是れか。
琵琶
一たび去らば、胡地の妻、
都にいつか、還るべき、
力なき手に、撥を取る、
馬上の琵琶に、神泣かん。
東の海に、出づる月、
甘泉殿の、屋根の棟、
空幾たゝび、照らすとも、
明妃は還らず、玉門関。
雪花
蓆の如き、雲の片、
銀の花とぶ、燕支山、
雪より出でゝ、雪に入る、
日に漢代の、光なし。
雪輪の狂ふ、大沙漠、
狂ふは姫の、心なり、
琵琶の糸切れ、撥折れぬ、
『凍えて飢えて、我死なん。』
最終
骨立ち痩せし、病む姿、
やつれ顫き、鞍に伏す。
若し漢帝の、見給はゞ、
哀しみ狂ひ、失せまさん。
星凄まじき、目の光、
『終りの眸、開き見ん、
都はいづこ、南を』と、
問へど胡人は、語を解せず。
胡沙
生きて蘭麝の、殿に居り、
死して沙漠の、草枕、
伽藍の香沙に、消え失せて、
尽きせぬ恨、胡地の月。
駱駝を呼ぶか、蘆の笛、
吹くは匈奴の、牧の子か、
悲しき歴史、語るべき、
胡沙に蓮歩の、跡もなし。
青塚
天に連なる、大沙場、
白草のみぞ、敷き生ふる。
明妃の塚の、草の色、
などて青くや、萌え出づる。
塞沙に白き、霜の跡、
勇士の血には、飽きもせん、
美人の魂を、留めしより、
沙に艶あり、涙あり。
漢家奏地月。流影照明妃。一上玉関道。天涯去不帰。
漢月還従東海出。明妃西嫁無来日。燕支長寒雪作花。
蛾眉憔悴没胡沙。生乏黄金枉図画。死留青塚使人嗟。
昭君払玉鞍。上馬啼紅頬。今日漢宮人。明朝胡地妾。
李白昭君怨
【雲の峯】
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鳴~うてる、天皷にや、
大空近く、わなゝきて、
崩れ初めけり、雲の峯、
積めば崩るゝ、我が思。
晝の長きに、世をかこつ、
簾巻く手も、ものうしや、
玻璃の圓きが、金魚の、
樂しき世界、なるものを。
うつ蝉なける、夏木立、
雲の峯いま、倒れなん、
撃ち合ふ雲の、縁とりて、
銀の稻妻、めばたきす。
蟻の戰、たけなはに、
夕立こそは、戒むれ、
引いて還るを、雲の峯、
立ちては崩れ、已(や)みもせず。
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