詩集「吾歳と春」
<自序>
▼
これ等は與へられた詩です。私は私の素直な
小さい可愛い朋友を、私の純粋經験の世界に
持つて居ます。彼女は私がこれは河だ、これ
は樹だ、と意識する前に河なり樹なりの詩を
もうちやんと作つてをいて呉れるのです。彼
女はゆつくりと、それを語つて呉れるのです
けれど自分のまだ十分に成長しない心にその
基礎を置いた私の意識はその言葉を充分に理
解し得なかつたので勢ひこれらの詩はほんと
うの彼女の言葉を傅へて彼女の詩そのものを
紙の上に現はし得ませんでした。
しかしそこにたとへ多くの間違ひがあり、語
られた彼女の詩が僅かしか見あたらないにし
ても一句なりともそれがあるかぎり宛然赤兒
の腦が種族の拐~状態の太古からの道すぢを
語る樣に太古から傅つて來たほんとうと人間
さの傅統とを語るものだと云つて差支へない
だらうと思ひます。あゝほんとうにこれらは
彼女の詩だ。これは與へられた詩だ――私に。
見て下さい私は生長する、さうしてきつと彼
女の言葉をすつかりあなたに語り得る樣にな
つて見せます。 初雄
【吾歳と春】
▼
撰びし小徑を氣安げに踏ましめよ、
森に導びくその土のつゆけさ、
そこはかとなく見開くき眼(まなこ)のうるみ、
わが足音(あのと)よ靜かに踏め。
綴りゆく書(ふみ)のうへのものがたりを、
わがとしの上に凋(しぼ)みつる春の足形(あがた)によむ、
あゝ然(さな)り、あゝ然り、春は身にある假りの姿、
かすかなる火を點じつゝそは消えにしか。
風なき風の日のとある日のしぐさに、
疲れたる心より人のこゝろと香ひをさぐり、
小川の岸に逃げゆく小魚を眺めき。
鹿の毛のなめらかさ陰ろふ日は湖(うみ)を渡り
天(そら)を、~を、薔薇の實を、われ如何にすべき。
夏と冬とを硝子窓の蠅の如く凍らしめよ、
かくて花房はわが顔を彩り道は榮えなん。
詩集「正午の果實」
<序>
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私の詩は、進展しつゝ在りと信ずる私の人
格の、其の活動そのものたらしめ樣とする願
望の、自からの成就を意味する。從つて私が
己れを虚しくするところに、私の詩は生れる。
即ち私の詩が私の人格の活動そのもので在
る限り、私の詩は、私の意識に制約せらるる
ものに非ずして反つて其れを制御するものあ
る。
私の詩は、その一篇ごとに、ひの香匂と、
その色彩とを異にする。
乍し、私は其れを私の人格が外界の變化に
よりてなす震盪を意味するものとは考へずし
て、寧ろ詩そのものの性質が、しかなすもの
と考へる。即ち詩は絶えざる進展を持つ人格
の力が、特に緊張されて、詩人の個性の外部
へと溢れ出やうとする、ある刹那に即して生
れるもので在るからである。
從つて其のある刹那の、しかも絶えず進展
しつつあるところの、人格活動それ自身なる
詩が、それぞれ其の Etat d'espritに特有な
る色彩と香匂とを持つことは當然のことと思
ふ。しかも其の特有さはひとりの詩人のそれ
として其の統一さるべき方面をも備えて居な
ければ無らない事は勿論である。
私の持つ理想は私の人格の働きそのもの中
に含まれて居る。
私の思想は私の性格であり、私の性格は私
の思想である。 北村初雄
+------------+
(註)
■Etat d'esprit(仏)=etat(状態)+esprit(精神)=精神状態
◆薄紫の羅針(1919年) 少年時代の回想 ―海港横濱に―
【一生】
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僕は未だ年齢(とし)を取らない。でも僕は赤坊(あかんぼう)に
なつて仕舞つた。僕は兩親をもつて居る。乳母の唄が輝やいて、
僕の夢は温(あつ)たかい。
僕はずんずん年齢を取つて行く。僕は子供になつて仕舞つた。
僕は瑠璃(がらす)の笛を持つて居る。日は眞白(まつしろ)に
輝いて、僕の背中が温たかい。
僕はずんずん年齢を取つて行く。僕は少年になつて仕舞つた。
僕は錫製(すずせい)の犀(さい)の玩具(おもちや)を持つて
居る。印度(インド)の砂が輝いて、僕の踵(かかと)が温たかい。
僕はずんずん年齢を取つて行く。僕は年になつてしまつた。
僕は一つの手紙を持つて居る。愉快な顔が輝やいて、僕の心が
温たかい。
僕はずんずん年齢を取つて行く。僕は壮年になつて仕舞つた。
僕は可愛い赤坊の声を持つて居る。白い頭巾が輝いて、僕の
額は温たかい。
僕はずんずん年齢を取つて行く。僕は老人(としより)になつて
仕舞つた。僕は大きい手やら小さい手やらで組れる大きな環をば
持つて居る。限りない空が輝いて、僕の全身が温たかい。
僕はもう年齢を取らない。到頭僕は死んで仕舞つた。僕は毎日
種々(いろん)な祈祷(いのり)の聲を持つて居る。この快活な魂が
輝いて、僕の灰は温たかい。
【學者】
▼
空は眞だ。恒子さん僕はあすこ迄君を差上
げたい、 僕の腕は短いけれど。
其して恒子さん、君は木製の大きな椅子に腰
かけて、靜(ぢ)つと、 動いて行くこの
地球を見て居るの、空の上から。
併(け)れども僕は此處に居て市街(まち)
や畑と仲好ね、 地球と一共(いつしよ)
に囘轉(めぐ)つて行くの、
元氣よく、唄ひながら、手を振りながら。
さよなら、恒子さん! さようなら、初雄さん!
其うして恒子さん、君は望遠鏡に眼をあてて、
地球の上の推移(うつりかはり)に氣を付
けて、 其をちやんと手帳につけとき給へ。
其うして僕は三つの樂しい季節の推移を持つ
て居る。 僕も順々に、其を手帳に付けと
こう。
君はいつも此春ばかり、kabulやDamascusを通
過(よぎ)る時、 恒子さん、一寸然いか
もしれないけれど。
こうして日捲(ひめくり)が三百六十五囘、
捲くり取られると、 恒子さん地球が一廻
轉してまた元の位置がやつて來る。
恒子さん、君と僕とは抱き合ふ。其して、君
と僕とは手帳を取り交す。
僕は讀む。海が眩しい。支那人が黄龍の甍の
ある寺から 首を出す、蒙古人のKい天幕
(テント)、白い砂漠が續いて行く……
君は讀む。人々は冷たい緑の水を欲がる。大
黄色(だいこうしよく)の陽。 氣温が百
度に騰(のぼ)る。鯵が釣れ、麥が熟(うれ)
て行く……
恒子さん、君は季節の變化が、僕は土地の變
化が、 如何に面白いか 分るんだ。恒子
さん、眞實(ほんとう)に愉快じやないか?
空は眞だ。恒子さん、僕はあすこ迄君を差し
上げたい、 僕の腕は短かいけれど。
◆La Risette(1919年)
【Adieu】
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さようなら!
振返ると、まだ笑つて居る小さい仙女(フェアリー)、
日の中に眩(まぶ)しさうに眼をしかめて、
ぢつと此方(こちら)をむいて、まだ笑つて居る。笑つて居る。
さようなら!
振返ると、まだ笑つて居る小さい仙女、
樹の影に涵(ひた)つて居るあの白い額は花のやう。
風見のやうに此方を指ざす可愛い眼。
さようなら!
振返ると、まだ笑つて居る小さい仙女、
あの栗毛色の髪の毛が燃えて居る、燃えて居る、
お寺の屋根に巣を懸ける鴻(こう)の様に真白に。
さようなら!
振返ると、まだ笑つて居る小さい仙女、
藁火(わらび)のあとの烟(けむり)のやうに、
何時(いつ)までも、何時までも、
続いてのぼる笑ひ声、あの柔らかい頬の波立ち様。
さようなら!
振返ると、まだ笑つて居る小さい仙女、
僕はもう堪(たま)らない、堪らない、もう一遍!
さう!
薔薇の花が、胸の上で激しく、激しく揺(ゆす)れる。
大きい接吻(せつぷん)。小さい接吻。
さようなら! さようなら!
【輪舞】 ―序詞―
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ゆつくりと廻(めぐ)つて居る人の輪は、
日光に照らされてく眼にうつる。
其は人の聲だ、其の人の優しい面輪だ、
白い窒空へ昇せるのは。
(影に涵(ひた)つて居るブナの樹。)
人の跼(かゞ)む姿も人の伸び上がる姿も、
空をうつす池のやうに、一樣に美しい。
花のやうな少女の身體は、この
人の輪をうつとりと霞ませる。
暖かい涙を眼に溜めてゐると、
人の素直に育つて行く態(さま)や、
人の喜ばしげに話す言葉やが、
白い鶏のやうに仄かに喋刀iはばた)く。
(小さい掌のなかに~樣がゐて、
花の光と匂ひとに涵(ひた)りながら、
人を思はず微笑(につこり)させるやうな、
惡戯を待ち構へて居る。これは
人の考へられぬ昔から……)
輕い足音(あのと)は夏の雨。
ゆつくりと人の輪は廻つて居るが、
心の動揺(どよめき)は馬より走る。
一人の少女を捉まへやうとすると、
日よりも駈ける。
(嵐に揺れて居る樹。)
空を凝視(みつ)めて居ると、心が、
湖のなかの魚のやうに澄む。
人の落ちついた色彩(いろどり)は、Kい眼と共に、
踊つて居る身體を引き緊める。
(日當りの善い土地の
麥の穗は重く俛(うな)だれる。)
人の輪は愉快そうに笑ひながら、
廻つて居る。廻つて居る。それは、
日光に照らされてく眼にうつる。
【手帳】 ―舊稿―
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曲り迂(くね)つた文字が消されたり、
書き加へられたり、揉み消されたり、
僕の中學一年生の頃の手帖は、
僕の手垢で眞K、そうして
其れを見ると寂しくなる。
重ね合す掌のなかに、
其を挟み、僕はぢつと俛(うな)だれる。
粘りつこい鹽風と一しよに、
この拙ない筆蹟(ふであと)の上に、
仄のりと濕(しと)つて居る白い墓碑。
僕は知つて居る、
あの人が隣人で在つたこと、
あの心地よい微笑とを。
乍(け)れど、其つきり! 其つきり!
柔かく小松の葉がふるえて、
海の風がいま通つて行く。
然(そ)う! 僕は幸福かしら?
此の海の風を聽きながら、
明るい笑ひを湛えて、
僕を眺めた人を知つて居る、この僕は!
(あの庭にはKい蘇鐵の葉が押し擴がつて、
其下には薔薇の木が一株あつた。)
乍(け)つど
曲り迂つた文字が消されたり、
書き加へられたり、揉み消されたり、
僕の中學一年生の頃の手帖は、
僕の手垢で眞K、そうして、
其れを見ると涙が一杯……
◆純白の乾舷標(1919年) 熊田精華氏に ―わが最も親しき友なる―
【子供】
▼
ひとりひとり人達はみんな善い母樣のように、
背中の上に可愛い子供をおぶつて居る、
人達が日の樣に耀かしげに笑ふとき、
子供たちも米搗(つ)きの木槌のやうに手を叩たく。
振返つた人達は、さも堪らなそうに、あ、は、はあ!
ひとりひとり人達はみんな善い母樣(かあさん)のように、
背中の上に可愛い子供をおぶつて居る。
人達がKい雲のよう悲哀(かなしみ)の雨を注ぐ時でも、
子供は猶ひきつけるように激しく笑つて居る。で、
一寸ふりむく人達は亦ひとりでに、あ、は、はあ!
この僕の背中の上には誰が居る、誰が居る、
其は極り切つた恒子さん! 僕の好きな、大好きな。
僕は笑ふ、僕は泣く、然(けれ)ども矢張(やっぱし)、あ、は、はあ!
近頃ちつとも會えない事を思ふと悲しくなるけど、
でも恒子さんを知つて居るのだ。此僕は!
街の中で一人の學校の友達に會つたとき、
ぼんと僕の背を叩きながら覗き込む樣に、
「君、憶いだせないよ微笑むで居る顔しか!」
「ぢやあ君も始終背中を振返つて見て居るね。」
僕達は微笑みながら此云ふ風に、仲善く話す。
お月樣の上にはお日(ひい)樣!
僕の背中の上には恒子さん!
僕達が大人に成つて行くように推移(うつりかはり)はあるけれど、
ひとりひとり人達はみんな善い母樣(かあさん)のように、
背中の上に可愛い子供をおぶつて居る。
人達は振向くたびに腹中(おなか)を揺らして、あ、は、はあ!
【晩秋】
▼
椅子が搖れる。
英吉利ネルの明るい服地。
ひわ色の窓帷(リドウ)の蔭から洩れる温かい日光が、
長い睫毛を、
一杯に涵(ひた)して居る、
この朝け。
圓卓子の上の、
二つの紅茶茶碗から立ち昇る、
二すじの白い靄。
喉をひと口うるませ、
眼を止める、
い空。
冷たく光つた、
空氣の中を、
音もなく下りてくる、圓るい黄葉(もみじ)。
輝いた、
明るい谷のやうに、
しませう、
この冬も。……
暖爐(ストーブ)と、
お話と、
湯沸器(サモワル)の音と、
Mozartとでね。………
優しく目眸(まなざし)をなげ合つて、
再び搖り始める、
椅子の端に、
波を打つ白い踝。
烟のやうに、
華奢な夢を周邊に燻らせながら、
椅子の胴に、
靜かに顔を寄せかける、
晴やかな口元に、
告Fの小さい影をつくる、
笑靨(えくぼ)がひとつ――。
+------------+
(註)
■窓帷(リドウ)=リドー(仏)=rideau=カーテン
◆葦の群(1919年) 柳澤健氏に
【一時】
▼
砂を凝視めて居る。
空の中のい鳩のやうに明るく、
聲を矢車草の花の間に弾ませるのは、
幼い子供の時の基督。
閃く白い粒。
草の匂が馬の鬣を掌のやうに撫で、
冑をつけた虫が樹の洞に住ひながら、
空のさに見惚れて居る。
海は全圓(まんまる)。
草の上に憩むで居る羊たちが輪をつくり、
Bagdadのお祭りのお話を聽て居る。
日がサンザシの葉をひろげ始める。
魚が跳ぶ。舟が滑る。
小作地に鋤の刃を燃して居る人達は、
長い柄の上に手をのせ、頤(あご)をのせて、
風を見送つて居る、眼を上げて……
◆生の燔祭(1920年)
【頬】
▼
光が頬に觸れ、
その色合となる刹那、
其のC澄な感じが消えて
現れる温かさ、また重さ。
色の起伏は柔かに、
眼先(まなさき)に煙りゆくその間(あはひ)、
一色(ひといろ)の明るむところ、
一色の影をつくり、
共に湧き上げるその調子。
葉の中の色映ゆる赤。
赤の中に波立つ黄。
立ち廻(めぐ)るさまざまの色彩(いろどり)は、
雨霽(は)れ上る風景(けしき)のやう。
この明瞭(あきらか)さ。この素直さ。
眼に見えぬ一色が、光を越え、
己れを現はしてゆく其力。
色は融け、色は溢れる。
【接吻】
▼
確(しつ)かりと、
この眼を以つて、この心を以つて、
相互(たがひ)に、
凝視める。
睫毛の影に涵(ひ)たる、
瞳は、
夏。
漉t、
映る。――
顔一杯に、
漲つて居る、
生々(いきいき)しさ。
その光耀。その香氣。
恍(うつ)とりと、
瞬かず。
充つ、
生活。
充つ、
活力。
戀人がある、
子の僕にも!
微笑!
顔が炎(ほて)る。
默(ぢ)つと、
凝視める、
瞳に、
迸しる、
この全身! この熱祷!
…………………
出だ(いだ)す。
手。
顫(ふる)う。――
靜けさ……
詩集「樹」
◆水
【Le Souvenir】
▼
日當りの善い古い建物のかたはじを輕く叩くと
あなたは
微かな塵がそつと舞ひ立つのを知つて居ますか?
其れは
靜かに住み、憩ひ、話し交した人たちの呼吸(いき)と
手あとと
眼差しとに
暖かく曇つたことのあるひとはじが舞ふのです
Kい睫毛で優しくせきとめる
あなたの眼から生き生きと水のやふに溢れる光の
その閃き 閃き
其れが私たちの微かな塵となるのです
+------------+
(註)
■Souvenir(仏)=スーベニア=お土産・贈り物
◆客
【風】
▼
私を絶えず歩ませて呉れるものの懐しい匂が
風の中から
靜かに立ち上がるのを
私は
人の手に撫でられて眼をつむる犬のやうに嗅ごう
風は透きとほつて居る
で
移つて行く凡てのものを中に収めるかのやうだ
其れは春になると景色を人の息のやうに温めて
恍(うつ)とりと此眼を瞬かせるが
夏になると
生ひ繁げる
樹の葉にふれて夕(ゆふ)を迎へる靜かな舌を展らかせる
併し 私は秋のときの
淑やかな風の營みを知つて居る
萱薄(かやすゝき)の群から和かく穗花を己れへと委ねさすかのよう
風は
人の卓(つくえ)の上にのせてある
本を展らかせ
默(ぢ)つと氣を落ち付かせる心から長い手紙を托させて
風は海波のやうに書き終へず
恒に
動いて居る筆先の滴りとなり飛ぶ翅となり
風は戀人のやうに
嬉しげに
顔を赧(あから)めながら悉ゆるものに 彼 を眺める
冬だ
私が寂しげに
部屋の中を圍(めぐ)り歩るく雪の夜は
風は動かず
私の血と肉と心の凡てか重みを集めて
其れを
專念(ひたすら)に私の眼ざしに置く
かくて 燃ゆる其の眼ざしは
緩るく
太とく
物の上にと己が重みに堪えて 無手(むず)と足をば懸ける
風は透きとほつて居る
で
移つて行く一つのものを中に収めるかのやうだ
私を絶えず歩ませて呉れるものの懐しい匂が
風の中から
靜かに立ち上がるのを
私は
人の手に撫でられて眼をつむる犬のやうに嗅ごう
◆樹
【樹】
▼
人ひとり立ち上がる部屋うちの
靜かなとよめきを心に映す 路のうへの
一樹(ひとき)は
定まる形を己れに與へずしとやかに
風の来るままに 俛(ふ)し また 伸び上り
日を息しながら
蒼い時から蒼い時まで 聳え立ち
靜けさに靜けさを掘る動きに沿うて
押し移る
その色は
眺める眼(まな)うちの充(あら)ゆる風光(けしき)を生かさせる。
生(いのち)を女の睫毛よりも かげ深く樹姿にと見出す
遥かなる眼差のひと時こそ
身は
立ち
額は上がる 水より宏く空を映して―――。
◆石
【楓樹】
▼
撓むがままに其の樹姿は涙よりも靜かに
この眼のほとりに滲み出て 撓むがままに
光と影との戯れのなか素直に葉をば支へながら
見つめる心に自づと優しい重さを競はせる
其のうねり 其の歪み 其の分れる枝の
愼しく立ち上がる節々のほとりにも
凡ての姿の上に 幹はこの眼を頷かせる
微かな息を風を超えて水の音にと通はさせ
搖(ゆす)る雀の旋(めぐ)る中をも 樹は事なげに日に向ひ
幾千の小枝の先の夢みる力をつとませる
1922.6.9
【離愁】
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Aimre sans espoir est encore
un bonheur―Balzac
空はひとの寂しい脣(くち)の上から湧き上り
赤松の梢とともに すんなりとした肩を
小山の頂にたゞ薄くかすませる
風の草はらとの睦しい遊からふと立つて
松をばならし髪を解かせて雲へとはゐり
しづかに十里の海へと落ちゆくけはひに
ひとは膝の上の想ひにみちた手をば反せて
崩れてゆく崖の侘しい音を心にかさね
松の優しい慰(いたは)りにもなほ香をば聞くここち
1922.8.17
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