【平和の抱擁】
▼
若人よ
今こそ私は 私の地位を君等に譲らう
民衆は君等を待ち
君等は君等の舞臺を要求する
昨日まで いやけふも
君等は私のライヴァルだつた
君等の生存の権利のために
ちやうど
私が私の先人達を
私の假想敵としたやうに
だが 私は今
私の先人達をたゝき落す必要をもたぬ
また
何人にもたゝきつぶされる恐れはない
私は私を取り戻したのだから
佯りの握手をやめよう
そして
あゝ 平和な抱擁!「原始」
(1925年1月 創刊号)
【手 手 手 手 手】
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手 手 手 手 手
何と夥しい
何とせはしない
何と入り亂れた
その手なのか
待つて呉れ
待つて呉れ
それでは俺は
たゞ哄笑するよりほかに途はない
ないぢやないか
「原始」 (1925年1月 創刊号)
【燃燒】
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くすぶつて燃ゆることの出來ない薪は
害があつても益はない
薪自身も さぞ不甲斐ないことであらう
プチプチとはねる音は お前の不平の呟きか
ジユウジユウとにじみ出る汁は お前の涙か
寄りそへ
寄りそへ
互に熱であほれ 熱であほれ
水分を追つ拂へ
熱、火、白熱
燃燒のこゝろよさよ
一切を忘れて たゞ燃燒する
靈魂の高揚
大生命への融合
煙 灰
無 無 無
熱と灰との抱擁
無と有との心中
「原始」 (1925年2月号)
【雪】
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この土地にしては 珍らしい雪が積もつた
子供達は大よろこび
土地の人たちもほくほく
私とても何で喜ばない筈があらう
けれどほんの少し ほんの少し
美しいと感じる程の雪ではない
そのせいかも知れぬ
あゝ 東京の郊外で眺めた雪を思ひ出す
雪で埋れた畑を横切らうとして 進退谷まつたあ時を思ひ出す
だが あの頃あれ程雪に興味をもつたのは
あながち それか餘りに美はしかつたためでもなかろう
それからのち 餘にり多く惱みを知つた私だ
あゝ感激よ 私から去つたか
「原始」 (1925年3月号)
【赧顔】
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制度がどんなに理想的になつても
病身な人間と健康な人間があらう
經済的階級は破壞されても
天賦の相違までも打ち壊されまい
でも その時人は もうこれでいゝと思ふだらうか
是非もないことだ
ふん そんなことで足りるものか
俺の願ふところは
この人生そのもの 宇宙そのものを打ちこはすことだ
ふとこんな風に思つて 何故だか俺は
顔を赧めた
子供がまた熱を出してる
赤ん坊が腹を壞はして ひつきりなしに泣いて居る
俺は苛々してぶつぶつ云ふ
妻は冷血動物のやうにぽかんとして居る
「原始」 (1925年3月号)
【鶯】 ――未來の年に献ぐ――
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しのびやかな足どりで春が來て
私の書齋の窓を叩く
あゝ 妻よ來れ
子たちも來よ
來りて
開け放された私たちの窓から
春の大氣を吸へ
見よ 六甲山の雪は消え
山々が 薄鼠色のヴエールを冠つたのを
床の上の鉢の梅は――
それは あの親切な勞働者から
お正月の床飾りにと 贈つて呉れたのだ――
花が散り
私の卓子の上には
キモノを着た西洋娘のそれのやうな
紫に匂ふシネリヤが――
それは 私達のよき友の贈りものだ――
今 花ざかり
陰惨な冬の日が 去つたのだ
流行性感冒は絶滅し
中耳炎は征服せられ
ブツブツ呟く 氣管のラツセルも 默つた
だが 妻よ 子達よ
も一つ喜ばしいものゝ出現を
お前達は知つて居るか
そら 聽くがいゝ
あの鶯の歌を
あゝあの鶯は
人々がまだ 冬の寒さに縮みあがり
私自身 人一倍こゞえて居た
けれど その時からもう 春が來て居た
あの冷寒の日から既に
此の横町の庭々に 來鳴いて居たのだ
昨日は隣の庭で
けふは向ひの庭で
さつきまでは裏の畑で
今はうちの庭で
あれを見よ
小さな植木の 枝から枝へとうつりながら
あの 美はしい小鳥の唄つてる姿を
たとへば 深山老樹の苔から また
幽谷の C水にしめつた岩間から
いや 大地の底 宇宙の核心から
ほとばしり出たフアントムのやうな あの小さな
自然の靈を
あれこそは 我等の共有
この横町の住人全體のもの
何人もあれを 私有しない
だが 何人も同等に所有する
新しく生れた春の象徴!
何處の庭で啼かうとも
それは 聽く人の凡ての所有(もの)
われらはたゞ 虚心に聽く
楽しむ
春を感ずる
愛撫 C浄 親愛の念が
泉のやうに 湧いて來る
おゝ
春が來たのだ
春が來たのだ
春が來た
春! 春! 春!
子達よ踊れ
妻よ彈け
俺は唄はう
自然と人間との合奏!
鶯と我等との融合!
我等と我等との相愛!
春の日の光は渦捲く
霞が夢を撒く
畑には農夫
野には嫩草(わかくさ)
花園には花が満開
舊(ふる)き日の一切は萎め
舊き日の一切は默せよ
春だ!
春だ!
春だ!
あゝ 鶯は何處かへ とんでつた
多分川向ふの人家の群へ そして
我等の胸の底に春!
鶯! 歌! 踊り! 音樂!
「原始」 (1925年4月号)
+------------+
(註)
■フアントム=phantom=まぼろし
戀の弔鐘
【カン】
▼
カ ン
カ − ン
過ぎ去つた日の欲望と欲望との
夢のやうな野原での 衝突
火花を散らした戀の合鐘!
それは
遠く遠く 無邊際の空間へ放散したが
そして 私自身でさへ
その音色を忘じ果てたやうに思はれもしたが
嗚呼 何と云ふ生命の執拗であらう
生命の無限の空間をめぐりめぐつて
再びまた その音が
私の靈魂の耳にこだまして來るのだ
そして私は若がへり
過去を現在に生かし
現在と過去との融合を
私のはりつめた寂しさと歡びとの間に味ふのだ
こだまには精がある
それは幽玄な闇の夜空に消えて逝つた
だか あゝ 三度 四度 いや恐らくは
私の此の頭髪が雪と白く
私の此の腰がまがり
肉齒が義齒に一本殘らず代り
眼がかすみ 耳が聾した時もなほ
私は此の 消え去つた音色を
私の靈魂の奥底に
なほ幾度か幾度かきゝわけるであらう
これは歡びであるか
寂しみであるか
あゝ 誰が知らうぞ
「原始」 (1925年6月号)
戀の弔鐘
【東京よ】
▼
夜の東京よ
カツフエーに渦が捲く
欲望の渦が捲く
それは眩ぶしい光
それは雑然たる律音
柱は直線的に曲折し
女給の顔は三角形に壘積し
年の眼にりびどうが突出し
電燈は蒼白く燃え
理知が哄笑する
あゝ 四十に近い男が
此の俺のほかに一人だつてゐはしないのだ
わが後ろの卓子で囁く声よ
「おい あいつを知つてるか
あいつは加藤一夫だぞ!」
「原始」 (1925年6月号)
【正義とは】
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最初から彼等は人を殺さうとはしなかつた
たゞ 運命が彼等を 殺人者の仲間に引き入れた
彼等は極刑に價ひするか
あゝ 殺人を罰するための殺人
彼等を死を免れた
何人がその 不當を認めようぞ
だが あゝ同胞(はらから)よ
こゝに一つの例外がある
殺人の不義を憤る正義の代辨者――さう彼等は思はれて居る――が
然り正義の拐~が
最初から彼等を殺さうとし
彼等が死を逃れたる最後までも なほ
彼等を絞首臺にのぼらせようとするのだ
あゝ正義とは!
正義とは何であるか?
あゝ正義とは何であるか?
「原始」 (1925年7月号)
【色彩のオーケストラ】
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どんよりと曇つた夜だ
蒸し暑い晩だ
窓をあけ放して
私はひとり瞑想に耽ける。
蚊の大群が私を襲撃する
蚊は
容赦なく私に毒液を注射する
私の手脚 首筋 顔が
癩病患者のやうにふくれあがる
考へは纏らない
私は眼をあけて あたりを見る
あゝ何と云ふ可憐な小蟲たちよ
ぴかぴかと光る赤とKとの斑點――それはてんと蟲
聖者の白髯よりも美はしい細毛
それを翅一面につけた細長い蛾
つまぐろこよばひ けら 黄金蟲
そしてこの私の敵である蚊でさへも
あゝ何と云ふ美はしさであるか
澄みわたつた水よりも蒼い胴體
絹のヴエールよりも透きとほつた翅
どんよりと曇つた夜だ
萬象がたゞ一色に塗りつぶされたやうな晩だ
あゝそれだのに それだのに
此の色彩のオーケストラは何うだ
今こそ私は知る
私はきく
自然と人生との大交響樂を
わめくものはわめくがいゝ
靜かに歌うものは歌ふがいゝ
ハハツハと哄笑するものは哄笑するがいゝ、
しくしくと泣くものは泣くがいゝ
私はその聲である
私はその音である
私はオーケストラである
それは起り
それは消える
それは永劫のリズムである
それは永遠の靜寂である
「原始」 (1925年8月号)
【新居】
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こゝは居ながらにして蒼空を見
山々 ことに富士の高峯を仰ぎ
鵠Zき杉や欅の杜を眺め
家は武藏野の草原の中 そして
わが足はしかと大地の上に立つ
こゝに永遠の母胎!
こゝに永遠の乳と食物!
こゝに永遠の流轉!
あゝこゝに永遠の虚無の歡喜!
大地をふみしめ ふみしめ 泣くにも笑ふにも怒るにも戰うにも
行きつくべき目あてをもたず
たゞ大地の心臓を生く
あゝ澄みわたれる一如の實相よ!
流轉よ!
「原始」 (1925年9月号)
+------------+
(註)
■一如=宇宙に遍在する根源的実体である真如は、
現れ方はいろいろであっても根本は一であるということ。
一体であること。不可分であること。
【森】
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太陽は昇つて居る
濕つた森の道は 快いあつたかさを帶び
堆積した落葉にも露
見渡すかぎりたゞ樹々の林立
木の葉もまばらな梢と梢との間から
黄色い光線が射し込む
初冬の朝だ
落ちのこりの木の葉がひらひら
靜寂の空間に舞ひ
落葉を踏むとプンとする匂ひが鼻を衝く
立ちとゞまつて凝乎(じつ)と見渡すと
樹は大地より突き出て
おのがじゝなる姿にておのがじゝ
悠々と大氣を呼吸する
「原始」 (1926年1月号)
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