「海獣の電信」
【眞白な虹】
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夜
五月の湖のほとりに
此の廢舎は眠つてゐる
そつと情熱故に差伸ばした
たくましい腕
何といふ不敵な胸板!
火山の顫動を秘め
息苦しい壓力で迫つてくる
私は抱きしめた
くづれた白亞壁の陰に
深いカーテンを身にうねらして
おゝ、わが健康な友を
君からは心地よい汗のにほひがする
男性の誇がにほふ
窓から飛込んだ
五月の蛾は
草の白根ににぢむ
生々しい香氣をべつとりつけて
私達の肩に止つた
顫動し 顫動しつゝ
不思議な愛の對抗をつくる
星が覗つてゐる
蛾が觸角を斜にあげて
肩の息づかひを聞いてゐる
やがて私達は見た
花粉が
新月の觸角からこぼれ落ちるのを
闇の中に
眞白な虹を現じて
おゝ情熱故に
組合つた二人の腕の上に!
【海獣の電信】
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チ チ チ
發情した僕を
なよなよと震へる電流で捕へる
無數な海藻の電線林は
僕の住家です
チ チ チ
貴方は何故に
雄に生れて來なかつた
僕と同じ形態で
まるで反對の性向をもつて
僕を引きつける貴方は何であるか
チ チ チ
雄が雄を戀する日には
海は絶叫して
山なす怒濤を起すといふ
チ チ チ
いつそ いつそ
こゝの電線林の中で
怒濤に噛まれながら
貴方と還元への死を遂げたい!
チ チ チ
いかがです
【白衣渡虹】
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光 光
雲 雲
僕の上に注ぐ物の香り
草 草のそよぎ
花 花びらの揺れ
君からは
五月の風が
鬱金の息吹が
南風の泉へかけた
僕の虹の橋
雲に會ひ
雲に尋ね
君を戀ひして
白衣の僕はひそかに渡る
【消燈】
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暴風雨!
暴風雨!
暴風雨!
明日は未明に別れだのに
冷たい最後の夜の消燈………
あかりを
あの窓邊に
今一度あかりを
扉よ
内なる少年は………
ね もう眠つたのか
【殘照】
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ランランラン
堅い鐘の音を破り
夕焼の巷に
愴然と 僕の様に愴然と
乞食親爺が
シヤボン玉を吹いてゐる
巷にも
五月の若葉は
いのちの荘厳な焔と燃え
香氣高い
五月の風は
シヤボン玉を
絢爛な織物に巻き映す
集つた子供達の狂喜……
めいめいの両手をさしのべて
空中の寶石を捕へようと
織物の中に
踊りを踊る
これは子供達にとつて無上の喜びである
はちきれる希望である
が親爺の寂しい顔つたら
窪んだ両眼から
今にも灰色の小さなシヤボン玉がこぼれそう
突然
がつくりと崩れる様に二つに折れて
親爺は
しつかりと女の兒を抱きしめた
子供達は叫びをあげて散つた
女の兒もふりきつて
泣きながら逃げ出した
親爺はひとり
巷に打のめり
茫然とあの一瞬の
軟かな頬の觸覺を追うてゐる
街上にちらばつた
赤い小銭の上に
殘照が銅のさびた口接けし
罅の入つた鐘は
音もなく 音もなく
溜息にふるへる
【盛夏の夜の對話】
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或夏の夜
鎮守の森をさまよつた時
月光の中に倒れてゐる
一個の人間を僕は見た
好奇心に近よつて起こしてやつたら
未だ若い年勞働者であつた
あくびは獺(かわうそ)の如く退屈である
何だつて起こしたんだ
でも見給へ
月はもうあんなに高いよ
その精か君の顔は蒼いな
魂の悩みが隠されないんだ
君の顔は素的に赤Kい
日に曝される勞働者は
面の事なんかかまつて居られない
いくつだい
十九
まだ検査がすまぬのか
老けてゐるな
道理さ
さんざんうろついたんだから
家がないのか 友よ
あるさ
しかしずつと遠い
はるか はるか
此處にはない
あそこに 俺の思出の中に
鎮守の石疊は冷たいよ
宿は戀ひしくはないか
そして人々が………
ちつとも
俺はさんざんいぢめられたのだから
愛した事はあるか
一度、女を愛した事がある
あれは
あゝ 十六の昔だつた
しかし愛することは愛される事でない
おや 君は泣いてゐるな
僕にはそれが分る
月が明るいから
友よ 笑つてくれ
ごろつきにも涙はある
僕は彼の手をとつた
僕は彼の激しい嗚咽を感じた
友よ 抱合はうではないか
俺は汚いよ
いゝさ
僕は此の若者を抱きしめてやつた
酒と汚れと埃のにほひが
月光の中に醸されるが
他愛のない二人の涙が
馥郁と嵐にかほりを加へう
【入梅晴】
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入梅晴の
空に連る
山脈(やまなみ)
山脈
僕の視野に
素晴らしくい魂を投げつけて
僕の胸に
痛烈な鼓動を響かせて
あゝ
あれは不思議にも生きてゐる
さはなる田には
喜びに満ちた動作の農夫達が
一本一本の稲笛を
抱きしめたい衝動に駆られてゐる
僕も今朝は
教室に待伏せてゐて
につこりと顔出す兒童達の頬に
桃にも似た銀色のうぶ毛に
公な愛の印を
新しく焼きつけてやらう
(耐らない奔流が
赤く唇に熱を覺えしめる朝だ)
「奇妙な訴訟」
【戀愛流産】
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始めてその人に訪はれた故
心のときめきを知りそめた
友の戀人と
(しかも友自身から)
告げられた故
その夜は一晩寝なかつた
人間の形にもならない前の
流産故
アルコール壜は悲しい
病院の標本室で
僕の戀が泣いてゐる
【唖の戀】
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唖の戀は
秋の日に
若者の机上に挿された
小さい黄菊
白日に胸をふるはし
ほかに想ふ人のある若者の口接けを
花びらにだけなりと
默つて默つて、祈つてゐる
【蜘蛛】
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x
電燈の上に網を張つて
身構へした夜の蜘蛛は
山賊です
x
僕も實を言へば山賊です
x
蜘蛛は黄色くいれずみし
僕は男らしく眉を太くそります
x
夜は蛾に對して
攻守同盟
x
晝は
潰されたくないのか
蜘蛛はさつさと隠れます
網を顔一つぱいに引かけて
僕が泣笑ひしたら
蜘蛛が天井から
ほい 覗いてゐました
x
彼は悧巧な蟲ですね
【奇妙な訴訟】
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覘つた的を外したといふので
昔の男は弓を訴へた
弓はぶんと弦鳴りしたきり
困つた奉行をあざ笑つてゐた
「蝸牛」
【熱き文身】
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四周の風を絶ちて
部屋の中に
祖母と僕
默念と灸を据ゑる
病む故
ひまな故
若き身に
熱き入ずみをする
“はやくすこやかになりて
嫁とらば
うれしからん”
“されど 祖母上よ
此のKき痕なくならん日
我は再びのぞみを持つべし
そは語るには
あまりに悲し我等貧しき家の者なれば
只見給へ
線香すら
なほ高く其の煙をのぼすを”
【溜息】
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病めば
さびしき日もあれ
寺に來て
松の皮をむしる
ふと一枚
彼に似し面影に
頬ずりすれど
堅きかなしさ
――忘れずにあらん
【耳鳴り】
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耳鳴りは
悲しき海と山の轟き
追憶に流寄りし
彼の甕………
今二つに壞れぬ
【白日夢】
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夢!
夢! 夢!
あのまゝ噛んでしまひたかつた
おらんだ苺の冷たい頬ざはり
あゝ蒼穹に見失つた
白簪?
+-----+
(註)
■簪=かんざし
【挽歌】
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わがためのねうはちか………
をのゝく様に
町の方から響いて來るのは
電燈を一つ減した晩
弦月の晩である
+-----+
(註)
■ねうはち(鐃拔)=鐃(どら)、銅鑼
【冬の雨】
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冬の雨は
忍び足
今宵
僕の胸の素焼の鉢に
冷たい白い
夜の花が咲きました
【愛の來る日】
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灰色に
冬の日は荒れたれど
叢雲の彼方より
碧き空覗くといふ
まことか
地上に殘されし貝殻に
愛の來る日!
「林檎を射る」
【林檎を射る】
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叢雲は
簸川の原を過ぎる時
透明な大気の中から
凛々と僕に呼びかけ
差出した両手に
銀の矢を投与へる
銀の矢
空中に躍上った
冬の魚の如く
鋭く白光を浴びて
微笑んでゐる矢!
僕は此の矢の使用法を知ってゐる
明方と夕方に
僕の悶は高く叢雲に達したのか
僕はもう羞む少年ではない
自由なる射手である
古のウィリァムテルの眼と精神に燃えてゐる
今こそ
あの人の頭上の林檎の
真只中を射てやらう
紅の林檎に
美事刺さった矢すじから
流出する果汁を感じたら
あの人の胸も
おゝ 血しぶきに裂けるぞ
歓喜に身悶えした僕の肩に
あの人は論なく頭を倚せ
幾久しく待こがれてゐた
あの頬と唇は僕のものとなる
其の時
叢雲は再び走り来り
幽艶な簸川の原を背景に
建てられた愛の彫像の上に
雨と霧との香油をばらまき
祝福を
四方の大気に鳴りどよもすだらう
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