『紅葉全集 第九巻』より
【書吉原細見後】 ―馬琴批評―
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色好まさらん男は。玉の巵底はかとなく広い世界を尋ぬとも。やはかあらじな さればこそ。
一度大門をくゞる者は。おのが家の敷居の高くなるをわすれ。君が一夜の情を重しては。財布
の軽きも何のその。アゝうつくしい哉京町の海棠雨中に愁を含めは。江戸町の梅花竹外に笑を
帯ぶ。垂柳腰のスツラリ細く。桃花瞼のホンノリ紅き。手折とも花盗人の名なく。手折られて
も花守更に尤めず。こゝに香を慕ふ蝴蝶にあらぬ浮れ男達か。恋の道中記にもと。各楼の西施
より。無塩のお茶磑に至るまで。大籬小格子のすき間もなく。誰哉行燈の明かに。生れ故郷や
仮名本名。突出し二八の盛りより。四十霜をく髪の毛ほともうそはねへ。真実の処がこの細見
の細見たる所以ならんか。張と意気地は試みてこそしれ。手管の巧拙はわれしるによしなく。
ふらるゝをもて果報となすの野暮的はコイツ話せぬ代物ならん。この里が暗くなるとも。家は
くら闇にせぬがマア吉原へお出んなし。日本堤に人力車の客待あつて。三枚で飛ぶ駕も一枚の
ケツトにて事足り。編笠茶屋はむかしの事。今じや帽子の新形あり。アゝ便利の世の中、色の
世の中
色亭艶馬
1885年9月13日「我楽多文庫」(筆写)第3編
【蕎麦によせて同じ心を】 ―半可通人―
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春きぬれば庭もせに。咲そ乱るゝ花巻の。海苔かぐばしく刻蕃椒に。葱の緑は景色のどけし。
夏おとなへば門涼に。天ぷらの薄衣きつ。袖ふく風のひや索麺に焚ゆる蚊遣の煙にかすむ。近
きもりの木かげに。一声の杜宇はめつらしくもまたうらかなしく。目にもつ涙は。山葵のきゝ
しにやあらん。秋の最中の月見蕎麦に。大蒸籠の夜をふかして。艸むらに喞くなる虫の音のい
と細やかなるは。手打にはあらじと思ふ。冬は雪かあられそばの梢になる夜寒には。巨燵へ玉
子とぢこめて。チン/\鴨南ばんの楽み四時つきせぬ詠めある山の手は。都といへど鄙ふりの。
しつけき処をゑらびてし。思案外史。こたび住古せし庵をそこに結びかへて。見つきもすねし
風雅の一構は。世を茶そばにしたる主人が心意気とは。五もくか十目のをか目にぞしらるゝ。
のし板の広き庇は。時雨の音きくによからめれど。不破の月洩らさるは口おしく。柱は麺棒の
あかつきて太からんより杉箸の細くとも青く新らしきをよしとせん此月の三日は土曜日にあな
れば。あすの勤にあんかけかまひなからましとて薬味箱の隔なき友どちをつどへて。坐敷開せ
んほどに。祝の文する/\と綴りてよ。と注文のせはしさに。つゆ加減のよしあしを味ふに暇
なく。湯桶の口から流れ出るまゝを。かいしにして。これはお誂也とかつぎこみ侍りぬ。
十月第二日
山上京男と自惚れる 故郷は芝住居は神田
思案外史 案下 枕下有明しるす
1885年10月24日「我楽多文庫」(筆写)第4編
【柳賛】 ―半可通人―
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春きぬれば庭もせに。咲そ乱るゝ花巻の。海苔かぐばしく刻蕃椒に。葱の緑は景色のどけし。
美人の腰に柳と呼ばれ。柔和に喩へて柳流しといふ。いづれ婦女を離れぬ姿。艶麗といはんよ
り婀娜といはんか。されば生娘にあらず。契情に非ず。桃李の紅白粉を飾る盛は過ぎて。眉の
そりあと淡青く。雨の日に洗髪して。晴れし夕に。三日月の横櫛さす門辺に立てる風情は。塒
貸さうよぬれつばめ。ぬれに来るを待つ間さへ。風に狂へる浮気者。三筋家業の果とやいはん
文は拙きにあらねども趣向はすべて陳腐なり唯前に生娘に非ず契情に非ずといひて暗に芸
妓に似たりてふ意を孕ませ後に至て之をあらはしたるは面白し
1886年2月「我楽多文庫」(筆写)第7輯
【猫の恋】 ―半可通人―
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春きぬれば庭もせに。咲そ乱るゝ花巻の。海苔かぐばしく刻蕃椒に。葱の緑は景色のどけし。
鰹節のめし口に腥からず。玉やと呼ぶ声またゝひにくき。ひるは思寐の尾をうごかして。蛇の
愁念にこがれ。夜は朧月に浮れ出て。暁の霜に男猫のあしあとを追ふ。嬢様は針箱の傍に友な
きを怨めども。家の鼠は鬼の留守に皿小鉢の掃除をせんかゞやく夜目に恋のやみを照さば色は
則これ首輪の鈴のカラ/\/\
一転巧に心経の色即是空に落す巧妙々々
1886年2月「我楽多文庫」(筆写)第7輯
【書生歌】 ―縁山散史―
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国は何処ぞ百里外。 花の都に程遠し。
親しき人と手を分ち、 頼みし親の膝を去り、
立てゝは堅き志、 岩をも徹す桑の弓、
矢竹心のいさましく、 東の空に遙々と、
きつゝなれにし敝衣、 いつかは飾る綾錦。
股に錐刺し。壁穿ち、 千辛嘗めてまた万苦。
粗食に堪へて膝枕、 仮寐の夢の覚る間も、
身を立て名をば揚雲雀、 鶏の群なる鶴となり、
千歳にかをる功績を、 立てん心を忘れじな。
勉めよ君よ励め君。 将相何ぞ種あらんや。
諸葛もむかし書生なり。
1886年8月21日「新体詞選」香雲書屋
【御旗の歌】(東京芝三田木村屋製御旗ビスケツト摺物)
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わが日の本の御旗をば 外国人は如何に見る。
清き白地にめざましく 染出したる緋の丸は。
皇御国の御為に、 忠勇義烈の其民は
四千余万の魂を 大和心の一にして、
寇なす敵にわたりあひ、 無道の刃をうちをりて、
一夫万夫に当りつゝ 命を捨つる覚悟なり。
此健気なる覚悟をば あはれ世界に示さんむと、
御旗彩る紅は われらの惜ぬ血汐なり。
紅葉山人作
1895年5月20日「文芸倶楽部」第1巻第5号
【亜細亜之雲】(軍歌元寇之譜)(廿七年)
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(一)日出づる国
雲は亜細亜を鎖し、 暁暗くして、
見果てぬ海の外、 其勢凄じく。
逆巻く浪を蹴開き、 万丈の光をば、
一天に耀かし、 日の出づる国あり。
(二)益荒猛男
天津御神の御末、 大君と仰ぎつゝ、
幾千万の民、 すべて益荒猛男なり。
天皇一旦起ちて、 麾きたまへば、
老いたるも病めるも、 剣に仗りて皆勇む。
(三)御旗の旭
敵は鬼神なりとも、 何をか懼るべき、
もとより此命、 捧ぐる御旗の旭影。
向ふ所は如何に、 群る大軍の、
雲をも霞をも、 払へや唯一撃に。
(四)一撃微塵
我軍難無く勝ちて、 進入る敵国の、
山河も草木も、 凱歌の声に震ひけり。
稜威耀く太刀の、 切味疑はゞ、
国民奮起ち、 汝が国微塵にせむ。
1903年11月15日「草茂美地」
【うしろ影】
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夏はすゞしき山の手の
青葉がくれに時鳥
あれあの声のゆかしさに
見し横顔は
おゝそれよ
もしえとよべど知らぬふり
何処へお出か憎らしや
いきな浴衣の
うしろ影
【恋ごろも】
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美女不病不嬌
逢ひたいが癪、見たいが恋
つもる話もそちのけに
無理な口説の酒癖も
才子不狂不騒
1910年1月22日「紅葉遺文」
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