大町桂月

おおまちけいげつ(1869-1925)

高知市に生まれる。本名芳衛。1896年東京帝国大学国文科卒業。「帝国文学」創刊につくし編集に当た
る。博文館に入り「文藝倶楽部」「太陽」等に執筆。いわゆる大学派として塩井雨江、武島羽衣と共著
の詞華集『花紅葉』がある。また新詩会編の「この花」は佐佐木信綱・与謝野鉄幹と編集に当たり七編
の詩を寄せている。『黄菊白菊』には25篇の詩と14篇の美文をあつめた。/「日本現代詩辞典」より

美文韻文『黄菊白菊』より

【照る日の光】

てる日の光 さきだてゝ、
あさはみ空に さけぶべく、
     眼をさませ 朝風に。
     起きよ、浮世の いとなみに。
     昨日は水と 逝きにけり。
     たのめ 來らむ 今日の日を。
霞をよもに くばらせて
春はみ空に 聲すらく、
     芽ざす草木と もろともに、
     世にのびいでよ いさましく。
     こぞは空しき 夢のあと、
     たのめ、來らむ この春を。
病の床に おとづれて、
~はしづかに つげゝらく、
     泣くな、すぎにし 罪とがに。
     土にかへせよ そのむくろ。
     浮世はかりの かさやどり。
     たのめ、來らむ 後の世を。


【わが涙】

わが千行の 血の涙
     塵のちまたに そゝぐとも、
くされはてたる 世の人の
     膓はよも 洗はれじ。

いでや汚れし 世の中は、
     走るしかばね ゆく肉の
すだくがまゝに 任せおきて
     高根の月に われ泣かむ。

かきくらしたる 大空の
     ひと雨ふりて 霽るゝごと、
胸のうれひの むら雲も
     涙にのみぞ 解くるなる。

寂しく吹けよ、峯の風。
     かなしき音に鳴け、谷の鹿。
ちゞに碎くる わが心、
     泣きつくさねば はれぬなり。


【胡蝶】

とまれ胡蝶よ、さく花に。
     眠れしづかに、いつまでも。
いましが夢を おどろかす
     風はこゝには 吹かぬなり。

ねにこそたゝね、ひら/\と、
     心ありげに とぶ胡蝶、
春のにしきを おりなしゝ、
     ~や宿れる 汝がはねに。

にほふ霞を うちのせて、
     かはすも輕き 汝がつばさ、
天つおとめの 宙゚も
     かくやとばかり 思はれて。

なれがやさしき くちびるに、
     あくまでも吸へ、花のつゆ。
わが住むやどは せまくとも、
     さくら咲きたり、こゝかしこ。

浮世はとはに 風たちて、
     雨さへあらく そゝぐなり。
うらゝに見ゆる 春の日も、
     こゝろ許すな、やよ胡蝶。

雨やけがさむ、汝がはだを。
     あらしや裂かむ、汝がはねを。
ほゝゑむ花は おほくとも、
     まよひなゆきそ 世の中に。

友とたのまむ 人もなく
     すみもわづらふ かりの宿。
浮世のちりは いとふとも、
     汝にはへだてじ、しのすだれ。

とまれ胡蝶よ、さく花に。
     眠れ、しづかに、いつまでも。
われも浮世に たへかねて、
     わびぬる宿の さびしきに。


【女ごゝろ】

百合を折らむと たちよれば、
     ゆりのもとには 蛇すめり。
にほふ女の やは胸に、
     つらや、つるぎを かくすめり。

見よや、情も ふかくさの
     少將は雪に うもれけり。
見よや、ちぎりし 橋のもと、
     尾生は水に おぼれけり。

女ごゝろの まことなき
     かりの契りの はかなさは、
宵にほのめく いなづまの
     有るかと見れば 消ゆるなり。


【少女子】

あはれ尊き 少女子よ。
あまつ空より あもりたる
     御~とばかり 仰がれて、
世にも稀なる そのさまは、
     人のたねとも 思はれず。

あはれ美しき 少女子よ。
いましが清き まなこには、
     のぞみの光り かゞやけり。
あつき情の やどるらむ、
     ゆたけき胸の やはらかさ。

あはれやさしき 少女子よ。
花よりあかき 唇を
     もるゝも清き その息に、
春風かよふ 心地して、
     むくろも解けむ ばかりぞや。

あはれなつかしき 少女子よ。
われを憐れと 思ひなば、
     浮世の塵にまつはれて
さけむばかりの わが頭
     のせて支へよ その膝に。

あはれ戀しき 少女子よ。
髪はおもひに うちゆるげ、
     口はなさけに 動けよや。
おもひにもゆる わが舌に
     しばし許せよ、その頬を。