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榎南謙一

えなみけんいち(1913-1945)

岡山県金光町生まれ。別名、謙二・黒島謙。はやくから農民運動に従事。ナップに参加す。日華事変に応召。
1945年、北支にて戦死した。/「
日本詩人全集 第7巻」より


「日本プロレタリア文学集39・プロレタリア詩集2」より


【農村から】

   ――失業反対――

――よう戻って来た
娘の手を握りながら
両親(ふたおや)は娘一人ふえたこれからの生活(くらし)を考える
正月だと言って
餅を鱈腹食うて寝ては居れなかった
地主の塀からきこえる
景気のいい餅搗きの音に
餓鬼どもは咽喉をグウグウいわせて駄々をこねた
お父うが鍬をかついで
裏口からコッソリ出かけようとしたとき
お母あはどう言って泣いたか
――三ヵ日にようもまあ、仕事をするだ
フウが悪うて……
米の有り余る豊年に
百姓の納屋はがらん洞だ
出来がよい、と聞けば
――いつかの不足米を、とぬかして
ゴソッと持って行く奴め
豊年じゃいうておどる間抜けがどこにある
百姓の生活は何時もかわらぬギリギリだ
豊年飢饉
バスケットをぶらさげて
東京の工場を追ン出された娘は帰って来た

――操業短縮 強制帰国
――操業短縮 強制帰国
東京モスリン××工場に戦いの火はもえた
人殺しの馘首に抗して
二千の女工たちはストライキへ入った
だが見ろ!
大衆党幹部のポケットへ札束が入り
女工たちの要求は勝手にゆがめられた
失業地獄のどん底で
垢ほどの手当が何になる
泣き 泣き
女工たちの帰って行くのは何処なのか
豊年飢饉になやみ 疲れ
くたばりかけの農村へ!
――よう戻った 達者でよかった
だが、帰って来た娘は
もう肺がくさりかけだ
工場での絶え間ない労働強化に体を痛め
荒い野良仕事は出来そうにもない!
見ろ!
資本家(きゃつら)の死物狂いの重圧は
くたばりかけの農村にまで襲いかかる
産業合理化に押しひしがれ
わしら百姓が
さらに背負わされる数え切れぬ苦労の山々!
わしはあんまり暢気すぎた
遠いようで決して遠くない
他人のようで自分のことだ
農村から!
そうだ、わしらは叫ぼう
失業反対だ!

暗い!
くたばりかけの村は暗い!
だがわしらは貧乏だから賢かったぞ
わしらは合点した
わしらは行こう
此の暗さから抜け出て一つのあかるい出口へ!
わしらは一人じゃねえ
金輪際ガッチリと一緒だぞ!
わしら百姓は一つの赤旗の下、全農へ密集(あつま)る!

おっひろがった野良で肩がはる!
わしらは
春さきの風の中をまっすぐに行きながら
此の闘いをたたかい抜こう!
失業反対だ!

『プロレタリア詩』 1931年4月号に黒島謙名で発表


【無念女工】

お早うさん
昨夜の夢は?
故郷(くに)の庭には柘榴の花が散ってるだろう
けさもまた
やめて帰ろと思うたが
帯はあせたし
汽車賃なしではどうにもならぬ
爪をもがれた蟹のように
冷たい石畳みをヨチヨチと私たちは工場へはいる
今日もいちんち
トタン塀の中で無自由だ!

渇いて 渇いて やりきれぬ
トタン塀の外は
たんぽぽが咲いて乳をながしたような上天気
町の活動小屋がラッパを吹いて廻るし
糸をつなぐ手がこんなにそわそわする
無理もない
娘十七八 いろんなことを考えるンだろ
それに掃き溜めのない青春だもの
年中、蟹の横歩きそのままの立ち通しで
足はむくんで むくんで
夜は死んだようになってねむる
彼女の四年間の会社勤めは
何ンちゅうことだ――肋膜瘤!

棉ごみの中で
青春は八方ふさがり
ニキビの吹き出た頬っぺたをつめたい窓硝子に寄せる
ネクタイの連中は
朝ッぱらから花見に出かけたし
たんぽぽの咲く花は命がけ癪だ
天井を突き抜ける轟音と
その三層倍も湧きあがった棉ごみの中――
見たか
のみでもぶち込まねば
赤い血の出そうにもない襟首を――
のしかかる労働強化!
胸が痛くて血を吐いたが
それでも帰れん、帰れん!
豊年飢饉の村じゃ
田甫がなくて
百姓はウヨウヨと押し合うているのだ

百三十呎(フィート)の煙突の下で
無数の飢えがガンガンのたうっている
ナメクジみたいな沢庵ばかり食わされて
しわくちゃの胃袋が
そろそろ不逞な考えを吹く
昼の休み――
便所に行ったらビラがあった
ダラ幹を蹴っとばせ!
さしあげる手は団扇のように大きい
指輪の代りにガリを切るタコが固い
お、メーデーはもうじきだ!

お早うさん
ゆうべの夢は?
石畳みをほおずき色の蟹が這うている
海は明るい雄弁だし
ホンに春だなあ
だが いつになったら
安心して活動でも見る春がやってくるのかしらん?
無念女工は歯ぎしりして大股にゆく
飢えた胃袋はギリギリと不逞の汽笛を吹きあげる
がまんのオジメをくだいて くだいて
うずうずと寄せ のしかかりせりあげる波は
脈になり 防ぎ難い動力になり
ギシギシとプロレタリアの戦列へ!

『プロレタリア詩』 1931年9月号に黒島謙名で発表
『1931年版日本プロレタリア詩集』より


天瓜粉

この兄が怖いか
おぼつかなげな眼をおずおずさせて
母の胸にあとしざりする

久しぶりに会う兄は
柿いろの獄衣
その傍には
肉親の談話を書きとめている無表情の立会看守
世馴れた大人でさえ
おびえるこのコンクリトの塀のなかへ
よくやってきてくれた、妹よ

兄はそんなに痩せてはいないだろう
ここでは
鰯が食える
豚肉のカレー汁が啜れる
痩せているのはお前だ
このごろのごはんに眼立つのは黒い麦粒だけだろう
高い年貢は
幼いお前までを押しひしぐのか

怖がらずに眼をあけな
兄の全身を縛っている眼に見えぬ鎖が見えぬか
お前にはかならず見える

こんなに痩せたお前に見えない筈があるものか
いつまでもこうしていたいのに
看守の靴がいらだたしげに床をすりつける
さよなら
お辞儀しやがった
ほんとにいじらしいやつ
接見室から出てゆくその後首に
はしかでもわずらったのか
天瓜粉が白く吹いている

暑さだから気をつけるんだよ
さよなら、さよなら、妹よ
おれは
焼けただれた煉瓦屋根の下へ帰ってゆく
さわやかな涼風に胸をふくらせて

――「獄中詩篇」のうち
『詩精神』 1934年9月号に発表
『1934年詩集』より


【夜雲の下】

自動車が動揺すると
細引で縛られたまま
私たちの肩と肩とがごつんとあたる
争議は敗れた
送られる私たちは胸の苦汁をどうすることが出来たろう
「あちらでは吸えないんだぜ」
一本ずつもらった最後の煙草
言いようのない感慨とともに
蒼いけむりを腹の底までのみ
でこぼこだらけの道路を揺られて行った

やがて陽は墜ちたのか
道路にかぶさる青葉がだんだん翳ってくる
うなだれている私たちは
そのとき
道路のただならぬざわめきに気づいた
号外の鈴が慌しく鳴りひびき
気色ばんだ人たちがそこここに群れ
何か声高に話し合っていた
犬養さんが殺されたんだって」
そう教えてくれた男は哀しげな表情をしたが
顔を見合わせた私たちは
思わずきっと眉があがった
1932年5月15日であった

日はとっぷりと昏れて
スピイドを増した自動車は
ますますひどい動揺に喘いだ
車輪の軋りだけは微かにきこえるが
いまはどこを走っているのか
車窓のセルロイドには
泥のようにぬるぬるした闇だけだ
劇しい疲れにうつらうつらとなりながらも
ともすれば私たちは
おびえたように幾度も眼をしばたたいた
恐怖はびっしょりと全身を濡らしてくる
どうなとしやがれと観念きめても
さっきの号外の鈴が耳にこびりつき
しぼんだ心臓は急ぜわしくのたうちつづけている
黒い夜雲は低く垂れさがり
これからしばらくは
つむじ風が荒れるにちがいない

眠っている町角をカーヴすると
自動車は突然スピイドをぐっと緩めた
もう一度肩と肩がごつんとあたり
裂かれねばならぬ私たちは
しょうことなしにほんのすこし微笑み合った
くろぐろと空をのんでしまった
夜雲の下
刑務所の赤い燈が
車窓のセルロイドに点滅するのであった。

――「獄中詩篇」のうち
『詩精神』 1934年12月号に発表