一色醒川

いっしきせいせん(1877-1910)

兵庫県姫路生まれ。本名義朗。幼少の頃から宿痾喘息に悩まされ、13歳で高等小学校を中退、以後独学で漢学国
文を修めたがその頃から「少年園」などに投書を始め、さらに「文庫」に詩、散文を寄せた。1897年神戸に関西
青年文学会神戸支会が設立されると同時に入会し、その機関誌「よしあし草」の刊行に参画するなど、旺盛な活
躍を始めた。特に河井酔茗の信任を得た一色は、1907年「女子文壇」記者として上京し、1910年12月、病により
天に召されるまで、その任に忠実であった。一色は1900年神戸教会で受洗。この時期の作品を集めた詩集『
頌栄
がある。一色醒川は明治浪漫詩壇後期の担い手のひとりとして、「文庫」派のなかにあって、キリスト教詩人と
して認められている。/「近代日本キリスト教文学全集 13 詩集」より


詩集『頌栄』より

 

【默せる時計】

     爾曹我を離るゝときは何事をも
     行能はざる也(
ヨハネ福音書15-05)


うすぐらき室の隅に
靜けき時のきざみは
ふとその音を止(とど)めぬ
瓶(へい)の花ちりてさびし

市のきそひの身ならず
夜會の約はた持たず
その音に夢路辿り
さめてまた音をきゝぬ

夜寒の壁にうつれる
吾影の痩せたる見て
寂寞を味ふとき
セコンドの音は親しき

汝(なれ)なきも朝つ日の
薔薇の色窓を染めむ
汝默すともみち汐は
世の岸に打ち寄せむ

ゆるやかに絶ゆる間なく
とゝのへる音は神が
悠久の山穿つ槌の
幽かなる響ならずや

「わが神はかく働かせり
我も亦」、心ありて
焦慮(あせり)、躊躇(たゆたひ)、かくして
タイムの流かへらず

鍵巻かば渠(かれ)はまた
音たてゝ環(めぐ)るといふ
智慧の子よしかはあらむ
されどわが指はふるふ

沈默の時計(とき)の前に
わが毛の數も知ります
神のみゆるし得べく
深く心の丈を祈らむ

 ともすれば心臆する此頃を我にはげみの鞭うち給へ

【市のどよみ】

     エルサレムよ汝は禍なるかな汝の潔くせらるる
     には尚いくばくの時を経べきや(
耶利米亜記13-27)


美はしき京の夜色よ
黒ずめるいらかの上を
洪水(おほみづ)の遠寄(とおよせ)に似て
かすかなるどよみわたる

うづまける中心(たゞなか)いづこ
流れゆく終局(はてし)やいづこ
不夜城をかざる燭(ともし)の
きはやかに空画(かぎ)るのみ

こゝにしてソドムゴムラの
いにしへをかりにかへし
ねぎもとむロトの挽回(なだめ)の
義人、あゝ十人(とたり)ありや

オゝ十人、その一人に
立てられん我にもあらず
罪の子よ、アダムの末の
運命を共に泣かんか

何処とも捉へがたなの
洪水はとゞろき止まず
空にみつ罪のぞめきの
まぎれ入る常闇の底

われはあり、墓ある山に
黒き花暗(やみ)にすかし見
墓石に耳おしあてゝ
わが魂は冷えもわたるか

 濃き酒の杯とらぬそれまでよ塩は味あるものと思ひき


【わが罪】

     恩の増さん爲めに罪に居るべき乎
      (
ローマ人への手紙0601)


陽炎もゆる丘に出でゝ
土堀りおこす囚人(めしうど)のむれ
律法(おきて)はかれの罪を定めぬ
今はひとしく天つ日浴びて
樂しき労働安(はたらきやす)き休息(いこひ)
鏈(くさり)の繋(つなぎ)も覺えざるらん
かくて忘るゝ罪にありせば
あゝわれ朱(あけ)の衣もいとはじ

慈善市(バザー)に投げし黄金の爲に
情深しと人はとなへぬ
わが氣臆れの沈默(もだし)の故に
淺ましや世はコをたゝへぬ
この僞はりを言ひときえぬも
罪の一つとおのゝきぬるを
はた目を瞑(と)ぢて神を呼ぶ時
あまりに汚れし身とも覺ふ

あゝ人故にわれ罪負へり
蛇の呪ひの舌は吐かねど
みそかに毒を包める蟇(がま)の
小闇にひそむ習ひとなりぬ

離たんか、さはれ惜しきこの罪
忘れんか、あゝ惜しきこの傷
われたゞ祈りて罪このまゝに
清められなん日をし待たん

 あゝわが神あるは獣の前に身を投げても泣かん罪の
 身にこそ
 
鷄(かけ)鳴けば物こそ思へありし日のペテロの悔は
 わがなげきにて


【苺の園】

     土は汝の爲めに呪はる(
創世記3-17)


まひるの光照りわたる
園の苺はうれにけり
小草の蔭にわだかまりて
何うかゞふかくちなはの

靜かに汝が眼をあげよ
五月の野辺の匂はしく
このもかのもの薄みどり
緑の蔭はしげりけり

流るゝ水のさらでだに
末の濁(にごり)におちゆくを
エデンの園を追はれたる
恋のはじめは知らざらむ

互(かた)みに肩にさし交す
よは手をときて少女子は(をとめご)
紅く熟れたる実をつみて
笑みて男を仰ぐなり

乳房こぼるゝ胸わけに
早くも罪は孕めるを
何をか知らむ桂男の
立てる風情の悩ましき

 おぼろ夜を遺戸によりし吐息にも罪を覚ふる身ともなりぬる


【花精】

     それ甦るときは娶らず嫁がず天にある
     神の使等のごとし(
マタイ福音書22-30)


曙近き紅の
光ほのめく窓かけや
鸚鵡は籠に名を呼べど
二人が夢の靜かなる

爐に燃えのこる火は弱く
赤、黄、紫、百花の
埋も隠せし小衾(をぶすま)は
終りの床となりにけり

たゞかりそめの接吻(くちづけ)も
人に許さでうしろ手に
亂れし髪を梳(くしけづ)る
朝の思ひも無かりしに

白金の燭かゞやける
宴の夜を
桂男
胸のほとりに挿かざす
花は萎るゝ運命(さだ)とて

光亡べる夕暮の
星のうすきを傷む子に
霞がくれに行く春の
悲しき色は見せじとや

かばねとなりて水の上(へ)に
なづさひたりしオフヱリヤに
花の紅ましろたへ
匂ひ環(めぐ)りてよりしごと

褐色(かちいろ)の髪浪うちて
美はしき子を二人まで
花の精(すだま)のつゝみつゝ
青野の末に誘ひけむ

互みに交すま玉手に
握れる花はしぼむとも
處女(おとめ)マリアのもとにして
俤(おもかげ)のみはとはににほはむ

 西紙の傳ふるところによるに巴里ラチン部落に
 花束を握りて互ひに抱き合ひ、薔薇、菫、百合
 などの香高き花の中に死たる二人の少女あり、
 一人はマデラインと呼びて19の蕾ゆかしく一人
 はアンゼルと云ひて21の春たけたる子なり事は
 1902年5月にありしことなりとぞ