磯貝雲峯

いそがいうんぽう(1865-1897)

上野国碓氷郡九十九村(現群馬県安中市)生まれ。本名内田由太郎、のち磯貝姓。1885年、同郷の先輩
湯浅半月の勧めにより新島襄の同志社英学校に入学した。卒業と同時に巌本善治の女學雑誌社社員と
なり、「女學雑誌」を舞台に作品を次々に発表した。特に1891年は彼の短い生涯において記念すべき
年で作品も多く、殊に長篇叙事詩「知盛卿」が発表され耳目を集めた。‘自ら知らず、歌なるや、詩
なるや、将たまた文章なるをや、只是徒らに七五の句調を乱用して文字を並べしのみ’‘趣向の新ら
しきなく、句調旧套を脱せず’の謙辞があるが、新体詩創始期の史的展開上忘れられぬ一篇である。
                                 /「日本現代詩辞典」より

『知盛卿』(長韻文)より

【第一回 山寺】

まつかぜの、     音冴えわたる
夕まぐれ、      ねぐらにとまる
鳥が音も、      いまはきこえず
なりにけり、     窓のすきもる
ともしびの、     光りもさむし
木の間の山寺、
世を捨てゝ、     すがたをやつす
すみぞめの、     ころもの袖も
うちしめる、     とほき旅路の
くさまくら、     あかし暮して
ゆくみちに、     日も暮はてゝ
津のくにや、     須磨の浦近く
なりにけり、     かすかに見ゆる
ともし火の、     影のあたりに
たどり來て、     おとなふ聲に
いらへして、     迎ふるひとは
これもまた、     世をうち捨つ
やまでらに、     きよき月日や
送るらん、      むかしながらの
あまならじ、     その故あらば
知らまほし、     聞かしめ給へと
問はるれば、     露にしほるゝ
女郎花、       ちからなげにぞ
見えにける、     こほるゝなみだ
おしぬぐひ、     答へけるやう
ふたとせの、     むかしと今は
なりにけり、     平(たひら)のやから
おとろへて、     榮えのはなも
ちりはてつ、     月のひかりも
かくれゆく、     八しまの海に
しづみけり、     なつかしき子も
我がつまも、     あづまの夷に
うたれても、     はかなき人と
なりにけり、     木末(こずえ)はなれし
つたかづら、     かゝる方なき
身のうへの、     生き長らふは
本意ならず、     夫子(つまこ)とゝもに
うなばらの、     藻屑となるぞ
のぞましき、     さはさりながら
われなくば、     たれか夫子の
あと弔(と)はんと、  ひとりこゝろに
おもひたち、     惜しからぬ身を
ながらへて、     ぼだいを弔(とふ)こそ
かなしけれ、     今はなにをか
かくすべき、     すぎこし方を
かたらなん、     平のやからに
中納言、       知盛卿と
きこえしは、     わが夫(つま)なりけり
わが子をば、     知章(ともあき)とぞ
なづけゝる、     やから諸とも
こゝのへの、     みやこの空を
たちいでゝ、     八重の汐路の
うきなやみ、     うきつ沈みつ
さだめなき、     身となり果ぬ
なつかしき、     夫子もいまや
うたかたの、     水のあはとも
消ゆるらん、     千ひろの海に
しづみても、     底のもくづと
なるらんと、     ふかく思へば
ひとりのみ、     居らるべしやは
われもまた、     まだ空さむき
はつはるに、     花のみやこを
たちさりて、     ならはぬ旅に
いでにけり、     まだ風さむみ
みづぐるま、     みな瀬に響く
よどがはの、     みぎはの葦に
しも見えて、     わづかに匂ふ
あさ日かげ、     かゝる山崎
うちこえて、     我住みなれし
ふるさとを、     後に見なして
ゆくみちを、     いそぐのも尚
なつかしき、     夫子にあはん
こゝろなり、     世のなる果と
云ひながら、     先きの榮華に
ひきかへて、     つゆ霜しげき
くさごろも、     なれぬ宿りに
かりねして、     夢のうき世は
よしあしも、     分けぞかねぬる
なには江の、     葦の葉わけの
風の音の、      身にしむ夜半に
つきかげの、     宿るもきよき
こやのいけの、    波うつきはを
過ぎ行けば、     明ぬとつぐる
とほやまの、     鐘のひゞきも
なる尾がた、     よするしら波
たちかへり、     かはる日數も
重さなりて、     一の谷へぞ
つきにける、     女子(をみな)を陣に
ゆるさねば、     姿をやつし
しのび入り、     夫とわが子に
まのあたり、     見えしときぞ
うれしかりける、
わが夫の、      語り給はく
源と、        平のやから
勝負(かちまけ)の、  けじめのいくさ
明日かとよ、     いざや我子よ
きゝねかし、     久しきむかし
わがやから、     奇しきいさほし
たてしより、     一門さかえを
きはめけり、     凡そさかえて
衰ろふをぞ、     世のことわりと
きゝはべる、     あはれ悲しきかも
いづの海や、     沖の小島に
立つと見し、     あだ波たかく
打ちかはり、     東(あづま)のものゝふ
雲のごとく、     かすみの如く
うちなびき、     わが一門にぞ
うちよせぬ、     いきほひ猛き
あだなみの、     よせつ返しつ
あまたゝび、     止まりざりければ
岩がねの、      動かなき世も
みだれそめ、     平のやから
あまたゝび、     せめたゝかふも
ひさかたの、     雲にそびゆる
たかきやの、     崩るゝときに
ひともとの、     はしらのいかで
さゝゆべき、     さればたゝかひ
勝たずして、     のずえの草に
おくつゆと、     消えかゝらんも
ものゝふの、     當とこそきけ
いさほなく、     空しく果てんぞ
くちおしき、     されば我子よ
よきあだと、     取組みてこそ
果つべけれ、     めゝしき名をな
ながしそと、     云ひも終らず
わが妻よ、      味方もろ共に
うなばらの、     底にしづまば、
遇ひ見んも、     今宵限りと
知りねかし、     はや夜も更ぬ、
ひたゝれや、     よろひ兜も
取り出しね、     はやとく/\と
いそげども、     はる/゛\訪來(とひき)て
つまと子に、     明日や別れん
今日かぎり、     また遇ふ事も
なみふかく、     怨みを殘して
消ゆるかと、     思ひまはせば
はらわたも、     千々に碎くる
こゝちして、     いそぎかねても
とり出しぬ、     着飾るさまの
いさましく、     やたけに早る
みこゝろを、     見るにつけても
せきあへぬ、     なみだに袖を
しぼりつゝ、     一樹のもとに
やどりをり、     おなじ流れを
汲むほども、     先きの世からの
ちぎりぞと、     人は云ふとぞ
もろともに、     あまたの月日を
過ぎし身の、     今宵かぎりの
わかれかと、     思ふこゝろぞ
いたはしと、     消え入る計り
なげきけり、     まだ夜深しと
ものゝふは、     はかなき夢を
むすびつゝ、     しばしまどろむ
たかいびき、     靜けき夜半は
きこえけり、     裝ほひすれば
わがつまは、     子をはげましつ
ゆみ矢とり、     いさほをたてゝ
たとへ身は、     露と消ゆるも
我が名をば、     よろづよまでも
のこさんと、     いさみ立ちける
程こそあれ、     うらのやま/\
なりひゞき、     もゝいかづちの
おちしごと、     くづるゝ計りに
きこゆれば、     敵(あだ)こそ來つれと
うちさはぎ、     あはてふためく
ものゝふは、     取るべきものも
取りあへず、     我おくれじと
走せ出でぬ、     われも城をば
のがれ出で、     行く道すがら
かへり見て、     わが夫いかに
わが子はと、     たゆとふ内に
ながむれば、     夜あらし高く
火おこりて、     とくもえ移る
棟と棟、       暫しのひまに
一の谷の、      城は火の穗と
なりにけり、     またも夫子を
おもひ出で、     尚おしまるゝ
わかれ路の、     悲しきこゝろの
かはらねば、     はる/゛\送りし
かひなかりけり。


【第二回 須磨の浦】

うつりゆく、     末さだめなき
世のなかの、     さまやあはれと
かこちつゝ、     空うちあほぎ
地にふして、     昔しを問へど
かひもなく、     空しくかへる
須磨のうら波、
うつゝとも、     夢とも分かず
立ちさはぐ、     平のやから
磯に下(お)り、    つなげる舟の
ともづなを、     とく間遲しと
こぎいでゝ、     沖つ波路に
むかふあり、     のり入る人の
かずしげく、     波間にしづむ
ふねもあり、     あるはおくれて
きしに立ち、     かへらぬ舟を
まねきけり、     夜風はげしく
ふきあれて、     逆巻く火(ほ)の穗に
ひさかたの、     空もゝゆべき
いろ見えて、     凄まじき樣を
あとになし、     よせくる敵(あだ)の
ひと馬の、      音をきゝつゝ
下り立ちて、     波路わたらん
ふねもなく、     波うつきはに
たちよりて、     彳(たたず)むひとぞ
あはれなりける。
むらちどり、     波路の末に
鳴くこえも、     あはれをそふる
あけがたに、     ほの/\見ゆる
山といふ、      山のみね/\
しらはたの、     なびかぬくまも
なかりけり、     見ゆる限りは
谷といふ、      谷間/\に
人馬の、       音ものすごく
きこえけり、     八重の汐時に
帆をあげて、     うき世の波路を
かこちつゝ、     なみに從がひ
風にまかせ、     浮びいでしは
わがやから、     御座舟をば
さきだてゝ、     候(さむら)ふひとの
舟なりけり、     城をのがれつ
磯にいで、      明けゆく空に
むちあげて、     濱路づたひに
落ちたまふ、     風にまたゝく
ともし火の、     かげ計りなる
わが世とて、     なげきし事は
ゆめならで、     常なきかぜに
わが身さへ、     やがてはかなく
なりはてんも、    白なみさわぐ
沖のふねを、     うち見やりてぞ
いそぎける、     消えゆく末も
つゆ知らず、     しのゝめの空
あけそめて、     鵯(ひよどり)ごえの
あけがらす、     高ねのもりに
なきたちて、     さだめなき世の
さま見せて、     姿かはり行く
よこぐもの、     おくにきこゆる
かねの音も、     明けぬとひゞく
頃なりけり、     いそげば何時か
みなと河、      武庫の泊りも
うち過ぎて、     草おひしげる
ふく原に、      ありし昔を
しのぶにも、     傾ふく日かげは
かへりしが、     須磨の山ざと
たちはなれ、     渚によする
かたをなみ、     かへすかたなき
衰運を、       なげきしひまに
おくれけん、     のりおくれしか
うち惜しや、     いかにひと/\
ふねよせて、     乗らしめ給へ
それがしは、     平(ひら)のやからに
はべるとて、     扇をあげて
呼びにけり、     折からふきたつ
浦かぜを、      しら帆にうけて
ゆくふねの、     かへるべしとも
見えなくに、     暫し手綱を
引きとゞめ、     みぎは近くも
立ちよりて、     沖をはるかに
うちながめ、     今はやからに
たちおくれ、     のがれがたなき
籠のとりの、     空をながめつ
ひさかたの、     雲をこひしと
見るがごと、     あらしの風に
むら千どり、     ふき分けられつ
立ちまよひ、     友なつかしと
よぶがごと、     ものゝふ三人(みたり)
たゝずみぬ、     くろ毛の駒に
うちのりて、     くろ地錦(ぢにしき)の
ひたゝれに、     しら糸威(をど)しの
よろひを着て、    鍬形うてる
かぶとをつけ、    高く立てたる
あかはたの、     ひるがへるこそ
いさましけれ、    こは父ならん
かたはらに、     駒うちよせて
かたらふは、     たれにやあらん
その子かも、     うき織ものゝ
ひたゝれに、     紫威しの
兒(チゴ)よろひ、   未だ若木の
山ざくら、      花さかぬ間に
うもれ木と、     朽ちはつべしとは
知らまゆみ、     引てかへらぬ
ことながら、     思ひかへすぞ
ぜひもなき、     ふたり何をか
かたりけん、     駒立て直し
むちをあげ、     西に向ふて
いそぎけり、     ほどなく渡す
かるも河、      かりの命を
長らうも、      ながく治まる
君が代を、      むかしに返さん
こゝろなり、     こまのはやしの
朝かぜに、      いなゝく駒の
こゑたかく、     波よる方を
ながむれば、     須磨の浦にと
つきにけり、     舟やいづこと
見るうちに、     遠く聞ゆる
聲すなり、      近づくまゝに
さやかにも、     それに渡らせ
さふらふは、     平の族(やから)に
かくれなき、     大將(いくさぎみ)とぞ
見たてまつる、    いざやかへせと
呼ぶこゑに、     今は何をか
たゆたはん、     駒ひきかへし
中納言は、      敵をめがけて
走せにけり、     從がふつはもの
弓を張り、      一人の敵を
射てけるが、     殘れる二人
太刀かざし、     打かゝりければ
知盛も、       打ち合ふ刃
かげさむく、     匂ひそめたる
朝つく日、      光りもきよき
うらなみの、     よせて碎くる
玉の緒の、      絶えなば絶えん
時までもと、     防ぎたゝかふ、
程こそあれ、     敵と敵との
間(あひ)に入り、   あな危しと
見えにけり、     暫しおくれて
知章、        父うたせじと
かけへだて、     つひに敵をば
組みしきて、     そが首(かうべ)をば
かきとりぬ、     父上落のび
給へかし、      見わたす限り
野にやまに、     雲かすみとも
立なるぶ、      敵のいくさぞ
ひとおほき、     かけよる敵の
こみ入らば、     遂に空しく
討れなん、      はや御座船に
ちかづきて、     君を守らせ
たまへとて、     すゝむる言葉に
知盛は、       一むち駒に
加へしが、      またも手綱を
ひきとゞめ、     わが子を敵に
渡しつゝ、      いかでこゝをば
のがるべき、     共に討たれて
果つべしと、     暫し磯邊に
たゆたへば、     とく落ち玉へ
やよ父と、      呼るゝこゑに
さてはとよ、     こゝろにかゝる
沖つなみ、      消えてまほしく
思へども、      君やいかにと
ながめつゝ、     かへらぬ波に
こま入れて、     舟をさしてぞ
のびたまふ、     さすがにたけき
ますら男も、     子故に心や
まよひけん、     見すてかねたる
わが子をば、     千たびもゝたび
かへり見て、     今やあだびと
うちよせん、     何時かはかなく
討たれんと、     思ひ殘して
出でたまふ、     心の内こそ
あはれなれ、     ふみとゞまりて
知章、        いといさましく
すゝみいり、     あだをかず/\
打とりつ、      火花をちらして
たゝかひぬ、     刃も折れて
ちからつき、     敵にうたれて
うせにけり、     これぞ我子の
はてなりき、     はてしむくろに
ありきてふ、     殘せるふみは
これぞかし、     さればたびゞと
十六の、       春としなれど
花咲かぬ、      つぼみのまゝに
わかさくら、     嵐のもとに
ちりはてゝ、     老木(おいき)にさきだち
枯れはてし、     心はいかに
けなげならずや。


【第三回 波路】

ふるさとに、     ふたゝび歸る
よしなしと、     波路のうへに
うきねして、     覺つかなくも
見るゆめに、     ありし昔しを
しのびつゝ、     ゆくえも知らぬ
白なみに、      白帆をあげて
ふくかぜに、     任せはてたる
ちひろの海原。
あはぢしま、     かよふ千鳥と
詠じけん、      むかし寢覺し
せきもりは、     のどけき夢や
結びけん、      いまは汐路の
梶まくら、      舟人(ふなびと)となる
身のはてをば、    なげきあかしつ
よもすがら、     夢も結ばで
あかつきの、     千鳥のこえを
聞くときは、     かなしかりけん
あらいそや、     波路陸地(くがち)も
はる/゛\と、    見えこそ渡れ
たかさごや、     尾のへの松に
ゐるたづの、     千代の瀦翌ヘ
ふきかへて、     あだの旗のみ
うちなびき、     平のやから
ほろびゆく、     あはれ悲しきかも
さかえにし、     花の都(みや)こに
としを經て、     月雪花に
あこがれし、     昔のさまに
ひきかへて、     うき事つもる
舟のうちに、     明日知らぬ身を
かこちつゝ、     ともに袖をや
しぼりけん、     帆かげさびしく
見えにけるかな。
知盛は、       船のほとりに
駒をよせ、      身はのりうつり
助かりぬ、      やがて手綱を
きりはなち、     暫し駒をば
うちまもり、     汝(なれ)もともにと
思へども、      ところ狭きこそ
ぜひなけれ、     忠(まめ)につかへし
汝(な)がこゝろ、   世にある限り
わすれまじ、     波路にありて
いかにせん、     生きながらへん
すべもなし、     とくかへりねと、
云ひはてゝ、     なみだながらに
むちうてば、     駒はかしらを
立てなほし、     陸地をさして
泳ぎ出でぬ、     舟にありける
人みなも、      あはれと云ひつ
見るほどに、     駒は磯邊に
立ちあがり、     沖をはるかに
かへり見て、     波路ふきこす
あさかぜに、     いなゝく聲の
さやかにも、     舟のうちまで
聞こえけり、     駒もこゝろの
ありけりと、     人々あはれを
もよほしぬ、     やかて知盛
いひけらく、     あはれひと/\
きゝねかし、     舟をもとめて
乗らばやと、     磯に下りたつ
あさぼらけ、     あだに討れて
はつべきを、     武さしの守(かみ)に(知章)
へだてられ、     からく逃れて
落ちのびぬ、     やけのゝ原に
なくきゞす、     子故に身をも
こがすとぞ、     ねぐらにとまる
あしたづも、     子故のやみに
まよふとぞ、     子を愛くしむ
こゝろねは、     鳥だにかくこそ
あるべけれ、     況(ま)してやひとの
こゝろをや、     親にかはりて
はつる子を、     見る/\敵に
わたしても、     つれなくすてゝ
のがれぬと、     人は云ふらん
さりながら、     今うたるべき
身ならじと、     君をおもへば
わが子だに、     數ならじとて
思ひすて、      駒打ち入れしが
わが子をば、     見かへる毎に
やゑばもて、     胸を刺さるゝ
こゝちせり、     いかなる親は
子をすてゝ、     逃るゝらじと
云ひをはり、     瀑なすなみだに
ものゝふの、     よろひの袖ぞ
ぬれにける、     聞くひとみなも
憐はれとて、     聲をおしまず
なげきけり、     實(げ)にや倒るゝ
たかどのを、     ひともと柱は
さゝへ得ず、     平のやから
あはれにも、     あほうな原の
そこふかく、     ふかき哀れを
のこしても、     もくづとこそは
朽ちにけるかな。
子はいかに、     夫やいかにと
よもすがら、     磯のとま屋に
かりねして、     おぼつかなくも
ゆめにのみ、     遇ひ見る姿を
うつゝにて、     見るよしもなき
かなしさに、     かたみとだにも
まよひつゝ、     日ねもす磯に
下りたちて、     ゆきこふ人に
こと問ひつ、     八重の汐かぜ
こゝろあらば、    便りせよとて
まちくらし、     かへるかりがね
たまづさを、     はやくつてよと
まち明かす、     月もうつりて
日もかはり、     波路にはてし
わがつまと、     須磨の浦にて
よるなみの、     あわと消えにし
わが子との、     ゆくえの程を
知りてけり、     ひとめもたえし
やまに入り、     己がこゝろに
まかせても、     音をばなかんと
はるかにも、     世をばへだつる
山に入り、      今やわが身は
うきことも、     見ぬめの浦に
すみかへて、     世を忘れ貝
ひろひても、     安き月日を
送るてふ、      あまになりにし
こゝちして、     望みは絶えて
あらし吹く、     松の木の間の
ふるてらに、     石碑(いしぶみ)たてゝ
夫と子の、      跡弔(とふ)らはん
こゝろなり、     明けぬとすれば
看經(かんきん)に、  日をば暮しつ
くれぬれば、     窓さしこめて
ともし火の、     ひかりもよそに
知られねば、     世にすてられつ
世を棄てつ、     木のした道に
こけふみて、     み墓に花を
手向けつゝ、     こゝろは高く
そらだきの、     けふりの末に
おもひなし、     ながき月日を
おくらなん、     されば旅びと
やまてらに、     我世をすてし
ことわけの、     そのあらましは
かくなりけん。


【梅咲く方】

一「さとの子よ さとの子よ。
  うめのはな 咲くてふかたは いづこぞや」
     うなゐ子が うなゐ子が、
     ほゝゑみて ゑくぼの奥より 答(いら)へけり。
 「アノかたよ アノかたよ」。
  うぐひすの こゑするかたを ゆびざして。
        こゑするかたを ゆびざして。

二「さとの子よ ことゝはん、
  汝がとしは このはるたちて いくつにや」。
     うなゐ子が やがてまた、
     あぜみちの つばなぬくてを 打やすめ、
 「斯うなりや かうなりや」。
  ましろなる かた手のゆびを さしのべて。
        かた手のゆびを さしのべて。

三「さとの子よ まてしばし
  汝がいへは いづれのかたぞ きかまほし」。
     うなゐ子が たちもどり、
     つゆのごと きよき目をもて 我を見つ。
 「彼處ぞや かしこぞや」。
  木の間なる しづがわらやを ゆびざして。
        しづがわらやを ゆびざして。

四「うるはしき さとの子よ。
  かくばかり たがためぬくか そのつばな」。
     うなゐ子が あはれにも、
     やまもとの 松の木かげを 打見やり、
 「ちゝはゝに さゝげんと」。
  あたらしき ふたつのはかを ゆびざして。
        ふたつのはかを ゆびざして。

五「あはれ、さや あはれ、さや。
  なきかずに 汝がちゝはゝは 入りしとや」。
     うなゐ子が いらへけり、
     しづかにも うちたれ髪を うちふりつ。
 「さにあらず、さにあらず」。
  ひさかたの あまつみそらを うちながめ。
        あまつみそらを うちながめ。

六「ちゝはゝは かしことや。
  うなゐ子よ さらば失せぬる 人なるを」。
     なほ頭を うちふりて
    「かしこなる たのしき國に ありと聞く、
  このつばな ともに見ん」。
  ほそき手に もてるつばなを さしあげて。
        もてるつばなを さしあげて。

七 うなゐ子が いひにけり、
 「わが老母は、いへに待ちてや おはすらん
     いざゝらば たびゝとよ」。
     たのしげに さして行ゑを ながむれば、
  あぜのはて もりのうち
  うぐひすの こゑするかたに いりにけり。
        こゑするかたに いりにけり。

1894年2月23日發行「同志社文學」第74號


【亡友を憶ふ】

のどけき風に  きたやまの、
    去年のみゆきや とけぬらん、
加茂の川なみ  たちかへり、
    みやこははるに なりにけり。
千種の花は   をちこちに、
    いろ香たへにも さき匂ひ、
やなばをたてに あやにしき、
    をりいでし樣の おもしろさ。

のどかにねぶる よひ/\の、
    ゆめのうちにて おもふどち、
花下かげを   ゆきかへり、
    うちつれあそぶ たのしさよ。
いづれはかなき ひとの世の、
    いつをうつゝと さだむべき。
さだめなければ おなじくは、
    かくて我世を  へなましを。

こずゑのとりの なくこゑに、
    ゆめはおどろく あさぼらけ、
世になき君を  おもひいで、
    ありしむかしを しのぶかな。
去年のやよひの よあらしに、
    ちりけん花は  はるまちて、
咲き匂へども  なききみが、
    かへり來ぬこそ かなしけれ。

ちるを惜めど  春のはな、
    あらしさはがば ちりぬべし。
見んとはすれど あきのつき、
    雲のかゝらば  かくるべし。
世にあたらしき ひとの身の、
    ときにもあらぬ あだし世の、
無常のかぜに  さそはれて、
    つゆとちるこそ ぜひなけれ。

あしのかりねの ひとよにも、
    似たらんほどの 世なりしが、
きみがのこしゝ みづくきの、
    あとうるはしく にほふなり。
花をばながめ  とりをめで、
    かぜにうそぶき 月を見て、
きみがうたひし ことのはぞ、
    いろ香かはらぬ かたみなる。

たかくも城の  たつほとり、
    ながれのきよき あさひ川、
むかしのかげを 見すれども、
    きみがふるさと あれまさり、
あめもあらしも すきもりて、
    いともいぶせき しづがやに、
きみにおくれて あはれにも、
    ふたりの老ぞ  のこるなる。

すぎしはたとせ たらちねの、
    はごくみぬるも あだにして、
はるをむかへし ひともとの、
    花はあやなく  かれぬれば、
わたりぐるしき 世の中の、
    あらきなみぢに さまよひて、
ゆくへさだめぬ 小ぶねにも、
    たとへんさまや これならん。

そらふきわたる はるかぜは、
    世のあはれをも 知らざらん。
人のなげきを  よそに見て、
    こゝろなげにも かよふなり。
千ぐさのはなは さきいでゝ、
    ちりゆくさまは かはらねど
とりのなく音に なき君を、
    しのぶこゝろの かなしさよ。

1895年3月15日發行「中京文學」第25號