心の姿の研究
1 【夏の町の恐怖】
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焼けつくやうな夏の日の下に
おびえてぎらつく軌条(れーる)の心。
母親の居睡りの膝から辷り下りて
肥つた三歳ばかりの男の児が
ちよこ/\と電車線路へ歩いて行く。
八百屋の店には萎えた野菜。
病院の窓の窓掛は垂れて動かず。
閉された幼堆園の鉄の門の下には
耳の長い白犬が寝そべり、
すべて、限りもない明るさの中に
どこともなく、芥子の花が死落ち
生木の棺に裂罅(ひび)の入る夏の空気のなやましさ。
病身の氷屋の女房が岡持を持ち、
骨折れた蝙蝠傘をさしかけて門を出れば、
横町の下宿から出て進み来る、
夏の恐怖に物も言はぬ脚気患者の葬りの列。
それを見て辻の巡査は出かゝつた欠伸噛みしめ、
白犬は思ふさまのびをして
塵溜の蔭に行く。
焼けつくやうな夏の日の下に
おびえてぎらつく軌条の心。
母親の居睡りの膝から辷り下りて
肥つた三歳ばかりの男の児が
ちよこ/\と電車線路へ歩いて行く。
2 【起きるな】
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西日をうけて熱くなつた
埃だらけの窓の硝子よりも
まだ味気ない生命がある
正体もなく考へに疲れきつて、
汗を流し、いびきをかいて昼寝してゐる
まだ若い男のロからは黄色い歯が見え、
硝子越しの夏の日が毛脛を照し、
その上に蚤が這ひあがる。
起きるな、起きるな、日の暮れるまで。
そなたの一生に涼しい静かな夕ぐれの来るまで。
何処かで艶いた女の笑ひ声。
3 【事ありげな春の夕暮】
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遠い国には戦があり……
海には難破船の上の酒宴……
質屋の店には蒼ざめた女が立ち、
燈光にそむいてはなをかむ。
其処を出て来れば、路次の口に
情夫(まぶ)の背を打つ背低い女――
うす暗がりに財布を出す。
何か事ありげな――
春の夕暮の町を圧する
重く淀んだ空気の不安。
仕事の手につかぬ一日が暮れて、
何に疲れたとも知れぬ疲がある。
遠い国には沢山の人が死に……
また政庁に推寄せる女壮士のさけび声……
海には信天翁(あほうどり)の疫病……
あ、大工の家では洋燈が落ち、
大工の妻が跳び上る。
4 【柳の葉】
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電車の窓から入つて来て、
膝にとまつた柳の葉――
此処にも凋落がある。
然り。この女も
定まつた路を歩いて来たのだ――
旅鞄を膝に載せて、
やつれた、悲しげな、しかし艶かしい、
居睡を初める隣席の女。
お前はこれから何処へ行く?
5 【拳】
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おのれより富める友に愍まれて、
或はおのれより強い友に嘲られて
くわつと怒つて拳を振上げた時、
怒らない心が、
罪人のやうにおとなしく
その怒つた心の片隅に
目をパチパチして蹲つてゐるのを見付けた――
たよりなさ。
あゝ、そのたよりなさ。
やり場にこまる拳もて、
お前は
誰を打つか。
友をか、おのれをか、
それとも又罪のない傍らの柱をか
詩6章
1 【路傍の草花に】
▼
何といふ名か知らないが、
細い茎に粟粒のやうな花をもつた
黄いろい草花よ、
路傍の草花よ。
――何だか見覚えがある。
銀のやうな秋風が吹いて、
黄いろな花が散つてゐる。
あゝ、さうだつけ。――
中学校の片隅の
あの黒壁の図書庫(ぐら)の蔭に隠れて、
憎まれ者の私が、
濡らした頼もぬぐはずに
ぢつと見たのもお前だつたが――
長い/\前のことだ。
あの眇目(めつかち)の意地悪は、
破れ靴を穿いた級長は、
しよつちゆう眼鏡を懸けたり脱したりし乍ら、
よく私と喧嘩した蒼白い英語教師は、
今はみな何うなつてゐるやら。
銀のやうな秋風が吹いて、
粟粒のやうな黄いろい花が
ほろ/\と散つてゐる。
2 【口笛】
▼
少年の口笛の気がるさよ、
なつかしさよ。
青塗の自動車の走せ過ぎたあとの
石油のにほひに噎せて、
とある町角に面を背けた時、
私を振回つて行つた
金ボタンの外套の
少年の口笛の気がるさよ、
なつかしさよ。
3 【手紙】
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「もう十年も逢はないが、
君はやつぱり昔どほり
元気が盛んだらう。」と
その手紙に書いてあつた。――
湯にでも這入らうかと
それ一つを望みに、
ぐつたり疲れて帰つた時、
机の上に載つてゐた
昔の友の手紙に。
4 【花かんざし】
▼
上野公園の前の広場の
花見時の人ごみの中を――
華やかなパラソルの波の中を、
無雑作におし分けながら、
大きな青風呂敷の包みを肩にして、
帽子もかぶらずに、
のそり/\と歩いて行つた丈の高い男よ。
あの、人を莫迦にしたやうな髯面が
今でも目に見える。――
擦りきれた黒羅紗の背広の
がんじやうな肩付も、
大きな青風呂敷の包みも、
さうだ、それから、あの
(私はそれが悲しいのだが)
左の胸の衣嚢(かくし)に挿した
紅い花かんざしも。
5 【あゝほんとに】
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夜店で買つて来た南天の鉢に、
水をやらずに置いたら、
間もなく枯れてしまつた。
棄てようと思つて、
鉢から抜いてみると、
根までから/\乾せてゐた。
「根まで乾せるとは――」
その時思つたことが
妙に心に残つてゐる。――
あゝほんとに
根まで乾せるとは――
6 【昨日も今日も】
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めら/\と、
またゝく間にめら/\と
焼けてしまふ紙の快いかな。
湿つた粘土の塊のやうなものが
我が頭にあり、
昨日も、今日も。
めら/\と、
またゝく間にめらめらと
焼けてしまふ紙の快いかな。
詩集『呼子と口笛』より
【はてしなき議論のあと】 1911.6.15/TOKYO
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われらの且つ読み、且つ議論を闘はすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。
われらは何を為すべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。
われらはわれらの求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の求むるものの何なるかを知る、
しかして、我等の何を為すべきかを知る。
実に五十年前の露西亜の青年よりも多く知れり。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。
此処にあつまれる者は皆青年なり、
常に世に新らしきものを作り出だす青年なり。
われらは老人の早く死に、しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。
見よ、われらの眼の輝けるを、またその議論の激しきを。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。
ああ、蝋燭はすでに三度も取りかへられ、
飲料の茶碗には小さき羽虫の死骸浮び、
若き婦人の熱心に変りはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の疲れあり。
されど、なほ、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。
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(註)
■V NAROD=ヴ・ナロード。ロシアの革命家達のスローガンで、「人民の中へ」の意。
【ココアのひと匙】 1911.6.15/TOKYO
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われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を――
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり。
はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。
【激論】 1911.6.16/TOKYO
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われはかの夜の激論を忘るること能はず、
新しき社会に於ける‘権力’の処置に就きて、
はしなくも、同志の1人なる若き経済学者Nと
われとの間に惹き起されたる激論を、
かの5時間に亘れる激論を。
‘君の言ふ所は徹頭徹尾煽動家の言なり。’
かれは遂にかく言ひ放ちき。
その声はさながら咆ゆるごとくなりき。
若しその間に卓子のなかりせば、
かれの手は恐らくわが頭を撃ちたるならむ。
われはその浅黒き、大いなる顔の
男らしき怒りに漲れるを見たり。
5月の夜はすでに1時なりき。
或る1人の立ちて窓をあけたるとき、
Nとわれとの間なる蝋燭の火は幾度か揺れたり。
病みあがりの、しかして快く熱したるわが頬に、
雨をふくめる夜風の爽やかなりしかな。
さてわれは、また、かの夜の、
われらの会合に常にただ1人の婦人なる
Kのしなやかなる手の指環を忘るる能はず。
ほつれ毛をかき上ぐるとき、
また、蝋燭の心を截るとき、
そは幾度かわが眼の前に光りたり。
しかして、そは実にNの贈れる約婚のしるしなりき。
されど、かの夜のわれらの議論に於いては、
かの女は初めよりわが味方なりき。
【書斎の午後】 1911.6.15/TOKYO
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われはこの国の女を好まず。
読みさしの舶来の本の
手ざはりあらき紙の上に、
あやまちて零したる葡萄酒の
なかなかに侵みてゆかぬかなしみ。
われはこの国の女を好まず。
【墓碑銘】 1911.6.16/TOKYO
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われは常にかれを尊敬せりき、
しかして今も猶尊敬す――
かの郊外の墓地の栗の木の下に
かれを葬りて、すでにふた月を経たれど。
実に、われらの会合の席に彼を見ずなりてより、
すでにふた月は過ぎ去りたり。
かれは議論家にてはなかりしかど、
なくてかなはぬ1人なりしが。
或る時、彼の語りけるは、
‘同志よ、われの無言をとがむることなかれ。
われは議論すること能はず、
されど、我には何時にても起つことを得る準備あり。’
‘かれの眼は常に論者の怯懦を叱責す。’
同志の1人はかくかれを評しき。
然り、われもまた度度しかく感じたりき。
しかして、今や再びその眼より正義の叱責をうくることなし。
かれは労働者――1個の機械職工なりき。
かれは常に熱心に、且つ快活に働き、
暇あれば同志と語り、またよく読書したり。
かれは煙草も酒も用ゐざりき。
かれの真摯にして不屈、且つ思慮深き性格は、
かのジュラ山地のバクウニンが友を忍ばしめたり。
かれは烈しき熱に冒されて病の床に横はりつつ、
なほよく死にいたるまで譫語を口にせざりき。
‘今日は5月1日なり、われらの日なり。’
これかれのわれに遺したる最後の言葉なり。
その日の朝、われはかれの病を見舞ひ、
その日の夕、かれは遂に永き眠りに入れり。
ああ、かの広き額と、鉄槌のごとき腕と、
しかして、また、かの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、常に直視する眼と、
眼つぶれば今も猶わが前にあり。
彼の遺骸は、1個の唯物論者として、
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の撰びたる墓碑銘は左の如し、
‘われには何時にても起つことを得る準備あり。’
【古びたる鞄をあけて】 1911.6.16/TOKYO
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わが友は、古びたる鞄をあけて、
ほの暗き蝋燭の火影の散らぼへる床に、
いろいろの本を取り出だしたり。
そは皆この国にて禁じられたるものなりき。
やがて、わが友は1葉の写真を探しあてて、
‘これなり’とわが手に置くや、
静かにまた窓に凭りて口笛を吹き出したり。
そは美しとにもあらぬ若き女の写真なりき。
【家】 1911.6.25/TOKYO
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今朝も、ふと、目のさめしとき、
わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて、
顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが、
つとめ先より一日の仕事を了へて帰り来て、
夕餉の後の茶を啜り、煙草をのめば、
むらさきの煙の味のなつかしさ、
はかなくもまたそのことのひょっと心に浮び来る――
はかなくもまたかなしくも。
場所は、鉄道に遠からぬ、
心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ。
西洋風の木造のさっぱりとしたひと構へ、
高からずとも、さてはまた何の飾りのなくとても、
広き階段とバルコンと明るき書斎・・・
げにさなり、すわり心地のよき椅子も。
この幾年に幾度も思ひしはこの家のこと、
思ひし毎に少しづつ変へし間取りのさまなどを
心のうちに描きつつ、
ラムプの笠の真白きにそれとなく眼をあつむれば、
その家に住むたのしさのまざまざ見ゆる心地して、
泣く児に添乳する妻のひと間の隅のあちら向き、
そを幸ひと口もとにはかなき笑みものぼり来る。
さて、その庭は広くして、草の繁るにまかせてむ。
夏ともなれば、夏の雨、おのがじしなる草の葉に
音立てて降るこころよさ。
またその隅にひともとの大樹を植ゑて、
白塗の木の腰掛を根に置かむ――
雨降らぬ日は其処に出て、
かの煙濃く、かをりよき埃及煙草ふかしつつ、
四五日おきに送り来る丸善よりの新刊の
本の頁を切りかけて、
食事の知らせあるまでをうつらうつらと過ごすべく、
また、ことごとにつぶらなる眼を見ひらきて聞きほるる
村の子供を集めては、いろいろの話聞かすべく・・・
はかなくも、またかなしくも、
いつとしもなく若き日にわかれ来りて、
月月のくらしのことに疲れゆく、
都市居住者のいそがしき心に1度浮びては、
はかなくも、またかなしくも、
なつかしくして、何時までも棄つるに惜しきこの思ひ、
そのかずかずの満たされぬ望みと共に、
はじめより空しきことと知りながら、
なほ、若き日に人知れず恋せしときの眼付きして、
妻にも告げず、真白なるラムプの笠を見つめつつ、
ひとりひそかに、熱心に、心のうちに思ひつづくる。
【飛行機】 1911.6.27/TOKYO
▼
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ・・・
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
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