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石川善助

いしかわぜんすけ(1901-1932)

仙台市生まれ。漁船員、雑誌記者など多くの仕事に従事したが、生活は常に逼迫していた。 1932年、淀橋角筈の
草野心平の家に移り、6月に乱粋、電車から落ちて死亡した。「日本詩人」「詩神」などに詩を発表。死後、詩集『亜
寒帯』が出版された。詩集の序文を書いた高村光太郎は 「彼は徹頭徹尾北方人」であったという。耐え、持続する
意志が詩に鋭い反発力を与え、存在の痛みを表出することになっている。/「日本現代詩辞典」より

石川善助全詩集「亜寒帯」より


◆北太平洋詩篇

【候鳥通過】

夕暮の黄に明滅し、
おびただしい候鳥のむれむれが、
かをかを啼いて島を過り、
微塵のやうに地平線(おき)へ墜ちる。

季節の流すあれら散點、
永劫の空に現はれ消える
時間のなかの悲しい擦過。

意志は梵(ブラフマン)に向つて飛ぶ、
あけくれ啼いて鳥と飛ぶ、
疲れた肋體(にく)の内面に
黒い點描をのこしてゆく。

+------------+

(編集部註)
 ■候鳥(こうちょう)=渡り鳥
 ■微塵(みじん)=粉微塵=微細な塵(ちり)
 ■點=
旧字=点
 ■梵(
ブラフマン)=唯一存在・真我←ウパニシャッド哲学の根本概念

【繋留場小景】

舷から抛(な)げる
縄はS型に海に墜ち、
倒景に眩ゆいぶる罫を引く、
忽ち玻璃末を接ぐ秋のコバルト。

+------------+

(編集部註)
 ■ぶる罫=波罫=波型の罫線→“〜〜〜”
 ■玻璃=はり=ガラス


【海洋の光覚について】

波浪の空に描くトロコイド。
赤い浮標の揺れるあたりは、
網膜に色彩がひどく興奮し、
魚扠(やす)を間違へていかんです。

+------------+

(編集部註)
 ■光覚=光感覚
 ■トロコイド=チョー難解!→
これ
 ■魚扠(やす)=魚を突く銛(もり)。→
これ


【無言貿易】

厨房の汚物を波に抛(な)げた。
海は呑む、笑つて呑む。
俺ら、夕暮網を巻くとき、
海は精悍な魚(やつ)を置いてゆく。


【候鳥回歸】

酸素の希薄な上空に群れ

 南へめざす候鳥の飛翔

  鳴膜管を秋に鳴らし

   本能の焦る方角へ

    悲しく鼓翼する

     花雲は映えて

      微塵は亂れ

       空に散る

        天末線

         落暈

          海

          ・

+------------+

(編集部註)
 ■
候鳥=(こうちょう)=渡り鳥
 ■
鼓翼=鼓する=勇気を奮い立たせて=翼=飛翔する
 ■亂れ=旧字=乱れ
 ■天
末線=スカイライン
 ■
落暈(らくうん)
     =
暈(かさ)=太陽や月の光の輪=が落ちて来る印象?


【海景と徒日】

漂流物の吹きよせられて水に書く篆字、
空しく波を啄き波へ飛び去る一羽の鴎。

舷の日向で俺は管(パイプ)の錆をとる
鐵刷毛の剥ぐ赤い粉飛散
静かに光をよぎる落下を睹つめる。
鐵の軋りに震ひかちあふ歯牙の琺瑯、
俺は酸えて海へ唾液する。
舷側を折れ水にのびるものの影、
港はプルキンエのなかに暮れる。

零(ゼロ) 零 俺は一日を海に失ふ。

光を追ひ波の白にあぎとふ渦まく魚紋。
人影はこぶ豆糟板の圓穴(まるいた)透かす空の亞鉛。

+------------+

(編集部註)
 ■篆字(てんじ)=篆書体の文字=印鑑に使う
こんなやつ
 ■睹つめる=見つめる
 ■
プルキンエ(現象)
   =夕方に赤色の部分が黒ずんで見え逆に青色の部分が明るく見える現象
 ■あぎとふ=口偏に禺と書く。=魚が水面に出て口をぱくぱく開く様子


【海の娼婦】

そいつは身がさりさりに荒れてゐた。
縮れた髪は鯣(するめ)を燻す匂ひがした。
そいつは太い凸凹の齦から
磯風のやうな呼吸(いき)をした。

――渚には雨が降つてゐた。
――心は寒く海に通ふ。

水に落ちる燈火の赤い螺旋状(スピラアル)・・・

――心は寒く海に通ふ。
――海には風が吹いてゐた。

そいつは温(ぬく)く白粉くさく眠つてゐた。
汗ばむ胸は暗礁のやうに固かつた。
そいつの職業は酒を飲み、漁夫らを抱いた。
そいつと俺らは海から少しの銭を得た。

+------------+

(編集部註)
 ■齦=はぐき=歯茎 


【鰊】

水禽の飛翔を冠(かぶ)りながら、
オコック海の氷洞より群れて来る。
切なく精射を感じながら、
沿海へ鋭刀(メス)のやうに突きささる。
水泡に青金を散らしながら、
網巻揚機(キャプスクン)に捲きこまるもの。

+------------+

(編集部註)
 ■水禽=水鳥
 ■オコック海=オホーツク海 


【鱈】

氷塊(ざえ)の水晶に尾鰭を磨き、
自己の肉や脂貶に燃えながら、
北より来る紡錘形の群々が、
嚢網(ふくろあみ)で水の最後を噛み合ふとき
ウインチは最初の歯車(ギヤ)を噛み合はす。
鱈、何がオコック海より呼んだのか、
おまへらとともに死にゆくあまたの孵子(はららご)。
朝焼けの景象を収めて死ぬ二つの眼。

民族の遠い母系に流れる、
悲しいポリネシアの乳を飲む。

黒潮は朱金を鎔いて眩(くる)めき騒ぎ、
雪は大初の渾沌(カオス)を散らす、


(暁晨(しののめ)の七寶荘厳は淡(うす)れゆき・・・・・・)

波濤を碎(くだ)く島影の煙立つ雪の鮮畫(フレスコ)。

+------------+

(編集部註)
 ■脂貶=脂肪を貶めた言葉? 


【飛魚】

波を截(き)り空に飛び立つ紡錘型の群、
鼓翼し光を散らすゼラチンの鰭、
忽ち耀く抛物線は波に消え失せる。
――飛魚だ。
網膜に黄斑を擦る魚の印象
――飛魚だ。
變差のあとの海の無聊の蒼々と巨いなる。
芒乎と天に睹ひらく二つの眼晶、
波のトロコイドを寫す空しい思念・・・・・・。

+------------+

(編集部註)
 ■睹ひらく=見ひらく
 ■トロコイド=チョー難解!→
これ
 ■寫す=旧字=写す 

  ◆市街前書

【團扇】

萎ひてゐる、疲れてゐる
角膜の赤い女である。
一列の麦酒の箱の上で、
骨をしごき團扇を貼る。

うすら寒い室の硝子に
呼吸は曇り光は濁る。
けはしく肺や顔をゆがめ、
ものうく習性(ちから)をくりかへす。

蹼のやうな掌をたれ、
糊ひき濕(しめ)り、彩りよごれ、
にがい念魂(おもひ)をこめてゆく。

ひとよ、
團扇をすかしてみるがよい。
あれらは痩せた指をひろげ
幽(はる)かに風よび煽るのである。

+------------+

(編集部註)
 ■蹼=みずかき

◆沿海地方 「金華山風光」

【空観】

どこを叩いても固い花崗岩、
掌をなめてゐた蝿はどこへ行つた。
金華山、圓錘型の頂で、
生きものは私といふ一點。
島島、天に破墨を描く
海山の大きい景観(ながめ)に坐つて、
きーんと耳を鳴らしてゐる。

皺だつ波の青いかげ、
自然の寂しい磁力を恐れる。
芒の哀れな冠毛に揺らぐ
何ものにかく焦心する。
感情(おもひ)は急にぐるりと轉(まは)され、
ぞつと、寒慄(さむけ)・・・・・・
全細胞に満つるは血か、何か、
私はああ空(くう)に薄れてしまふ。

+------------+

(編集部註)
 ■空観=くうかん・くうがん=仏教ですべての事物は
      本質をもつ実体として存在しているのではない
      という真理を認識すること。
 ■破墨=はぼく=水墨画の技法のひとつ


【業】

夕餉を待つひとときの懶(ものう)さ・・・・・・
風光に疲れ感覚に疲れ、
砂地に伏して水母の類を見る。

どこが口、手か足か、
ふうわりと始生代(どーん)の水に浮んでゐた
下等な遊惰な生活をかんがへる。

しだいに細胞(セル)のあいよりわかれた
ものの生(いのち)の初めをおもふ。

濤聲に倦いた、威神に倦いた
私・意志の屈(こご)んだ軟體よ。
遠いかの日の業(かるま)がめぐつて来たのだ。

+------------+

(編集部註)
 ■始生代(どーん)=dawn=夜明け・
・始まり兆し・曙光
 ■業(かるま)=
カルマの法則


【鯨油工場】 ―鯨魚死而慧星出、准南子―

釜底に沸沸ゆれる鯨の大脳よ。
けだるく油脂の臭ひはのぼり。
しだいに造花は鎔けてゆく。

曾つてあれら軟柔な皺襞(ひだ)のなかに
青い心象が燃えてゐたのだ。
古い記憶が生きてゐたのだ。
脳・・・・・・
茫乎としてああ涯しもない、
私は遠い過去世を思ふ。
混沌(カオス)のなかに私は消える。

Heave ho! Heave ho!
斑に夕日をうけて人と機械は、
感覚のむかうにちらちら動く。

+------------+

(編集部註)
 ■Heave ho! =(重い物を)持上げる、投げる、引っ張る
         =作業時の掛け声だろう。 
 ■准南子=えなんじ:前漢の学者。
        聡明で「鴻烈」を著し、現存する21篇を「准南子」という。


◆郷土周邊

【下山慕情】

火山荒砂の坂を下りれば、
野放し馬が芒のなかに見え隠れ、
それが私の業(カルマ)に見え、ひひと嘶(な)く。
夕ぐれ山にひとりでゐるのは、
冷たい古世代の寂しさです。
尾呂骨あたりに焦心するは、
遠い祖先の衝動(さわぎ)なのです。
駱駝をまねる嶽(やま)また嶽、
紅葉も桔梗も黒影(シルエット)、
暗みに流れる硫黄の匂ひ。

もうもう視覚が朧ろになれば、
どんなに意志を励ましても、
しだいに心は私を離れ、
後にあまたの化像を描く。
急けば遅れる私の分身、
むかう噴湯のあたりから、
私の聲で呼びかける、呼びかける。

+------------+

(編集部註)
 ■尾呂骨=尾てい骨?


【私】

話、話話話話・・・・・・
あまた性格の交錯響にあつて、
ひとり、スプーンの楕圓に面を寫し、
歪め、正し、逆さまに會釋する。
この奇異な像の睹(と)みつあるは私か。
目配せしつつ共同の自穴(ドグマ)に墜ちてゆく、
銀線光にのびくぐむもの、
私をかんがへ、私はかんがへる。

+------------+

(編集部註)
 ■寫す=旧字=写す
 ■會釋=旧字=会釈
 ■自穴(ドグマ)=教義・教理・教条・独断・こだわり
 ■のびくぐむ=伸び屈(くぐ)む


【生】

怠惰にして何か切なる感情よ、
私は沼邊に坐つて蜻蛉の列を眺めてゐる。

透明な青い光波に浮んで、
ひらひらぱらふいんの脈翅を動かし、
蜻蛉番(つが)ひて水面に簇(むら)がり、
静かに倒景の沈むところに、
肢は秋の日暮をつかみ、倉卒として胚種を下す。
風が過ぎれば蒲穂みな南に斜立(のめ)り、
冷たく漣は泥洲に光る壜を舐める。

かれら空に黒い點となり、微塵に失はれ、
忽ち赤い炎となつて現はれ、
ひとすぢひとすぢに生をつながんとする。
哀れ蟲けらのする焦心にさへ本能にさへ、
印度風な因果の相(すがた)を観るのです。

私は貧血症の指を腮(あご)に組んで、
ひたすら無極にすがらうと瞼を閉ぢた。

+------------+

(編集部註)
 ■倉卒=そうそつ=慌しい・突然・なげやり
 ■無極=果てのないこと。きわまりのないこと。 


◆抒情詩篇

【生きるもの】

月下の水を貪り舐むるは、
おたまじゃくしのむれむれなり。
ひるひる,(コンマ)の尾をうごかし、
汗なき寒天(あがめ)に喘ぐなり。
耐えられず、耐えられず、
われ、
こころをとりて水に抛ち、
言葉も荒くののしりたり。

+------------+

(編集部註)
 ■寒天(あがめ)=寒空のことを“あがめ”と言う?方言?←不明