【漂泊】
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蓆戸(むしろど)に
秋風吹いて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ
亡母(なきはゝ)は
処女(をとめ)と成りて
白き額(ぬか)月に現はれ
亡父は
童子(わらは)となりて
円き肩銀河を渡る
柳洩る
夜(よ)の河白く
河越えて煙の小野に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に触れたり
故郷の
谷間の歌は
続きつゝ断えつゝ哀し
大空の返響(こだま)の音と
地の底のうめきの声と
交りて調は深し
旅人に
母はやどりぬ
若人(わかびと)に
父は降(くだ)れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節は残れり
旅人は
歌ひ続けぬ
嬰児の昔にかへり
微笑みて歌ひつゝあり
【五月野】
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五月野(さつきの)の昼しみら
瑠璃(るり)囀(てん)の鳥なきて
草長き南国(みなみぐに)
極熱の日に火(も)ゆる
謎と組む曲路(まがりみち)
深沼(ふけぬま)の岸に尽き
人形(ひとがた)の樹立見る
石の間(ひま)青き水
水を截(き)る円肩(まろがた)に
睡蓮(ひつじぐさ)花を分け
のぼりくる美(うま)し君
柔かに眼を開けて
王藻髪捌け落ち
真素(ます)膚に翻(か)へる浪
木々の道木々に倚り
多(さは)の草多(さは)にふむ
葉の裏に虹懸り
姫の路金(こがね)撲つ
大地(おほづち)の人離野(ひとがれの)
変化(へんげ)居(を)る白日時(まひるどき)
垂鈴の百済物
熟れ撓む石の上
みだれ伏す姫の髪
高円(たかまど)の日に乾く
手枕の腕(かひな)つき
白玉の夢を展(の)べ
処女子(をとめご)の胸肉(むなじし)は
力ある足(たり)の弓
五月野の濡跡道(ぬれとみち)
深沼の小黒水(をぐろみづ)
落星(おちぼし)のかくれ所(ど)と
伝へきく人の子等
空像(うたかた)の数知らず
うかびくる岸の隈
湧き上ぼる高水に
いま起る物の音
めざめたる姫の面
丹穂(にのほ)なす火にもえて
たわわ髪身を起す
光宮(ひかりみや)玉の人
微笑みて下り行く
湖(うみ)の底姫の国
足(あ)うらふむ水の梯(はし)
物の音遠ざかる
目路のはて岸木立
昼下(お)ちず日の裏洞(まほら)
迷野(まよひの)の道の奥
水姫を誰知らむ
【不開の間】
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花吹雪
まぎれに
さそはれて
いでたまふ
館(たち)の姫
蝕める
古梯(ふるはし)
眼の前に
櫓だつ
不開(あけず)の間
香(かぐ)の物
焚きさし
採火女(ひとり)めく
影動き
きえにけり
夢の華
処女(おとめ)の
胸にさき
きざはしを
のぼるか
諸扉
さと開く
風のごと
くらやみに
誰(た)ぞあるや
色蒼く
まみあけ
衣冠(いかん)して
束帯(そくたい)の
人立てり
思ふ今
いけにへ
百年(ももとせ)を
人柱
えも朽ちず
年若き
つはもの
恋人を
持ち乍ら
うめられぬ
怪(け)し瞳
炎に
身は燃えて
死にながら
輝ける
何しらん
禁制(いましめ)
姫の裾
なほ見えぬ
扉とづ
白壁に
居る虫
春の日は
うつろなす
暮れにけり
【安乗の稚児】
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志摩の果安乗(あのり)の小村
早手風岩をとよもし
柳道木々を根こじて
虚空(みそら)飛ぶ断(ちぎ)れの細葉
水底の泥を逆上げ
かきにごす海の病(いたつき)
そそり立つ波の大鋸
過(よ)けとこそ船をまつらめ
とある家(や)に飯(いい)蒸(むせ)かへり
男(お)もあらず女(め)も出で行きて
稚児ひとり小籠に坐り
ほほゑみて海に対(むか)へり
荒壁の小家(こいえ)一村(ひとむら)
反響(こだま)する心と心
稚児ひとり恐怖(おそれ)をしらず
ほほゑみて海に対へり
いみじくも貴き景色
今もなほ胸にぞ跳る
少(わか)くして人と行きたる
志摩のはて安乗の小村
【淡路にて】
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古翁(ふるおきな)しま国の
野にまじり覆盆子(いちご)摘み
門(かど)に来て生鈴(いくすゞ)の
百層(もゝさか)を驕りよぶ
白晶(はくしやう)の皿をうけ
鮮(あざら)けき乳(ち)を灑(そゝ)ぐ
六月の飲食(いんじき)に
けたゝまし虹走る
清涼の里いでゝ
松に行き松に去る
大海(おほうみ)のすなどりは
ちぎれたり絵巻物
鳴門の子海の幸
魚(な)の腹を胸肉(むなじゝ)に
おしあてゝ見よ十人(とたり)
同音にのぼり来る
【秋和の里】
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月に沈める白菊の
秋冷(すさ)まじき影を見て
千曲少女(をとめ)のたましひの
ぬけかいでたるこゝちせる
佐久の平(たひら)の片ほとり
あきわの里に霜やおく
酒うる家のさゞめきに
まじる夕の鴈の声
蓼科山の彼方にぞ
年経るをろち棲むといへ
月はろ/″\とうかびいで
八谷(やたに)の奥も照らすかな
旅路はるけくさまよへば
破(や)れし衣の寒けきに
こよひ朗らのそらにして
いとゞし心痛むかな
【月光日光】
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月光の
語るらく
わが見しは一(いち)の姫
古(ふる)あをき笛吹いて
夜も深く塔(あらゝぎ)の
階級(きざはし)に白々と
立ちにけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姫
香木の髄香る
槽桁(ふなげた)や白乳(はくにゆう)に
浴(ゆあ)みして降りかゝる
花姿天人の
喜悦(よろこび)に地(つち)どよみ
虹たちぬ
月光の
語るらく
わが見しは一の姫
一葉舟湖(こ)にうけて
霧の下まよひては
髪かたちなやましく
乱れけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姫
顔映る円柱(まろばしら)
驕り鳥尾を触れて
風起り波怒る
霞立つ空殿(くうでん)を
七尺(せき)の裾曳いて
黄金の跡印(つ)けぬ
月光の
語るらく
わが見しは一の姫
死の島の岩陰に
青白くころび伏し
花もなくむくろのみ
冷えにけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姫
城近く草ふみて
妻覓(ま)ぐと来(こ)し王子(みこ)は
太刀取の耻(はぢ)見じと
火を散らす駿足に
かきのせて直走(ひたばせ)に
国領を去りし時
春風は微吹(そよふ)きぬ
【花柑子】
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島国の花柑子(はなかうじ)
高円(たかまど)に匂ふ夜や
大渦の荒潮(あらじほ)も
羽をさめほゝゑめり
病める子よ和(なご)の今
窓に倚り常花の
星村にぬかあてゝ
さめ/″\となけよかし
生(いく)をとめ月姫は
新なる丹(に)の皿に
開命(さくいのち)貴宝(あで)を盛り
よろこびの子にたびん
清らなる身とかはり
五月野の遠(をち)を行く
花環(はなたまき)虹めぐり
銀(しろがね)の雨そゝぐ
【戯れに】
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わが居(を)る家の大地(おほづち)に
黒き帝の住みたまひ
地震(なゐ)の踊の優(いう)なれば
下り来れと勅)あれど
われは行きえず人なれば
わが居る家の大空に
白き女王(めぎみ)の住みたまひ
星の祭の艶なれば
上り来れと勅あれど
われは行きえず人なれば
わが居る家の古厨子に
遠き御祖(みおや)の住みたまひ
とこ降る花のたへなれば
開けて来れとのたまへど
われは行きえず人なれば
わが居る家の厨内(くりやうち)
働く妻をよびとめて
夕の設(まけ)をたづぬるに
好める魚のありければ
われは行きけり人なれば
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