【光の氷花】
▼
僕は吸入器の天使らに慰安を求めなければならない。
垂した白いエプロンに、一ところ肺臓型の汚點(しみ)がある。
僕は規則正しく服藥しなければならない。
手のオブラートは薄い。去つていつた戀人のやうに。
僕はレントゲン光線の前に立たせられ、宣告を受けなければならない。
光の氷花(つらら)が堅固な扉を開くので。
僕はぼくの樹根のやうな肋骨の底深く沈みこんだ、宿命の朽葉を信じなければならない。
撮影された胸腔の内部を覗かせられながら。
そして、僕はいつも少量の食物と一しよに、砂のやうな僕自身を噛みしめなければならない。
齲(く)った大臼歯の奥の方で――
+------+
(註)
■齲(歯)=むしば、カリエス
【菊】
▼
彼女が久しく寝てゐた部屋を閉め切つた。僅かに障子に穴を開け、
そこから導管を差し込んだ。私は消毒器に火を點じてから戸外に出た。
私は沼の邊を歩き出した。野霧が籠めてゐた。月――月の中の蒼
白い彼女の顔。彼女は絶えず痙攣する口腔から、ぺつぺつ血を吐き
かける。夜更が巻煙草を濕らした。
遠くで鶉(うずら)が鳴いてゐた。
翌朝。私は部屋の目張をすつかり剥がした。さつと開け放した障子。
闖入する秋冷。私は強烈なフオルマリンの臭氣の中に立つてゐた。
刺戟の針の鋭い襲撃。充血した私の眼鼻がひりひり痛む。逝つた彼女
の駄々が私を擲つのだ。私はもう一度、彼女を口の中で呼んでみた。
すると、小川のせせらぎと菊の香が、涕泣する愛撫のやうに流れて來た。
【村】
▼
村の端れの傾斜した、公衆自働電話室。破れた硝子戸に、千切れた
夕雲が流れてゐる。水車番の腰のやうな把手が、嗄れたその聲のやう
な呼鈴の音が、遠い岬の松籟をひびかせる。
惡いことをした覺えはない。
だのに、私は送話器雲母の
谿間から、この世で一ばん惡
いことを囁いた。神様 それ
をお咎めなされませ! たつ
た孤りが一ばん純しい。たつ
た獨りが一ばん潔い。私はそ
れを知らなかつた。
村の剥げ落ちた、赤塗の公衆自働電話室。私はいつたい、誰を呼んで
ゐたのでせう? 壊れたその硝子戸に、丘の雛菊たちが搖れてゐる。
【鮠】
▼
透明體の秋氣には何一つ沈澱してゐなかつた。私は収穫後の葡萄畑
に枯枝を剪んだ。木鋏の音が空に滲透した。枝の隆起した癌腫状のとこ
ろを折るごとに、白蝋性の幼蟲が蠕動してゐた。
夕暮が私に促した。
私は蟲を鈎に刺し、絲を裏の小川に垂れた。指先に残る淡い觸感。冷
たい記憶よ! 蟲は水中を水銀氣泡のやうに光つて消えた。私は緩や
かな流れに沿つて浮子(うき)を追ひ、川縁の雑草を飛び越え、飛び越え
歩いて行つた。
四邊に夜が羽搏いた。家畜らは柔順な眼を閉ぢた。そして、家家の洋燈
の下では、幸福が、鶫(つぐみ)の胸毛のやうに顫えてゐるかに思はれた。
+------+
(註)
■鮠=なまず
■四邊=あたり。辺り
【初秋】
▼
白扇の汚れに目立つ、夏の疲勞素。
やがて、細胞の一つ一つにも。
秋の榮養が、循環するだらう。
肉身の慈愛のやうに。
オレンヂ色の、洋燈の瞳孔。
涙腺に集る、夢の昆蟲、
蛾は微けく羽搏いて、
白い頁に、挟まれる。
【音】
▼
滲んだ碧空が瞳にしみた。落葉を蹈んだ。靴の下にも秋が潜んでゐた。
犬が先立つた。嶺に浮んだ白い断雲。花芒が霧のやうに飛散した。
急坂が呼吸のピストンに石灰を増加する。
薄れ陽。薄れ陽にちかちかする空氣銃。肩の空氣銃は新しい。
私は一羽の鶸(ひわ)を射ち落した。とその樹の梢から、同時に二羽の鶸が飛び降りた。
破れた硝子のやうな三羽の悲鳴が、茨の向ふへ駈け消えた。
私はそのまま坂を下りかけた。私は微かな空間の波動にさへ搖られてゐた。
何處かで、木の實の落下する音がしてゐた。
【芽・光】
▼
彼女はハンモツクの中で觸角をふり、敏感な觸角は光の波を切る。
*
彼女は歯のない小さな口に、美しい貝ボタンを閉めて眠る。
*
彼女の唇は、水晶の乳首をくはえてゐる。光がそこから割れて、空に七色の弓を張る。
*
彼女は精巧な發光器をもつてゐる。
*
雨ごとに彼女は鋭利なナイフをますます鋭く研ぐ。
――Stainless Knife,Made in Germany.
*
雲の重さが、黄色い水藥にしたしませる。彼女は頭の上で、蝿のやうに揉手をする。
*
ひからびた老人の指さきに緑色の爪がのびる。
【島】 To my K.Maruyama
▼
麥稈帽子は輕く、皮紐の胴亂は重い。波の音はひびかない。
響はここまでとどかない。
その蛋白石色の蝴蝶は、性急で、神経質な表情のやうに、
草から草へ、枝から枝へと逃れて行つた。
私はいつか、林をぬけて、絶壁に@(のぞ)んでゐた。
紺碧の濤が、白い布を岩岩に晒してゐた。
千鳥が群れ翔んだ。海風が少女の手つきで、帽子を弄ぶる。
どこか空の亀裂から、寒冷な氣流が流れてゐた。
その夜、私は漁師の家の瞬く洋燈の灯影で、血痰を喀いた。
私は蚊帳に縺れつきながら、
高熱體の網膜の奥を飛翔する、蛋白石色の蝴蝶を追つかけて、
いつまでもいつまでも、捕蟲網を振り廻してゐた。
+------+
(註)
■胴亂=胴乱=植物採集用の円筒形や長方形の入れ物
【葉書】
▼
皮膚がこんなに透明になつて、薔薇色の爪がいつか蜜柑色に變つてきたのは、
甘酸つぱい水藥に親しんでゐるせいでせうか?
私は花ばかりを愛するやうになりました。
丘からは河が海のやうに展け、オゾーンにとんだ氣流の中で、
野生の草花が搖れてゐます。
私はそれで小さな花束を造つて戻るのです。
歸りの坂道で、私はいつも、蜒い長い葬列に行き逅ひます。
夜、私は眠つてから、碧玉の波間へ散り込む、流星の花吹雪の中に、
いつまでも佇ちつづけてゐます。
【高原】 To my T.Miyoshi
▼
穹圓では星座が拭きとられ、たつた今、半球と半球の色が彩りか
へられた。空氣は寒冷、叢には露が藹(おほ)かつた。私は父に手を
引かれて、苜蓿花の爛れた原の、白い木柵にそつて靴先を濡してゐ
た。私はいつも、蠶(かいこ)色の皮膚に、頭蓋と眼球ばかりが大きく、
輝いてゐた。
柵のつきた所に、牛が一頭、展けた湖に向つて咆えてゐた。
私はいきなり、父の手をしつかと縋つた。おお、なんと怖ろしい
地獄の光景!
――神さま!
牛は白布で両眼を覆はれ、冷え冷えするセメントの土間に立つた
まま、四脚は革紐で縛りつけられてゐる。口腔と鼻孔からの、尾を
ひいた唾液と荒い呼吸は、靜かな朝の湖面を亂しはせぬか。鐵鎚
が角と角との間に閃いて、一切の神神さへ顔をそむけ瞳を閉ぢ給ふた。
忽ち、私は毛むじやらな腹部に、靴ばきで立つてゐる屈竟な若者
を見た。男の握りしめた氷の龍刀。一瞬、炸裂する蒸氣機關の流
血とその迸音。腥(なまぐさ)い空気がゆつくりと、木立の高ノ吸ひ取
られて行つた。そして、蝉の聲と窓窓の太陽!
私は、何時の間にか父の掌が、私の前へ、硬質燒のコップを差し
出してゐるのを見つけた。
+------+
(註)
■穹圓=穹円=空
■苜蓿花=うまごやし=クローバー
【My Shadow】
▼
This shadow may be a castle in the air,
or a sobbing flower under a lamp.
私はわたしを離れよう。時間と一しよに滑り落ちる、砂時計の小砂のやうに。
私はわたしを遠ざからう。鏡に別れる餘韻のやうに。
私はわたしを逃れよう。延びすぎた、葡萄蔓の追つかける、白い片雲のやうに。
私はわたしを忘れよう。空間で崩れるパイプの煙環(わ)のやうに。
やがて、
私はわたしを發見けるだらう。夕暮どきの石垣の、小溝の中に。
白い、蛇の皮の千切目から、瞬きかはす星星のやうな私を………
+------+
(註)
■This shadow may be a castle in the air, or a
sobbing flower under a lamp.
=‘この影は空中の城、洋燈の下の啜り泣く花’
【丘の上】
▼
雲が、季節が、僕を誘ふ。
僕を促す。
翩翩と旅行服を靡(なび)かせて。
僕は草の上で、出發の祈祷をする。
僕の手の十字科植物!
葩(はな)の中のエルサレム!
小さな昆蟲の翅音(はねおと)にさへ、僕は愕(おどろ)く、
僕は孤りだ。
僕は誰にも「さやうなら」をしないだらう。
風は花粉を、
花粉は空間を、
僕は飄飄と旅空を流れるだらう。
だが僕の洋傘、僕のトランク。
僕はあまり輕装(みがる)でない、
根幹のやうに、根毛のやうに。
ああ雲が、季節が、出發する。
僕を残して、
僕を置きざりにして。
+------+
(註)
■翩=へん=翻る=ひるがえる
■葩=はな=はなびら
【雲】
▼
銀の小匙と朝風と、小鮎のやうな仄かな私の希望!
――鮎は朝靄の鍵穴から、そつと覗いてノツクする。
私は釣をするだらう。私は絲を垂れるだらう。
私は空に錘(おもり)を下ろすだらう。
雲間を流れる水の色!
水の鏡のイエス様!
私の夏帽子は輝いてゐる。私のハンカチーフは純白だ。
私はちつとも悲しくない。私の睫毛は濡れてない。
だがしかし、銀の小匙と玻璃皿と、和蘭苺が呼ぶだらう。
行きずりの、遠い私を呼ぶだらう。
やがて私は戻るだらう。甘いミルクと苺酸と、やがて私は
戻るだらう。やがて私の悲しみが、私の味覺に戻るだらう。
+------+
(註)
■玻璃=はり=ガラス、七宝
■和蘭苺=オランダイチゴ
■苺酸=イチゴヨーグルト
【丘】
▼
撞き終へた鐘の音の、最後の響が、鐘を離れる。
私は空に弓を引く。
矢は響を………
友人がまた放つ。
矢は矢を………
姉がまた射つ。
矢は矢を、矢は矢を………
ああ、妹が、弟が、從兄妹が、母が、父が。
だが、私の矢はかへらない。遠い空間で翼を生やす。
そして、
鳥は鳥を、鳥は鳥を、鳥は鳥を、鳥は鳥を………
【海】
▼
窓の遠くにい波。矢車草と海の煙と。空が頭を垂れてゐる。
雨に重たく垂れてゐる。
額に下がつたエドワード、種痘の神のジエンナーよ。
ビイカーの中のリトマス液よ。
私の胸に聽診器。この吸盤の冷たさが、象牙の縞目の冷たさが、
胸郭(むね)の秘密をそつと開く。
雲の向ふの浮島よ。
トランクの中の吸入器よ。
私は船に乗るだらう。私は甲板に佇つだらう。私は雨に濡れながら。
そして私は叫ぶだらう。
―――海鳥よ、おお鴎らよ。たつたひと時、白いお前の翼に乗つて、
悲しい私の歌を忘れに行かう………
【檢温器】
▼
今宵ちかちかする洋燈の灯。洋燈の灯は赤いね。
私の手の――細かい靜脈のやうな………私の手の中の檢温器。
檢温器は生きてゐる。私と一しよに、水銀柱は呼吸する。
私は落葉をふんで、海に消えた道の邊の、龍膽花(りんどう)の紫水晶を
ふりこぼして、私は旅に出たいね。
ああ、海が鳴ってゐる。鼓動の音をつたへてゐる。
砂丘の上に陽が落ちて、秋の海が――胡弓のやうに………鳴つてゐる。
私は旅に出たいね。
海氣が胸を洗つたら、私の胸のクラリネツトは、一そう悲しく冴えるだらう。
今宵ちかちかする洋燈の灯。瞳にしみて来る洋燈の灯。洋燈の灯は赤いね。
――私の目の、私の目の、
ああ私の目にかかつた虹の色、虹の色!
【指】
▼
私はその悲鳴を聞いたとき、周章てて樋の流水を停止した。手は
流壓に、小旗のやうに振れた。急速度に停止された水車は、彎曲し
たかに思へる車軸を、無器用に、前後に、半廻轉させながら、空虚
な巨人の頭腦のやうに突立つた。
私は小屋に駆け込んだ。咄嗟に、私は跪いて彼を抱きかかへた。
彼の右掌を彩る眞赤な革命。革命!ああ、あの野蠻な齒車が少年
を噛んだのだ。
やがて、蒼ざめ乾燥した焦土の唇が、微かに振動し、靜かに見開
いた雲母の両眼に、夕闇の霧が降りて來た。
しばらくして、私は齒車に附着してゐた陶器製の小指を、渓流に
灑(そそ)いでゐた。
霧の中から、樋を溢れて落下する流水の響が、私の意識の幕に、
はつきりと、あの雲母の両眼をふたたび浮び上らせた。
【春】
▼
山雀が歸つて來た。
赤い絹絲を脚にゆはへたままで。
如露の雨で羽搏いて、
空の運河に虹の橋をかけて、
お父さんの背にとまつて朝の挨拶をし、
掌の上で行儀よく粟を啄んだ。
落葉が散つて、お父さんが深い眠りに陥ちて、
落葉が散り果てて、お父さんの柩がその下へ埋められて、
小禽は空へ放たれた。
軒の空の鳥籠で、幾日も粟を突つく音がした。
山雀が戻つて來た、芽ぐんだ庭の樹の梢へ。
色褪せた肉身の影を引きずつて………
【鞠】 To my H.Ito
▼
櫻色の季節風が吹いてゐた。庭さきで鞠がよく跳反んだ。おない齢
の少女等の前で、機勢(はずみ)のついた私と一しよに、ポンポン跳
反んだ。慰安をうけた、お母さんの心のやうに、ポンポン跳反んだ。
お母さんは、私たちめいめいに、三時のお菓子を配つて下すつた。
鶏舎の傍のヒマラヤ杉の梢で、雀が三羽の雛を孵化してゐた。差し
交した枝葉の間から、柑子色に縁どられた嘴が、垣根越の黄水仙の花
瓣を覗かせた。私たちはそれがほしかつた。未だやつと生えた羽毛の
温味を、掌の上へ乗せてみたかつた。
私たちは丘へ上つた。
鞠は丘でもよく跳反んだ。私たちはもう何もかも忘れてゐた。美し
い空色よ、和やかな暖氣よ、小川よ、林よ、愛犬よ、小鳥よ、牝牛ら
よ!鞠をもつともつと跳反ませろ!私たちの手と手が、みんな葩(はな)
のやうに開くだらう。
だが、いたづらな叢は、私たちの手を滑りぬけて、うつかり跳反み
すぎた鞠を嚥みこんだ。高フ海の波はあまりに靜かすぎる。疲労は鞠
を返さない。夕暮は鞠を返さない。鞠の中には、私たちめいめいの、
お父さんがゐるだらう。お母さんがゐるだらう。兄さんが、姉さんが。
妹が。弟が。夕餉のナプキンが擴げられてゐるだらう。
私たちは揃つて丘を下つた。
朝はふたたび訪れやつて來た。私たちはいつものやうに、ヒマラヤ
杉の下に集つた。梢にやどつた露玉の分散する七色の光輝、光輝!と、
そこから昨日の鞠が、思ひがけなく轉落して來た。しかし、私たちの
中の、だあれもそれを受け捕つたものはなかつた。朝日に向つて三羽
の仔雀が飛び立つた………
【日記】
▼
ぼく達はいつも坂を下り切つたところで立ち停つた。あなたの邸宅
の、大きな門のまへで……。殆んど書齋か應接室の額縁の中にしか這
入つていない、古代英國風なその正門の、錆びた冷たい鐵柵に、鐵錠
の死神が固く口を噤むでゐた。両側の花崗岩(みかげ)の石柱に絡むだ
蔦葉の、秋陽を呼吸しつくした隙間からは、毀れかかつた白塗の郵便
受箱が、歯齦(はぐき)を一ぱい露はしてゐた。
ぼく達は小指と小指を差し出し、指きりげんまをした。明日を約束
する再會の希望を最大の幸福と考へながら……。それから二、三歩づ
つ離れて右手を上げ、この親密な兵士らは互ひに失敬し合つた。その
とき、あなたは杖の間から、大變それをしにく相にした。しかしあな
たは、決して両頬に、靨(えくぼ)をつくることを忘れなかつた。
あなたは、公園のやうな邸内の白い砂道を、松葉杖を引きずつて行
つた。あなたの背のランドセルがかたかた鳴つて、四邊の森の午後を
一そう靜寂にかへらせた。歩みの遲い上に、あなたは母家の洋館を隠
した栂の植込みに姿を消すまで、幾度もこちらをふり返つた。ぼくは
きつと、そのとき、小石を邸内の池に投げ込んだ。差し覗いてゐた秋
の沈默が水面で割れて、それがため一そう碧空が透明になつたかに思
はれた。
ぼくは、安堵したかに鞄のバンドをずり上げて、花芒の道に踵を返
す。鞄の中で鉛筆が、金属製の筆洗皿と寂しい音で擦れ合つた。ぼく
はぼくの胸底から、いつもそれに似た音波が、大きな呼吸をするごと
に、幽かにひびいて來るのを知つてゐた。
幾ばくの時間が去來する渓谷の霧のやうに流れたか。ぼく達はお互
ひに愛し合つてゐた。僕たち二人の幼い愛が、ただ長いながい虚ろな
空間に消えて、遠い淡い遊星の瞬きになつてしまつた。
いつも、繃帯に巻き付かれてゐた、あなたの片脚!
いつも、コルセツトを嵌め込まれてゐた、ぼくの胸郭”
もはや今年も落葉は枯れ果てて、ぼくの部屋の硝子戸に、石英質の
遠い山脈と、痩せこけた桑畑のみが露はになつた。流れ去つた小川の
水はもう歸らない。飛び散つた丘の断雲はもう歸らない。
そして、すべて日記の頁は、雨水をあびた落花とともに破れてしま
つた。
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