生田春月

いくたしゅんげつ(1890-1930)

米子生まれ。明治41年、上京して生田長江の書生となる。この頃、中村武羅夫や森田草平らと面識をもった。
明治45年に佐藤春夫が長江の門下生となると春月は彼我の才能・性格のギャップに悩まされることになる。大
正3年、西崎花世(明治21年〜昭和45年)と結婚。直接の面識ないまま、『青鞜』に掲載された花世の作品に
春月が惚れ込み、長文の手紙を書いたことがきっかけになっている。大正6年 処女詩集『霊魂の秋』を新潮社
から刊行。翌年の『感傷の春』とともに版を重ね一躍流行詩人となる。木下尚江、堺利彦の著作の影響で社会
主義、特にアナキズムに傾倒して『虚無思想の研究』(大正5年)を現わし、後には石川三四郎に私淑するが、
実践的な行動につなげられない自身のあり方にも苦悩し、昭和5年(1930)、瀬戸内海に投身自殺した。
                                  (
とっとり電子ミュージアムより)



詩集『象徴の烏賊』より

【寂寥】

い木はいたるところにある、
生きた葉は死の表情に慣れて、
尖つた舌の重なつた下から、
寂しい顔がのぞいてゐる、
風の眼を恐れるやうに。

一つの花があらゆる肉體に咲く、
蝶は光に鞭たれて幻惑しながら、
夢より重く、翅を垂れて、
よろよろと、出口を探してゐる。

疲れた眼は永久に閉ぢられて、
傷ついた心をかくまうてゐる。
あるものはだんだん小さくなつて、
最も遠い星に達しようとする。
あるものはただ寂しく微笑する。
數へ切れない夢が
光の中に飛んでゐる、
齒朶の扇で
光の方へと追はれながら。

【鳥影】

晴れた空のもと、
光る風の中を、
瞬間の鳥が過ぎる
ただ一列なして。

とらへたや、とらへたや、
あれはみなわがもの、
わが身の後光、
美しく失はれて・・・

身にひそむもの
身を編むもの、
あまりにも早く放ち、
悔いてみる、鳥影。

とまれ、とまれ、鳥よ。
わたしの生の水晶を
切り出して生んだ鳥、
飛び去るな、今より。

わが裡なる谷窪、
晶石のうつろに
一體の光としづめ、
永遠の相を現じて。


【忘却】

影の匂ひに
裸身を浸し、
流轉の髪に
心をまかす。

蘆にかくれて
風を見つけ、
鳥をはなちて
聲ををさむ。

おもく垂れた
手は遠く、
動くものみな
忘れ去る。

色は死に
相(すがた)しりぞき、
時の巣に
ひとり眠る。


【釣床】

釣床に思ひをのせて、
揺れるもの、みな花となる。
垂れた足あまりに白きに、
紅き唇、しばらく落す。

風は花の姉妹(はらから)である。
忘れたとき、つと來ては、
胸に重いものをかい撫で、
思ひ出の匂ひを殘す。

合歡の葉のやはらかな眸(まみ)
閉ぢるとき、閉ぢわすれた
貝の葉のおくにこもりて
遠く呼ぶ、夕の思ひ。

身は半ば死し、
心のみ半ばめざめ。
釣床に揺られつつ
時の袖、しばし捉へて。

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(編集部註)
 ■釣床=ハンモック


【網目】

すべてのものを網の中に置いて見る、
魚のやうに、
蟲のやうに、
すべてのもの、
網目をとほしてすくひあげる
灯かげである、
風である。
ちらちらとゆらめくものは
生のすべてである、
ただよふ眼を惑はすもの、
夢を汲み上げる水車である。

網の中に閉ぢ籠つて、
紗をとほして見る
うつろな瞳に、
すべてのもの、
今見慣れず、
親しみなし。
すべてのもの、
網の中の
白き眼に、
遠し、遠し。


【白檀の箸】

身のまはり、すべて波なり。
脈打ちて、來ては逃るる。
ただひとつ、白檀の箸、
短しとすかし見れば、
きもの、底しれずして。

ただよへば、倒ることなし、
立つとすれば、波に奪らるる。
白きもの、花のごと揺れ、
象牙の螺旋、沈み沈んで、
日照り波、葉うらをかへす。

身のまはり、すべて波なり。
月の夜の舟とうかべば、
斜めなる天(そら)のはしより
雫落ち、涙こぼれて、
白きもの、今はめき、
きもの、黒く老いたり。


【描かれた夢】

鳥籠は三つ並んでゐる。
鳥は二羽づつ並んでゐる。
木の葉が上から來て蔽ふ、
歌ひつつ、囁きつつ。

鳥はとまり木に身を揺する。
失はれることのない時を揺する。
鳥の言葉は鳥に遠く、
眼はいつも空と語る。

これは描かれた昔の夢である。
その夢の中に、白い女一人あらはれ、
鳥をつつき、かすかに笑ふ、
歌ひつつ、囁きつつ。


【幻の畫家】

わたしは自分の肉体(からだ)にいろいろなものを描いた、
あるときは花を描き、
あるときは虹を描き、
また唐草模様を、
蛮人の鎗を、
天人の喜劇を描いた。

わたしは名匠のたくみを知つてゐる、
然し、それは消さねばならない、
それは一日の名畫である。
わたしの肉体に積つた落葉は
無数の苦痛と快楽の樹から
ただ一日わたしに許された色彩であつた。

わたしは幻の畫家であつた、
肉体のカンヴスに
はかない影を描いて、
みづから味はひ、
みづから溺れ、
みづから泣いた。

わたしは描くことを忘れ、
また消すことを忘れた。
わたしの樹に
今は沈黙の鳥がとまり、
むかしの花を
その嘴から落す・・・・・・

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(編集部註)
 ■畫家=畫=絵、描く=画家