【朧夜】
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姉はピヤノに妹子は
十三絃の琴の緒に
調べ合はせて餘念なし、
月高欄に傾むきて
夢おぼろ夜も靜かなり。
音鍵(キイ)に轉ずる無我の韻、
琴柱に咽ぶ無私の聲、
ピヤノは姉の氣高さに
琴は妹子の優しさに
且つ似通ひて興深し。
一曲已んで春の夜の
霞に迷ふ餘音(しのびね)や、
彼れを怒濤に比ぶれば
此は幽溪のさゞれ水、
是れを雲雀に譬ふれば
其よ桐林の破雲凰、
趣味はピヤノに限られぬ、
惜しむべきかな亡國の
悲愁を帶びて遣る瀬なき
痛みを漏らす琴の音よ。
來れ妹子、今暫し
汝が其の琴をかい遣りつ
姉もろともに、夜と共に、
彈け、且つ歌へ、ピヤニシモ、
ピヤノフォルテの拘泥(なづみ)なく
思ふがまゝに興ぜかし、
天地自由や無我無念
其の雄渾の氣に觸れて
我が此の胸も震ふまで
月の朧も晴るゝまで。
【高峰の曙】
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榛名湖畔没吟
水遠山高天一涯。 清眠忘俗亦忘飢。
蟲韻蝉吟情尤好。 心托浮雲任所之。
獨り高峰に登り來て
光りを慕ふ朝ぼらけ
横雲遠く棚引きて
麓の里は夢深し。
俗を離るゝ五千尺
天は頭に近けれど
思へば卑し塵の世の
縁に引かるゝ我が心。
そゞろむら立つ朝霧の
絶え間に浮ぶ友の影、
きのふ別れし故郷や
愛する人の影ゆかし。
戀よ、情(なさけ)よ、さるにても
眞(まこと)の道の埋もれて
麻は跡なき蓬生(よもぎふ)の
曲れる人の世の末や。
國の興廢、身の浮沈、
慾の戰かひ休む間なく、
萌ゆる若草、桐一と葉、
無常のあらし最(い)ときびし。
身を飛ぶ鳥に任かせても
星照る天の世に往きて
今を昔しを忘れんと
乞ひ仰ふぎてし幾歳か。
夕べ、杜鵑の聲を愛で
朝、黄鳥(うぐひす)の音を聞きて
しばし夏(うれ)ひを擲(な)げうてば
猶ほ立ち返へる憂き愁ひ。
人をつれなく、世を辛らく、
恨むとしもは無けれども
かの亂れ藻に棲む虫の
たゞわれからの心かや。
湖水に冩る大空の
濶(ひろ)き意(こゝろ)を窺がひて
萬朶の花の匂ひある
世の趣むきを思へかし。
高く離れて唯だ獨り
浮べる雲よ心あらば
汝が昇り行く天上の
その秘め事を漏らさずや。
やよ瀧川よ汝れも亦
何處の極(はて)に那處(いづこ)より
流れ來て且つ去る如く
人の運命(すぐせ)を語らずや。
嘆くを休(や)めよ我が心
夢果てしなき緒を斷ちつ、
谷を隔てゝ唄ひ行く
かの牧童の聲を聲(き)け。
牧謠 こゝろ細さに
出て山見れば
雲のかゝらぬ
山は無い。
父に追はれて
牛追ひ行けば
憎くや狭霧が
立ちかくす。
母サいとしや
北山越えて
待てど歸へらぬ
里がへり。
西は大嶽
ひがしは小坂
中の細野で
牛を追ふ。
聲飾りなき一と節も
奇しき小琴の音に鳴るや、
徐韻かすかに谷深き
霧のまぎれに隠れ行く。
銀燭冴ゆる玉樓の
榮華の影も身に知らず、
春うら若き處女子(おとめご)の
戀の匂ひは猶ほ更らに。
草に生れて草に伏し
笹の小鞭に牛追ひて
待てど歸へらぬ母待つと
唄ふ童の罪無さよ。
我れも嘆きの霧深き
天と地(つち)との間なる
こゝろ細野に彷徨らひて
うしや浮世の牛を追ふ。
人の僞はり、世の非道、
あやめも分かず掻き曇る
酸風辛雨絶えざれば
笠も破れつ簑も朽つ。
泣きて渡るも浮世なり、
笑つて越すも浮世なり、
いづれ追ふべき道ならば
行けや、いそしく、潔きよく。
かくて無明の霧晴れて
かの隱れ家に歸へる時
父と樂しく爐り火の
もとに過さん長き夜を。
見よ山烏むら立ちて
塒(ねぐら)を出づる東明(しののめ)や、
谷の黄鳥諸ごゑに
朝の調べを歌ふなる。
高く聳ゆる萬嶽の
峰に輝やく朝日影、
空なごりなく打ち晴れて
塵一點の雲も無し。
紅き、むらさき、濃き、薄き、
千草亂るゝ花の色、
碧漫々と湛へたる
湖水に落つる鷺の影。
世を麻糸のうみ果てゝ
侘ぶてふ友よ疾く起ちて
登れ高峰に明けぼのゝ
此の壯觀を興ずべく。
【芙蓉の露】(舊作)
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味氣なき世を厭ひ侘び
とても死なんと幾そ度
水に臨めば母の影、
刃を取れば父の影、
おぼろ/\に浮び來て
さすが我が身の捨て難き、
空飛ぶ鳥や行く流水(ながれ)
はた心無き夕雲の
何を其の身の力にて
この天地を渡るらん。
春は外山に憧がれて
誘ふ落花の風に泣き、
秋は末野に彷徨ひて
露華寒蚤に魂を斷つ、
日居(ひよ)また月諸(つきよ)幾鼎々(かなへ)、
二十五年を夢と經て
持て餘しぬる五尺あまり
六尺足らぬ身一貫。
星より星の空遠く
仰げば廣し天の原、
波また彼(なみ)の底深く
思へば深し和田つ海、
いづれ涯なき太虚(おほぞら)を
針の耳孔(みゝそ)に透し見て
我と僻むる我が心、
人を情(つれ)なく世を辛らく
身を將(は)た憂しと見ることも
唯だ慾深き我が儘の
狭き意(こゝろ)の迷ひかや。
往(ゆい)て芙蓉の露に見よ、
榮華くらべん人の世の
綾も錦も物ならず、
東雲まだき池の面の
水風清く渡るとき
誰れか靜思の眼を閉ぢて
遠く無限を思はざる、
花一と時に先きだちて
散る露にすら悠久(とこしへ)の
榮えを誇る力あり。
露に小鳥に行く水に
無心の雲に力あり
頼む無限の生命あり、
人てふ人は我を棄て
友皆な我れを忘るとも
など顧慮(かへりみ)ん大空は
はる/゛\遠く且つ濶(ひろ)し、
人一と時や夢の世に
我れと我が身を苦しめて
あだに生命を疎むべき、
露に小鳥に行く水に
雲に我が身に力あり
頼む無限の生命あり。
【凾庭】
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自然の鑿に刻まれて
天そゝり立つ富士の峯
萬古の美術雪清く、
船まばらなる東海の
波間を縫へる三保が原
松青千里塵うとき、
あゝ月宮の女詩神の
眼を慰さむる凾庭や。
【楓橋夜歸】
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(戲飜楓橋夜泊)
楓橋旗亭月斜め
夜烏(やう)啼き休んで霜白し、
客愁今宵幾ばくぞ
漁火亂點す波の上、
人生夢か一醉の
微醺を帶びて蹌踉と
老僧歸へる寒山寺
夜半の鐘を撞かんとや。
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