猪狩満直

いがりみちなお(1898-1938)

福島県石城郡好間村(現いわき市)川中子に生まれる。1917年、三野混沌を訪ねる。キリスト教に入信。1919
年、手作りの処女詩集を作成したが散逸。1920年、結婚。1921年、愛知県に勤務。1922年、妻木泰治らの詩
誌「初芽」を引き継ぎ、改題し「播種者の群」を創刊。実母死去のため川中子に戻る。詩集「苦行者」を作
成。1924年、山村暮鳥を見舞う。草野心平の詩集「雑青」出版の手助けをする。1926年、妻タケオ死去。義
弟の一馬と共に詩集「バレイショ」を作成。小沼たかと再婚。1928年、草野心平の詩誌「銅鑼」に詩を発表。
更科源蔵らと初めて会う。1929年、「至上律」に詩を発表。「移住民」発刊。1930年、「南方詩人」、「猪
狩満直詩集『移住民』記念号」を特集。更科源蔵・真壁仁らと詩誌「北緯五十度」創刊。1931年、詩集「農
勢調査」発刊。アンソロジー「北緯五十度詩集」発刊される。1933年、文芸誌「みみづ」創刊。1934年、詩
集「秋の通信」発刊。「北緯五十度」が、「猪狩満直詩集『秋の通信』記念号」を特集。1935年、初期の作
品を年代順に整理し、未刊詩集「開拓地風景」を成す。1938年、4月永眠。この年の夏、更科源蔵・真壁仁
らが、北海道の詩誌「大熊座」で「猪狩満直追悼号」を企て、草野心平・萩原恭次郎・小野十三郎・木山捷
平らが追悼文を寄せたが、未完に終わる。/
佐藤久弥編集「猪狩満直研究」より


【土地が死んでしまつた】

土地が痩せ切れ
土地が死んでしまつた
動かれない百姓ら
死んだ土地にしがみついてゐる
鋤を持つて立つが
偖(さ)て、體が崩れてしまふ
どの面も、どの面も血の氣が無い
眼の光を失つてしまつた
全耕地を蔽ふ
カマドガヘシは花咲き
カマドを嘗めつくした魔の舌のやうに
ベラベラ秋風にゆれてゐた。

1929年5月「アナキスト詩集」収載


【馬】

昨日四石ひいたら
奴今日五石ふんづけやがつた
今日正直に五石ひいたら
奴 明日は六石積むに違ひねい
すべつたふりして
ねころんでやるベイ
そしたら橇がてんぷくして
橇にとつぴしやがれて
ふんぐたばるべ

おれが口きかないともつて
畜生
明日はきつとやつてやる

1930年2月「弾道」3月號収載


【告白】

僕はいま北海道にゐるのだ
北海道の曠野の中の
二間に三間のちつちやな小屋の中の
荒莚の上に、ねたりおきたり
――どうして君は北海道へ行つたか?
なぜ百姓などやつてゐるのか?
そんなら僕は君達に告白しよう
僕を殺さうとした人間を、人間を殺せなかつたからさ
結局は嘘をつくことの出來ない人間だからさ

1930年11月「弾道」11月號収載


【炭坑長屋物語】

  「九号の四」

人間があまるんだとサ
人間があまつてゐるんだとサ
首になつて
今日屋根にのぼり煙突はずしてゐたが
うす、うす子供を引きつれ
雪の中を
何処へどう流れて行つたもんだか
家の子供は僕に言ふ
「何処へ行くんだべか。」


  「十号の八」

ろくすつぽ会つて話したこともないのだが
自分の家の煙突掃除をやると
いつでも屋根づたいにやつてき
僕のところの煙突を默つて掃除してくれる
その男は僕に言ふ
「ボヤを出すと首だからねイ」


  「九号の七」

「この不景気に稼がして貰えるのは有難ていこつてすよ
 あんたさんの方は公休日にも稼げるからいいですなア」
山の裏手の方から吹いて來た風のやうな言葉に
僕は返す言葉に当惑した。


  「八号の二」

ムツチリして、ろくに物を言わぬ男がゐた
開墾さんにしては少し物のわかつた
水と油とどつか色合のちがつた
仲間を悪化する者であり、会社の秘密をアバク者なりと
 会社が彼をきめてしまつたのは
彼が自著の詩集を友達にくれたその日からだ
彼は会社から蛇の如く、毛虫の如く嫌われ
会社の犬はうるさく彼をつき纏つた
圧迫、更に圧迫
彼はまるで罪人扱いの毎日を送つてゐた
彼はその悲喜劇の中で
じつと明日を考へてゐた
彼の布団の下には仲間からの手紙があつた
クロポトキンやバクーニンがあつた
布団を冠り、コツコツ何かをノートへ記してゐた

1931年11月「北緯五十度詩集」収載


【種選り】

コロコロコロって
いい音して膳の端へころがつてゆくのは
ばっちりした
ぐりぐりした
いい種子だ
青くしなびた奴は
豚にでもやつちまへ
雪は眞白く原野を埋めてゐるが
いちはやく春を豫感してゐるおれだちだ
種選り
おれだち種選り
雪の中だから炬燵に這入つてゐると思つてくれるな
さあ
よごれよごれた莚の上で
おれだち
明日のいい仕事をはじめてゐる


【無題】

貧乏はおらを雪の中へひつぱり出した
貧乏は病氣のおらを雪の中へ引づり出した
堅いい木
重いい鋸
鉞を振り上ぐるたんび
おらは胸が痛いい
動悸が高まり
急に世界が暗くなつておらは雪ん中へ倒れた
雪ごろまりになって起き上つた
かでをもってくるための働きだ
だがかでの爲に生を奪われるおらではないか
強制勞働
おらは反抗する
あくまで敵對する
まつ白な雪の中で
零下の寒氣の中で
このまま目をつむれるもんか
おら おららは

+---------+
(註)
 ■かで=かて=糧?


【雪の中で】

さあ
来年の種物まで売つて了(しま)はねばならない
この貧乏百姓
人間の生活なんかありやしねい
小屋いつぱいの寝床さ
子供は小屋の中に一日中つなぎ馬だ
おれだちはからだごしらぶちこんでその日を送る
夕べぐつたり疲れて床にぶんのめる死人だ
寒気と飢と、否
おれだちは土の親しみから引きはなされた
………………………
甘い夢をむさぼる奴はむさぼれ
おれだちには火のやうな呪がある
おれだちには石ころのやうな決意がある。