第2集『迷へる巡禮の詩集』より
【無限の捕握】
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何故「日」と云ふものが有る?
「時」よ、背を向けよ、永久に、――闇の背を!
俺は、もう、汝(きさま)の透明な顔には飽きて仕舞た。
人間(ひと)よ、皆な、裏を返せ、――「死」と云ふ暗い靜黙の裏を、
微動だも爲(し)ない裏を!
而(し)て、傲慢な、我儘な「時」の
――虐げる民衆を失ひ果てた暴王のやうに
――唯獨り残つて、呆れ茫ずる状(さま)を遠くから見てやろうでは無いか!
眞に怪絶にして遨大無窮なる不可敗の夫(か)の掌よ!
あゝ、あゝ、「自然」でさへも
其の不思議なる無限の捕握の外に在り得ないとは!
【我れと日と】
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「自然」は凡て我が為に在る如き日あり。
「自然」は凡て我れを攻むる如き日あり、
――これらの日、我れ、最(いと)も歡ぶ。
萬象は凡て我れと相伍する如き日あり。
――かゝる日は、我が心常に悶ゆ。
我れも無く天地も無き如き日あり。
――かゝる日に、「美」ぞ凡てなる。
【空白】
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奥山のそのかげの野を
いとも靜かに忍び行く夕闇の影を思へ。
その如く、いとも寂しく我が心ひとり彷徨ふ。
あゝ、宇宙――無限の「時」と「ひろがり」。
何者ぞ、この空漠の一點――地の球を
と赤とに飾る!
人間(ひと)よ、眼を放ち、心を解きて、
薄暗きかの空白を見よ。
そこに、汝等(われら)、生を失ひ、また、死を失はん。
第3集『菩提樹の花咲く頃』より
【梟】
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「有明の月が黄色く疲れ切つた頃」と、お前は云ふ。
好し。その頃に私は、どす黒く懶弛(だら)けた町を忍び出て、
露に頸垂れた花の岸べに待つて居やう。
お前は、そこに、灰色の薄布(うすぎぬ)を頭から被つて、
幽霊のやうに彷徨ふて來ると云ふ。
――左の乳房の下に、硫黄火のやうな紫の花を挿して。
おゝ、この氣息(いき)の苦しさよ。
早く、お前の胸の其の花を嗅ぎながら、
霧の濃い彼方(むかふ)の森で、
羽毛を撒き散らしながら、
月の磨れ消えるまで啼き續ける梟の黒い歌を聽いて見やう。
【劇場の前】
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鎖された劇場の寂しさ。
四十女よ、お前は、その前に立つて、何を思ふて居る?
木戸口の唯一つの球電燈(たまでんき)。
それを見上げて、白粉燒のした女よ、
お前は何を悲んで居る?
檜の舞臺には高フ幕が落ち、
お前の情史には、乾いた牛肉色の幕が落ちたろう。
烏足(クローズフィート)の浮び出た眼の周圍(まわり)。
厚皮の弛みかけた頬の小皺。
女よ、お前は、是から何所へ行く?
――呑み殘した酒盃(さかづき)を探すやうな目付をして。
+------+
(註)
■烏足(クローズフィート)=クローズ=クロウズ=Crow's
Feet=カラスの足跡
【足臺】
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お前は、欄干に凭れたまゝ、
小さな海のやうな眼付で、
彼方の森の灯影(ほかげ)を見つめて居る。
けれど、お前は、此の橋の裏をすらも考へた事が有るまい。
僕はね、花で絨られた平野に坐つた時でも、
十二階の上に立つた時と等しく、
自分の足の下を思はずには居られない。
私は、常に、何かの上に載つてるのだ、と
云ふ念から離された事がない。
而(そ)して、いつかは屹度(きっと)、
此の足臺の碎ける時が來る、と思ふて、
その時の眞逆状(まつさかさま)に落ちて行く自分が痛快で堪らない。
え?、だつて、君考へて見たまへ、
――僕等の身体は縛られては無いだろう。
けれど、歩かうとすると、
いつでも、みんな奇怪な足臺を履いて動かなければならないじや無いか。
【少女よ】
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日の射す壁に凭れて、
花の中から立つ少女よ、
彼方の禿げた丘の上の
雲の影が這ふ砂原を見つめて、
お前は何を考へて居る?
あの砂原に
月の光が薄く漂ふ時、
そして、お前の足元のその花叢が雨に壊(くづ)れた時、
お前は何所かで、この悲しい象徴の意味を
解いて聞かせる日が來るであろう。
けれど、私は、その哀詩を綴り出すお前の
唇を眺めるよりも、
唯獨り、又、此処にさまよふて來て、
落日の光の殘る此の壁に對つて立たう。
【空】
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空よ、
春が來て、君は、測られぬ深いになつた時、
その中を、金色に燃える瞳が徐(しづ)かに回る時。
空よ、
君は、涯(はて)しも無く開いた大きな眼となつて、
私を眺め下ろす。
空よ、
夜が來て、幾千の星が、いろいろの氣分と
情緒とで、野や丘や森や湖へ瞬く時、
空よ、
君は、謎と寂寥と恍惚との大いなる胸となつて、
萬象を其の中に抱き秘めて仕舞ふ。
君が悲む時、
白い月が、巣も伴も無く、目的地(あてど)すらも無い旅にさまよひ、
君が憂ふる時、
喀血に塗れた夕日が、喘ぎながら西へ沈んで行く。
あゝ、空よ、
……けれど、君は亡せる事が出來ない。
その永久に存在せねばならぬ運命を、
私は氣の毒に思ふ。
【眼の前】
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何故?
地球が其れだろうじや無いか、
――絶え間なく漂ひまわる島とは。
君、だから、大きな事を話し合ふのは、
もう一切止めに爲(し)やう。
大きな事を思ひ初(だ)したら、
僕等は、それを極度まで小さくして考へなければならないんだ。
それよりも、先づ、この微風(そよかぜ)の心地好さは如何(どう)だ。
あの葉の色を見たまへ、
而(し)て、あの幹の間の陽炎の具合をも。
ね、斯う、直ぐ眼の前に、こんな面白いものが無數に有るじやないか。
【雀の死】
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雀よ、
お前が死んで、
世界は、今、その所有(もちもの)の一つを失ふた。
花やかな、四月の朝の日光も、
この不愉快な缺陷を蔽ひ得ない。
新たに明いた此の一つの空虚、
この寂しさは、天と地との凡てを越えて漲る。
「生」の去來は、宇宙の最も深い秘密と嚴肅とだ。
お前の死と、伊藤公の其れと、
その間に、孰程(どれほど)の差異(ちがひ)が有ろうぞ。
綿に包まれたお前の小さな死骸、
私は、一國の滅亡に對してよりも、
もつと深い感動を以て、
お前の閉ぢた其の眼に見入らせられる。
+------+
(註)
■缺陷=欠陥の旧字
■伊藤公=伊藤博文(1841-1909)……多分 (^_^;)
第3集『菩提樹の花咲く頃』より ……或る一日の情景……(裕)編
【黎明】
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醒めかゝる高フ島。
涸れた砂溝の懶(だる)く開(あ)いた口。
崖から覗く雲。
沖の他々(よそよそ)しさ。
脱衣小屋(ぬぎこや)の根の砂に
半ば沈んだ髪針(ヘーアピン)。
白塗の戸の鍵穴の冷笑。
ホテルの鎧扉のいぎたなさ。
肉の香に萎れた槇の葉。
白み行く日よ、
疲れた濱に何を約する。
【朝】
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花に雨けむり、
軒に鳩まどろむ。
若葉の濕めり、
噴水盤の軟かな浮彫。
石に映つる窓掛けの色。
花瓶(はながめ)のかげから細高音(ソプラノ)の囁き。
葉葡萄のアーチ。
化粧室の口笛――幻想曲(フアンタジア)。
【ひる前】
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鏡に映る花床(フラワアベツト)。
燕の流れ。
開いた窓に碧い河が膨れ、
枠のかげから白いボートが湧いて行く。
大理石のベンチは若草の反影に薄く彩られ、
そよ風にクローバーの花が輕く頷く。
圓彫(まるほり)の柱脚に零れた白金の飾針(ブローチ)。
長倚子の膨らみにたゆたふヘレオトロープの薫り。
何所かで、夢みるやうに、底を殘したアルトを歌ふ。
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(註)
■ヘレオトロープ=ヘリオトロープ
【午後】
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鳩註F(はとばいろ)の綿雲
枇杷の森から湧き、
臺椽(バルコニー)のヒヤシンス、雨の球に微動(そよ)ぐ。
頸を傾(かし)げた鸚鵡が囀語(うわごと)のやうに「ミス・L(エル)」。
陳列棚凭れて、
水色の小形の信紙(てがみ)
――あの胸の襞と同じ薫りのする――
その最初の一行――ダ・井ンチが云ふた言葉。
私の心は醉ふて悲しく驕る。
後園(うらにわ)で七面鳥の聲。
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(註)
■ダ・井ンチ=ダ・ヴィンチ
【宵】
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花咲いた林檎畑に
鮮かな月が登り、
掘割に添ふ並木徑を、
牧場から、牛乳(ちゝ)のバケツを提げて、
白前垂の少女が歌ひながら歸る。
丘には野火が燃え、
河岸には井オリンの旋律。
窓に腰かけて、
草垣の外なる人と
語り合ふ滑らかな聲。
テニス場の隅に立ち蔽ふ
楡の木に凭れてると、
……あゝ、故郷の昔の幼稚園よ!
線香花火の、盥に落つる音も聞える。
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(註)
■井オリン=ヴァイオリン
【夕暮】
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高フ堤(どて)の裾に
夕映の潮、暗い杏色のびろうどを延べ、
花の林、丘の白い家。
「醉ひの寂しさ………」
夢に泉の湧くやうに
囁く人よ、君が襟は寛ぎ、
花草に埋もれたゴンドラの舳見つめて、
若き友よ、軟かな肢体(からだ)の重さを我に任せて。
霞に杳(はる)かな川下の吊橋に
アーク燈の紫(あを)い光。
白鳥が温(ぬる)い波に流れて行く。
【夜】
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ピアノを挟んで、二人の眼は
最後の一群の出て行く扉口(とぐち)を見つむ。
倚子の根に散つた花束の寂しさ。
門邊(かどべ)には動き出す馬車の音、電車の軋り。
窓の下には月の光く積み、
……君のうら寒い眼の色よ、
互の顔を見越して遥かなる後方(うしろ)に見入る。
【夜半】
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温室のアケーシャ、
硝子の屋根に露満ち、
巡り下(た)りた星の疲倦(つかれ)よ。
今見る君が夢を想ふ。
夜半(よは)の幽凄よ、
あゝ、我れ初めて君を恠(あやし)み恐る。
明るい明日よ!――謎の罠!
凍り行く心。
顫(わなゝ)く繊緯。
繪蝋燭の瞬き。
盃に殘つた酒の黒さ。
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(註)
■アケーシャ=アカシア(Acacia)……多分
(^_^;)
第4集『星過ぎし後』より
【扉】
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この狭い扉。
吹き乱れた花むらの後(かげ)の狭い扉。
日ざかりに、私は、そつと此扉を推して、靜かな世界に入る。
この扉の両側には、いつでも、騒宴に疲れたバツカスと、
肉樂に勞(つか)れたヴイナスとが睡つて居る。
これらの覺め易い番人の間を、裾をかかげて忍び通る時、
いかに激しく私の心臓は搏つだろう。
時として、私は鉞(まさかり)を提(ひつさ)げて、
これらの花むらと番人たちとを一氣に斬り裂かうと思ふ。
けれど、扉のかげの靜かな世界から軈(やが)て立ち歸る可き
其の廢園を思ひやると、鉞の柄は、いつしか、私の手を抜け落ちて居る。
あゝ、それでも、その自分を私は怒る事が出來ない。
否、鉞から離れた己が空手を眺めた時、
私は自分の賢さに、われならず微笑まれる。
そして、私は、傍らの鏡に映つた自分の齢(とし)の模様に見入る。
すると、何ものかゞ媚び云ふ――「もつと濃く大(あら)くお染めなさい」と。
その滑らかな聲! 何故か、それは針のやうに私を刺す。
【その跡】
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ひと群れの出て行つたあとの、明け放された室に、
熟した女たちの香ひは、毒蕊からのやうな濁つた厚い甘さに殘り、
窓の油ぎつた葉は、白く磨かれた鐵のやうに光る。
地も微風も眩い午前は、蝉の聲に輕く細かく揺られ。
蓋を上げたまゝのオルガンの上には、斜(はす)なりに落ちかけた五線紙。
錦繪の瓶には草花が頸垂れて居る。
絞られたカアテンの膨らみ。
そのほとりに、脚のべた洋犬が、けだるい眼つきして嗅ぐ。
【デイト・パアム】
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波斯棗樹(デイト・パアム)。
その實は指に似たと云はれ、それは、
その苗を植ゑた人に見られぬと云ふデイト・パアム。
あゝ、デイト・パアム! それを植ゑる人よ。
われも亦た其の一人だ。
指に似たと云ふ其の實。その指を指す我が心の指!
指よ、お前は餘りに遠くを指す。
けれど、お前の遠い其の指さしは、我が生の唯一の強い舵であり、
それ故に又、わが生存期間(ライフ・ロング)の誇りである。
わが誇りなる其の指よ。
それは丁度、寂しく萬象を見おろす月に似、そして、
わが心は、その月の産んだ白い夜のやうだ。
+------+海棗
(註)
■デイト・パアム=波斯棗樹=波斯=ペルシャ+棗樹=海棗
ナツメヤシ(棕櫚)=英名:Date
Palm
第5詩集『褐色の花』より
【轍の跡】
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わだちの跡は日に光り、
きャしャに落ちた樺の木の影を通して、
野の涯へ。
秋の花が咲き。
いくたびか雲の影は徑(みち)を横ぎり、
川のやうに絶えず行く「時」の流れと、
悲しき會(あ)ひと別れとを結び解いたろう。
私にも亦た、絶えず、いろいろの心が來たり、
いろいろの心が行く。
ねぇ、わだちの跡よ、
私らは一体何の爲にこんな種々(いろいろ)の事を
味はなけャならないんだろう。
たとへば、あの柳の惱み方などは如何だ。
私は、もう、どうしていゝか解らない。
どうしやうたッて、是が如何ともなりャしないんだ。
あれ、石でさへも、あんな苦しそうな顔をしてるんじゃないか。
【ちらばり】
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夕ぐれは一きれの薄い光となり、梨子の木の高い梢に垂れたり。
なにものか、このころ、見えぬ手をもて、ものみなの餘命を尺取りて行く。
我れは幾たびか吐息す、
――ホワイ? 誰か其(そ)を知るべき。
たそがれは何時(いつ)しか滿ち、
野のはてに月は覗き、
ものみなは「フゝム、その次ぎは?」と冷やかに待つ。
その時、右の手と左のそれと何のかゝはりか有る、
足と頭とは互に何ものぞ、
我れはバラバラに解かれた心地す。
我れは、そここゝに散らばり居て、一切をその成り行きに任かせ、
なにものをも裁く事なし。
【葡萄】
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假睡(うたたね)から覺めて、女は葡萄の一房を摘みあげた。
やわらかな腕(かひな)の白と、球房の仄かに霞む紫と。
女は、彩濃き夢の曳き殘る瞳を通して、いかに長く、
おのが腕の美しさと葡萄の富とに、もう一度その心を醉はせたろう。
臙脂(べに)の黄に光る唇は映え合ふ程に別れ、
涼しい薫りのK髪は流れて、
枕の刺繍(ぬひ)のむら花を漂はせた。
い疊に、秋の日の光りはしみじみと沁み、
枕の側の洋本の小口の塗金(ギルト)。
隣の室で、樂譜を選りかけた妹が、ピアノの横に頬を見せ、
「ちよいと、……あら、まあ姉さんは又睡ッちゃッたの」。
…… ………………
けふの日も暮れるだろうか。
+------+
(註)
■本の小口=本の裁断面(背とちょうど反対側にあるめくる部分)
第6詩集『春の楽座』より
【落花の対話】
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花びらA。 私は有明の月の光に慄えて散つた。
花びらB。 私は眞昼の静謐にまどろみながら、いつの間にか落ちて居た。
花びらC。 私は初夜の酔ふたような鐘の呻きの消えて行く後を追ふて来た。
------A。 私は散る間際まで若い狂女の髪に編まれて居た。
----- B。 私は牛の背に乗つて居た。
----- C。 私は或る遊船の紙燈(ちやうちん)の肩に居た。
----- A。 不思議じやないか、そして皆な此の岸の草の間(あはひ)に集つたのだ。
----- B。 君たちは谷の木や堤の樹に生まれたと伝ひ、
僕は圓(まる)い丘のなだらかな斜面の木に生ひ立つたのだ。
----- C。 僕等はまた此の上てんでに別れるだろうか。
----- A。 俺はもう嫌だ。いつまでも、この星の映る露と抱き合って居たい。
----- B。 それが出来なけャ、俺は何所か遠い静かな寺か社の境内に行つて、
鳩の軽い足音を聴いて居たい。
----- C。 その時には俺は雨のさらゝゝと降る若い葉柳の下の鋪石(しきいし)で、
黄色な瓦斯の焔を眺めながら、静かな夜ふけを唯独りでシクゝゝと泣いて見よう。
----- A。 あゝ。谷の暁は静かだつた。
----- B。 けれど、こゝの流れの音は悲しいじやないか。
----- C。 なるならば、この夜が明けねば好い。
----- A。 枯れて落ちる花びらは幸福だ。
----- B。 家で死ぬのだからね。
----- C。 けれど、一番後に死ぬ者は、どんなに辛いか知れャしない。
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