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平戸廉吉

ひらとれんきち(1893-1922)

大阪生まれ。上智大学中退後、報知新聞記者を経て1912年頃より詩作を始め、川路柳虹に師事。1921年、
日本未来派宣言運動 東京=平戸廉吉 MOUVEMENT FUTURISME JAPONAIS ParR-HYRATO」 というリーフレ
ットを日比谷街頭で配布。イタリアの詩人
フィリッポ・トムマァゾ・マリネッティの1909年の「未来主
義宣言」の影響を平戸自身認めている。これは詩に革命を呼ぶ画期的なものであった。1921年7月 肺患
と貧困の中で倒れる。死後『平戸廉吉詩集』(1931)が刊行される。平戸は前衛的な詩人、未来主義の思
想を実践した先駆者として大正期の詩壇に記憶される。それは単なる伝統芸術に対する詩の形式革命に
留まらず、社会変革の思想に支えられていた。/「日本現代詩辞典」より


『平戸廉吉詩集』

 

【厨房】

私の眼はその平凡の中に
私の眼はその瓦全の中の玉の輝きに
私の眼は小さい厨房を鮮かに照らし
私の眼は小さい厨房の庶物を
可憐な親みをもつて眺め始める。
其曲線の中に、薄彫の中に
高く盛り上げた泥土の頂にも
いや一本の杓子にも一本の庖丁にも
いやみなくそのよく實つた蜿豆にも
甘く熱した蕃茄(トマトウ)にも
籠をはみ出てゐる葡萄の粒にも
土に轉げてゐる二三の馬鈴薯にも
また熾んに蛇行する奇怪な瓦斯の火焔に
また煤けた棚の上に
怪しな董色(すみれ)の影を流す洋酒の空壜にも
何と美妙に人間の叡智が秘んでゐるだらう!
何と微妙に人間の叡智が活躍してゐるだらう!
隅から隅まで原始時代の経験が彩をなして躍り迫つてゐる。
これこそ人間の眞實な記録、
これこそ人間の絶えぬ努力の證明、
そして厨夫はその光榮ある一室に立つて
巧みに両の手をあやつりながら
宏壮なこの歴史のオーケストラを指導する。
白光の中で、炊爐の中で、
輝く電燈の下で、
厨夫は極めて上手にそれを指導する。
厨夫はまた贅澤な口をなめて
この智開の總和の上に味を付ける。
極めておいしい味をつける。

【新聲】

嵐は過ぎ去つた、
巨大な嵐の群が
事もなげに
萬人の心を貫いて過ぎ去つた。
嵐はかくもかしこく
急速に、一寸
明快な庶人のほとりを越えて
何しらぬ間に
今世紀の中を過ぎ去つた。

嵐の傳播(プロパガンド)!
あゝ君はかくも美妙な嵐の聲をきかなかつたか!

嵐は過ぎ去つた、
嵐は見えわかぬ微量の香料を種蒔いて
ほんの少し
懶(ものう)い胸のほとりをかすつて
無限の中へと消えてしまつた。

嵐が残して行つた聲にきかう、
お互に結んだ默契を
お互の胸に聽かう

あゝかくも睿細(デリカ)な契合のなかに
君と私はゐる。
自然よ、
數多い自然の風物よ、
人のこゝろよ。

あゝかくも睿細な交響のなかに
君と私は往來する。
何の隔もなく、こゝろから
微風のやうに
君と私は往來する。


【昨日かしこに】

昨日かしこに――若者が――わたしのやうな若者が
ペンを捨てて戦つた。妻を、兒を、家をすてて戦つた。

昨日かしこに――袂別が――涙が――わたしの知らぬ涙が
少女の胸につたはつた。草の葉に滲み込んだ。

昨日かしこに――爆弾が――思ひもかけぬ爆弾が
路の上に落ちて來た。寺院の屋根に落ちて來た。

昨日かしこに――惨劇が――さまざまの惨劇が
うつり變り現はれた。魂の底をつらぬいた。

(あゝ然し、わたしは世界の片隅で
たつた一度、チェックスロワ゛ックの負傷兵を見たばかり)

昨日かしこに――一つの心が――何知らぬ間に
國を越えた。祖國の中に訪れた。

昨日かしこに――一つの心が――何知らぬ間に
溝を越えた。古い時計の針が動いた。

(あゝ然し、わたしは世界の片隅で
たつた一度、チェックスロワ゛ックの負傷兵を見たばかり)

+------+
(註)
 ■チェックスロワ゛ック=チェコスロヴァキア


【洞察】

動くもののこゝろよさ、
動くこゝろの
動く機械のこゝろよさ!

衝きすゝむ車輪、
翔ける翼、
延鐵機の上から
都市へ
田園へ
無限に伸び上る手のこゝろよさ!

一つに動く力の美しさ!
一つに融け合ふ聲の
一つに歩む姿の美しさ!

一人の家から出て
一つの工場から出て
一つの都市から出て
絶えずつきすゝむこゝろよさ!

小止みなく反響する音!
小止みなく流れる光!
小止みなく結んで
衝きすゝむこゝろの美しさ!

閉された扉をつらぬく曙の光!
今世紀をつらぬく嵐の聲!
ラヂカルな思想の結晶!

つきすゝめよ、曙の方へ!
つきすゝめよ、嵐の中を!
つきすゝめよ、一つのものに!
つきすゝめよ、標的のあるところに!

つきすゝめよ、
どよもす群!
どよもす聲!

小止みなくつきすゝめよ、
固い扉が開かれるまで!
小止みなくつきすゝめよ、
微風(かぜ)が自由に吹き通るまで!
小止みなくつきすゝめよ、
心と心が互にそこを往來(ゆきき)するまで!


空間的立體詩

【飛鳥】

鳥が飛ぶ
心も姿も
   黝ずんだ
K鳥
痩せ衰へて
飛ぶよ
   卍に
入亂れ
磁氣性の淵の上に
    渦に呑まる
舞ふよ
   舞ふよ
水車の翅
一窒フ後を  一
     一
    一
   一
  一
 一
飜轉――
  側走――
    旋回――
各各
  弧線の尖は
渦に懸る

+------+

渦 各  飜     一水 舞 磁入 飛痩K 心鳥   
に 各  轉一    虫ヤ ふ 氣亂 ぶせ鳥 もが   
懸弧  側│宙黶@  のの よ 性れ よ衰  姿飛  飛
る線  走│ 宙黶@ 後翅舞  の 卍 へ 黝もぶ  鳥
 の 旋│   宙黶@を ふ 渦淵 に て ず     
 尖 回│    宙黶@ よ にの     ん     
 は │      秩@   呑上     だ     
   │       一   まに           
           秩@  る


【魚】

魚 魚
鮮魚屋(さかなや)の
桶に跳る魚
心も跳る
通りすがりの

近所のおかみさんの
貧しい夏に
魚が跳り
海がい
光るよ
砂も 介殻も
波が戯れる
海のない街にも


第四側面の詩
(FUTURISME+CUBISME=DADAISME=EXPRESSIONISME)

【觸手】


空に
觸手は
   擴げる
見えざる手を
繖形花序に
感覺の総和と記憶と
      覚醒!
觸手は 不斷に
    時を航行し
    側面を走り
未知の光に衝突し
     分裂する
分裂==綜合
綜合==分裂
新しい感覺の發生と運動
不斷に
   繖形花序に咲き
        伸びる

+------------+
(註)
 ■
(FUTURISME+CUBISME=DADAISME=EXPRESSIONISME)
  
未来主義+立体主義=ダダイスム=表現主義
 ■
繖形花序=さんけいかじょ=無限花序のひとつ。
   花序の軸の先端に花柄のある多数の花が放射状につくもの。
   花序=花軸についている花の配列状態。無限花序と有限花序に大別される。


【鍵】

限りなき智慧の象徴
凡そ
智慧とは
かゝるもの

単純に物言はず
固く深奥の内秘を握る