平木白星

ひらきはくせい(1876-1915)

千葉県市原郡姉崎村生まれ。本名照雄。一高中退。東京郵便電信局に勤め、逓信官吏としての生活のかた
わら、詩作に努めた。まず「東京独立雑誌」への発表から出発し、同誌廃刊後は、与謝野鉄幹に協力し、
「明星」中心に国民的感情発露の詩を載せ、遂に長大な叙事詩の試みにその特色をうちたてた。やがて岩
野泡鳴らの「白百合」寄稿家となり、劇詩・戯曲の試みへと展開していった。主な著作は詩集『日本国家』
(1903)、劇詩『耶蘇の恋』(1905)、『釈迦』(1906)など。/「日本現代詩辞典」より

 

【愛】

魔よ汝(わなみ)、生ける貢に
熱き血が望みとあらば
美しき肉(しし)を欲(ほ)りせば
諾、刃我に加へよ
しかはあれここの胸より
いささかの愛をな奪ひそ
人生は『無』に帰るとも
とこしなへ栄ゆる愛は
我をして神たらしむる
公けのこれや秘密ぞ

【闇のうちに】

睡(い)ね得る程は睡ねよ人々
無花果の果(み)のそれより脆く
大地に落つるその命なれば

熱閙(ねつたう)の市も夜をさまよへば
一人ただ我生き殘りたる
最後の世かと心寒けく

この夜、相倚るわが戀は無く
この夜、相語る師とて無ければ
白き腕にいだかむ闇ぞ

咫尺(しせき)を辨(わか)ぬ常(とこ)やみこそは
わがささやきの詞を解し
容るるに餘りある我ならしめ

このこめかみのうごめくうちは
晝を領する権を罵り
闇の自由を讃へつべきぞ

ああ常闇のやみの裏には
衆愚衆惡の辭(ことば)を聞かず
笹紅の色目にうつる無し

暗きがうちに瞳を凝せば
人間(ひと)がいはゆる善惡もなく
黄白紅紫ただ一ついろ

瞳を凝してくらき裏(うち)に
何ぞ、わが眼に白くうつるは
罪の歴史のその文字なるか

瞳を凝して暗きがうちに
十五、惨たる戀を教へし
少女の俤(おもかげ)、彷彿として

瞳を凝して暗きがうちに
ああ永劫のくらきがうちに
明、滅、不滅の光明(ひかり)微かなる

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(註)
 ■熱閙(ねつたう)=熱く騒がしい
 ■
咫尺(しせき)を辨(わか)ぬ=咫尺を弁ぜず
   =暗くて、近くの物も見分けがつかないこと
 ■笹紅=笹色=青黒く光る濃い紅色。青みのある薄緑


【新春】

天蒼々とこころよく――
 絲を未來に舒(の)べて思へば
 飛ばすべき凧われに無くとも
 童と共に春は樂しく

無想の頬はかゞやきて――
 注ェこしかたに追ひつたどれば
 うつべき虫qをわれ持たずとも
 少女(おとめ)の如く心うかるる

一つの希望我あらば――
 のぞみかなへとことし祝はむ
 おもひ徹らめ、遠き慮(かんがへ)
 われ懷きなばこの歳こそは

國の幸福(さいはひ)説きとけど――
 民の望を収(と)る政略か
 よしや欺け我を安きに
 措かば該撒(しいざあ)にも従はむ

娜婀たる眉は歌によく――
 堅き心をなまらす手練(てくだ)か
 いざやいつはれわが悲(かなしみ)を
 消さば楊妃の手をも握らむ

二十四箇年非に非をつみ――
 ことしも我にいよよ非なるか
 新年汝、弱きこころを
 傾けむとて又來れるか

我が愛ここに新らしく――
 憎惡愁恨かつ多からむ
 ここに我が智慧さらにふとりて
 謎も闇もいとゞまさらむ

如何なるものか福祉(さいはひ)ぞ――
 忘るるに如(し)く幸はなからむ
 善(よき)も惡きも夢よりうすく
 覺めて歎きも悔もあらねば

昨日を忘れ明日をのぞめば――
 胸なる妙華(めうげ)香もかんばしく
 時は明治の第三十三
 慰め多きけふにもあるかな

來れ新年、けふを壽(ほ)ぐ――
 かの大方の人をいざなへ
 幾千とせぞやのぞみ待ちつゝ
 待つには遠き天の極樂

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(註)
 ■娜婀←→婀娜(あだ)=なまめかしく色っぽいさま
 ■明治の第三十三=西暦1900年。


【朝のいましめ】

雲はこもごも相聚(あいあつま)りて
 五色映麗花さく如く
拂へど去らぬ御袖の薫
 わが大御神
大日靈貴(おほひるめむち)

夕(ゆふべ)の星のからくれなゐを
 朝(あした)雲の濃きむらさきを
踏みてしとしとわが大神は
 駒をいさめの三百の鞭

蹄たたすや最東のみね
 弓よッ彎(ぴい)て放つ銀の箭
にほへる眉をきつと昂(あ)ぐれば
 たちまち降(くだ)る百千の魑魅

朝あしたに時を違へて』
 人々見るこそああ樂しかり
力(つと)めよ、慟けおのが活業(なりはい)
 常に息(やす)まぬ我に擬(なら)ひて』

御聲玲瓏(みこえれいらう)第一の令
 つゞいて下す九條(こゝのつ)の啓示(さとし)
仰ぐもたうと耿々灼々
 聽くもかしこし天地のまこと

きのふは夢ぞ、あすは幻
 けふ善き事せばすぐまのあたり
報ひはあらむ、日に新なる
 この日を頼め我に従ひ

惡き魔その身を埃(あくた)に變へて
 近づき喰はむと爾(なんじ)を追へば
衣になゆるしぞ塵一ひらを
 いつかな曇らぬわが躯(み)のごとく

子を護(も)りそだて、妻(め)をいつくしみ
 親を祟(たつと)み上(かみ)をうやまへ
星のいろいろ、ともなふ月も
 我あるからの彼にこそあれば

事をな隠しぞ、心に秘めぞ
 嫉妬(ねたみ)、怨恨(うらみ)は病と耻(は)ぢよ
世はかくこそあれ公明正大
 欺(いつは)るなかれ、我に鑑み

疑ふことなく、惑ふをやめよ
 見る目こまかに明かならば
迷ふべきかは唯一の道
 くもりとく去れ我にまがひて

懼るるなかれ、苦むなかれ
 心に則ち過りなくば
敵破るるまで競へ戦へ
 物皆抑ふる我に習びて

足らば失ひ、盈(み)つれば缺(か)く
 如かずあるまゝ樂まむには
圓満(まどか)にすぎてむ人の一生
 久しく更(か)へざるわが態(さま)に似て

かげの小草(をぐさ)の花をも捨てず
 嵐をいたみて弱きを扶け
恩惠(めぐみ)を與へよ、遍くすくへ
 私(わたくし)無きこと我にも勝れ』

天の甘露を朱唇にふくみ
 吹きすてたまふいぶきを浴みて
世は春げしき千紅万紫
 駢(あは)せて臻(いた)る百(もゝ)のよろこび

かくてをはりに宣(のたま)ひけらく
 『よそほひかたちは地に朽つるとも
靈魂いよいよ高くたうとく
 光明(ひかり)を慕ひてよりこよ我に

一つの殊功(いさを)を世にあらはさば
 ほまれは盡きじその名もろとも
詩(うた)につくりて調も妙に
 わがあるかぎり世ゝに傳へむ』

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(註)
 ■耿々灼々(けいけいしゃくしゃく)=光り輝くさま
 ■
殊功(いさを)=殊勲、手がら


【戀の手ぶれ】

おもひ直ちにわれはわざみに
下なる心、君はおのれに
つたへつたふる戀の手(た)ぶれの
   戀の手ぶれの
 ああ熱きかな御たなごころ

朝(あした)の百合の露のつぼみの
やわらかきよりさらに優(やさし)き
君が五つの指をつたひて
わが血は君にそそぎけらしな
 あたたかきその御ふところに

君が情は聖靈のごと
目には見えざるつよき力を
そぞろおぼえて萬をわかず
未とこしへに戀のかたみを
 今日の今より殘すならむか

一生にわが一(いつ)のほほゑみ
一生にわが一(いつ)のおのゝき
ああこの時の刹那のこころ
胸さわぎして頬のあかきは
 君のたましひ君が血なれや


【ウィクトリア】

請ふ、愛號をしばし遏(とど)めよ
悲々たる歎きを忘れなむには
やごとなき人を弔はむには
懿徳大業をしのびいでて
如かず、御空に高く唱へむに

嗟、ウィクトリア、アレクサンドリナ
十九世紀は始終す陛下(きみ)の爲め
善と純潔は何ぞ、陛下無うして
蒼海の威厳はいかに、陛下なうして
大陸の平和はいかに、陛下なうして

極北の民と羅甸(らてん)のやから
大英を怖るればぞ陛下を畏れ
いやしき我とわが國友と
陛下を慕ふて其國をおもひしが
大姉逝く、ああ限り無きうらみ

紅(くれなゐ)の涙しばらく抑へ
西、碧瑠璃の空を仰ぎて
新らしき光輝くを見よ
女(をみな)のなかの女こそかしこに
百王のその帝(みかど)こそかしこに

十九世紀の花は萎みて
戀よ、國母よ、また歸らずや
せめては未來に遺さばやな
その花の香を
木蘭の花の
白きは平和の徴號(しるし)なれば

+---------+

(註)
 ■ウィクトリア(1819-1901)

      =
Alexandrina Victoria Wettin
 ■
懿徳(いとく)=麗しい立派な徳