『詩美幽韻』より「吾嬬布里」
【隅田川】
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そよと眉吹く春風に
櫻ちりかふあけぼのを、
野暮はさめざれ隅田川。
みやこ鳥浮く花のかげ、
あれよ嚊衆と二人して、
ひとつ櫓をおす川瀬舟。
【宵暗】
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ふなべり洗ふ川浪に、
火影ゆらめく吾妻橋。
月まだ出でぬ宵暗を、
竹屋棹さすわたし舟。
ふりさけ仰ぐ涼しさに、
たもとぬらしぬ天の川。
【江戸の水】
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さらりとけづる黒かみに、
よこぐしさせる水淺黄。
眉あと匂ふ顔ばせや、
なにを思案の長煙管。
思ひかへして黒繻子の、
そらどけなほす薄袷。
口紅あさくおしろいを、
洗ひすてたる江戸の水。
【わが罪】
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み山に入らむ身ならねば、
世に交はらむその爲に、
おもひ立ちしを旅衣。
ゆるさせ給へ父上よ、
ゆくての塵にたえやらで、
空しく吾は歸るなり。
【秋の夜】
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ながめ淋しき秋の夜の、
月より落つる笛のこゑ、
心な(き)身もさそはれて、
おもひを吹くか里の子よ。
【少女】
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けふりを誘ふそよ風に、
柳のあたり暮れそめて、
青草しげる岸のべの、
春しづかなるいさゝ川。
里にすぐれし手弱女の、
裏のまがきに咲く桃の、
深きにほひも移ろひて、
水の音ほそく流れゆく。
【幼兒】
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くすし浮世をつくりなす、
造化のみ手は放れても、
まだ世に染まぬ幼兒の、
こゝろは神も愛みてか。
ものうちいふも幼くて、
優しき髪をかいなづる、
母の胸乳によりそふを、
塵にけがるゝ罪ありや。
桃色なせるうす絹に、
情をつゝむ頬のにほひ、
そひねの母の影ならで、
夢みる夢もなからんに。
【もとの光】
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ものゝ光も色もなき、
世は常闇の世なりせば、
闇のまぎれに踏み迷ふ、
こゝろの闇はなかるらむ。
人の垣根を打こゆる、
罪のやみぢも行かざらむ、
「我」と「人」とを異にみる、
惡の闇路も行かざらむ。
あはれ古ありきてふ、
あめの石屋戸さしたてゝ、
人のこゝろの闇をしも、
もとの光りにかへしなば。
【まこと】
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人てふ人にいとはれて、
なほ寄りすがる蠅もあり、
人てふ人にめでられて、
なほにげまどふ蝶もあり。
よしや姿はみにくきも、
寄りくる蠅を迎へんか、
いかに姿はやさしきも、
つれなき蝶をみすてんか。
心をとりて姿をば、
すてんとすれど捨てかぬる、
こゝろぞ人のまことなる。
【山又山】
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遠くのぞみし山々を、
ふりかへりつゝふるさとも、
近かりけりと越えくれば、
またもつらなる山幾重。
【旅路】
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しばし旅路のわかれより、
はじめて知りし吾おもひ、
いとけなきより隔てなく、
むつび語りし君をなど、
思はざりけむ今日までも。
【玉手箱】
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げにおもしろき玉手箱、
與へし人もおもしろし、
開きし人もおねしろし。
與へざりせばいつの世に、
さとりの箱を開くべき。
三百年のたのしみも、
覺ればたゞの夢なりき、
とこよの國も人の世も、
悟ればともに一なりき。
開かざりせばいつの世に、
迷ひの雲をはらすべき。
開きし人もおもしろし、
與へし人もおもしろし、
げにおもしろき玉手箱。
『青海波』より
【笛ふき】
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櫻はなちるおぼろ夜の
月に背くる編笠あはれ
あれうら若き笛ふきが
市にしらぶる肩痩せて
清みてかなしき歌口に
籠る恨もきく人なしに
あはれ男子(ますらを)たびにねて
いつを夢路の果としる
こよひわが聽く縁には
歌へ一ふし心なぐさに
袖にはなちる花のかげ
いでうらわかき戀の曲
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