石川清澄/起重機・旋盤工
【憩ひ】
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固く結ばれた糸目はほぐれ
こはばつた神經は崩れる
温和な芝生は息づき
眞晝の靜寂に
タバコの煙は靡き
空間に美しき曲線を描く
白雲は動かぬ池の縁に落ち
ゆるやかに流れて行く
鋭く……強く……
蝉の聲は伸び
晝の靜寂に熔け込む【晝光】
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破れ硝子からころげ込む柔らかい春の光り
紫のけむりが
白いけむりが
青いけむりが
思ひ詰めたやうに立ち罩める
一筋の光の中で
働く人
動く機械
窓からそつと
川蒸汽の音がする
外にはうららかな
春近い日が照つてゐる……
【横濱風景】
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尖つた屋根
丸るい屋根
赤い屋根
緑い屋根
ふつくらと
生きものゝ樣な
緑の丘
小さい船が浮ぶ
箱庭の樣な
青い海
うす絹の
ずれてゆく樣な
碧い空
横濱は刷物繪に出てくる
異人館の匂ひ
小麥色の頭髪
青い瞳の人々
尖つた屋根
丸るい屋根
赤い屋根
緑い屋根
横濱は刷物繪に出てくる
すました
異人の横顔
【笑ふ能面】
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古びた教科書の中の一つの顔
それは柔和な能面
張り周らされた眞綿の
魔睡して行く快感に
年古りた能面は
青い過去の中に沈み
「時間」を秘めし玉手箱
立ち昇る神秘の煙
あゝ盲ひたる私の瞳は
うつろなる影を追ひ求める
ほの白き昔の能面は笑ふ
角の擦り切れた教科書の
薄青い汚染の中から
伊藤誠一/起重機・仕上工
【花火】
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花火を誰かゞ上げてゐる
蝋人形のやうな女の子
金の玉
銀の川
青い火は靜かな流れ
青い火はピエロの踊り
花火は夜の虹
出ては消え
出ては溶ける火
幼き火は
夢の火
幻の火
闇の中に母の聲
淡き光
美しき光
【思ひ出】
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星は西の空に輝いた
濕つぽい闇が
街を押しつぶした
よろよろとよろめく灯に
人々はうようよと踊る
酒の香は
よいどれの父の面影
幼き日
父を載せた小舟の纜(ともづな)は切れた
一滴の潤ほひも無い體に
血潮は逆上する
眼は殺される虎のやうに
照り輝き
床の上をのたのたと
うごめき廻つた
一人ぼつちの私
酒は街で燃えた。
【瀬戸物屋の狸】
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紅の灯は
道化師の唇と成つて
夜空に、人々に
べらべらと流れ出す
魚の目玉のやうに
どろん
溝泥の灯のよどむ
ウインドの
片隅の狸
硝子箱の底に
こびれ着いて
むつくりと浮び上つた
茶色の狸
足もふらふら
酒もふらふら
心もふらふら
淋しかろうよ
この狸
涙の徳利さげて
何處へ行く
酒屋の親父の
怒つた顔も忘れて
帳面さげて
さぞかし泣くだろ
子狸が
まゝよ
飲んで歌つて
騒がうよ
小室三郎/起重機・旋盤工
【或る日の雨】
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歩道の上に雫が
強く弱く
何時までも落ちてゐる
傘を持たない
私の上にも……
ビルヂングの硝子窓の縁に
軒並の庇に
心ない雫が踊る
雨よ
別れ征く友への餞けか
濡れそぼつた私の心を
黒く塗りつぶす
雨――
オーバーの襟を立てて
肩を上げて
傘を持たない私は
一人濡れて行く
灰色の雨の街を……
【たそがれ】
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たそがれは灯を呼び
大きな悲しみを載せて
私の胸に歸つて來る
しみじみとした火影に
晝の間の道化者は影を消し
一切のものが昔に歸へる
私は本當の私を見出し
そしてびつくりする
長谷川勝則/起重機・仕上工
【歸り路】
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たかだかと
終業のサイレンが鳴り渡る
空には星が、そして美しい月が
私を迎へるやうに輝いてゐる
私は辨當箱を小脇に抱え
晝の疲れを忘れ
美しい空を眺めつゝ
家路に急ぐ
リズムを取る下駄の音
私の心は晴々として
今日の務めを無事に果した事を感謝する
【風】
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甦つて頭を振り動かしてゐる草木
冷たい新鮮な風が流れる
全速力で動く雲
そして西には青空が覗き始める
濛々とした雲の間からは
赤い夕日が淡い光を落し
雫の垂れる木立
私は體一ぱいに
夕立あとの涼風を受けて
伸々と歩いてゐる
【夏】
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夏の蒸し暑い夕方
遠い所で雷が鳴つてゐる
ほつとした人々
靡き出す街路樹
微笑を浮べる草の葉
私は籠から飛出した小鳥の樣に
甦つた木の下を伸々と歩く
村井銀次郎/起重機・旋盤工
【巨船進水】
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限りなき力を捧げ
限りある生命を捧げ
一切を生産に携はる
巨大な
ニユーマチクハンマーを振り
巨大な
スプリングハンマーを抱いて
鐵を削り、鐵を削り
更に鐵を削る
鋲を打ち、鋲を打ち
更に鋲を打つ
そは生活のためにあらず
賃金の奴隷たるにあらず
逞ましき造船戰士
我等の抱けるは
必死に生き
必死に働き
必死を貫く
生ける魂、生ける魂、
生ける魂なり
打鋲の音、天に木霊せよ
我等の血、熱と燃えよ
我等は東亞を制する船を築く
世界を制する船を造る
熱涙頬に流れ
感激胸にせまりぬ
おお
聖なるかな、無敵の生産
聖なるかな、必殺の造船
聖なるかな、船を造る者等
貴き汗を額に流せ
情熱の涙を頬に浮べよ
感激の血、血管を破り
感激に胸迫る朝
【都會の夜】
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春の夜靜けさの中に
私は獨り彷徨ふてゐる
凡ゆる家々は沈默し
四方には人影もなく
銀行も 映畫館も
デパートも、ビルデイングも
光と美の世界を失つて
深い眠りを續けてゐる
何處からか……
犬の遠吠が流れてくる
つゞいて他の一匹が
廣大な暗黒の世界に
もの哀しげな聲で泣き續けてゐる
それはうら寂しいメロデイとなつて
あるひは高く、あるひは低く
空虚な幽靈のやうに
底知れぬ暗黒の世界に
吸はれるやうに消えてゆく
春の夜の靜けさの中に
私は獨り彷徨ふてゐる
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相川美智夫/起重機・旋盤工
【日照り雨】
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濡れはしないが
白銀の糸が降つてゐる
黄色い光が射して
したゝる緑の並木に
生き更つた赤いポストの上に
塗りかへられた
看板の白さ
水たまりに映る
ちぎれ雲の白さ
――空の碧さ
濡れはしないが
白銀の糸が降つてゐる
青木芳雄/旋盤工
【壺のある風景】
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雨が降る
うわべばかりの街
涙のやうな雫が光つてゐる
思ひ出の暮れて行く窓が一つ
誰れも知らない街の一隅にある
赤ん坊の泣聲が
雨の中に聞えてゐる
灯の消えた街
プラタナスに寄りすがり
白々しく顫える街の音を
冷たく見守つてゐる
黒いインキ壺が一つ
その底には
吐き出して了ひたい滓と
甘つたるい追懐が
うづくまつてゐる
夜の景色が
冷たい雨の中に
濡れてゐる………
今井一三/起重機・旋盤工
【秋】
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思ひ沈む秋の影を見せる
三日月………
乳色の香の戀しさも
愛しいと云ふ程の感傷に走らぬ
若さを描く星の舞臺
月の影、星の影、秋の影
そして若さの影
ひとり囁き慰め合ふ
影のきらめき若さの輝き
そして希望のときめき
蟲の音に沁みる
幸福の憩ひに
更けて行く秋の夜………
金澤敏雄/鋳造工
【煙突】
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ごたついた街の中に
憂鬱を噛みしめて
突立つてゐる煙突
どすぐろいくすんだ體躯を
青空の下に晒らし
あつけらかんと
街の中を見下してゐる煙突
無口でのつそりと突立つてゐるが
時たま思ひ出したやうに
腹の中の感情を
はつはつと吐き出してゐる煙突
金子達也/實習
【少年工】
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我等皇國の子
太陽の如く
明るく、強く
職場に征き
鐵と戰ひ
木と戰ひ
吾等の意気氣
いよいよ盛ん
撃滅に振り上げるこの槌
精魂こめたこのハンマー
興亞の爲に
天地にとゞろけ
我等皇國の子
鐵の如く
強く、逞ましく
船を造り
舟を造り
國護るこの心
いよ/\堅し
小林清次/起重機・仕上工
【郷愁】
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私は生れ故郷が懐しい
遠い異郷の街の
見知らぬ人の中を行く時
思ひ出のない道を行く時
道行く人の誰も私に呼びかけてくれる人はいない
涼しげな風にそよぐ草木さへも
私に親しみを感じさせない
私は生れ故郷がなつかしい
遠い異郷の窓邊で
思ひ出の多い月を眺める時
母の話の種だつた
數々の星を眺める時
數多い星のどれかゞ
又は清く澄んだ月が
私の心を母のもとに
映してくれる事だらう
私は生れ故郷が懐かしい。
關口秀雄/起重機・旋盤工
【冬の夜】
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冬の夜
ふとんの中に並ぶ顔
坊主の顔
お下げの顔
おかつぱの顔
冬の夜
ふとんをかぶつて
頭だけが見える
一ツ二ツ三ツ四ツ
ふとんの中から
頭だけが見える
雪の降る夜
谷部吉一/旋盤工
【七夕】
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淡い思ひ出をのせて
めぐり來た「七夕」――
若竹の枝に
夏の柔らかい風がそよいで
清々しくゆらぐ短冊
赤――青――黄
化粧をした
はなやかな
「星まつり」の飾り
飾りに満ちた色彩に
子供の頃の思ひ出が
おぼろめき
わたしは思ひ出す
姉が話してくれた
遠い昔の天の川の物語を
思ひ出をほのかにのせて
通り過ぎてゆく風――
鳥居巖夫/起重機
【退院して】
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私の好きなホツピングよ
幾日か見なかつたがその間
お前は私とやつたやうに
動いてくれて居たか
私は病床の上で
お前のことを思ひつゞけた
馴れない人とやつてもしや
故障でも起しはせぬかと
私はお前の癖をよく知つてゐる
お前から出るこの甘い匂も
私だけに解る大好きな匂ひだ
嗚呼その匂ひは私には悲しい思ひ出、優しい思ひ出だ
私はお前と一緒に生活して來た
何時も變らぬ調子で
お前は私の愛人なのだ
私の生活の中で一番長く一緒にゐるのだ
お前とならばどんな事でも
やり遂げる力はあるよ
さア疲れた顔をせず、元氣を出そうよ
私はやらなければならぬ
お前もやつておくれよ
峠は高いが登つてごらん
きつと樂しい勝利が待つてゐるよ
両手を擴げて、私達を待つてゐるよ
中谷傳次/溶接工
【鳥】
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輝き聳ゆ白哲の頂
雲低く重なる靜寂の世界に
奇しき一羽の鳥、物憂げに
空を舞ひまた羽を休める
……そは飢えたる心地か
雲は重く徐ろに空を垂れ
銀一色の中を奇しき唯一點の鳥
日は忽ちにして隱れ
時しも降る、萬字巴の雪
痛ましき鳥、汝は恐れず
雄々しき鳥、汝は騒がず
翻へす翼、圓を描きて
山蔭に山頂に消え映る
萬象の中に鳥たゞ一つ
嗚呼上越國境の朝
成田一龜/實習工場
【虻】
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實習工場の
庭に咲いて居る菜の花の
小さい黄色い花の上に
汁を吸ひに來る
あぶの群
指先でついても
口で吹いても
逃げない虻
黄色い花粉を
身體につけて
じつとしたまゝ動かない虻
青い空にいつか雲が出て
捨てられた紙が
風に吹かれて飛んで行く
一匹二匹と
花を飛び去つて行く
やがて虻の居なくなつた庭
風の吹いてゐる庭
草の靡いてゐる實習工場の庭
藤浪 一/起重機・旋盤工
【風】
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私は今
丘の頂に立つてゐる
風は強く私を打つてゐる
帽子は飛び
上衣は宙に
ズボンはやがて
足から下へ滑り落ちる
そしてたゞ一つの裸像の私が
現實となつてゐる
風と
打つ風と戰ひ乍ら
私はやがて倒れるまで
立ち續けやうとしてゐる
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