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波立 一

はりゅうはじめ(1908-1937)

福島県いわき市生まれ。1927年、画家をめざし上京。1928年から1932年まで「戦旗」などに詩を掲載する。その間
に、兵役をつとめ、また検挙されたことがある。1933年、結婚。翌年長男が誕生するが妻と不和となり帰郷。1935
年、長男没。上京。女子松浦と同居。1936年長女誕生。精神科松沢病院に入院。妻と離婚成立。1937年肺結核で死
亡。2002年になって詩集『波立』が出版された。

詩集『波立』




「日本プロレタリア文学集38・プロレタリア詩集1」より

【夜明の集会】

幽かなエンジンの響
――炭山(やま)の深夜
午前三時
朝退けの号笛(サイレン)

未だ夜は明けぬ
寝たげな共同風呂場
とぎれ とぎれの騒めき
おい 見たか
――採炭部の掲示板
浴槽の中は黙り勝ちだ

午前四時半
東の空 白む
発電所の煙突
――クッキリとしてきた
淡く
電燈の息絶ゆく
重く湛えた貯水池(みずたまり)
その辺(ほとり)の一軒長屋
続々と黒い影
阿母! みな集ったか
――要らねいんだ お茶は
――と 赤インキが用なんだ

俺達の胸は燃え
血は沸(たぎ)り
唇は固く
夜明の集会は
――凄い程静かだ
やがて
低く 拍手起る
中年の坑夫
――突立った
購買会のカードにまで
組合員の記号(しるし)
食物までも
区別しくさることあ
辛い語り草だ
俺達の隠忍を
つけこむ会社の犬奴
今朝の掲示板もよ
健康保険法に
選むだ仲間
「労働者側代表」を
――四日目で馘だ
木葉役人奴!
番狂せに
周章(あわ)てやがって
暗い ドン底
坑内(しき)ン中から
搾るだけ搾りぬき
「設備」はそっちのけだ
健康保険法
――実は人殺し保険だ
血の絶えたことの無(ね)い
六坑道
落盤で殺られた
水島の女房に
主任の奴何とぬかした
ずるかってる罰だ
――乳なんぞ呑まして
小さい声だったが
聞き逃しは出来ねい
血とからみあった
脳味噌が
浅野総一郎の晩飯だ
いじらしい義坊の奴も
乳房を噛んだまま
――息をひきとったっけ
同志諸君
血で洗われた職場の
血の滲んだ祭壇の
兄弟達の命令だ
導火線と
マッチと
決行しろ! 時は来た
隣炭山の兄弟達へ
早く
宣伝員派遣
古河坑の支部へ
水島定子!
――妾それは
行くんだ 定さん
阿母と義坊の命令(いいつけ)だ
頬こけた十九の坑婦
決意して立上った
梨畠を通り抜けな
火薬倉庫の裏道は
見張ってるぜ
発電所の班へ
誰か?
俺を遣って呉れ

導火線はブスブス燃えてゆく
非常汽笛を合図に
戦闘準備!
常磐炭田五万の兄弟よ
今こそ
一斉に起つときだ
必ず 手を
決して離すものか
俺達は斃れるまで
俺達は最後まで

俺達の世界で来るまでだ

『プロレタリア芸術』 1928年3月号に発表
『1928年プロレタリア詩集』より


【赤い腕章】

赤い集会を護り
赤いデモを導く
若さの誇りに輝く
真赤な腕章
党旗の下から
組合旗の蔭から
俺らの演壇には
燃ゆる 燃ゆる
俺らの胸は早鐘
俺らは血走る眼を注ぐ
「真赤な腕章」へ
「真赤な腕章」はビクともしない
細心に 大胆に
俺らの感情を護る
「真赤な腕章」の役目は重い
番犬共が耳打ち始める
ゆるんだ帽子の紐を締める
――弁士中止!
瞬間
「真赤な腕章」がグイと動く
――官憲横暴!
――横暴! 遣らせろ
俺らは総立になり
――解散!
街頭の俺らは勇敢だ
吠えかかる番犬共を
蹴飛ばし蹴飛ばしデモは進む
「真赤な腕章」の指す方向へ
「真赤な腕章」は頼もしい
圧しつけられ
搾り抜かれて
長い 永い間
徹の如き辛棒で鍛えられ
噴火山の如き脳味噌から迸り
海の如き闘いから滲み出る
プロレタリアの感情は
「真赤な腕章」の心臓だ
真赤な布の腕章は
若さの誇りに輝く。

『1928年プロレタリア詩集』より


【五月一日】

ええ、癪だな、畜生!
間抜けた汽笛なんか気にすることあねい。

じゃあ――行くぜ、阿母!
サーベルの四五本もへし折ってくるんだよ。

1886年より1928年まで
血ぬられた5月1日の顔を見ろ。

行け! 五月祭の真唯中――
空は青く、地上は赤き群衆の奔流だ。

清めろ!
十字路を驀進する俺らの行手を。

恐いのか! 兄弟
官服を踏んづけ、突破しろ!

轟け! 幾万の歌声――
響け! 強力な跫音――

ええ涙ぐんでる奴は誰だ!
兄弟! 小憎らしい程嬉しい日だよ。

『戦旗』 1928年5月創刊号に発表
全日本無産者芸術連盟刊『労農詩集』より


【檻の中】

昨日は重い空に湿っぽい風だった。
鋲どめた「五月祭のビラ」の傍に
白い
優曇華の花が咲いていたっけ
梅雨時の箒を遁れて咲いていたっけ

首 うなだれてはこみあげる憤怒を
首 うなだれてはこみあげる憤怒を
奴(うぬ)!
首 うなだれてはこみあげる憤怒!

今日は薄縁三畳の檻の中
鉄格子と金網の窓に獅噛みつき
ガラス戸の隙間三寸
高い石塀を越えて
黒雲ちぎれ飛ぶ空模様に
凝乎(じっ)と眼を注ぎ
歯を喰いしばって北叟笑むでる。

『戦旗』 1928年10月号に発表
1931年1月改造社刊『戦旗36人集』より


【運勢】

腰を下して
膝かぶに
のっけた掌

俺らの運勢をみろ
ごつごつの節くれ奴

大根 ごっそりひきぬいて
町さ うんとこ運んでも
伜の
雑記帳と読本は軽いもんだ
なあ女房
いくら人参が好物だって
堪(こら)えて呉ろよ
鎮守の店(たな)に借があるだぞ
役場の赤紙も溜ってるだ

ごつごつの節くれ奴!
一生
運勢だとあきらめて
地主の倉に
種を蒔いているだか
一体(てい)?
俺らの収穫(とりいれ)はいつの秋だ

夜の星 鋤を洗って
朝の星 鎌を掴んで
ごすごす研いでいると
冴えた刃先に真赤な空映(そらばえ)
ほう 朝焼だ!

町の工場が弟が
朝陽をいっぱい浴びながら
帽子をふりふりやってくる
待ってたぞ
便りは何だ

鎌をぎっしり握るんだ
ごつごつの節くれ奴!

『戦旗』 1928年11月号に発表


【結党の焔】

誰が 資格審査を反動政府に頼むだか?
結党は労働者農民の決心だ!

4月10日に胸の党員章を外したけれど
労働者と農民を解散出来るか!

「合法」とは奴らのものだ
被圧迫民衆の生計は「非合法」だ。

幾人が横腹に泥靴を喰い肉を裂き
血にむせびつつ虚空を掴むだか……

警察の調書と暗黒裁判の判決書を
結党の焔もて焼きすてろ!

地主の倉と立入禁止の立札を
結党の焔もて焼きすてろ!

出兵要求権を兵卒の銃剣でくすぐる日まで
罷業権は血に塗れて進まねばならぬ。

若しも 政府の涙雨が降ったならば
油に滲むだ仕事着を焔の中に……

未だに党員証を破らぬ俺達の胸に
デモをたたみこむで結党大会へ――

『1929年版日本プロレタリア詩集』より

 *「3.15事件」のあと、1928年4月10日、労働農民党は
  日本労働組合評議会、全日本無産青年同盟とともに
  政府によって強制解散を命じられた。


【動員令】

耳の奥底に唐人笛(ビードロ)飴屋の幼い想出
連隊の奴隷達は夢の中で枕を外した

激しい夜風とあれ狂う喇叭の号音
――非常呼集だ

丘の黒い建物は真夜中に眼ざめた
丘の兵隊屋敷は点々と燈火を燦(ちりば)めてゆく

不寝番は雀躍り(こおどり)してバタバタ駆けまわった
息をきらしても叩き起すのは愉快だ

態(ざま)あみろ 起きろ! 起きろさ
起きるよ…… うるせい!

週番司令あ誰奴(どいつ)だ?
俺あ 不服だぞお……

周章(あわ)てて起きた初年兵の寝台の上に
不寝番は疲れ不貞腐れて寝込(ねころ)むだ

初年兵の左手は軍衣袴の釦をいじめ
一年兵の上靴を並べて匍いまわる

二年兵は不精不精起きあがる
二年兵は不機嫌にどなりちらす

この頓馬野郎!
銃なんかもちだすなあ 火災だ

初年兵はビックリして直立不動の姿勢
けっ! この一銭五厘奴(め)!

初年兵はオドオドして銃床に返(もど)す
再び 不動の姿勢で二年兵を注目する

早くでろ! 何をしてるか
階上廊下で兵器曹長が喚いている

隣の班からぞろぞろ押しおえ犇めく
不寝番は微かな鼻鼾をたてている

兵舎内の燈火をよぎり人影が乱れる
真夜中の営庭に約二千の兵員が並んだ

寒い…… 日給18銭も辛いな
非常呼集なんて勿体つけるなあ真平御免よ

第二中隊 気をつけい……
改った兵器曹長の号令が鼻毛を擽(くす)ぐる

軍刀をがちゃつかせて週番司令が来た
連隊週番を下士が弓張提灯で随行だ

第二中隊 現在138名異状なし
報告を鼻でうなずき週番司令は隊列を巡る

こらッ きさまの睾丸類(マラボタン)は満開じゃ
寝呆奴! 軍帽(しゃっぽ)を忘れたんかあ

廻れ右いッ これは尻尾か ああ?
その兵! 阿弥陀に被っとる ああ?

休め!
気をつけい!

休め! ハキハキしろ!
気をつけい!

命令を達する
当連隊に動員下令 要員の出発は19日だ

瞬間! 兵卒達の後頭部が異様に騒(ざわ)めく
(まさか? 俺は行くまい……)

休め……
気をつけい!

諸子はみな忠良類なき陛下の臣だ
出征希望の者は三歩前へ出ろ!

兵卒達は直立不動のまま頑強に応えぬ
深夜の土に凍てついたか動かなかった

兵卒達の胸に生々しい予告が蠢めく
予言の主は軍法会議に縛されているのだ

奴は莞爾(にっこり)とビラを撒き手渡した
この手はビラを掴みこの眼は読んだ

白襟に縛され黒襟に衛られてゆく朝
奴のものいえぬ眼は俺らの心臓を刺した

ビラは判然(はっきり)と語った
戦争は少数者の利潤を守る殺人行為だ

週番司令は口髭を顫わせて罵りだした
大尉の三角の眼は焦々(いらいら)しく燃えだした

きさまらは…… 日本軍人か
チャンコロが怖いのか うッ

三歩前に曹長や軍曹伍長が恐縮している
兵卒達は無言の儘 暗い前方を睨んでいる

奴は怒りっぽく優しかった
演習休止の時 誰彼も奴と煙草を吸った

奴の頭脳は俺らの教科書 小説だった
奴の思想を尊び上官を号令蓄音機と見做した

奴の言葉 奴の行動
俺の身体に刻まれた疼きをおぼえる

戦争反対だ
けれども 銃剣を手離すな!

火花ちる 奴の言葉が閃く
よし! われわれは戦地に行く

三歩前へ! 立止ると……
兵卒達の眼は一斉に週番司令を睨んだ

『プロレタリア文学』 1932年4月作品増刊号に発表