【魔のひととき】
▼
尾花の白い幻や たれこめた靄が
もう 今にも滴り落ちさうな
冷えた涙のわきかへる わきかへる
この魔のひとときよ
とぼとぼと坂をくだり径をゆけば
人の世は声をひそめ
キラキラとゆらめく泉
笑まひ泣く あえかなる顔
【外食食堂のうた】
▼
毎日毎日が僕は旅人なのだらうか
驟雨のあがつた明るい窓の外の鋪道を
外食食堂のテーブルに凭れて 僕はうつとりと眺めてゐる
僕を容れてくれる軒が何処にもないとしても
かうしてテーブルに肘をついて憩つてゐる
昔、僕はかうした身すぎを想像だにしなかつた
明日、僕はいづこの巷に斃れるのか
今、ガラス窓のむかふに見える街路樹の明るさ
【讃歌】
▼
濠端の鋪道に散りこぼれる槐の花
都に夏の花は満ちあふれ心はうづくばかりに憧れる
まだ邂合したばかりなのに既に別離の悲歌をおもはねばならぬ私
「時」が私に悲しみを刻みつけてしまつてゐるから
おんみへの讃歌はもの静かにつづられる
おんみ最も美しい幻
きはみなき天をくぐりぬける一すぢの光
破滅に瀕せる地上に奇蹟のやうに存在する
おんみの存在は私にとつて最も痛い
死が死をまねき罪が罪を深めてゆく今
一すぢの光はいづこへ突抜けてゆくか
【感涙】
▼
まねごとの祈り終にまことと化するまで、
つみかさなる苦悩にむかひ合掌する。
指の間のもれてゆくかすかなるものよ、
少年の日にもかく涙ぐみしを。
おんみによつて鍛へ上げられん、
はてのはてまで射ぬき射とめん、
両頬をつたふ涙 水晶となり
ものみな消え去り あらはなるまで。
【ガリヴァの歌】
▼
必死で逃げてゆくガリヴァにとつて
巨大な雲は真紅に灼けただれ
その雲の裂け目より
屍体はパラパラと転がり墜つ
轟然と憫然と宇宙は沈黙す
されど後より後より追まくつてくる
ヤーフどもの哄笑と脅迫の爪
いかなればかくも生の恥辱に耐へて
生きながらへん と叫ばんとすれど
その声は馬のいななきとなりて悶絶す
【家なき子のクリスマス】
▼
主よ、あわれみ給へ 家なき子のクリスマスを
今 家のない子はもはや明日も家はないでせう そして
今 家のある子らも明日は家なき子となるでせう
あはれな愚かなわれらは身と自らを破滅に導き
破滅の一歩手前で立ちどまることを知りません
明日 ふたたび火は空より降りそそぎ
明日 ふたたび人は灼かれて死ぬでせう
いづこの国も いづこの都市も ことごとく滅びるまで
悲惨はつづき繰り返すでせう
あはれみ給へ あはれみ給へ 破滅近き日の
その兆に満ち満てるクリスマスの夜のおもひを
【碑銘】
▼
遠き日の石に刻み
砂に影おち
崩れ墜つ 天地のまなか
一輪の花の幻
【風景】
▼
水のなかに火が燃え
夕靄のしめりのなかに火が燃え
枯木のなかに火が燃え
歩いてゆく星が一つ
【悲歌】
▼
濠端の柳にはや緑さしぐみ
雨靄につつまれて?笑む空の下
水ははつきりと たたずまひ
私のなかに悲歌をもとめる
すべての別離がさりげなく とりかはされ
すべての悲痛がさりげなく ぬぐはれ
祝福がまだ ほのぼのと向に見えてゐるやうに
私は歩み去らう 今こそ消え去つて行きたいのだ
透明のなかに 永遠のかなたに
|