加藤 一

かとうはじめ(   ?-   ?)

詩集『夜の馬』(海盤車刊行所/神戸・1934年)がある。

詩集『夜の馬』より


【夜の馬】

夜は夜の馬に乗る
その馬の反芻作用
小學校でいらつしやいませ
すべて愉快な行爲である
闇夜の土手に鳴く蟲は
ばかに大きな聲をする
葉の先はぬれたペンキよ
このあたり 通行は蝶類の行動の如く非論理的なり

【小春日和】

辭書にない字が快適の午後門の外に散らばつてゐる
石が煙を吐き出だす
野蠻な髪の毛よ
今日は空氣がよくみへる
道が一すじ赤い屋根の向ふから空にのぼつてゐる


【童話】

葡萄の葉をむしれ
そこから蝶が顔を出す
鐵橋が晝寝の夢をさまされる
もう燕は帶のなかにしまはれてしまつた
撒水車のまく水に驚く脚はこのころを
花束ばかり蹴つてゐる


【明日の記憶】

亞細亞の雪は陶製であつた
並んだ家々から歌聲がひゞく
とぶは Suitzerland の埃 真珠の首飾
鹽辛い突堤におしよせる波
すゝきの野原のお友達
夜汽車にのつて歸る charity


【關門海峡】

未明 關門海峡はK色人種によつて通過された
連絡船は卵にのつた 海をすべつて山を越へた
上陸の過剰 Rio de Janeiro 行の船はでない
白いハンカチーフの町で蒙古的な動亂が虚報されてゐた
その町の數時間のネクタイはの旅愁であつた
亂雑な旅愁を鞄にあつめて携へた僕は列車の動揺にうつらうつら眠つたらうか
たゞ僕はグラスの中の水をながめてゐたにすぎない


【空の食慾】

白磁の皿に指尖を蟹の如くに觸れるころ
古ぼけた朱の鳥居に落日があつた

アンテナに月がかかる

やがて鈴懸の木の影
地上の山が芽生へた


【航海】

黄菊白菊 勤勞する花粉ら
日日 豆類の飛躍がある

梨の木にかこまれた大洋
紫陽花色の水たち
赭土の北の國々

そのたよりは海峡を越へて來る
島たちが波と波と合唱してゐる
飛魚と飛ぶ魚と
その聲の文明的な蜜蜂の郷愁まで


【異郷的な泥酔】

ステイシヨンの花嫁は報復關税的な海岸線の旅行をする
汗ばみながら燃える焚火に血のやうな履物をはく
デモステネス
切手のはられた足の裏は異郷的な泥酔をする
洗濯されたハトロン紙の橙は榎の下の榎の影の友情である
歴史學は風呂を沸かせとわめいてゐる
限りなく空氣が揺れる部屋の中の曙の大理石の空の色の空
闘鶏たちの脱走を妨ぐる夕の雲の憶ひ出
天鵞絨のネクタイピンは automobile にのつて來る
それは遂に粉ミルクの寝床から飛行した掌(てのひら)である

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(註)
 ■デモステネス=古代ギリシアの政治家。
 ■天鵞絨=
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