戻る

相馬御風

そうまぎょふう(1883-1950)

新潟県生まれ。早稲田英文科卒。片上天弦とともに島村抱月の双翼となり、若き自然派の論客として論陣
を張ったことは知られるが、素性浪漫的詩人で、多年の業績を通して、本領もそこにあったとみられる。
1906年、早稲田卒業前から天弦らと「
早稲田文学」の編集に参加。1907年、抱月の示唆を受け、人見東明
加藤介春らとともに三木露風を招いて早稲田詩社を結成、詩における自然主義運動――口語自由詩型を志
向する。事実上の口語詩運動の烽火となった。/「日本現代詩辞典」より



【足跡】

はるかなる海の果より
初夏(はつなつ)の雲こそ起れ。

日は正午(まひる)、磯には二人
旅人は袂わかちぬ。

西東、砂につけ行く
足跡はつゞきて長し。

足跡はながくつゞけど
この二人いつかは遇はむ。

一すぢの砂の足跡
それとてもやがて消(け)ぬべし。

旅人は笠あげもちて
やゝしばしかたみによばふ。

はるかなる海のはてより
初夏の雲こそ起れ。

【町の角】

蒼ざめし人二人
別れたり右左
夕ぐれの町の角。

右なるは程近き
教會の石段を
のぼりつゝかへり見ぬ。

左へと行きし人
その刹那、急ぎ足
縄暖簾つとくゞる。

空くらく風あらく
ちらちらと雪ふりて
日はまたく暮れにけり。


【柿の實】

ながき夜をみじかき夢の
見はてざるおもひをたどり
風さむき軒に出づれば
   枯枝の末にあやふく
   柿の實は一つのこれり。

柿の實は一つのこれり
さびしさの思ひもなげに
赤らめる色もつやゝか
   枯枝の末にあやふく
   柿の實は空をぞ仰ぐ。

柿の實は空をぞ仰ぐ
仰ぐ空いま日は昇り
雲の色黄金に映ゆる
   枯枝の末にあやふく
   柿の實は酔へるがごとし。

柿の實は酔へるがごとし
ふく風もいづことばかり
あたゝかき光をあびて
   枯枝の末にあやふく
   柿の實はわが世をほこる。

柿の實はわが世をほこる
居る所高きにあれば
人の手もとるによしなし
   枯枝の末にあやふく
   柿の實はおそれを知らず。

柿の實はおそれを知らず
あなさても敵にこそあなれ
をちかたに烏のさけび。
   枯枝の末にあやふく
   柿の實はおそれを知りぬ。

柿の實はおそれを知りぬ
今はたゞ死をまつかたち
何事ぞ烏も来ぬに。
   枯枝の末をはなれて
   柿の實は地にぞ落ちぬる。


【トンネル】

君が眼にうつる山河、
わが前にひろごる大野、
ふと消えぬ――汽車は今しも
トンネルの闇に入りけり。
ものすごき地のどよもしや、
くろがねの軋りの音や、
滅亡の世のいやはてに、
近づける心地のみすれ、
ありとある情(なさけ)は消えて、
戀の旅――樂しき夢も、
今ははたあだなる闇路。
われはたゞ怖れのまゝに、
思はずも手をさしのべて、
闇のうち君をぞさぐる。
君もまた同じ怖れに、
戀をしも忘れてありや、
手は二つかたみによれど
むすぶべき力はあらず、
身はたゞに物なき空の
闇底へ落ちゆくおもひ、
胸の血はまたく氷りぬ。
そもしばし汽笛は鳴りて
人の世に汽車は出でけり。