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下川儀太郎

しもかわぎたろう(1904-1961)

静岡市生まれ。静岡商業を経て日本大学芸術家中退。「前衛」「戦旗」などで活躍。詩集『ビラ』を出した。
跋を中野重治・白須孝輔などが書いている。ほかに『日本プロレタリア詩集1929年版』『戦旗36人集』など
に参加。戦後は社会党代議士。詩集に『富士と河と人間と』があり、紀行・随筆などの著書も多い。
                                    /「日本現代詩辞典」より



詩集『ビラ』より

 

【彼はゐない!】

   ――静岡市會議員
松田辰雄兄へ――

四月十六日!
彼はいなくなつた
彼は俺達の眼から消されて行つた
寢床は靴に破られ
天井も床下もごみ片迄もさらわれた
昨日まで……
勝利を背負つてゐた彼
凱歌のときめきに
鬪爭に胸をおどらしてゐた彼

六十三名のブル候補の中に
ただ一人の俺達の代表に出た彼
町の勞働者と村の農民の勝利の聲を背負つた彼
彼……勞働同盟選出静岡市會議員!

俺達はおどつた
ゴマかしだらけの市會を
俺達の手が握りつぶすぞ!
おお、その喜びも瞬間!
その感激はたつた三日間!
呼んでも、叫んでも、わめいても
彼は俺達の手に戻つてこない……
おお
彼の聲がする
未だきつきりと彼の叫びが耳に殘る
「牢獄よ 來い!
絞首臺よ 來い!
自分は死を賭して諸君の爲に鬪うことを
この壇上から契(ちか)うものである……」
彼のゆくところ
彼の消されたところ

今日は五月祭(メーデー)
思い起す去年の五月祭
彼は輝けるリーダー
無數の足どりと合唱の中に
彼の姿はさつそうと先頭に
奴等のきもつ玉を震え上らした

一年立つたこの五月祭に
無數の足どりと合唱は
去年に増して街道をねつてゆくけれど
彼はいない……彼の聲は聞こえない
おそらく、牢獄の高窓を透して
おそらく、留置場の壁を透して
或は……そうだ……或は……
ギロチン臺に血みどろになつて
彼は聞いていよう
今日の五月祭の合唱を!
今日の五月祭の足どりを!
おお、彼! 彼!
かえつてこない彼
血みどろの彼!
だが、彼……夢にも見よ
今俺達は五月祭の示威(デモ)の中に
俺達は俺達の血をすすつて
同志の復讐を契つているぞ!

【面接所から】

  1・瞬間

上げられるカーテン
「おお!」
向ひ合つた眼と眼
瞬間
俺は見た
落ち凹んだ彼の眼の底に
希望の光を……


  2・傷

無言のまま
指し示す額の傷
云ふな!
誰れがお前をそんなにしたか
云へばカーテンが下される
おお
傷……傷……
無數の額の傷よ


【再び立上る日の爲に】

   ――東京市電の兄弟へ――

負ける爭議(ストライキ)じやなかつたんだ
そいつが負けたんだ
そいつが負けたんだ
兄弟、そいつが負けたんだぞ!
誰れが
あいつらに妥協を頼んだ
誰れが
爭議を打ち切れとぬかしたんだ

ゼネストだ!
全線へおつぴろがつた……
横浜へ京都へ大阪へ神戸へ
火がついた!
そいつを真先にもみ消したなあど奴だ!

死ぬまで鬪う! と
突き上げた拳の下で
怒りに燃え立つたお前達じやねえか
そいつが六日間
そいつがたつた六日間
たつた六日間にど奴がしたんだ!?

ダラ幹だ!
社會民主主義者だ!
裏切者だ(
スキヤツプ)!
当り前よ
だが、ダラ幹に任かしたなあ誰れだ?
裏切者をそのままにしたなあ誰れだ?

一度しくじつた道を
二度と踏むな!
おいらは
おいらの腕を信じろ
おいらの鬪いは
勝利か死だ!

ダラ幹を叩き出せ
社會民主主義者をのしちまえ!
裏切者を踏みつぶせ!
おいらの勝利は
そつからだ!

兄弟!
爭議に負けても
腕を離すな!
次の鬪いに備えるんだ
密集しろ!
革命的労働者の戦列に
おいらの勝利は
そつからだ!!

(東京市電ストライキ惨敗の日に。)

『日本プロレタリア詩集』(1931年版)より


【感謝】

   ――
救助會の人々へ――

ふところには
びた一文もない
ここへ廻されたことも
誰れも知らないだらう
便りさえ
奪れてゐる身だ

六日間
便器とカビと煤との
あらゆる臭いにむされながら
くさいめしを
無理につめ込んで
煤だらけの真つ黒い天井と
にらめつこして生きた

七日目
ふと、独房までも
つき抜ける聲を聞いた
「ここに
Sと云ふ男がきてゐる筈ですが
この本と金をやつて下さい……」

思わず
俺は格子にすがつた
Hの聲だ
おお、五十里をはるばると
差入れにきた嬉しい仲間よ
それにしても
ここへ送られたことを
誰れが伝へたらうか?

そうだ!
俺達の支持者はどこにもいる
あのとき一緒にいた
チンピラか?
スリか?
酔いどれか?
とまれ
救助會(
モツプル)と連絡がついたのだ
明日から退屈なしに生きられるぞ!

めつたに
流れぬなみだが
このときばかりはにじみ出た
おおこれが
嬉しなみだと云ふのだらう