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林芙美子

はやしふみこ(1903-1951)

山口県下関市生まれ。複雑な家庭環境からいくつかの小学校を転々とし、1918年15歳の時、広島県
尾道市立高女に入学。女工や女中などのアルバイトをしながら文学書を読み詩作を始めた。1923年、
東京の大学生に婚約を破棄され、『放浪記』の原形となった歌日記を書くことで傷心を慰める一方、
詩や童話を書いては雑誌社に売り歩いた。1924年、詩人で俳優の田辺若男を知り、彼を介してアナ
ーキスト詩人・
萩原恭次郎、壺井繁治、岡本潤、高橋新吉、辻潤らと知り合い大きな影響を受けた。
同年、友谷静栄と詩誌「二人」を創刊。翌年、新進詩人の
野村吉哉と同棲するが一年で別れ、その
後画学生平塚緑敏と結ばれ、赤貧のうちにも幸福な日々を迎え、創作に打ち込めるようになる。19
28年「女人芸術」に『放浪記』と副題のある散文を連載し始め、1929年それと関係深い詩集『
蒼馬
を見たり』を出版した。/「日本現代詩辞典」より


戦後の詩から


(冷薄の宇宙に)

冷薄の宇宙に
何処かできのこのように開く原子力
支配は雲に針をさすようなものだ
済んでしまったところで
何の支配も人間は受けつけない
只生きるだけだ。

誰かが来てまた地を支配する
海に石を投げつけたようなものだ
しぶとい人間の心はびくともしてはいない
只生きて這っているだけだ

説教や思想が流れて来ても
煙草の煙のようなものだろう
すぐ消えて宇宙はものうく
ゆっくりと寝返りを打つだけだ
人間は放り出される瞬前までも生きる
ぶつくさ云いながら這いずりまわる
ローマ人がユダヤを
ヘロデの血からでたガリラヤを・・・
只それだけの短い歴史だ。

(全集3「泣虫小僧・愛情」)

(いまにまた雪が降る)

いまにまた雪が降る。
きっと降る。
廿世紀の荒れた風俗のなかに、
どんな職掌の人間の上にも、
吹雪が来る。

ストイシズムの雪。
都会の底の恍惚境(シャルム)。
やるせなく雪が降る。
クリスマスにはつきものだ。
また空っぽな袋を背負って、
サンタクロスは呻吟する。

人間の木乃伊の上に、
汚れた雪が降りかかる。
さて、雪の題目に就いては、
華麗な悪魔(サタン)。
熱い涙とエレジィでいっぱい。
そんなものだ廿世紀は・・・。

(全集13「晩菊・松葉牡丹」)


(作家にとっては習慣が)

作家にとっては習慣が一番怖ろしい
陰気な旅をくりかえす墓穴への道
多神教の無意味な研究癖
ああいずこにありや
浪漫的な詩!(ロマンチック・ポエジー)
書かれざる不滅の詩がまだ何処かにある
作家は因果な盲目で
只手ざわりの触感だけを論じている
太陽はあまりに熱いのね。

(全集13「晩菊・松葉牡丹」)


(天井をみればくもの巣)

天井をみればくもの巣
下を見れば蛆虫のうろこ
この厠の小坪に自由だけがある。

窓に空が光る 雲の流れが
小歌もどきにああと溜息をつく
無我の境にさまよう自由の天地
ただよう臭気も万花の香り
ああこの小坪の厠にのみ自由が・・・。

むせび泣く 笑う 怒る さても
無限の救いよここに万有の神を見る
蛆虫の大群がタキシードを着ている
くもは眼鏡をかけてもの思い。

とやかく云う事もないではございませんか。

(全集14「屋久島紀行」)


(一切の強欲の軋轢)

一切の強欲の軋轢の苦役から
放免せられている山々
一寸きざみに山へ登りつめる広い天と地
鋭利な知能を必要とはしない自然
老境にはいった都会を見捨てて
柔い山ふところに登りつめる私
私はその楽しみの飽くことを知らない。

額に山の雨が降りかかり冷してくれる
山の精力が細かな種子になって降る
蔓どめ、ひこばえ、山うど、鬼あざみ
私は何でも触ったものをつかむ。
トロッコで凱旋している旅愁。

(全集14「屋久島紀行」)


(心を捨ててまたひろう)

心を捨ててまたひろう
笑われてまたおくめんもなくひろう
小さいしみったれた心
一番目にゴールにはいったところで
それが何であろう
十二番目にゴールにはいったところで
それは同じことだ。

心を苦しめて迷いながら走る
十二番目に着くと云う希望
執拗に走る心は
只それだけのもの
走るわが身の馬鹿さかげんに
あいそをつかしながら走る
ゴールにはまだ人々が待っている
一番足弱な可哀想な奴を見ようと。

(全集15「茶色の目」の中の「直覚の絲」)