【發車前】
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低い空はぼんやりと街の灯をうつして、
薄月に小雨が降り出した。
夜行列車の振鈴(ベル)は鳴り渡つて、
一時に動(どよ)みはじめる群集の呼び聲。
ああ私はどこへゆく?
ぞろぞろと改札口を出る群集、
かすかな眩暈からふと目がさめて、
私はベンチを離れた。
ああ私はどこへゆく?
ただ一人うちしをれて歩むプラットフォオム、
鎖(とざ)した歎きは何時までもほどけず、
ただ一人うちしをれて歩むプラットフォオム。
人混みにときめかぬ處女の胸、
其の胸は病みおとろへた私の胸にある。
其の悲哀(かなしみ)は時を打つ振子のやうに、
術なげに時を打つ振子のやうに、
思ひ出しては鉦(かね)をならす。
その追憶は病みおとろへた私の胸にある。
ああ、あなたは今どこにゐる?
うすむらさきに吐息する白熱燈(アークライト)、
あなたの微笑した顔はどこにある?
人影が入り乱れる蒼なプラットフォオム。
たよりない人生に、
歎息はほろびず、
世にない人に、
くちびるはふるへる。
さびしくも唯だ一人どこへゆく?
薄月に小雨が降り出して、
ほのあかるい夜の空、
さびしくも唯だ一人どこへゆく?
【山上の火よ】
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山上の火よ。
爆發する淺間よ、
灰色なる暴風よ、
流るる如く梢を靡かせる山林よ、
をやみない流動の聲よ。
君は絶えず爆發する、
唸る、
電(いなづま)を閃めかす、
東京の静かな街の十文字に自分がふと立停るとき、
四方に電車が別れ別れに遠去(ざか)るとき、
自分は君を思うて歎息する、
憧憬する、
ああどこにああいふ強い力が君にあるか。
爆發せよ、
君よ、
街を人は歩いてゐる。
煙草屋の店先に三四人ひと集りしてゐる。
おお爆發せよ、
君よ、
灰色の暴風を吹き給へ、
おお自分は嵐を讃美する。
都會の屋根が大雷雨の下で、
くひつそりとしてゐるのが好きだ、
暗い中からぴかりとするのが好きだ、
ああちぢこまれる人間よ。
息を殺してゐる人間よ。
目に見えない力が、
僕等の眼に迫つてゐるのだ。
暗闇にそして來る大潮のやうに、
この日中に裸出してゐるのだ。
おお空中よ、
埃で眞白い
この中に嵐が潜んでゐる。
爆發がひそんでゐる。
全世界の秘密が常に隠れてゐる。
どしりどしりと歩いてゐる。
そして腹の底からわなないて來る歌を感ずるのだ、
勢ひのよい眞に微妙な歌を感ずるのだ。
【泣けよ】
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自分は君が泣くことを許す、
自分は君が泣くことを許す、
ああ泣けよ泣けよ、
汝の魂はその涙に洗はれん、
汝の心はそのために、
暗底(やみそこ)の星の如く雨にぬるゝとも、
しめるとも、
更にそれによりて光をまさん。
ああ泣けよ、
泣けよ、
汝の心の底より汲み出して、
涙なきまでなけよ。
汝の涙はかわくことなし、
汝の涙は海より出づ、
汝の涙は雨後のすきとほれる海より出づ。
ああ泣けよ泣けよ、
汝の自然のために泣けよ、
われは泣くべきものに泣かざる人を愛せず、
嵐のあとのきよき野の如き顔せざる人を愛せず。
ああ泣けよ泣けよ。
【誰が知つてる】
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汝(おまへ)は愚鈍な木である。
葉はしげり、
梢はのび、
春が來れば、
花が咲き、
鳥も來て鳴く。
だが汝は愚鈍な木だ。
いくら花が咲いても、
鳥が來て鳴いても、
葉が茂つても、
梢が延びても、
汝は愚鈍な木に違ひない。
だがこの木が、
あの底光りする天上の一つの星を見てゐるとは、
誰れが知らう。
あの凄い底びかりする星を見てゐるとは、
誰れが知らう。
【過去】
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自然は私に教へた、わたしの心はく硬い果(このみ)のやうであることを。
わたしの今の時期はああ、その果を眞茂る葉から日にさしのばす初夏の時期
わがために短かつたあの春は嵐の哮(たけ)りに、暗い氷雨の打撃(うち)に、
さむい天氣の打續きに、
幾團の花はもぎとられてしまひ、
殘りのものに何時知らず孕みし果・・・
おお指折り數へよ、この可憐(いたいけ)な生のしるし、
心細くも天井の空を葉越しに垣間見て、
今むかへるや無辜の石室の囚人のやうに、
この華かな七月の日を!
おお幼年の時から春まで幾つのわたしの絶望、荒い心の傷、あの黒い吐血の追憶、
今この美しい空のもとに何事もなく、
すべてはCけだち、リれリれし、萬のもの賑かに、
木下(こした)の風はなかを無心に吹きめぐる・・・
さらにその微風に乘つてひびいて來る優しい忠ケ、
わが華奢な明るい戀人、黒と黄だんだらの尾の蜜蜂、
荒い自然の揺(ゆす)ぶりも、今は吾れには唯だ唄とのみなる・・・
【慰安】
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君の前に今わたしが捧げる此の野咲きの薔薇、
祖野にして田舎娘のごとき可憐なこの紅い花を、
おお空がもとの墓石よ、
小さい名もない路傍(みちばた)の墓石よ、
吾がつつましい春日の旅の第一日に、
君が無言の膝の装(かざ)りとなすを容(ゆる)したまへ、
小さい名もない路傍の墓石よ、墓石よ。
死の標たる君のまへに春はまた輝き、
暗い冬の夜の呻吟(うめき)に惱ませられた北方漂泊者(ジプシイ)のわたしは
いまその雪と泥との著物をぬぎ、
古ぼけた杖を棄て、
鋭どく明るく詩(うた)のごとく、また一人の勇者を送る荘厳の獨唄(ソロ)のごとく、
この春日(はるび)のもとに君のことを考へる、小さな名もない墓石よ、墓石よ。
ああ春日よ、春日よ、
ああ死よ、睡眠(ねむり)よ、
君達の虚心の輝きは、
わたしの上に情熱の浄かな行手を示し、
おおそしてそして、此の名もない路傍の墓石は、墓石は、
わたしの生のため深い慰めを與へる・・・
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