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福士幸次郎

ふくしこうじろう(1889-1946)

青森県弘前市生まれ。1905年、上京。1908年、国民英学会を卒業。この年、秋田雨雀の紹介で佐藤紅
緑に会い奇遇した。1909年、自由詩社の「自然と印象」に処女作【白の微動】ほか四篇を発表。自分
の一生の動揺と伴って起った最初の霊魂の叫び、呻きだという。「創作」「新文芸」「劇と詩」にも
発表するが、1910年、沈衰した思想、放蕩生活に耐えられず放浪の途に上る。1912年、自己懐疑の苦
境を脱し、人生を見直す決意をする。同年12月、千家元麿と「テラ・コッタ」を創刊。翌年頃より三
木露風の‘神秘的象徴主義の詩風’を痛烈に批判するようになる。萩原朔太郎の「三木露風一派の詩
を放追せよ」の先駆的意味を持つものである。1914年、処女詩集『太陽の子』を自費出版するがこの
詩集以後10数篇の散文詩を書いただけで詩作を中断した。/「日本現代詩辞典」より



【發車前】

低い空はぼんやりと街の灯をうつして、
薄月に小雨が降り出した。
夜行列車の振鈴(ベル)は鳴り渡つて、
一時に動(どよ)みはじめる群集の呼び聲。

ああ私はどこへゆく?
ぞろぞろと改札口を出る群集、
かすかな眩暈からふと目がさめて、
私はベンチを離れた。

ああ私はどこへゆく?
ただ一人うちしをれて歩むプラットフォオム、
鎖(とざ)した歎きは何時までもほどけず、
ただ一人うちしをれて歩むプラットフォオム。

人混みにときめかぬ處女の胸、
其の胸は病みおとろへた私の胸にある。
其の悲哀(かなしみ)は時を打つ振子のやうに、
術なげに時を打つ振子のやうに、
思ひ出しては鉦(かね)をならす。

その追憶は病みおとろへた私の胸にある。
ああ、あなたは今どこにゐる?
うすむらさきに吐息する白熱燈(アークライト)、
あなたの微笑した顔はどこにある?
人影が入り乱れる蒼なプラットフォオム。

たよりない人生に、
歎息はほろびず、
世にない人に、
くちびるはふるへる。

さびしくも唯だ一人どこへゆく?
薄月に小雨が降り出して、
ほのあかるい夜の空、
さびしくも唯だ一人どこへゆく?

【山上の火よ】

山上の火よ。
爆發する淺間よ、
灰色なる暴風よ、
流るる如く梢を靡かせる山林よ、
をやみない流動の聲よ。
君は絶えず爆發する、
唸る、
電(いなづま)を閃めかす、
東京の静かな街の十文字に自分がふと立停るとき、
四方に電車が別れ別れに遠去(ざか)るとき、
自分は君を思うて歎息する、
憧憬する、
ああどこにああいふ強い力が君にあるか。
爆發せよ、
君よ、
街を人は歩いてゐる。
煙草屋の店先に三四人ひと集りしてゐる。

おお爆發せよ、
君よ、
灰色の暴風を吹き給へ、
おお自分は嵐を讃美する。
都會の屋根が大雷雨の下で、
くひつそりとしてゐるのが好きだ、
暗い中からぴかりとするのが好きだ、
ああちぢこまれる人間よ。
息を殺してゐる人間よ。
目に見えない力が、
僕等の眼に迫つてゐるのだ。
暗闇にそして來る大潮のやうに、
この日中に裸出してゐるのだ。

おお空中よ、
埃で眞白い
この中に嵐が潜んでゐる。
爆發がひそんでゐる。
全世界の秘密が常に隠れてゐる。
どしりどしりと歩いてゐる。
そして腹の底からわなないて來る歌を感ずるのだ、
勢ひのよい眞に微妙な歌を感ずるのだ。


【泣けよ】

自分は君が泣くことを許す、
自分は君が泣くことを許す、
ああ泣けよ泣けよ、
汝の魂はその涙に洗はれん、
汝の心はそのために、
暗底(やみそこ)の星の如く雨にぬるゝとも、
しめるとも、
更にそれによりて光をまさん。

ああ泣けよ、
泣けよ、
汝の心の底より汲み出して、
涙なきまでなけよ。

汝の涙はかわくことなし、
汝の涙は海より出づ、
汝の涙は雨後のすきとほれる海より出づ。

ああ泣けよ泣けよ、
汝の自然のために泣けよ、
われは泣くべきものに泣かざる人を愛せず、
嵐のあとのきよき野の如き顔せざる人を愛せず。
ああ泣けよ泣けよ。


【誰が知つてる】

汝(おまへ)は愚鈍な木である。
葉はしげり、
梢はのび、
春が來れば、
花が咲き、
鳥も來て鳴く。

だが汝は愚鈍な木だ。
いくら花が咲いても、
鳥が來て鳴いても、
葉が茂つても、
梢が延びても、
汝は愚鈍な木に違ひない。

だがこの木が、
あの底光りする天上の一つの星を見てゐるとは、
誰れが知らう。

あの凄い底びかりする星を見てゐるとは、
誰れが知らう。


【過去】

自然は私に教へた、わたしの心はく硬い果(このみ)のやうであることを。
わたしの今の時期はああ、その果を眞茂る葉から日にさしのばす初夏の時期
わがために短かつたあの春は嵐の哮(たけ)りに、暗い氷雨の打撃(うち)に、
さむい天氣の打續きに、
幾團の花はもぎとられてしまひ、
殘りのものに何時知らず孕みし果・・・

おお指折り數へよ、この可憐(いたいけ)な生のしるし、
心細くも天井の空を葉越しに垣間見て、
今むかへるや無辜の石室の囚人のやうに、
この華かな七月の日を!

おお幼年の時から春まで幾つのわたしの絶望、荒い心の傷、あの黒い吐血の追憶、
今この美しい空のもとに何事もなく、
すべてはCけだち、リれリれし、萬のもの賑かに、
木下(こした)の風はなかを無心に吹きめぐる・・・

さらにその微風に乘つてひびいて來る優しい忠ケ、
わが華奢な明るい戀人、黒と黄だんだらの尾の蜜蜂、
荒い自然の揺(ゆす)ぶりも、今は吾れには唯だ唄とのみなる・・・


【慰安】

君の前に今わたしが捧げる此の野咲きの薔薇、
 祖野にして田舎娘のごとき可憐なこの紅い花を、
おお空がもとの墓石よ、
小さい名もない路傍(みちばた)の墓石よ、
吾がつつましい春日の旅の第一日に、
 君が無言の膝の装(かざ)りとなすを容(ゆる)したまへ、
 小さい名もない路傍の墓石よ、墓石よ。

死の標たる君のまへに春はまた輝き、
暗い冬の夜の呻吟(うめき)に惱ませられた北方漂泊者(ジプシイ)のわたしは
 いまその雪と泥との著物をぬぎ、
古ぼけた杖を棄て、
鋭どく明るく詩(うた)のごとく、また一人の勇者を送る荘厳の獨唄(ソロ)のごとく、
この春日(はるび)のもとに君のことを考へる、小さな名もない墓石よ、墓石よ。

ああ春日よ、春日よ、
ああ死よ、睡眠(ねむり)よ、
君達の虚心の輝きは、
わたしの上に情熱の浄かな行手を示し、
おおそしてそして、此の名もない路傍の墓石は、墓石は、
わたしの生のため深い慰めを與へる・・・