詩集『農民の言葉』)より
「農村より」
【農村より】
▼
あらゆるものが沈潜退嬰しようとする、
新しいものまでが直ぐからびる――
凡てかかる着染せられた古色に耐え得るであらうか、
おゝ……何かしら欲求するものがよみがへる。
ぢつと心の底から、
わき立つて来る平凡の波にきゝほれながら、
驚異すべき偉大を見出さうとする努力を捧げて、
歓喜と新生とに酔はうとする、
そして――進まうとする力が追求する。
いつさい最期まで――
農民達と群れながら、
話しながら、笑ひながら、
かくの如く純僕に陥つて行かうとするのが
至難でないと想定する、
そしてその中に、
新しい毎日の生を欲求することさへ不可能でないであらうことを加へるのが、
実在性の真理の花の永遠だと考へる。
おゝ、自分は、
自ら話す様な複雑でない心持に、
いつさいを傾け様とする、
農民達と共に、
つづれの中に石の静けさを包まうとする、
いや――いま現に包んでゐることさへ肯定する。
「農民の言葉」
【最後まで】
▼
一切が謙譲で生活してゐるといふよりか、
一切が火の様な戦と、水の様な調和とで生活してゐると言ひたい。
さう――
二つの路から路へ、
自分達の苦悶と矛盾は燃える。
かかる事件の最後まで、
自分達の生活は連続し、
たふれて而(しこうして)やむであらう――
丁度さまよつてゐる聖者の不安の尽きた様に。
自分はいま、断続して行くメロデイ、
眠りの様なかすかな中に、
強い憧憬と鬱憂とを胎んでゐるのを聞く。
――おゝ、恐しい虚無そのものが、
地上に踊りまはる。
だが――
自分の心はまた信仰の安息を求めて燃える。
おゝ――はてのない信仰、
もとめ得られぬ信仰を得んとして自分は狂ひまはる。
否定してゐる信仰を更に求めることが、
唯自分の求める路だ。
最後まで……おゝ一切……遥なる苦悶にのみ委ねる。
【黒い土】
▼
ぢつと心は黒い土に沁みる、
生活の心が其の土からみのつてゐる桃の樹にうつつて行く。
営々と燃える労働のあと、
しみ込んで行く生のよろこびのひかり、
汗のみちてゐる土の底へ、
たましひも辿る。
ああ、すすけ黒ずんだ肉の重味が、
みちてみちてみちたる土の底へ、
生活と生命の一切が這入りこんで、
農民の一切をつくる。
燃える労働に、
深酷なる讃美を捧げることが、
すべての黒い土――否人間の源だ。
詩集『世界の魂』より
「序詩 魂の歌」
【魂の帆の歌】 ―魂の歌のあとに―
▼
かぎりなく広い海に、
私は帆を浮べてみたいのです、
生活の海に魂の帆を。
風はやはらかく吹くでせう、
また強く荒くも吹くでせう、
しかし魂の帆は破れないできつと 人々をかぎりない仰望に導くでせう、
肉体の船を、永遠に。
船はさすらひます、
魂の帆は永遠の船路に、
またさすらひの行手をさします、
そして人生はかぎりない広い海なのです。
苦しくつて、
かぎりなく苦しくつて、
私は肉体の船に魂の帆をかゝげて走ります。
「孤独の歌」
【別れ行くK子に送る詩篇】
▼
星の消えて行く様に、
とけて行かうとするあなたの瞳(め)、
愛の瞳、
愁の瞳。
永い間、
地の胸にひめた愛も、
埋められたままに、
時は永遠に流れるのだ。
あなたも時の流れに、
私も時の流れに、
自然はさみしい思索を、
人類の永遠に送る、
そして時は来た、さみしい時は来た。
あなたと私は、
音信ばかりで恋を通はし、
いま音信ばかりで別れる、
相見ぬに始まつて相見ぬに終る、
地にさみしい愛の影。
いま深い恋に、
私は苦しい全世界の女性を、
心の中に見て、
一人の少女に見て、
私も行く路に、
時の流れに立つ。
私も行く、
あなたも行く、
時の影、愛の影、
消え行く悲哀の人生、
とけて行く永遠の人生。
ならねばならぬ中に、
いまさみしく遠ざかるあなたの影、
二人はさみしかつた、
しかし純であつた。
恋にうちかつて愛の時の流れ、
さみしい影の永遠の光輝――。
別れることに、
どんな苦悩を見ようとも、
私は求める、自らの愛の深い少女、
その少女こそ、
あなたの全体を卓(たかし)めてゐる世界の女性、
とけて来た愛のあなた――。
K子よ
わが少女K子のために、
愛の瞳の、かすかにとけて、
わが胸の大地に、
青き麦ふみしめつつうたへ、
素朴に胸うちてうたへ、
ああ、別れ行く愛のさみしき影よ。
「世界の魂」
【世界の底に】
▼
一
世界よ、
底の底に何がある、
君の実在の底に。
私はいま路を行く、
君は恒久の遠くにある、
私はいま路を行く、心は君の魂にふれる。
二
大地を踏みしめる、
ムキダシなしめつた大地の上に、
すつきり立つた自分だ。
どうだ、
私は世界に生きてるものだ。
三
曇つてゐる空から、
雨が落ちて来る、
ぬれる、少しづつぬれる、
そこで避けやうとして急いだ。
ふつて来る、ふつて来る、
すつかりぬれちやつた、
そこで私はゆつくり歩いた、
心は世界の苦しみにぬれることを恐れないで行くのだ。
四
私は一人だ、
だから世界だ、
宇宙の底の一つの影だ。
五
黙つて坐つてる、
いつまでも沈黙の領分だ、
心はいくら叫んでも沈黙の領分だ。
世界は一人に知らせる、
黙つてきけ……雨の黄昏だ。
六
世界の底に、
あらしが吹きまはる、
きいてゐろ――ほらほら。
これは世界と私の秘密だ、
みんな知つてゐて気の付かない秘密だ、
世界の底にあらし……。
詩集『船出の歌』より
「全一の歌」
【凡てのものの一つ】
▼
凡てのものの一つ、
あらゆる全にして一つの魂……私、あなた、
そして凡ての人々、
苦しめる人々、
悩み悲しめる人々、
寂しみ嘆ける人々、
あらゆるもの生く、苦しみ悩める人間の魂に――。
おお、自然の中に、
そこにも悩みと苦しみがある、
併し偉大なマツスとしての人間を勢づける力の元も一切への飛躍も
自然は確実に産んで呉れる、
その力! 暗く力づける悩みに鬱積したもの!
そしてその自由!
行け、一切の自由へ。
おお、何といふ力だ、
何といふ大きな力の集りだ、
ここに一つにして萬民の生きる全の航路があるのだ、
凡てのものの一つ、
私、あなた、そして凡ての人々の魂……
それは唯一つの路に向かつて、喘ぎながら、疲れ悩みながら、
遥に、遥に急ぐ、急ぐ、急ぐ!
おお、寂しく暗く急ぐ――
+---------+
(註)
■マツス=en masse=マッス=集団
【人々と共に進む】
▼
私は地に立つて進む、
あらゆる民衆と共に進む、
空と地と、はてしなき惱みと共に、
人々と共に進む……。
この自由、
限りのない翼の自由、
さへぎるものゝない思想……
私は人々と共に進む。
日々に、夜々に、
私の思ひは遥に擴がる、
強く深くひろがる、
一切と共にひろがる、
絶望ものり越え、
不幸ものり越え、
寂しさやかぎりない貧しさと共に進む。
希望も幸福もない、
なくていい、なくていい、
私は人々と共に進む・・・。
「悩める風の響」
【一つの列車とハンケチ】
▼
一つの列車が、
わつと魂ぎるやうに万歳をわめきながら、
西伯利亜(シベリア)出征の兵士をのせて、
通過して行く瞬間―――。
窓から争ふ様にふるハンケチ、
沿道の人々は呆然として見送る、
一人の老いた車夫だけが、
万歳と叫んだ、帽子をふつた。
私の魂はまづ驚く、
何といふ悲壮だ、
まるでやけの様に呼ばる彼らの叫喚、
死にに行くのだ、死にに行くのだ、
なんといふ国民的の悲劇だ。
私は自ら流れて来る感激に、
思はずも愴然として粟だち、
ついで来たものは満眼の涙であつた、
ああ卿等よ、私は万歳を叫ぶにはあまりに凡てを知りすぎてゐる、
許せ、私は涙を以て卿等を送る。
詩集『耕人の手』より
「田園の詩16篇」
【寂しき麦踏み】
▼
日は沈み、うす月の光りが、
ほのかに野をてらす頃までも、
寂しい彼女一人の麦踏みはつゞいてゐる、
止まり、また過ぎ行き、
心に高く鬱憂の調を奏でながら。
このかくれた田園の深い情景の、
不思議な力はどこからひびいて来るのか、
山々も光と共に消え、
森の間から山々の灯が見えそめる、
平原には風が鳴り出でる。
田舎少女の寂しくも一人、
その一人の心から深い情熱がひゞいて、
大地を踏みつけるやさしい力に、
踊るやうな歌のこころがこもる、
さうして広い野の感激が。
黙々たる大地の底に、
鳴り出でる沈黙の交響楽、
大空から風も来て共に歌ふ、
少女のすがたは永遠に麦を踏んでゐる、
地は永遠にうたつてゐる。
「自然の詩及其他35篇」
【落葉林】
▼
五月の落葉林に、
成長と新鮮と凋落とが、
深い沈黙で戦ひ合つてゐる。
緑の葉が風に揺らぎ、
若い枝が手をのばし、
生が鮮かに大空へかけのぼらうとする、
大空は哄笑(わら)ふ、秋の心で哄笑ふ。
凋落よ、それは時のすがたである、
しかし誰が知らう、永遠の意思を、
樹はのび、葉は大きく育てば足る、
風は吹き、地は樹の根をしつかりと握る。
【人間の足跡】
▼
永遠に私は人間である、
地は曇り、空は晴れ、海は煙る、
けれども私は地の上を、
ぢいつと踏みつづけてゐるばかり。
世界からこの塊(つちくれ)の一片でも、
投げすてることは出来ないのだ、
大地は静かに人間の足跡を、
ふみ消し、ふみ消して追つてゐる。
砂にかゝれた字のやうに、
地上の波にもまれて土に消える人間、
けれどもどこに行けよう、
永遠に誰でも人間である。
福田正夫詩集1 『種播く者』より
「自然詩篇」
【愛の朝】
▼
私に新しい歓喜の燃えたのはたつた一日、
私はまだ暗い路に立つてる。その一日の作。
1
永い苦しみのあとに、
求め得たものは一つの愛、
一つの若い微笑、
一つの愛。
この朝は何と幸福な朝、
日が輝いて、
空がすつかり晴れて、
うらゝかな春の朝、
愛はこの朝から世界を拓いて呉れる。
2
一つの愛に、
あまねく女性に対する思慕が、
いまかぎりなく向ふ。
この朝、
路傍に沢山の女性を見た、
そしてその顔が、
みんな彼女の微笑に輝いた。
3
苦しい孤独が、
さみしい孤独な魂とふれて、
互に微笑した。
苦しい手をとつて、
遠く遥に世界の野を行く二人、
永遠の地をさすらふ二人、
樹はいまよろこびの春に燃える。
【地上の春】
▼
地上で
枯れ果てた野に、
生きてる一つの草の葉。
枯れ果てた野が、
ざらざらざわざわと鳴る時、
一つの草は風とそよそよと親しく語り合ふ、
デモクラシイの言葉。
春になつて芽生、
生きた草の葉のやさしい言葉、
深い人間の言葉。
凡ての者が愛し合ふ時は、
人生の春だ、
あらゆる地上の春。
「民衆詩篇」
【魂の大鳥】
▼
双翼をはれ、
勇ましきプロペラの音に、
空をわたる魂の大鳥。
科学はいまそのエンジンに、
しかも人間の本質が空の果てをかける、
そして遥に世界の果てに。
苦しくいたましく風を蹴り、
行くか、行くか――光り暮れる空に、
ああ、人々が歓呼に躍る時、
われはその限りなき悲しみを知る。
|
|
福田正夫詩集2 『光の花輪』より
「生命詩篇」
【蘇りの時】
▼
どつしりとしてゐる大きな雰囲気に、
自分は生れ変つて行く、
新しい空気が清らかに流れてきた、
胸は鮮かな感触のメロデイを吸ふ、
曇つた空の太陽さへ、自分の眼は鮮かに見出す、
さうしてその光が心の隅々まで輝かす。
樹々を見ると幻の花が咲きそめ、
その花の一つ一つが強い力を以て踊り上がつてゐる、
青葉は生々した成長の声をあげ、
自由に手を天に向つて拡げる、
圧迫に反抗してどこまでだつて伸びて行く、
深い地の中で根がすくすくと太り、
どんどん喰ひ込んで行くのが見える。
土は黒々と地の中から、
自分の成長を助けてくれる匂を吹き込んだ、
重々しい匂ひで、
とほい核心から来る息のやうで、
黙つてゐると自分が圧倒されさうである、
深く呼吸しなければ吸ひ切れない、
はちきれるやうに胸をふくらめ、
いつぱひ吸ひ込むと確(しつ)かりした気になる。
立ち上がつてぢつと大地を踏みながら、
樹々のやうに大手をひろげて、
空へ向かつて大きく深く呼吸する、
どつしりとした高い朗かなものが来た、
自分は生れ変つて行く……。
【青葉】
▼
青葉は眼がさめた、
そして深い息を吸ひ込んだ、
吸つても吸つても足りない程に、
青葉は飢えてゐた、
そして永い眠りが彼を健全にしてゐた、
彼はどんどん太りはじめ、
力づき働き出した、
曇つた日であつたが、
青葉は新しい太陽を見つけてゐた、
その一つの働きが、
全体の樹を活気づけてしまつた、
樹も一心に成長しはじめた。
【泉】
▼
水に影をうつせば、
やはらかな音(トーン)が心にひゞく、
したたる陽の光も、
ここまで暑さを運んで来ない、
精気の燃える手を、
しづかに水に浸して黙想する。
ちらちらと陽の影は、
水と共に動き流れ、
また水と共に湧き水と共に流れる、
水にうつる私の影も、
また小波(さざなみ)となつて流れて行く。
山中の泉のほとり、
湧き出づる水はさらさらと地に浸み、
小さい流れが苔の石を洗ふ、
思想よ、しづかに湧けよ、
思想よ、しづかに地に浸み入れよ、
小さく流れてもいい、
正しく流れて人生を湿(うるほ)して行け……。
福田正夫詩集3 『ペンの農夫』より
「嵐は私を呼ぶ」
【埃】
▼
人生は埃だ、風の日の埃だ、
巻き上る、煙る、積もる、
それでも結構ぢやあないか。
埃の氾濫に眼がくらんで、
倒れたらまゝよ死なしておくれ、
土はいつだつて人間を抱いてくれる、
蛆はねぶりながら、
死の歌をきかしてくれる。
生きたまゝ人間を焼いて、
黒焼にして喰ふ食人鬼、
それは昔の物語ぢやあないのだ、
白昼のこのこと歩き廻はる人間が、
互に喰ひ合つてゐるぢやないか。
だが焼かれて喰はれるやうに、
そのまゝ死んで行くのは不愉快だ、
そこで反感、不平、反抗、
どうせ人生は埃だ、風の日の埃だ、
したいことをして死んでしまふ、
それでもう結構ぢやあないか。
【嵐の夜】
▼
嵐は煙を靡かせ、
火焔をふらす、空の上、地の蔭。
明るい窓々から惨苦の顔見え、
赤燈の尾をふりながら、
時代のレールの上を、
巨大なとかげは走り過ぎる。
家々の灯は、
ちらちらと悪鬼の舌の、
暗に映る幻の焔か、
揺れつゝ、燃えつゝ、
貧しい小作人の顔を空間に画いて、
その青ざめた微笑が、
赤くちろちろと息を吐く。
老樹の骨はかくかくと、
空な笑ひを空に投げて、
呪はれた嵐の死の踊り。
森の上に月が出た、
血のやうな赤さが燃える、
首斬臺からこぼれた血の一滴が、
空に染みて燃えたのか。
嵐は煙を靡かせ、
火焔をふらす、空の上、地の蔭、
時代のレールの上を、
巨大なとかげは走り過ぎる。
【ペンの農夫】
▼
私は髪の毛をむしつた、
苛々と播かれた種、
頭から刈り取らう、
時代の畑から実を収(と)らう。
私の頭の中で。
煙りが上がる、火が燃える、
何を焚いてゐる、
廃頽の薔薇の花か。
そこで私は頭をかきむしる、
毛がもぢやもぢやになる、
詩の享楽なんかしたくないのだ、
自由に生きたい、死にたい。
私は前衛の百姓!
筆とペンの農夫!
頭の毛をむしつて、
苛々と時代の畑に種を蒔く。
福田正夫詩集4 『われ自らの戦ひのために』より
「悪戦の日に」
【死の事務員】
▼
痩せよ! 朝を行く死の女事務員、
美しい顔に掃かれてゐる、死線の蝋色は、
近代の暗黒に煙つてゐるのだ、
手、仄かに白けれど、
しかと抱く包みに這ふのは蜘蛛の手の細さである、
瞳は射る、険しい社会への憤り。
痩せよ、更に痩せよ、憤れ、
蝕まれ行く時代の良心に、青白い糸のごとく、
深い惨苦をそそげ、
病める身に示してゐるもので、
時代の悪の根に喰ひ入つて行け!
【わが白き手を焼く】
▼
われ自らの白き手を、
われは恥ぢる、この薄明の夕に……。
酔人よ! あゝ私は時代に酔つて、
よろよろと街を行く、
どこへ……それは私も知らない。
けれど私の知つてゐるのは、
狂ふがやうに私が暗黒(やみ)を見つめてゐることだ、
私の赤い血は凍つて、
黒いかたまりとなつてしまつた、
私の明るい意志は灰になつた、
さうして私は時代の燃えがらを、
黒い胸に拾ひ集めて行くばかりだ。
それから私は街の角で、
白い手を黒く染める、
時代の燃えがらに青い火をつけるために。
青い火は私を焼く、
焔よ、その洗礼こそ、
私の黒き死灰となして地上に撒かしめる、
私はそれを信じてゐる、
そこに生きてゐるわが小さき存在を。
灰となれ、地上の黒き死灰となれ、
われ自らわれはわが白き手を焼く、
かくして時代の風のまゝに、
酔人よ、このわれは吹き送られる。
「僕の三十五」
【草の葉】
▼
草の葉よ、全なるものゝ一つとして、
お前が生きてゐると、
うたつたのはいつだつたつけな。
草の葉よ、いまお前は死んでゐる、
その魅力はもう私の、
熱情を育てゝくれはしない。
草の葉よ、人生は枯れてるのだ、
だからお前の生きる力も、
いまは私をはげましてくれない。
草の葉よ、このニヒルが、
立ち上るのは暗い空、
私はよろよろとお前を踏みしめる。
「未刊詩篇」 大正期(1914-1926.5)
【夢さめし後】
▼
降ればふる心のしめり、
霧暗くさめざめと。
六月三日の朝
血に染みし魂のめざめ、
いのち恋しや
夢さめよ。生(よ)にある辛さ。
光あり、暗黒あり、
めざめていま驚あり。
「向日葵」 1914年7月
【五月雨】
▼
黄色い心に雲がさはげば
ホンノリとにじむ五月雨
泣く様に 笑ふ様に
可愛がつて貰ひたい様に。
夏はさうして青白い眼を見張る
幼弱の衝動に生きて
しんめりとにじむ五月雨
あゝかくして自分の心にも雨がふる
「向日葵」 1914年8月
【葬らるゝ死】
▼
葬らるゝ死あり。
六月の末の日、
世に悲哀をねざして
遥にきしみつゝ葬らるゝ死あり。
路上にポプラの葉かさみて、
しめじめと雲は漂ふ。
永劫に滅び逝くうれひ、
年と共に限りなき歩み、
死は我手にも握らるゝ時あれば、
運命の軽ききしみこそなやましけれ。
遠き世にも、
遠き生命(いのち)の湧く野にも
この悲哀にねざして、
青白く笑ふ者あり。
果てしなくつなぎ行く生命の連鎖
その一つの環の腐り逝く静寂(しじま)。
驚くにあらねど、
いづれ来るべき我生(よ)の夢の終なれば、
若人よ、醒むるときあらむ。
いづこにか葬らるゝ死あり。
泣くもの嘆くもの、
いたく思ひて生命失ふなかれ。
路上にポプラの葉かさみて、
しめじめと雲は漂へり。
六月の末の日、
いたき胸を収めて
遥にきしみ行く葬らるゝ死あり。
永遠の平和と、永遠の悲哀と
運命の路上に共鳴するわづらひ。
「現代詩文」 1914年8月
「未刊詩篇」 昭和期1
(1927-1944.7)
【氾濫】
▼
恐ろしい力で僕をうつのは、
緑色のはんらん!
晩春の風景の中で、
樹々は、草は、のび上る、
まるで虐げられたものゝやうに。
おゝ、昨日まで、
冬にとざゝれてゐた世界に、
かうして力がひろがつて、
なにごとかゞ、
おこりさうな気配!
大気もしつとりと青い、
地面もしつとりと黒い、
蒼ざめた曇日の、
おくそこにきこえる鐘の音、
緑色の、烈しく萌える時を告げて。
「焔」 1929年6月
【問題】
▼
古沼の底で眠つてゐるゐもりに僕の魂を喰はせよう、
あいつは人間の魂が好きだ。
決して僕を信じないでくれたまへ、
僕は精神が衰へてゐる、
僕は嘘をつきたがつてゐる、
ぢいつと思ひ沈んでうなだれながら。
昨日も僕は人間を信じてゐた、
今日もまた信ずるだらうか、
昨夜は星が出てゐたが、今夜も星が出るだらうか、
僕はしづかにしてゐたい、
そつとしておいてくれたまへ。
僕はエゴにならうとしてゐるのかも知れない、
信ずるものをすてようとして。
どちらにしても僕を信じないでくれたまへ、
弱くあつてはならないと、僕は自分に言ひきかせる、
魂を沼の底にすてて、凡てを失つて、
とにかく僕をそつとしてくれたまへ。
「現代詩講座」 第9巻 1930年4月
【十一月】
▼
冷い火桶をかゝへて 深夜の暗い階段を下りて来た
木炭をやくガスの息をきく時
虚しいものを追い求める労作をふりかえつて笑ふ
凍える手と足――家は眠りの静寂にある
火を焚くことの暖さは 十一月の風をふせぐ設計図
ふせいでどうなるか 仕事は未知数だ
夜を徹して幻覚の世界に住ひ疲れが
昨日から今日へ引きつがれている
今日もまた明日へ引きつがれるであろう
倦むことなく真実を焚きつけようとすれど
いつも白紙を書きつゞけている終夜
燃えついた火桶をかゝへて 再び深夜の階段をのぼる
無言の大気と共にうごかない影が
バツトの煙をふきはじめた
「女子文苑」 1934年11月
「未刊詩篇」 昭和期2
(1946.2-1954.1)
【心の垢】
▼
1
詩は心の垢 いくらでも洗つてゐるうちに出てくる垢
浄められるやうに 魂から出てくる垢
ほろほろと涙の珠になつて こぼれる垢
2
詩は心の垢 思の汚れから出る垢
沈んではく胸の海底の石の垢
3
詩は心の垢 洗ひ流してしまへばいいのに
棄て切れないで ためておいて
人に恥をかくその垢
4
詩は心の垢 むらさき匂ふ朝空の下で
風が洗つて呉れると出てくる垢
5
詩は心の垢 深夜の底に時が流れて
水はひそやかな春のうれひ
心をそつとこすると 寂しく出てくる垢
泡のやうに流れてゆく 涙の垢
よわく沈んで 底にうもれてしまふ垢
いろいろのもののまぎれに 出てくる垢
6
詩は心の垢 君を思ふと出てくる垢
心と心をつないで それが生んでくる垢
7
詩は心の垢 人のなさけに泣けて出てくる垢
8
詩は心の垢 思ひ出にうかぶ面影も
胸底をあたためる涙の垢
9
詩は心の垢 自然と人生の中からしみ出てくる垢
棄てようとして 棄て切れない垢
10
詩は心の垢 魂を洗へば洗ふほど
いくらでも いくらでも 出てくる垢
「青帆」 1946年1月
【精神の蝶】 ―エスキース―
▼
募りくる晦冥を裂いて
俺は冷徹の火をつける
こいつうつかりすると身を焼き亡すが――
なぜと問ひたまへ、ガランドウ君、
からつぽでゐるのがいやなくせに、
精神の蝶をつかまへ切れないのがいまの人間でね。
精神の蝶は春を求めるが、
高く飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、ひらひらひらひらと――
翅固きに触れなば脆く破れやうとも。
だから、俺はこの晦冥を裂いて、
凍りの火で心を焼く――
それが燃えてパチパチはぜるのを、君も聞きたまへ。
「詩性」 1947年2月
+---------+
(註)
■エスキース(esquisse 仏)
=形になる前のイメージのようなもの。殴り書き
■晦冥=暗いこと。暗闇になること。真っ暗闇
【冬晴の空】
▼
一
よろずのもの風より来たりて生命をよぶ。
自然はこうして万象に力をわきたたすのである。
君はこの生命を心によんで、
新しい光を求めるがいい、朗朗たるものがここにある。
かくてこの青空にあるものを以て
胸に描くものを虚空にひらこう
砕けくるものを更に大きくしまい
破れくるものは更にひらけ来たつて
自然と共にある自己を深めるのである。
二
光よ わかばわけ 君の胸に
おお一切高きを究めて胸に永遠を求める
それが心を燃えしめるのである。
されば人類が生きる道はここにあり
自然をして人間を高らしめるのである。
「朗読ラジオ詩集」 1954年1月
|