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江森盛彌

えもりもりや(1903-1960)


東京生まれ。逗子開成中学を中退。アナーキスト詩人として出発し、壷井繁治らの「文芸解放」同人
となり、また草野心平の「銅鑼」の後期のメンバーとなった。ついで「左翼芸術」に加わり「戦旗」
「前衛文学」などにも参加、「太鼓」の諷刺詩運動にも関係した。戦後は人民新聞編集長・アカハタ
文化部長をつとめた。詩集『わたしは風に向って歌う』、評論『詩人の生と死について』など。童話
集のほか政治評論集もある。/「日本現代詩辞典」より

 

 

【家庭的な歌】

わたしは二疊の獨房に
坐つたままで
一年たち、
二年たち、
三年たち、……

妻は
わたしの留守を
なれない内職に
目をはらしつつ
一年たち、
二年たち、
三年たち、……

妻の手紙は
いつも走り書だ。
彼女は毎晩徹夜だとゆう。
七つの子が遠くまで使にいくとゆう。
夜もふけて
その子がかえらないと、
四つの子も寢つかれず、
フトンから時々顔を出しては、
兄ちやんまだかなと
ひとりごとゆうとゆう。
終電車の時刻もすぎた時があつた。
それに氣付いて、
びつくりして、
外え出てみたら、
いつか吹雪だつた!
おお、でも、向うから
ポッンと黒い影がやつてくるのが見えたとゆう。

お父さんは旅なのだと、
子らにはきかせていたとゆう。
子らは話しあつていたとゆう。
お父さんの旅は
街か
海か
もしかすると
沙漠じやないかな?
汽車か
汽船か
もしかすると
ラクダじやないかな?

だが、――
時はめぐつて、
父はもどつて
今はここにいる。
父の「旅先」も
二人の子らは
今はわかつている。

そして、子らは
母といつしよに
「アカハタ」をよむ。
子らは
母と
インタを歌う。
子らは
母と
デモにいく。

家庭は
――黨の學校!

―1948年版「新日本詩集」より―

+---------+

 (註)
  ■黨=党


【北西の山脈に向つて】

   ―
早川二郎のために―

北西の風がふけば
思い出はかえる。
北西の山脈に雪がつめば
面影はうかぶ。

君が來る途中で
チチブから來た風が
君においついて
チチブへ君をさそつた。
山は雪になるよと。
山へ早く來いよと。

僕のうちで話しこんでいると、
君をおつて來た風が、
僕の部屋の窓をたたいて、
君にうるさくさそいかけた。

「さようなら」と
最後のコトバをかわした時、
夜になつていた。
雨になつていた。
最後になろうとはしらないで
「さようなら」と。

君の死骸はやがて
チチブの山でみつかつた。
君の死骸はしばらく
チチブの雪にうもれていた。

誰もしりはしない、
君を山へ追つたのが何であるかを。
誰もが感じてはいた、
君を死へ追つたのが何であるかを。

君の本は禁止されたが、
今でも人々はよんでいる。
君のマリ子も大きくなつて、
今ではその本をよんでいる。

北西の風がふけば
思い出はかえる。
北西の山脈に雪がつめば
面影はうかぶ。

―1947年1月「自由評論」―


【長い話】

ある日は、新聞や雑誌が山になつてる
わたしのデスクの前で、
古ぼけた籐の長椅子に坐つていた。
ある日は彼女の部屋で、
まつ白いテーブルかけをかけた
ビール箱の机を、かこんでいた。
ある日は人ごみに押され押されて
銀座八丁を行つたり來たりした。
ある日は、郊外の畑や林をつらぬいて
一直線に走る新道を、
どこまでもどこまでも歩いていつた。
ある日は青葉のかげのいなか道を
見知らぬ村へ入つていつた。
ある日は、しめつぽい鹽風にふかれながら、
漁村の料理屋の二階から、
白く波頭をあげる荒れ模樣の海を、眺めていた。
ある日は、ある沼のみえる驛まできた時、
ふと思いたつて、汽車をおりた。
こうしてわたしたちは
關東地圖のあらゆる地點で
あらゆる天候のもとで
長い話にふけつた。
別れて歸つてからも、
わたしたちはたがいに長い手紙をかいて、
その日の話のつづきをした。
こうして毎日毎日二年の間――
よくまあ話があつたものだ。

よくまあ話があつたものだ。
彼女は女學生たちの運動について話す。
彼女は「家族・私有財産・國家」について話す。
彼女は彼女のいなかの家の――石垣と堀とでかこまれた地
 主の家の生活について話す。
彼女は、彼女の家の池でとれるナマズと、そのミソ汁につ
 いて話す。
彼女はいなかの果樹園の水蜜桃について話す。
彼女は、一日の仕事をおえてから、
また地主の家に手つだいにくる
貧しい小作人たちの生活について話す。
彼女は十月革命について話す。
いつもたいがいわたしは聞き手だつた。
だが、そんな話が
どうしてあんなにおもしろかつたか?

そんな話が
どうしてあんなにおもしろかつたか?
だが、そうして一年たち、
二年たつた。
そして、その年の十二月、
チラ/\雪のふる日だつた。
その日もわたしたちは街でであつた。
わたしたちはあちらこちらの
喫茶店で休んでは、
街から街へと歩いていたが、
その日は彼女はなぜか默りこんでいた。
だからわたしも默りこんでいたのだ。
いつか夜ふけになつた。
街にはいつか人通りもなくなつた。
とう/\彼女の家の近くまできた。
いよ/\別れをつげる時だ。
わたしが「さよなら」というと、
すると、とつぜん彼女は話しだしたのだ――
「もうわたしたちは
 『さよなら』を
 いわないでいいようにしたい」と。
わたしたちははじめてキツスをしたのだ。
頭のテッペンから雪にぬれながら。


【赤兵の歌】

俺達は一度に声を挙げて集まって来たのだ、
反動の軍旗をへし折って来たのだ、
真っ青になって口も利けなくなった師団長の
高慢なシャッポを蹴飛ばして来たのだ。
俺達は目まいのしそうなビルディングの足場から下りて来
 たのだ。
俺達は街の鋪道から――
地下工事の泥水の穴の中から匍い出して来たのだ。
俺達は機関車の胴の中から
煤だらけの顔をしてやって来たのだ。
俺達はボイラーの前からスコップを投棄てて来た。
俺達は「就業中面会謝絶」の工場から、
屋根までガタガタ呻らせる動力を止めて来たのだ。
俺達は飢餓の中から
俺達は軒の下から
俺達は寒気の中から
一度に声を挙げて集まって来たのだ!

さア、時が来たんだ!
素晴らしい生活が始まるんだ!
もう昨日の惨めな俺じゃないぞ。
昨日の俺じゃないぞ。
いいか、いいか、いいか!
しっかりやれ!

クレムリンへ向ってブッ放された、
最初の一発!
疾風のように、広場を横切って走った、
最初の赤旗!
――さア! 合図だ!
心の底に蓄積されていた全ての鬱憤、
復讐と、怒りと、憎悪を、
爆発させろ!

 俺達の生きた肉をムシャムシャ喰った奴等。
 勲章とシルクハットの反動共。
 泥棒の分前を、
 気に入りの片隅で楽しんでた奴等、
 あの忌々しい「満足してた」奴等を、
 倒してしまえ!
 国境の外へ押し出せ。
 プロレタリヤの祖国を
 母を妹を子供達を、老人達を
 此の革命で
 守れ!

資本家が、地主が、貴族が、坊主が、
俺達の首っ玉を引きずって
吹雪の、戦線に追いやったのではないぞ、
俺達の雨脚は雪の中で石のように凍っているのに、
レーニンは自動車で並木道を滑って行く、
――割が悪いと、ブツブツ云う奴は恥じろ!
ああ! 一人ぼっちだった俺、
失業と餓死の脅怖におびえた眼で、
入口の守衛の顔をオズオズ見ながら
牢屋のような鉄の格子の窓の中で、
働いて居た俺、ボロボロの青服の俺、
投捨てられたように助けのない者だと思っていた俺。
だが、今は知っている!
今は知っているぞ! 俺は唯の一人なのではない!
俺はプロレタリヤだ!
レーニンは俺の足で、俺は彼の腕なのだ。
俺はパリのコミュンの時から生きていた。
そして地球と一緒に、
太陽と一緒に、
いつまでも生きて行くだろう!

発表誌不祥 1928年7月 マルクス書房刊
(『労農詩集』を定本)


【落馬した兵士】

俺は病院にかつぎこまれた
――三月
赤土の練兵場に霜柱がとけて
砂埃りの中で
並木の桜が花を飾った日に。

――伝令になった俺が
いきなり 胴腹に拍車をあてると
俺の馬は棒立ちに突っ立ったのだ

それからは夢中だ
――頭の上に
  重い地面が落下した
――砂が唇を埋め
――歯が砕け

誰かが俺を蹴った!
――火のような長靴の一撃に
  俺は脅えて起き上った

砂埃りの向こうを
タテ髪を振り乱して
俺の馬は走り去った

――馬を追って走れ!
だが腰は砕けて倒れ
誰かが長靴で再び蹴り
――俺は又倒れ……

そして俺は病院にかつぎ込まれ
打ち棄てられ
そして一週間
――誰一人そばへは来ない
何の色彩もないダダっ広い病室
何の色彩もない冷たい天井
鉄の寝台の列

真っ白な着物を着た仲間は
仰向けに寝たまま
皆んな黙って俺を見ていた

馬蹄に踏みつぶされた頭
――此の事務員はも早や数字を読む事も出来ないのだ
瀬戸物のように砕けた肩骨
――以前は荷役に働いた波止場で
  除隊後は乞食をしなければならない彼

皮だけでブラ下っている腕
――そんな腕でハンマーが握れるだろうか!
肉を突き破って折れて出た腿骨
穴だらけの肺
腐った腸
――皆んな労働者と農民の
おお沢山の廃物

打棄てられた廃物どもは
黙って俺を見ていた
――又、新らしい廃物が出来た!
新しい廃物――俺は
身動きも出来ない俺は
朝も、昼も、夕方も
厭きる事なく兵営の桜を
砂埃りを被った桜を見ていた

――桜を
俺は此んなにも美しく思った事はなかった
満開の桜を
俺は嫌いだったのだ
――癪にさわったのだ!

三月(去年)
――桜を見に行こう
俺の工場の職長が 狸が云った
――弁当は会社から出る

それでケダモノの様に酔っ払って
キモノの前をはだけて
フンドシをブラブラさせて
三味線、安来節、花見踊り
酒の上の喧嘩で
不平も反抗心も
――発散させてしまったのだ

丁度そのころ
あの事件が起った
三月十五日!
――だが、それさえ
  何の事だか知らなかった!
そうだ、俺は何んにも知らなかったのだ!
そればかりではなく
――赤土の練兵場に
風が
辰巻きのように赤黒い砂埃りを巻き起こし
日がかげって
――ワッ、ワッ、ワ、ワーッ
突貫のわめき声と一緒に
兵隊の眼のような赤黒い砂埃りが
街の家家を
――俺のアバラ家の
畳を、障子を、井戸端を襲っても
その練兵場が俺達に
――プロレタリアに
どんな因縁があるかを知らなかった


真っ暗な練兵場で
銃剣と、重い、沢山の靴音がして
突然
――ダ、ダ、ダ、ダ、ダーッ
機関銃の響きが
街の家々を震動させる
俺の家で
――赤ん坊が毎晩眼をさましてむずかり
  床の中で眼をあけて
  「敵が征めて来たの!」
  と小学生の弟は聞いた
闇の
真っ暗な練兵場を
士官の鋭い声が響いて
――前面の工場地帯で暴徒が蜂起した!!
号令
――火線の構成!
俺達の眠っている家家に対して
闇の中でハイノーと銃がうごめき
「火線が構成」される

そうだ、弟の云うように
「敵が征めて来た」のだ!
――だが、その敵も俺達の仲間だ
その敵の敵の俺達も
奴等と同じ仲間ではないか!?

――落馬兵は何処だ!
一週間目に酔っぱらいの軍医が来た
――どうなったか!
俺の
崩れた肩に幾重にも
ギリギリと巻きつけられた布を
乱暴な手で引きはがすと
折れたまま肉はかたまり
俺は廃物に
――片輪者になっていたのだ!

病室の仲間は
皆んな俺から眼をそむける
――やっぱり奴も片輪にされたんだ!
それがあたりまえなのか?
何故、黙っているのか!?
何故、叫ばないのか
――働ける躯を俺達にかえせ
――帝国主義戦争を内乱へと!

―『戦旗』1929年3月号に発表―