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中島榮次郎

なかじまえいじろう(1910-1945)

大阪市南天王寺区生まれ。1928年、大阪高等学校入学。親友松下武雄も合格した。中島のクラスに
は保田与重朗、田中克己、服部正己、肥下恒夫、松浦悦郎たちもいた。これらの仲間たちが中心に
なって後に『コギト』が創刊された。1931年、京都帝国大学文学部哲学科入学。松下武雄も同じ哲
学科に進んだ。1932年、文芸雑誌『コギト』を創刊。1933年、『コギト』のほか『三田文学』『思
想』等にも評論を執筆。以後しだいに著作活動の場がひろがる。1935年、文芸雑誌『
日本浪漫派
を保田与重朗、亀井勝一朗、中谷孝雄たちと創刊。同人には第2号から太宰治、檀一雄、第3号から
は伊東静雄らが加わった。1938年9月 召集を受けて入営。健康上の理由で帰郷。10月、友人松下武
雄が死亡。1941年、コギト創刊以来10年間の詩部門から選集『コギト詩集』が刊行される。中島の
作品は「冬日感懐」「河の上」「朝の歌」の詩篇が収録された。1942年、再び召集を受けたが即日
帰郷。1944年6月 教育召集を受け入営。1945年、ルソン島にて戦死。/『中島榮次郎著作選』より

       
       『コギト詩集』より            『中島榮次郎著作選』




【冬日感懷】

冬の陽のたゞしきこゝろ
縁淵に出てわれは思ひぬ
  思ひわび靜かに生ける
  この金魚あかきがまゝに
  夏を越し秋を過せし
  この魚の默せるこゝろ
遠き日のいよよ遠くに
遠きやま涙たれたり
  陽のひかり松の梢は
  疎らにて風は通れり
  なべてみな著きものなく
  陽はたゞにたゞに堪へたり
冬の陽のたゞしきこゞろ
縁に出てわれは思ひぬ

【河の上】

     O Melodien uber mir (
Holderlin)


   一
河の上 空の上
いづれ秋とは言ひながら
わたしは知つてゐる
數々の僞瞞や不幸や陶醉や
自分を愛撫した泪や ちよつとした幸福や
――わたしの過去の思ひ出が
苦にもならず藥にもならず
氣流のやうに生き殘り
やがては石となるのだと……
それがとんだ愛情を起させて
歌つてみようとするのだが
不思議にわたしは無器用だ
何故かわたしには
愛情は開いた扇のやうに滑稽にみえる
歌はそらぞらしく
空は皺くちやなわらひを噛みしめて
ふとわたしは思ふのだ
人の情といふものは
人間の無器用がくつゝけた臺詞さと


   二
それがわたしの己惚なのやら
それがわたしの祈りなのやら
たゞかうして眺める河の流れはおかしい程だ
ザワザワザワと
いつまでもさりげなく
そのくせ表情たつぷりで
流れ流れ流れ落ち
流れゆく河
河は秋
秋の光は巫女に似て
河原の石に匂ひもなく
この魅惑には憶えがあるやうな氣もするが
眞晝のやうにもの懶くて
何でも與へたい氣がふと起り
耳傾けると
遥かに はるかに
あゝ 風の奥 雲の色
わたしは河の心を知つてゐると思ふんだが……


   三
それがわたしの己惚なのやら
それがわたしの祈りなのやら
たゞ意味もなく苦笑を浮べ
すくすく生えた蘆の葉よ
わたしは懷中人知れず両手をにぎり
その暖かさにほつとするのだが
それがわたしをどぎまぎさせ
やがてわたしは思ふのだ
こんな秘密な惡徳があると
たゞ藝もなく苦笑を浮べ
………………
目をつむれば
あゝ澤山な鹿の群が
次から次へと
脚をあげて
あの中へ躍り込む……
わたしはたゞ藝もなく苦笑を浮べ


   四
思へば善だの惡だのと
この世の陥穿(わな)についはまつては來たが
みんなみんな蒸發して
今では殘つたのは たゞ
意味もない情もない
水のやうな記憶だけさ
何故だかわたしに判らない
人の心といふものは
いやいやわたしの心がさ
時にえも言はれぬ暗い風
河のおもてを通り過ぎ
やがては河の水となつて
あゝ わたしも眠りたい
石のやうに眠りたいと思ふ
だが何故かわたしは強ひられる
惚けたる眼をみひらき
ランプのやうに醒めてゐることを
何故かわたしに判らない が
まるいこの世は人情ぽくないよ
わたしは腕を組んで
さて
…………
見渡す山も林も畑も丘も
やがては……
合掌するに違ひないと思ふ

+------
(註)
 ■O Melodien uber mir(独)=Oh Melody over me(英)


【朝の歌】

     ―田中克己に―


春のひかりが膳に來る
まちの響きは水のやうだ
――私は再び故郷から歸つてきた
空に向いて木蓮の花が咲き……
 舊い山河は優しすぎた
 舊い人達は貧しくて和かすぎた
樹の蔭もない廣いひろい草原や
キラキラする山の頂きや
不思議に眞白な大きい石や
その上にまだ愛されるのは辛かつた
菊の花のやうにとりかこまれ
(故郷には孤獨がない!)
 舊い山河は優しすぎた
 舊い人達は貧しくて和かすぎた
 ――私は再び故郷から歸つてきた
 何にもならぬ秘密をさも大切さうに
 人のなさけが苦がかなしくて
 ただ逃げるほか手がなかつた
 (故郷には孤獨がない!)
 そして私は愛されるのには馴れてゐない
春のひかりが膳にくる
まちの響は水のやうだ
――私は再び故郷から歸つてきた
空に向いて木蓮の花が咲き……