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森 英介

もりえいすけ(1917-1951)

米沢市生まれ。本名佐藤重男。中学四年のとき、学生ストライキ(愛宕山事件)のリーダーとして活動し
たため福島へ転校。1936年早大哲学科へ進学するが1939年中退。1941年召集されるが発病し、1943年解
除。1946年米沢で総合誌「労農」を発刊するが資金難から3号で廃刊。この第3号に処女作【
アヴァンギ
ャルドの歌】を載せる。この年に高村光太郎と出会う。「労農」廃刊後に上京して詩作に励むが、翌19
47年帰郷。その後、京都・奈良と放浪し同年秋再び上京。1950年7月山形の印刷所へ入社し 工場に泊ま
り込んで自ら「火の聖女」の活字を組んだ。1951年2月10日刊行の予定であったが 2月8日胃穿孔のため
仮綴本の詩集を胸に抱いて急逝した。                /「
米沢市芸術文化協会」より

詩集『火の聖女』


「序」

このやうな詩集を私は未だ曾て見たことがない。これほど魂のさしせまつた聲を未だ曾てきいたことがない。
こんなに苦しい悲しみの門をくぐらせられたこともないし、又こんなに強い祈と、やすらぎの中に引きこまれ
たこともない。何といつていいかわからない。殆といふ言葉がない。これはもう普通いふ詩といふものを突き
破つてゐる。これらの詩は内面から破裂してゐる。一行一行が内からの迸るもので吹き上げられてゐる。これ
までの日本語とはまるで違つた新らしい日本語が生まれてゐる。精神の突面だけがラインに刻まれてゐて、お
よそ平面をゆるさない。これらの詩の内面ふかく立ち入ることの出來るのは、同じやうな魂のきびしさと信と
に死をのりこえたもののみのことである。私はおそろしい詩集を見た。      1950.4.12  高村光太郎

 


アヴァン ギャルド の歌

      Rien a est si important a l' homme que son eta,
      rien ne lui est si redoutable que l' eternite ;

                
Pensees.194  Blaise Pascal

私は 求める
新しい愛情と色彩と階調を!
ニュウギニアの海で 沈められたとき
圖嚢を投げ 雙眼鏡を游ぎながら切り棄てゝ
拳銃と そして 軍刀も棄て
たゞ 一冊の本 パスカルのパンセを
肌身につけて ゐたといふ君!

3ゝ 時間が流れる
八時間。  潮につかつた パンセよ
君は  生きてゐたよ!
浮いてくる者は 狙ひ撃ちであつた
海中の 衝撃は 爆  雷
波浪のしぶき  蒼穹は いつ

眼を瞑むると 涙が頬をつたつてくる
南の果ての 孤島で  八百名の
兵隊が  飢ゑ  次々と殪れ
人古の底に  原始の生存をきゝ
近代の斷崖に 原始の共同体(コムミユン)をつくつた君
無殘も  遠く超えてゐたよ!

前衛(アヴアンギヤルド)
私は見た   三つの弾痕を
土色がかつた顔  マラリヤの懼れ
私は見た
静謐に  堪へる  瞬間の光りを
    そは  聖靈を秘めたる瞳!
灼熱する意志  夜の休止も知らず病み
政治ゼネストの危機を訴へてゐるよ!

私は哀しいのだ
Poltiqueな世界の果てるところで
お目にかゝれるものを――
噫!  君の自由を希ふ心は
オランダ殖民史の アルバイトも抛棄して
つながれた人間の開放に
惜しげなく  身を曝らす――

堪へ  忍び  告げむ
君  前衛として 闘ふ日の限り
私もまた  侮蔑と 重壓に 抗し
一切の  様式を叩き  壞はし
濁流のなかに  詩と眞實を 追ふ

私は 求める
新しい 愛情と 色彩と 階調を!
Courage et Fraternite(勇気ある博愛)
突きつけよ!
L'homme est il hummain ?
アヴァンギャルドの 火の 倫理(モラル)を
Gratuit(無償) の 匕首を。

                何といふ靜かな  瞳
                フランシスカン!
                この儘 冬に入るのかと思ふ
                飯盒で みゝずを喰つた汁の
                滲む頁! Pensees 194

[殺戮のフィナアレにアヴァンギャルドのい火をみて]1946.秋


【我れ信ず】

    ミュウジックを妨げるな!

風はやんだ

雨あがらばアヂサヰの花もさかむよ
雨に濡れた大きな葉!

わたしはうれしい

炊事するこの手
くつしたをはくこの足

これは
あなたのものであり

みさかえのためにいきてゐるのだ!

風はやんだ

殘されし一日を
どう感謝すればよいのだらう

もはや死すべかりしものに
惠れし一日!

雨あがらば
アヂサヰの花もさかむよ

雨に濡れた大きな葉!

子よ
汝が父は

キリストによつてのみ
生くるをえたり、
Ah !

   風は やんだ!

1949.6.10


【初夏の朝はめぐりきて】

しんりょくの坂道に
しろい椿がさいてゐた

とほいまちを
大型の乘合(バス)がはしつた

涼しいかぜだ
ながいつかれをいたはるやうに

初夏の微風が
はだにあたつた

堀端の
柳の 影を 歩いてゐた

あなたは逃がしてしまつた
トンボがとまつた!

あゝ
あの水面の 浮草に

セミの羽根が切れたといつて
泣きじやくり

ノリでつけていたはつたひとだ
をさないあなた!

わたしは樹蔭にしんぶんをしいて
ほんをみながらまつてゐた

あの肥つたヲバサンのチヤシウメン
空腹であなたのおつゆもいたゞいた

たのしくて
たのしくて

あなたはかへつて來た
あなたはかへつて來たのだ

初夏のあさ
わたしたちは眠ることができた

あの可笑しげなエンジンのそばの座席に
いちばんさきにおちついて

あてどなく
坂をくだり まちを曲り

みどりのしげりのしたをゆき
やうやくにして電車道にあらはれ

驛のはうに
嬉々として走ることができた

まことにひさしぶりで
わたしたちは陸上にでた

光りと微風!

地下道から出ると
あなたは眼がみえない

五分間はまつくらだ!

あゝ
潰れるほどに泣きうちくだかれ

へりくだつて
苦しんだのだ

わたしたちは初夏の朝
また幸福をみつけた

心の貧しいほゝゑみ!
さうだ、

わたしはあなたによつて
ひとを愛する悦びをしつたのだ

何んと長く
冷たいせかいにゐたことか

赦しをねがはうともせず
傲慢にひとり亡びるつめたきよろこび!

ひかりがまるでなかつた
望みをしらなかつた

背信
虚無のいらだち

信 望 愛の われらがいのり
初夏のあしたにめぐりきて

わがこゝろ
御手にふれ しのび泣く

うつくしく
たゞしづもりてそこにある

赤く
小さき 聖体の 火

永遠にとだえざる
ともしびの

はげしくて
はげしくて

たゞしづもりてそこにある
荘厳の ミサ聖祭

しよかのあさはめぐりきて!
噫!

1949.5.17


【みどりのあなたに】

みどり!

あなたのことばをきいたとき
わたしは空の中にゐた

サングラス!
茶色のふちのいグラス

いたはりの
せめてもの

あゝ
これが

みどりのあなたに差しあげる
たつたひとつの贈物でした

あの坂道の
めがねやで

奥さんに
五ツもかけさして

いちばんいゝものを
撰んできたのです

あゝ
これがわたしの信仰でした

夕燒けの空が
まつかだ

和船が 走る
あの建物は ドックだ!

1949.5.31


【小さな動物】

あめのあと
朝陽のしたで仔犬が一匹

主人の顔をみあげて吠えついた
もう歩くのはいやなのである

肩にとまつて
また鳥のやうに散歩  見物!

みはらしのよい應接間で
ちひさな猫がたはむれてゐる

赤いリボンのペルシャ猫
二匹とも抱きあつて眠つてしまつた

應接間の
ソファのうへで!

こんな風にして生きることができる
反對  反對

しかし御身は
なぜに權力に抗するのか!

所詮
ふたつの權力しかないとすれば

物理的に
誰れか主人といふものが現はれる

いつしよに散歩しようではないか
大きなソファに眠らうではないか

わたしは小さな動物である
どんな權力のしたでもいゝのである

いつのまにか
爆撃のあとの燒跡にシオンの花が咲き

飢餓と 盗人と 淫賣の街に
可愛い動物がそこここと生存しはじめ

生をたのしんで少し走り
くるりとふりむき吠えついて

大きな掌にかみついて
首を振る

あゝ
何といふ感觸!

アジア風の過渡期
古代の混淆  近代の端初と終焉!

革命 革命
人間革命 宗教革命 社會革命

その
いづれもしらぬくせに!

愚かなる人間
彼の地帶といふものは

もはや
存在してゐないのに!

權力といふ異人種のふところで
悠然と教會を信じて居ればよい

本を燒いても
古來 聖句を 主を  燒くことのできた

ためしがない
愛の信仰は深まるのみであつた!

ソ聯人  アメリカ人
たゞの人間である

アンチテエゼはいつもある
資本主義にはコムニズムといふ事實

それは致し方ないことだ
ユウトピア

闘争
否、 行動

ほつておけばよい
わたしは間違つてゐた!

彼等に抗してのコムミュン?
何故にマルクシストを含めないのだ

抱けばよいのである
咄、 異邦人に抗する勿れ!

眠りながら
歩きながら

愛することを
をしへてさしあげよう!

だが然し何によつて
コによつて 詩によつて    否、否、

わたしは表現をしらない
音樂のないデッサンの
そのくせ生きることのできないといふ
運命の

詩人の宿命のみを
背負つた人間

何によつて!  何によつて!
噫 死によつて

默つて
微笑んで 慰めてあげて!

1949.10.12


【移動】

やのやうにはしる
穹窿の あめにぬれた鐵路

港、
白い巨船

纜(ともづな)は
つめたい風にすゝり泣き

赤いカンテラが
傳馬船にともつてゐる

棧橋のちかく
おほきな風船がそらにあがつた

河口のにぶい灰色の流れに
木杭(ぼつくひ)がわづかの顔をだして

ひとは
闇にのまれやうとしてゐる

ゆふやみのなかに
何かゞ 移動した

モスコオで
御ミサをあげるために!

ひとり信じて
赴いたのである

モスコオで
跪きいのるために!

手をすりむいて
ゴム人形を切つてゐるのだ

虹のやうな毛絲の
セエタアを編むでゐるのだ

野邊にあそぶ子は
コスモスの冠を髪にしてさゝやいた

雲雀が
よろこぶわね!

あゝ
夕闇に 何かゞ 移動した

エジプトの
ピラミッドは丸木のトロで築いたのだ

驛頭の燒ビルは
斜めにむきをかへたではないか

大風船
一ツ 三〇円!

纜は
風に鳴り

巨船 闇にのまれ
鐵路 瞬時に消え

木杭が
わづかにかほをだしてゐる

一人
たゞひとりでよいのだ

既に
夕やみの

あゝ
潮流の中で!

1949.10.21