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中原中也

なかはらちゅうや(1907-1937)

【聖なる無頼の詩途】・・・詩は宿命で、ほとんどのがれる術のないようなものであった。ボード
レールはその有名なポー論で、詩人とは額に八方塞がりの烙印を押された者だと評したが、中也の
額にも不幸な烙印があったに違いない。「芸術家は宿命的悲劇に晒されてゐる」というのは、彼の
「芸術論覚え書」の言葉である。問題は認識することではなくて、身に負ったこの悲劇的宿命の重
さにどのように耐えるかということである。彼は耐えることに愚直なほど誠実であった。結果は、
自分の肉体を「ざふきんの様に」使い荒し、みずからの手で打ち捨てることにほかならなかった。
                       /講談社現代新書365(1975))『中原中也』より


「未刊詩篇」より



【蝉】

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
・・・・・・風もある・・・・・・
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。

『いいや、さうぢゃない、さうぢゃない!』と彼が云ふ
『ちがつてゐるよ』と僕が云ふ
『いいや、いいや!』と彼が云ふ
「ちがつてゐるよ』と僕が云ふ
と、目が覚める、と、彼はとつくに死んだ奴なんだ
それから彼の永眠してゐる、墓場のことなぞ目に浮ぶ・・・・・・

それは中国のとある田舎の、水無河原(みづなしがはら)といふ
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭の土砂帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いてゐるだろ
チラチラ夕陽も射してゐるだろ・・・・・・

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
僕の怠惰?僕は『怠惰』か?

僕は僕を何とも思はぬ!

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!

【別離】

(1)

さよなら、さよなら!
   いろいろお世話になりました
   いろいろお世話になりましたねえ
   いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
   こんなに良いお天気の日に
   お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
   こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
   僕、午睡(ひるね)の夢から覚めてみると
   みなさん家を空けておいでだつた
   あの時を妙に思い出します

さよなら、さよなら!
   そして明日の今頃は
   長の年月見馴れてる
   故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
   あなたはそんなにパラソルを振る
   僕にはあんまり眩しいのです

   あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!


【僕が知る】

僕には僕の狂気がある

僕の狂気は蒼ざめて硬くなる
かの馬の静脈などを思はせる

僕にも僕の狂気がある
それは張子のやうに硬いがまた
張子のやうに破けはしない

それは不死身の弾力に充ち
それはひよつとしたなら乾蚫(ほしあはび)であるかもれない
それを小刀で削つて薄つぺらにして
さて口に入れたつて唾液に反撥するかも知れない

唾液には混ざらぬものを
恰も唾液に混ざるやうな恰好をして
ぐつと嚥み(のみ)込まなければならないのかも知れない
ぐつと嚥み込んで、扨それがどんな不協和音を奏でるかは、僕が知る

  【桑名の駅】

桑名の駅は暗かつた

蛙がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只独り
ランプを持つて立つてゐた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた

焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処のことかと思つたらから
駅長さんに訊ねたら
さうだと云つて笑つてた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
大雨の、霽つた(あがつた)ばかりのその夜は
風もなければ暗かつた

【いちじくの葉】

いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、

風に吹かれて
隙間より、空あらはれる
美しい、前歯一本欠け落ちた
をみなのやうに、姿勢よく
ゆふべの空に、立ちつくす

――わたくしは、がつかりとして
わたしの過去のごちやごちやと
積みかさなつた思ひ出の
ほごすすべなく、いらだつて、
やがては、頭の重みの現在感に
身を托し、心も托し、

なにもかも、いはぬこととし、
このゆふべ、ふきすぐる風に頸(うなじ)さらし、
夕空に、くろぐろはためく
いちじくの、木末 みあげて、
なにものか、知らぬものへの
愛情のかぎりをつくす。


【(そのうすいくちびると)】

そのうすいくちびると、

そのほそい声とは
食べるによろしい。

薄荷(はっか)のやうに結晶してはゐないけれど、
結締組織をしてはゐるけれど、
食べるによろしい。

しかし、食べることは誰にも出来るけれど、
食べだしてからは六ヶ敷い(むずかしい)。
味はふことは心を飛翔させ、

美食はすべてキナくさく思はせ、
人の愛さへ五月蝿く(うるさく)思はせ、――
それでもそのうすいくちびるとそのほそい声とは、
食べるによろしい。――あゝ、よろしい!


【早春散歩】

空は晴れてても、建物には蔭があるよ、

春、早春は心なびかせ、
それがまるで薄絹ででもあるやうに
ハンケチででもあるやうに
我等の心を引千切り
きれぎれにして風に散らせる

私はもう、まるで過去がなかつたかのやうに
少なくとも通つてゐる人達の手前さうであるかの如くに感じ、
風の中を吹き過ぎる
異国人のやうな眼眸(まなざし)をして、
確固たるものの如く、
また隙間風にも消え去るものの如く

さうしてこの淋しい心を抱いて、
今年もまた春を迎へるものであることを
ゆるやかにも、茲に春は立返つたのであることを
土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
僕は思ふ、思ふことにも慣れきつて僕は思ふ・・・・・・