「観音」
【槌】
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私は神にあまへてゐた
神はやさしかつたから
或る日
神はいきなり私を打つた
大きな槌で
私に顫へと響とをおこさせた
その槌はいたいものであつた
そして私ははじめて知つた
神が槌を持つてゐることを
しかもその槌を
神は何よりも大切にしてゐることを
「跪坐」
【土打てば】
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土打てば土はくだけぬ
種蒔けば種のつぶつぶ
ひかりつつ土にまろびぬ
なにもののたましひぞ
小さなる種のつぶつぶ
よろこびにおどりはづみて
まろび落つ土のふところ
空青き十月のひる
陽のにほひ梢のそよぎ
かくわれにやさしきを
世のひとはさもあらばあれ
土打てば土はくだけぬ
種蒔けば種はひかりぬ
陽のにほひ 梢のそよぎ
【夕暮】
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夏草のしげりあふ路を
疲れてたどつてくるとき
空には夕雲がはげしくかがやき
それが靜かに消えていつた
つひいままで
子どもらのかしましい叫びもきこえてゐたし
見すぼらしげな女たちの姿も
そのへんをうろついてゐたやうだつた
どうしたといふわけもなく
僕は涙ぐんでしまつた
ありがたい ありがたい
そこのたそがれた蔓草のしげみのなかには
觀音がおはしますのであらう
なんといふ慈悲の翳が
けふもまた僕のこころをやはらげて下さることか
さまよひ疲れた僕のこころに
いかにやさしく
還るべき塒(ねぐら)への路をおしめし下さることか
【雪】
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雪がつもつてゐる
思ひがけなく
白く あたたかく
すべてのものにつもつてゐる
どの家も どの木も
雪にくるまつて
まるで童話のやうになつた
雪は白く微笑して
快活な想ひに調子づきながら
これからどこかへゆかうとしてゐる
私は窓から雪を見ながら
一杯のあつい茶をのむ
茶の湯氣はかるい拍子をとりながら
私の頬にたはむれて消える
私のまはりに躊躇してゐる靜かな翳は
たぶん雪の翳なのだらう
雪は私のうへにも
白くあたたかくつもつてゐる
【大木】
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大木は何か識つてゐるのだらうか
あの張りついたやうな姿勢で
何と取つくみあひをしてゐるのだらう
あんなにいかついものになつたのは
恐ろしくながい時間を踏みこたへてきたからだ
だがひどく悶えたこともあつたのだらう
ながいながい經験は怖ろしかつたにちがひない
もうあきらめたのか まだあきらめないのか
あんなに寂しさうにつつ立つてゐるのは
大木はじつとしてゐる しかし
ひどく耐へてきたことに満足してゐるらしい
おそらく何も考へてはゐないのだらう
もう何も見たり聞いたりはしてゐないのだらう
大木は暗い
どんな夢もみてゐない 神像のやうに
だが それが呻りだすことがある
それが頭の毛を振りみだして喚きだすことがある
大木は何を識つてゐるのだらう
【竹林に坐して】
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竹林に坐せば
竹林に人もなく
春あさく竹林に
こぼれ陽の
ひそかなり
竹林に坐せば
さらさらと
竹林は風に鳴り
竹林はそうそうと
空に鳴るなり
竹林に坐せば
竹林に陽はこぼれ
人もなき竹林に
なにものの息づくや
たゆたひやまぬ
竹林に坐せば
竹林にさらさらと
なにものの崩るる音
そうそうと竹林に
なにものの過ぐる音
竹林に坐せば
うす陽こぼれて
春さびしきに
竹林は風に鳴り
竹林は空に鳴るなり
【子供の繪】
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そこには家がある
重い屋根にひしがれた
茸のやうな形の家だ
その家には電燈が一つさがつてゐる
ずつと上の方には空があつて
そこでは太陽が光を放つてゐる
これはおまへの描いた繪だ
僕の小さい娘よ
おまへの退屈な時間を消すために
何枚となく描いた繪だ
おまへはこればかり描いてゐる
そのわけを僕は訊くまい
とにかくそれは
おまへを樂しくしたのだらうから
しかしこの哲學的な繪を
おまへはこれからも描くだらう
空に埋まつてゐる太陽を
茸のやうに曲つた家を
僕の小さい娘よ
これは凡てだ
これはおまへの生涯だ
これは四苦の人間だ
これからのおまへの長い月日を消すために
おまへはこの繪を描かねばならない
おまへのクレイヨンで
何枚も 何枚も 何枚も
僕はこのたくさんの畫紙を
そのうち釜の下に燃さねばならないが
そのまへに
神さまに見てもらひたいやうな氣がする
「希求」
【希求】
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私のねがひは
一人の女をつくることである
しなやかな女體に
やさしいたましひを填めこみ
それに生命をあたへるのだ
それはこの世の女のやうに
石ころのやうな心を持つてはゐない
それはこの世の女のやうに
金錢や名利や常識に汚されてはゐない
その眼はあこがれにかがやき
その唇はねがひにほころび
その胸はなさけにふくらみ
その髪はつつましさに波打つてゐる
そのかしこさは私をゆるし
そのやさしさは私をなぐさめ
そのあたたかさは私をあたため
そのしづけさは私をいこはせる
私はその美しさによつてたかめられ
その愛によつてかがやかしくなる
私はそのやうな女をつくり
その中に棲みたいとねがふのである
【白頭翁に】
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銀座千疋屋の二階にて
われ美しき女を見しことあり
そのもの物質によりてさばかりも燿き
あたかも夢幻のごとかりしが
さばかりも優にやさしく
さばかりも思ひ深げにありしもの
いまなほわれを戀々たらしめんとす
いくとせのむかし
その口紅ににほひしもの
その沓下にきらめきしもの
あはれ わが青春は呼べど歸らじ
いまわれいかなる婦人の裾にも心うごかず
ひややかなる眼差しを投ぐれども
わが失ひしもののあまりにもいとほしや
あはれ 一介の少女を天使と疑ひ
心もしぬに茶を喫みし日よ
おろかなるわれを欺き裏切りしは
わがおろかなる青春なりしのみ
あはれあはれ 年々歳々相似たる花
いまいづこに匂ふやをわれは知らず
【思ひ出】
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僕がはたちの頃
東京の空は青かつた
ことに秋になると
その空はいつさう深く澄んで
ほとんど金色にちかい日光が
僕の上にふりそそいだ
その頃に聽いた
あのドルドラの「スウヴニール」
ないしシユーマンの「トロウメライ」の
何といふせつないトレモロ
僕は街から街をさまよひ
洋書などをあさつてきた
そしてそれらの頁のあひだから
優雅な表現をひろひあつめ
それをこころに刻みつけた
僕はそれらの語句に鼓舞されて
孤獨をはなやかなものにしたが
ほとんど絶えるまもなく
美しい女のひとたちが
僕のたましひを惱ましてゐた
ああ しかしその頃
東京の空はそんなにも青かつた
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「放鳥」
【厭離庵】
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野すみれの咲いてゐる徑を通つて
洛西の厭離庵をたづねて行つた
むかし定家卿が歌集を編んだといふ
きくも床しいその山荘に
いまは尼さんたちが住んでゐて
私がおずおずと庭の奥を覗いたとき
尼さんたちは何か陽氣に話をしてゐた
何といふうつとりするやうな世界だらう
かたむきかけた陽は青葉を縫つて
苔むす園生に閑寂の光をこぼし
小倉山の逆光によつて
そこいらいつたいはひつそりと翳してゐた
ああ いにしへにありけん人も
私のやうに戀をして 世を侘び住んだ厭離庵
このもの寂びた山荘の眺めにも倦いて
いま尼さんたちは何ごとを語るのか
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる世の中に
厭離の道のせつなさを知るや知らずや
【鳥を放す】
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あの思ひ出の木立のかげには
私の涙の川もながれてゐよう
かなしみきつたこころのすみに
古びた書物のやうにかさなりあつた
疲れはてた夢のかずかず
ああ 過ぎて行つた日よ
そんなにも陰氣なながい季節を
私の心のとまり木のうへで
さびしく啼いてゐた鳥よ
私にはもうおまへの餌もなくなつた
おまへの翼に力があるなら
ああ いぢらしい鳥よ
私はおまへを放してやらう
私はおまへを放してやらう
あの途徹もなくひろい空にむかつて
【冬の歌】
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出て行かう 出て行かう
風の鳴つてゐるところに
窓も扉もやぶれてしまふ
行きくれて佇むものよ
くらい嵐のなかに立て
古い戸棚や抽斗のなかで
誰かがわたしを呼んでゐる
何といふ親しげな聲だらう
しかしわたしは行かねばならない
親しい聲よ さようなら
出て行かう 出て行かう
心に決めて 別れを告げて
花も葉もない樹々でさへ
土にその根を護るものを
わたしの胸には何があらう
出て行かう 出て行かう
風の鳴つてゐるところに
あなたの胸に火をつけて
わたしの胸に火をつけて
くらい嵐のなかを行かう
【荷車】
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荷車を曳くものあり
黄昏のなかにたどたどと
軋るその音の侘びしきかな
これやこの人間の勞苦の軋り
きかずや あはれ
かそかにも心のそこに
いともにぶくいともたゆげに軋りゆく
わが生の重き荷車の音
【石をたたく】
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石をたたいても
石をたたいても
どんなあとがのこるのだ
石をたたいても
石をたたいても
つかれてたふれてしまふだけだ
石はかたく
石はつれなく
つめたくむごいかたまりだ
かなしいさだめをなきながら
石をたたいてゐるものよ
そのおそろしいかたまりを
そのいぶかしいかたまりを
むなしくたたいてゐるものよ
「家郷」
【皿】
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皿を洗へ
けふは何をもりしや
あすはまた何をもるべき
皿を洗へ 皿を洗へ
「詩法」
【詩に寄せる言葉】
▼
詩は創造の世界である。創造は生命の移入である。さ
れば詩によつて觀るときに萬衆は生き、詩によつて語る
ときに言葉は不滅であり、詩によつて生きるときに生活
は永遠である。
★
詩は眞理に發足する精神である。それは不斷に燃燒し
憧憬するところの、あらゆる虚飾を排し、いつさいの僞
瞞を拒むところの、いやがうへにも純化せんと羽搏くと
ころのたくましい精神である。
★
詩は燃え、熱し、光るもの、無限に生れ出るもの、す
なはち生命の原理である。
★
詩はリズムである。リズムは生命の樣態である。その
本質は秩序と自由である。秩序と自由を失ふときに停滞
と混亂と死滅が來る。リズムは秩序と自由の微妙快適な
交響でなければならない。秩序は嚴たる規律のなかに自
由さを保ち、自由は天空を馳ける奔放さのなかに寸毫も
法に外れない。詩人はこの法則を知るであらう。
★
詩は切實な生活感である。それは宇宙の象徴する神秘
な未知との交感である。その未知は靈魂の故郷、生命の
母胎である。詩は靈魂の故郷への郷愁、生命の母胎への
思慕である。
★
詩は自然の心である。自然との融合によつてのみ詩は
生れる。かぎりない謙虚さを以て自然を讃仰し、その攝
理に歸依するのが詩人の心である。
★
詩は靈智である。その直觀はすべての事物の深奥に於
いて理解する。その鋭利な直觀は秘された道理を明し、
装つた虚僞を露す。そしてたゆみない熱意を以て至高の
哲理に憧憬する。
★
詩は慈悲である。あはれみ、ゆるし、救はんとする願
望であり、利己を脱し永劫の中に溶け入らうとする意慾
である。
★
詩は善惡を超えた道コである。その嚴粛な道コは、眞
理を冒涜するもの、秩序を紊(みだ)すものに對しては決
意を以て抗争する。
★
詩は生活の秘法である。素朴のうちに絢爛を孕み、瞬
間のうちに永遠を捉へ、苦悩のうちに歡喜を生み、遊戯
のうちに奥義を顯す。無關心のうちに戒律を體し、無作
意のうちに意志を行ふ。
『詩集のあとに』
詩は私のたゞ一つの希望であり、時間と空間とを超越
する詩の世界は私の無上の歡喜である。詩は私には無く
てはならないものであつた。それは長い失意の日にあつ
て、私を絶望から救ひあげ、沈滞から立ちあがらせたも
のであつた。詩こそは私に生活を與へ、忍苦にあまんじ
させてくれるものであつた。
だが、新しい詩の時代は來た。長い壓制から解放され
た人間性が、それ自らの希求によつて眞實を探究し、愛
と自由とを歌ふ日は來た。今こそ詩は、時代の暗黒を照
らす燈火として、冷却した人間のこころを温める爐とし
て見出されるであらう。そして今こそ詩は、本來さうあ
るべきであつたやうに、人類の糧として高くささげられ
なければならない。
昭和21年4月
加藤千晴
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