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山村暮鳥

やまむらぼちょう(1884-1924)

群馬県西群馬郡生まれ。本名土田八九十(旧姓志村、後木暮)。複雑な家庭に育ったが16歳で小学校の代
用教員となり、かたわら前橋聖マツテア教会の英語夜学校に学んだ。1902年、同教会で受洗、翌年東京
の神学校に入学。在学中から文学に熱中し前田林外、岩野泡鳴らの「白百合」に短歌を投稿した。卒業
後、日本聖公会の伝道師として東北各地を転任。1908年人見東明の自由詩社に参加。「自然と印象」に
官能的詩作を発表。1913年結婚。処女詩集『三人の処女』を藤村の序を得て自費出版。1914年、新詩研
究社を創設し、詩誌「風景」を発刊、萩原朔太郎・室生犀星らと「詩と宗教と音楽の研究」を目的とし
た人魚詩社を結び、翌年に詩集『聖三稜玻璃』を刊行、その新鮮な詩法は詩壇に賛否両論を巻き起こし
たが、近代詩史の上で画期的な詩業となった。1918年結核のために吐血、病の床に伏した。晩年は、磯
浜海岸の寓居で自然に親しみつつ閑寂枯淡な東洋的詩境に到達した。その生涯は文学と宗教という二元
対峙と宿痾による苦悩からの解脱の一念で貫かれていたといえる。詩集『聖三稜玻璃』は35篇の詩を収
録。霊肉二元の葛藤による精神の不安と緊迫感を特異なイメージで表出した点に特色がある。室生犀星
はその序で「恐るべき新代生活者が辿る‘ものまにあ’の道」といい、暮鳥自身、「千年万年後の珍書」
と述べている如く、時代に先んじていたため悪評をあびた。/日本現代詩辞典より



詩集『聖三稜玻璃』より

 

【無題】

太陽は神々の蜜である
天涯は梁木である
空はその梁木にかかる蜂の巣である
輝く空気はその蜂の卵である。

       Chandogya Upa. III I. I.
 
こゝは天上で
粉雪がふつてゐる……
生きてゐる陰影
わたしは雲のなかに跪いて
その銀の手をなめてゐる。

+------+
(註)
 ■Chandogya Upa(チャーンドーギャ・ウパニシャッド)
  =古代インドの梵書

【囈語】

竊盗金魚
強盗喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
詐欺更紗
涜職天鷲絨
姦淫林檎
傷害雲雀
殺人ちゆりつぷ
堕胎陰影
騒擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。


【大宣辭】

かみげはりがね
ぷらちなのてをあはせ
ぷらちなのてをばはなれつ
うちけぶるまきたばこ。
たくじやうぎんぎよのめより
をんなのへそをめがけて
ふきいづるふんすゐ
ひとこそしらね
てんにしてひかるはなさき
ぎんぎよのめ
あかきこつぷををどらしめ。


【曲線】

みなそこの
ひるすぎ
走る自動車
魚をのせ
かつ轢き殺し
麗かな騒擾をのこし。


【手】

みきはしろがね
ちる葉のきん
かなしみの手をのべ
木を搖る
一本の天の手
にくしんの秋の手。


【だんす】

あらし
あらし
しだれやなぎに光あれ
あかんぼの
へその芽
水銀歇私的利亞
はるきたり
あしうらぞ
あらしをまろめ
愛のさもわるに
烏龍茶をかなしましむるか
あらしは
天に蹴上げられ。

+------+
(註)
 ■水銀歇私的利亞=スイギンヒステリア


【圖案】

みなそこに壷あり
壷のなかなる蝙蝠は
やみよの紋章
ふね坂をのぼり
朧なる癇癪三角形
くされたる肉にさく薔薇
さてはかすかな愛の痙攣。


【妄語】

びおろんの胴の空間
孕める牝牛の蹄

眞實なるものには、すべて
或る一種の憂鬱がある。

くちつけのあとのとれもろ
麥の芽の青

またその色は藍で
金石のてざはり

ぶらさがつた女のあし
茶褐で雪の性

土龍の毛のさみしい銀鼠
黄の眩暈、ざんげの星

まふゆの空の飛行機
枯れ枝にとまつた眼つかち鴉。


【烙印】

あをぞらに
銀魚をはなち
にくしんに
薔薇を植ゑ。


【青空に】

青空に
魚ら泳げり。

わがためいきを
しみじみと
魚ら泳げり。

魚の鰭
ひかりを放ち

ここかしこ
さだめなく
あまた泳げり。

青空に
魚ら泳げり。

その魚ら
心をもてり。


【樂園】

寂光さんさん
どろまみれ豚
ここにかしこに
蛇からみ
秋冴えて
わが瞳の噴水
いちねん
山羊の角とがり。


【發作】

なにかながれる
めをとぢてみよ
おともなくながれるものを
わがふねもともにながれる。


【曼陀羅】

このみ
きにうれ

ひねもす
へびにねらはる。

このみ
きんきらり。

いのちのき
かなし。


【かなしさに】

かなしさに
なみだかき垂れ
一盞の濁酒ささげん。
秋の日の水晶薫り
餓ゑて知る道のとほきを
おん手の葦
おん足の泥まみれなる。


【岬】

岬の光り
岬のしたに群がる魚ら
岬にみち盡き
そら澄み
岬に立てる一本の指。


【十月】

銀魚はつらつ
指先の刺疼き
眞實
ひとりなり
山あざやかに
雪近し。


【印象】

むぎのはたけのおそろしさ……
むぎのはたけのおそろしさ
にほひはうれゆくゐんらく
ひつそりとかぜもなし
きけ、ふるびたるまひるのといきを
おもひなやみてびはしたたり
せつがいされたるきんのたいやう
あいはむぎほのひとつびとつに
さみしきかげをとりかこめり。


【持戒】

草木を
信念すれば
雪ふり
百足ちぎれば
ゆび光り。

+------+
(註)
 ■持戒=戒を守ること

  【光】

かみのけに
ぞつくり麥穗
滴る額
からだ青空
ひとみに
ひばりの巣を發見け。

【氣稟】

鴉は
木に眠り

豆は
莢の中

秋の日の
眞實

丘の畑
きんいろ。

+------+
(註)
 ■氣稟(きひん)=生まれつきもっている気質


【模様】

かくぜん
めぢの外
秋澄み
方角
すでに定まり
大藍色天
電線うなる
電線目をつらぬき。


【銘に】

廢園の
一木一草
肉心
磁器
晶玉
天つひかりの手
せんまんの手
その手を
おびえし水に浸し
目あざやか。


【くれがた】

くれがたのおそろしさ
くりやのすみの玉葱
ほのぐらきかをりに浸りて
青き芽をあげ
ものなべての罪は
ひき窓の針金をつたはる。


【さりゆてゑしよん】

純銀霜月の
光にびしよ濡れ
いちねん
智慧の玉乗り
頭蓋がないぞ、おい、
玉は陰影を引き
みちばたの草にかくれた。

+------+
(註)
 ■さりゆてゑしよん(salutation)
   =挨拶(の言葉)、手紙の書き出し


【鑿心抄】

秋ふかみ
さみさらに
栗鼠鳴き
瞳を永遠につらならせ。

   *

立てる十字架
立てるは胸の上
ひねもす
にくしんの蟲を刺し。

   *

しろがねの
ほんねんのかねは
こずゑに
しづかなり。
わがそら
わがてのうへに
ゆれゆれて
したたる。

   *

やまにはやまのしんねん
ひとにはひとのりんくわく。

+------+
(註)
 ■鑿=のみ(工具)


【肉】

癩病める冬の夜天
聖靈のとんねる
ふおくは悲しめ斷末魔
純銀食堂車
卓上に接吻あり
卓上永生はかなしめ。


【晝】

としよりのゐねむり
ゐねむりは
ぎんのはりをのむ
たまのりむすめ
ふゆのひのみもだえ
そのはなさきに
ぶらさがりたるあをぞら。


【汝に】

大空
純銀
船孕み
水脈
一念
腹に
臍あり。


【燐素】

指を切る
飛行機
麥の芽青み
さみしさに
さみしさに
瞳を削げ
空にぷらちなの脚
胴體紫紺
冬は臍にこもり
ひるひなか
ひとすぢのけむりを立て。


【午後】

さめかけた黄い花かんざしを
それでもだいじさうに
髪に插してゐるのは土蔵の屋根の
無名草
ところどころの腐った晩春……
壁ぎはに轉がる古い空つぽの甕
一つは大きく他は小さい
そしてなにか秘密におそろしいことを計畫んでゐる
その影のさみしい壁の上
どんよりした午後のひかりで膝まで浸し
瞳の中では微風の纖毛の動搖。


【風景 純銀もざいく】

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな


【誘惑】

ほのかなる月の觸手
薔薇の陰影のじふてりあ
みなそこでなくした瞳
それらが壷にみちあふれる。
榲悖のふくらみ
空間のたるみ
そして愛の重み
蟲めがねの中なる悲哀。


【冬】

ふところに電流を仕掛け
眞珠頸飾りのいりゆじよん
ひかりまばゆし
ぬつとつき出せ
餓ゑた水晶のその手を……
おお酒杯
何といふ間拔けな雪だ
何と……凝視るゆびさきの噴水。


【いのり】

つりばりぞそらよりたれつ
まぼろしのこがねのうをら
さみしさに
さみしさに
そのはりをのみ。