土井晩翠

どいばんすい(1871-1952)

仙台市生れ。本名、土井(つちい)林吉。姓は1934年から‘どい’という通常音を容認。1894年、東大英文科に入学、
同年末に結成された帝国文学会に加入。その機関誌「帝国文学」に1895年11月から新体詩を載せ始め 翌年3月から編
集にも携わり、1898年、ユゴーの詩集『光と影』の序文を訳載した。この年、東京音楽学校の依頼で『荒城の月』を
書いた。大学卒業後 1901年6月に私費で外遊、ロンドンで夏目漱石と同居し、滝廉太郎とも会っている。1904年10月
までに至る欧州諸国での感興はその詩作の主要なモチーフとなった。「帝国文学」などに寄せられた諸詩篇は『天地
有情』(1899)『暁鐘』(1901)『東海遊子吟』(1906)の3集にまとめられた。 その作は一貫して文語で書かれ、漢語利
用の効果も目立ち、はじめ七五調によったが、さらに他の定形にも手を染め、自由詩の試作にも及んでいる。1945年
7月、戦災によって万巻の蔵書を、また1948年までに妻子のすべてを失い、没年まで孤寂の時を過した。前記3集の他
『曙光』(1919)、『天馬の道に』(1920)、『アジアに叫ぶ』(1932)、『神風』(1936)があり、他に数種の選集も出た。
尚、唱歌や校歌の類も多く、短歌の制作もあって後に『晩翠歌抄』(1949)に収められた。/「日本現代詩辞典」より


【詩人】

詩人よ君を譬ふれば
恋に酔ひぬるをとめごか
あらしのうちに楽を聞き
あら野のうちに花を見る。

詩人よ君を譬ふれば
世の罪しらぬをとめごか
口には神の声ひびき
目にはみそらの夢やどる。

詩人よ君を譬ふれば
八重の汐路の海原か
おもてにあるゝあらしあり
底にひそめるまたまり。

詩人よ君を譬ふれば
雲に聳ゆる火の山か
星は額にかがやきて
焔の波ぞ胸に湧く。

詩人よ君を譬ふれば
光すずしき夕月か
身を天上にとめ置きて
影を下界の塵に寄す。

【赤壁図に題す】

首陽(しゅよう)の蕨(わらび)手に握り
汨羅(べきら)の水にいざ釣らむ
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
造化無尽(ぞうかむじん)の蔵のうち
我に飛仙(ひせん)の術(じゅつ)はあり。

五湖の烟波(えんば)の蘭の楫(かじ)
眺めは広し風清し
きのふの非とは誰かいふ
松菊(しょうきく)庭にあるゝとも
浮世の酒もよからずや。

月江上(こうじょう)の風の声
むかしの修羅のをたけびの
かたみと残る秋の夜や
軽きもうれし一葉の
舟蓬莱にいざさらば。


【星と花】

同じ「自然」のおん母の
御手にそだちし姉と妹(いも)、
み空の花を星といひ
わが世の星を花といふ。

かれとこれとに隔たれど
にほひは同じ星と花。
笑みと光を宵々に
かはすもやさし花と星。

されば曙(あけぼの)雲白く
御空の花のしぼむとき、
見よ白露のひとしづく
わが世の星に涙あり。


【希望】

沖の汐風吹きあれて
白波いたくほゆるとき、
夕月波にしづむとき、
黒暗(くらやみ)よもを襲うとき、
空のあなたにわが舟を
導く星の光あり。

ながき我世の夢さめて
むくろの土に返るとき、
心のなやみ終るとき、
罪のほだしの解くるとき、
墓のあなたに我が魂(たま)を
導く神の御声あり。

嘆き、わずらひ、くるしみの
海にいのちの舟うけて、
夢にも泣くか塵の子よ、
浮世の波の仇騒ぎ
雨風いかにあらぶとも、
忍べ、とこよの花にほふー

港入江の春告げて
流るゝ川に言葉(ことば)あり、
燃ゆる焔に思想(おもひ)あり、
空行く雲に啓示(さとし)あり、
夜半の嵐に諌誡(いさめ)あり、
人の心に希望(のぞみ)あり。


【暮鐘】

森のねぐらに夕鳥を
麓の里に旅人を
静けき墓になきがらを
夢路の暗にあめつちを
送りて響け暮の鐘。

春千山の花ふゞき
秋落葉の雨の音
誘ふて世々の夕まぐれ
却風ともに鳴りやまず。

天の反響地の叫び
恨の声か慰めか
過ぐるを傷む悲みか
来るを招く喜びか
無常をさとすいましめか
望を告ぐる法音か。

友高楼のおばしまに
別れの袂重きとき
露荒涼の城あとに
懐古の思しげきとき
聖者静けき窓の戸に
無象の天(そら)を思ふとき
大空高く声あげて
今はと叫ぶ暮の鐘。

人住むところ行くところ
嘆と死とのあるところ
歌と楽とのあるところ
涙悲憂きなやみ
笑喜びたのしみと
互に移りゆくところ、
都大路の花のかげ
白雲深き鄙の里
白波寄する荒磯辺、
無心の稚子の耳にしも
無声の塚の床にしも
等しく響く暮の鐘。

雲飄揚の身はひとり
五城楼下の春遠く
都の空にさすらひつ
思しのぶが岡の上
われも夕の鐘を聞く。

鐘の響きに夕がらす
入日名残の影薄き
あなたの森にゐるがごと
むらがりたちて淀みなく
そゝろに起るわが思ひ。

静まり返る大ぞらの
波をふたゝびゆるがして
雲より雲にどよみゆく
余韻かすかに程遠く
浮世の耳に絶ゆるとも
しるや無象の天の外
下界の夢のうはごとを
名残の鐘にきゝとらん
高き尊き霊ありと。

天使の群をかきわけて
昇りも行くか「無限」の座
鐘よ、光の門の戸に
何とかなれの叫ぶらむ、
下界の暗は厚うして
聖者の憂絶えずとか
浮世の花は脆うして
詩人の涙涸れずとか。

長く、かすけく、また遠く
今はたつゞく一ひゞき
呼ぶか閻浮の魂の声
かの永劫の深みより、
「われも浮世のあらし吹く
波間にうきし一葉舟
入江の春は遠くして
舟路半ばに沈みぬ」と。

恨みなはてぞ世の運命(さだめ)、
無限の未来後にひき
無限の過去を前に見て
我いまこゝに惑あり
はたいまこゝに望あり、
笑、たのしみ、うきなやみ
暗と光と織りなして
歌ふ浮世の一ふしも
いざ響かせむ暮の鐘、
先だつ魂に来ん魂に
かくて思をかはしつゝ
流一筋大川の
泉と海とつなぐごと。

吹くや東の夕あらし
寄するや西の雲の波
かの中空(なかぞら)に集りて
しばしは共に言もなし
ふたつ再び別るとき
「秘密」と彼も叫ぶらむ。

人生、理想、はた秘密
詩人の夢よ迷よと
我笑ひしも幾たびか、
まひるの光りかゞやきて
望の星の消ゆるごと
浮世の塵にまみれては
罪か穢(けがれ)かわれ知らず。

其塵深き人の世の
夕暮ごとに声あげて
無限、永劫神の世を
警しめ告ぐる鐘の音、
源流すでに遠くして
濁波(だくは)を揚ぐる末の世に
無言の教宣りつゝも
有情の涙誘へるか。

祇園精の舎檐朽ちて
葷酒の香のみ高くとも
セント、ソヒヤの塔荒れて
福音俗に媚ぶるとも
聞けや夕の鐘のうち
霊鷲橄欖いにしへの
高き尊き法の声。

天地有情の夕まぐれ
わが驂鸞(さんらん)の夢さめて
風楼いつか跡もなく
花もにほひも夕月も
うつゝは脆(もろ)き春の世や
岑上(をのえ)の霞たちきりて
縫へる仙女の綾ごろも
袖にあらはしつらくとも
「自然」の胸をゆるがして
響く微妙の楽の声
その一音はこゝにあり。

天の荘厳地の美麗
花かんばしく星てりて
「自然」のたくみ替らねど
わづらひ世々に絶えずして
理想の夢の消ゆるまは
たえずも響けとこしへに
地籟天籟身に兼ぬる
ゆふ入相の鐘の声。

「天地有情」(明治32)所収


【夕の星】

ちぎれちぎれに雲迷ふ
夕の空に星ひとつ
光はいまだ浅けれど
思(おもい)深しや天の海。

嗚呼カルデアに牧(まき)びとの
なれを見しより四千年(しせんねん)
光はとはに若うして
世はかくまでに老いしかな。

またたく光露帯びて
今はた泣くか人のため
つかれ、争ひ、わづらひに
我世(わがよ)の幸(さち)は遠ければ。

「天地有情」(明治32)所収


【白桃花】

朝日影そふ浅みどり
谷間を過ぎて声高く
清く流るゝ春の水、
みなもに恋と思(おもひ)とを
春もろ共に浮べさりて
白桃(しらもゝ)の花いづち行く。

消えせぬ雪の色みせて
羊ひとむれ草飼へる
流(ながれ)に添へるみどりの野、
まひるの空に夢みたる
牧の子笛を捨てゝ泣きて
白桃の花去るを見る。

百(もゝ)の柴舟しらほ舟
こむる紅(くれなゐ)夕霞
広き流れのかた岸に
緑暮れゆく青柳
柳のもとに流れよりて
白桃の花また去らじ。

「暁鐘」(明治34)所収


【星】

夕(ゆふべ)をかざる玉鈎(ぎよくこう)の一彎(わん)遠く消沈み
暗(やみ)人間の世に落ちて今は壺中(こちゆう)の夜もなかば。

有声(うせい)無象の窮まりはこゝ穹窿(きゆうりゆう)の空の上
数も千万、永遠の姿を擬(こら)す星の花
わが射る光途(みち)遠く流るゝ末を見おろせば――

影朦朧(もうろう)のたゞなかに西崑崙(こんろん)の雲の嶺
冷煙こほりうづまきて泰山(たいざん)暗し鬼神の府
羅浮天台のおもかげも今は下界の暗の底。

千里二千里三千里烟波(えんば)眠れる東海の
うな原遠く眺めやるわれらの光さすところ
渾沌(こんとん)の世に湧き出でし姿不変の富士の嶺
太古の雪の膚(はだ)清く暗を照して立てるかな。

あらしも今は収まりて人籟(じんらい)絶えぬさらばいざ
光と共にわが露を露もろともにわが歌を
下(く)だし送らむ仙嶺の頂遠く裾広く。

「暁鐘」(明治34)所収


【おほいなる手のかげ】

月しづみ星かくれ
あらしもだし雲眠るまよなか
見あぐる高き空の上(へ)に
おほいなる手の影あり。

百万の人家(じんか)みなしづまり
煩悩のひびき絶ゆるまよなか
見あぐる高き空の上に
おほいなる手の影あり。

ああ人界の夢に遠き
神秘の暗(やみ)のあなたを指(さ)して
見あぐる高き空の上に
おほいなる手の影あり。

「暁鐘」(明治34)所収