阪 正臣

ばんまさおみ(1855-1931)

名古屋生まれ。本姓坂。篤胤門の権田直助に学ぶ。歌は高崎正風に学び、1887年から御歌所に入り、
1897年から寄人。1895年、華族学校教授。外山正一らとともに『新体詩歌集』を刊行し、新体詩18
編を収める。集中に七五調などによるもののほか、外山の主張に共鳴した、形式無視の文語による
散文詩ともいうべき作があり「一種のかたりもの」への志向を見せた。/「日本現代詩辞典」より


【船上山】

危かりける隠岐の海     霧さへ深く立渡り
海士の釣舟うき沈み     いかになりゆく此身かと
大御心そみたれける     級戸の~や守りけん
秋のたのみの八束穗の    稻津の浦に着きにけり
あたりに響く名和の君    かたしけなしと取敢へず
迎へ奉りて棹も無く     楫もたのまぬ船の上
御寺の奥を九重の      天つ朝廷になずらへて
寄る白浪をせきかへし    立つ仇浪をうちくだき
やゝ吹き起る時つ風     追手の風に眞帆あげて
都にまたも還ります     御供つかへしそのさまは
こゝろよげにぞ見えにける  樂しげにこそ見えにけれ


【某嬢の一周忌に】

この朝けふりたち見れば   わが庭の木の葉色づき
わが園の萩が花散る     み山には今か鳴くらん
さを鹿の戴く角の      束の間も忘れかねつゝ
眞悲みわが思ふ君      可惜みわが思ふ君の
射干玉の黄泉路をさして   いでましゝ月はこの月
すぎましゝ日は今日なりき  今日といへばまして慕ばる
今日といへば殊に歎かる   現身といましゝ時は
さま/゛\の學のおくか   國々の人の言語
眞つぶさに學び明め     絲竹の遊びのわざも
挿花も點茶の道も      こと/゛\にたどり給ひて
志貫島の大和詞の      林さへ分け給はんと
山の井の淺きさとりの    われにしも質し給ひて
やゝ/\に進みましゝを   かりそめの風のこゝちの
いつしかも重りましけん   朝露のひるまも待たず
夜霧なす消えましゝより   一めぐり年はめぐれど
二かへり秋はかへれど    花の如にほひし君が
みすがたは二たび見えず   玉の如よそひし君が
み車はまたとめぐらず    いたづらに志のぶが岡の
おくつきの朝露深く     夜霧のみたちこそ渡れ
そこ故に木の葉色づき    萩が花ちる秋毎に
くれなゐの涙ぞおつる    衣手のうへに


【勅語捧讀】

    一節
千代田の宮に千代かけて   世を志ろしめす大君の
くだし給へるみことのり   万の民のよろつ代に
よるへき道はこゝに在り   ゆくへき道はこゝに在り

    二節
ひとりの君をいたゞきて   ふたりの親をかしつきて
いもせはらから友がきも   睦びあひつゝみ教に
そむかぬまことあらはさん  たかはぬまことあらはさん

    三節
水穗の國に生れ來て     大御寶の名を得つゝ
御代を守らん吾黨の     道の志るべのみことのり
仰きて讀まん朝夕に     ふして思はん夜晝に


【卒業生をいはふ】

菅の根の長き月日を     まなばしら學の塲(ニハ)に
いそ志みし験まさしく    うつせみの世にうちいでゝ
ますらをの名をしたつべき  時は來ぬ時は到りぬ

天地は君らが爲に      ます/\も廣くやならん
日月は君らが爲に      いよ/\も明くや照らん
千里の駒に鞭うち      シベリヤの野にかも遊ぶ
小舟に楫ひきをり      ムールの島にや渡る
足は行かであらゆる書を   まつぶさにあさり明らめ
天の下の物志り人と     ならんとや君らは思ふ

かにかくに羨しきは     おひ先のこもれる君ら
春秋に富める人々      立返りわが身の昔
つら/\に思ひわたせば   恥かしく悔しき事の
眞砂なす教へもあへず    まなびには志しゝも
身をたてん道とも知らず   世わたりのすべとも思はず
書よむもわが身ひとつを   守るべき教とおもひ
さらぬをば慰み草と     はかなくも玩びつゝ
あたらしき年の四十を    徒に過しやりつゝ
何事もいまだ得成さず    何の名もいまだ得立てず

今の世のわか人たちは    若きより目あてを定め
世をわたるたづきもとめて  學にも入りたつといふ
さればこそまなびも進め   するわざもあだにはならぬ
大事もはやくなるらめ    美し名もやがて立つらめ
こゝ思へは後の世人は    おそろしといひし聖の
言ぞうべなる


【大阪人の一事業おこさんとするを】

難波津にさくやこの花    さきがけて事をなさんと
進みいでゝ功たてんと    いたづけるますらをのとも
水すらも石きりとほす    蟻すらも山ほりうがつ
ますらをの心振起し     たゆみなく勉め勵まば
何事か世にならざらん    何わざか世にとげざらん
その事の成りも遂げなば   冬ごもり春になりゆく
難波津のその花よりも    かぐはしき名こそ薫らめ
ますらをのとも


【櫻井】

底すみわたる櫻井の     水驛(ウマヤ)こそ君親に
仕ふる道のかゞみをば    千載の後にとゞめけれ

その水鏡きよくとも     大き小き楠の
操の影をうつさずは     あまたの人に汲まれめや

その楠もきみが爲      枝葉つくして捧げたね
いさをし無くば天地に    高き薫の溢れめや

かをりゆかしき楠の     親子の君を鏡にて
われらも花とさくら井の   清き名を世に流さまし


【新年】

年たつ今朝の長閑さよ    松竹たつる門ごとに
朝日の旗の影さして     すゞろに勇む人ごゝろ

年たつ今日のたのしさよ   おいたるわかきおしなべて
とはれつとひつむつましく  君が代千世と祝ふなり