【九十九の嫗】
▼
其一
息きれぬ、歩むに腰のほね痛し、
杖もがな、アゝ、杖もがな、
竹にもあれ、木にもあれ、
手頃の棒のほしきことよ、
こゝらの里に小供は居ぬか、
居らぬと見える、
居らば遊ぶに良き場所なるに、
遊ばゝ子供のつねとして、
棒ちぎり、履(くつ)わらじ、
取りちらしあるは必定、
アゝ、棒もがな、杖ほしや」
ホゝ、笑止や、
昔は杖と云ふものを、
老たる人の曳かるゝに、
今の我身が是ほどに、
用ある物とは知らずして、
母なる人の秘られて、
祖父(ぢゞ)なる人の秘められし、
あづさの弓の、ホゝ、
我身ながら
笑止のことや、
腰の曲りしありさまの、
其の弓にしも似たるかな」
其の弓折れの杖をしも、
ねだりしに/\、
父なる人にしかられて、
灸(やいと)に辛き目見せられしが
母なる人のいましめて、
弓は女子の持ものならじ、
をのこゞならば
得させもせめと、
アゝ、我身
をの子なりせば」
其二
慨(なげ)くまじきことよ、
我身ものにくるへりと、
さとの子供に囃さるゝは、
ものを一途に思へばぞ、
おちぶれし、
今日を、
昨日に比べては、
明日を如何と突詰めて、
心を思ひにかきみだせば、
眼に時ならぬ花咲きて、
耳はつゞみのうつゝとも、
夢とも分かで、浮き橋を、
たどれるが如、まぼろしに、
しばしは我を忘れはて、
フト心づき見かへれば、
そぼろの衣の脛あらは、
髪はおどろにあさの葉の、
いさ葉の疵の隙間なく、
あるは、
入相の鐘に花も次第、黒みて、
人はおぼろ、
影を地に曳くの夕月、
柳、睡る空に光おさまりて、
靜かなる草屋根のこなた、
あるは、いづこ、
藻鹽燒く蜑(あま)の苫屋に月さえて、
夜さむの風に鳴く千鳥の、
聲さびしき浦は、
寄せてはかへす波の音に、
心もさわぐ群松の、
影をみづからかへり見て、
只、しよんぼりと躇(たたず)むのみ」
其三
過去りて今日、
僅に昨日と數ふれば、
百年も、また夢なれど、
歩み來りて立ちどまり、
あの山、この野、と眺むれば、
千里も霧の一重なれど、
憂きに月日をかぞへては、
つらきに浮世を送りては、
人の見て面白しと云ふなる月も、
我は、あはれ、
心を照す鏡ともなれや、
さらば、此苦をうつさせて、
憂をなぐさむ友ともせんに、
人の見て面白しと云ふなる花も、
我は、あはれ、
我身此の花ともなれや、
さらば夜半の嵐にくだかれて、
ふたゝびの根にぞ歸らん、
願ふは我を此の花にと、
ゆく心、眼にたがへば、
などて樂(たのし)と見らるべき」
アゝ、アゝ、我身若し、
昔ながらの滋賀の里、
浄行寺門前に、
細くあげたる煙にふすび、
氏なきものゝ娘にて、
花賣爺の子と呼ばれ、
其のまゝ其處に埋れなば、
アレ/\、彼方(あなた)を三五人、
脚絆の泥もからびしまゝ、
つまをり笠をわきばさみ、
おち穗片手に稻扱(こき)かたげ、
苦と云ふものゝ世の中に、
有としも知らぬ高笑ひ、
あぜのほそみち傅ひ行く、
仲間となりて世を安く、
そらは夕陽(いりひ)のさかづきに、
酒を過せしほろよひを、
紅葉にゆづりゆふばえて、
見渡すかぎりあか/\と、
照れる名殘もいまははや、
人影ながくやまのはの、
鳥もねぐらにこゑたえて、
そよとの風も肌さむふ、
むしの音さびしき誰彼(たそがれ)時、
背戸の榎にやどを貸す、
旅のからすにおくられて、
我も家路をいそぎつゝ、
風呂に疲れをながしては、
良人(おっと)が寐酒の二合半(こなから)を、
月のあかりにさしさゝれ、
醉へば其のまゝひぢ枕、
障子も立てず、戸も繰らず、
かろきうき世を五十年
柳にくらして
仕舞ひしものを」
其四
ものずきな、
ヱゝ、ものずきな、
姫なら二人、
をの子なら、
三人の富をたもちつゝ、
月にも、花にも、不足なく、
榮花におはす御身にて、
ヱゝ、ものずきな、
滋賀山寺にもの詣ふで、
げかうの道のかへるさに、
五(ふたつ)を二(ふたつ)のふり分けがみ、
寺のつい地のいしがきに、
花を刻みてまゝごとの、
餘念をわすれし幼き者を、
父母にねだりて養はれ、
ヱゝ、ものずきな、
思へば恨みの大江樣」
ホゝ、笑止、
我身、ものに狂へりと、
里の小供にはやさるゝは、
一途にものを思へばぞ、
かゝる時、
一途にものを、思へばぞ、
身を空蝉の現つなく、
もぬけの殻と成り果るは、
ものを一途に思へばぞ、
大江家に、我身、
何の恨みの、あるべきや」
其五
屋根やぶれては、
軒のたる木を月漏りて、
かべくづれては、
ねだのしき板風透きて、
夏あつく、冬さむき、
土生(はにふ)の小屋に、生れしものを、
過世に結びし赤繩(えにし)とて、
永のとしつきやしなはれ、
實の御子も羨やむまで、
昨日のつゞれ今日はまた、
紗也に綸子に晴れ模様、
をはりも之にあやかりて、
齢ひもいとゞ長かれと、
むすびてたびし眞紅なる、
オゝ、言葉も辛苦に、
ひゞかれて、
今さら思へば
忌はしけれど、
其の折は/\、
嬉しくしめし名古屋帶、
されど、我身は幼なくて、
心に慾のあらざれば、
只、ちゝはゝに近江路や、
滋賀の古里戀ひしさに、
袖のたもとをかみしめて、
まなこに露を絶さねば、
なぐさめて
御夫婦の、
見もなれもせぬ美しき、
手遊びものにあやされつ、
次第になるれば幼氣は、
染められやすきしら糸の、
いともたふとき父母を、
昨夜のゆめのおぼろ氣に、
心のそこにゑがくのみ、
疎くなるまゝ遠ざかり、
我身は其家(そこ)におひ立て、
只、いとたけに日を暮し、
ねふりのひまさへ
惜みしが、
思へば、
オゝ、其の時よ」
其六
恥かしや、我、
今は乞食とおちぶれて、
御手洗の、
古き手拭をつゞくりて、
垢に染めたるいろ/\衣、
菅の小笠もあめに洒落、
骨のみたかく、肉こけて、
齒なみも斯くは
まばらにくづれ、
かしらには雪、
まゆには霜、
まなこは煙霞にとざされて、
髪の毛つくもにむすぼうれ、
膝はよはくて、
腰くねり、
一日に一里もむづかしき、
鬼のひぼしのからびうば、
むかし思へば皺みたる、
背名にも汗の、
はづかしや」
其七
思ひ出づれば、今やはや、
むかし話しとなりしよな、
曾根中將の、たゞ一騎、
處も、處、嵯峨のおく、
折も、折とて、秋の最中、
庭もせに虫の音淋しき
ゆふまぐれ、
ひねもすのもみぢ狩に
つかれさせ、
水、一口と立ち寄れば、
雲はやぶれて差し出づる、
月のかつらの大井川、
光りながれてきしを打つ、
浪にも似たるかり衣の、
あをきおんぞの影透けど、
我身は誰ともしら綾の、
かさね小袖もけふきのふ、
萩の葉風のすゞしさに、
小簾垂れ籠めて琴とうで、
ホゝ、はづかしの繰言よ、
其の時なりし中將さま、
我身のことにようでうを、
こしよりぬいて平調に、
合すしらべのさうふれん、
かなで終りて、うつぶかれ、
我は只、
雲井より、
雁のたまづさ賜はりて、
おほみづかひの、仲國が、
峯のかへでを打ながめ、
只、打ながめて手折れぬ、
其の樣にしも似たる哉と、
暫しことばの途切れしに、
我身はいとゞ次なくて、
はぢらひながら立ち樣に、
かへらひ見ればひと雫、
はらりと大人(うし)がさし貫に、
抜かれしは仰(そ)も、
今に/\、
我身まどはす、
もとゝはなりぬ、
左りとて我身は
いかな/\、
大人を戀ひては居もせぬに、
只、忘れぬは其折に、
大人が落せししらたまは、
露か、涙か、露ならば、
清らにさえしかたさまが、
月にも似たる眼の中の、
かつらの花のしたゝりか、
左もあらばあれや、
我身、其の後は、
只、其の涙に心をくだきぬ、
左りとて戀ひては、
居もせぬに、
ホゝ、をかしき心の我身哉」
其八
オゝ、猶思ひ出づる事こそあれ、
今宵のごときゆふ闇に、
風ものすごき夜半なりし、
貝掩(かひおほひ)の催ほしありて、
大江の家のうからやから、
打つどひ來て興ぜし折、
大人(うし)もまた
まねがれて、
オゝ、其の夜半の事なりし、
我身の歌をほめられて、
我身の琴をほめられて、
うもれ木の
深山のおくに老ひ朽て、
花を此の世に咲かせぬは、
咲かせぬ事のなどあるべきと、
大宮づかへのおんうはさ、
繰りかへしてのお物語、
我身のこゝろの動きしを、
さらでもと、
かねて内意の大江家に、
たのむの雁の
おりてやゐけん、
我身も源氏に、狹衣(さごろも)に、
ふりし昔をなつかしみ
御簾をへだてゝ大内の、
おんかげ言をきくにつけ、
行きてみましの秋の川、
末のながれはうきくさの、
今日あらんとは思ひきや、
ヱゝ、悔ひてせんなき
世のありさま、
浮世のはてを皆小町とは、
あきらめ兼しをあきらめた
無理をまことの云ひ草か」
其九
肌さむうなるにつけ、
ひだるくなりぬ
いづこに煮る夕粲(ゆふげ)の菜ぞ、
味噌汁の小氣味よげなる
かほりかな、
ヱゝ、羨しのしよくものや、
昔なりせば我、
桂もて、玉を炊ぐも、
奢れるとは知らざりしに、
今は人のあまれるをだに、
まゝならぬとは」
アゝ、我身、
大江の家の退轉せず、
三位の君におくれずば、
此のさまにまでは、
落ちざらましを、
てもさても、人の世の
常なきことよ」
さしもに榮えし大江家も、
兵火にかゝりし其後は、
つい地にのこる白梅を、
僅にかた見と止めしのみ、
春もむかしの春ならねば、
何をよすがにたのまんや」
其十
アゝ、アゝ、アゝ、
やまにらの葉に置露(おくつゆ)は、
消なばふたゝび結ぶべし、
かたふく月も來ん秋は、
また此峯にとたのしめど、
零ちて碎けし人の身は、
鳥部のやまのゆふけぶり、
立ちさらば又
何時かかへらん」
逢ひがたき御世に出で、
受けかたき人とうまれ、
過世(すぐせ)の如何に惡しければ、
若し後の世に鳥とならば、
空にも翼をかはすべく、
木とも草とも生れんには、
枝をも葉をも交さんと、
まことを契るいもとせの、
袖すれ合ふを縁にして、
はなしの口をこゝに切る、
道行く人のこゝろもて
鴛鴦(おし)のふすまを分るてふ、
甲斐がねに立つ白雲の、
こゝろへだてし良人(おつと)を持、
たがひに其れと梔子の、
云はねどうきは色に出で、
世を味氣なく
身をはかなみ、
九夏三伏の夏の夜も、
氷をいだく思ひにて、
かはすまくらは沖の石、
潮にひたりて、幾年ぞ、
ヱゝ、思ひ出すも
口惜しけれ」
其十一
オゝ、今日通り來し道ばたに、
鳥をおどせし報にて、
鳴子は、いのちの繩ちぎれ、
案山子は、命のゆづる切れ、
今は世をあきの田に
捨てられぬ、
此れ彼れ思ひ合すにも、
我をおもひし其の人を、
思はぬ罪のむくひ來て、
我身も斯くは世のなかに、
捨てられ果しわけなるか、
つまらぬ浮世に存生(ながらへ)て、
はぢを人目に晒さんより、
晒さんよりはと思へども、
流石に命のをしまれて、
枝よりかげも曳きかねつ、
川にもこゑを飛ばしかね、
今は六十路を小動(こゆる)ぎの、
いそがぬ旅にとしなみの、
寄せて返してまてがひの、
今日が日までをうか/\と、
潮につられしうとましさよ」
死んで仕舞へと念ずれど
死なれぬことこそ、
オゝ、恨みなれ」
【江戸紫に題す】
▼
むらさき、むらさき、江戸紫、
昔はたへ荒栲(あらたへ)の衣に摺つ、
春は、山鳥のなが/\し、ひねもす、
夏は、ほとゝぎす、明易きよすがら、
花に月にねを忍ひし男女にゆかり、
今は世を何のしら紙にすり出し、
都下百萬文壇に錦の朱を奪ふとぞ云ふ、
一本(ひともと)に千金のねあり江戸紫、
【春の舎主人】
▼
霞のそこに鐘おもる春の夕ぐれに咲花の、
思へばぞ、
おもへばひぢ枕、
世は一炊の夢にやあるらん、
昨日の花は根にかへりぬ、
今日の花よく幾許の盛をや保つ、
得られじな蓬來が島の靈藥を、
得られねばこそ、
散ればぞ、
散ればこそあれ、
花を愛(めで)たきものに見るらめ、
人生不得恒少年、惜むなよ君、酒を沽(か)ふの錢、醉へ、
醉てなげうてよ、花を縫ふ其のふんでを、聞け、青葉を
啣(ふく)むうぐひすの聲調(とゝの)へるを、調ひし法法華經の聲は、
如(し)かじ、如かじな、惜まれし昔の春の花のうちの、朧げなりし
其の姿の優しかりしに、請君有錢向酒家、名にし負ふて逍遥なれば、
君不見蜀葵花、
さりや、我に歌あり」
霞みにし梢は何日かあを葉して
花にいとひし風なつかしき哉、
【竹の舎主人】
▼
いさゝむら竹、庭にそよぎて、
風待つほどの夏のゆふぐれ、
鯵呼ぶこゑに樽をながめつ、
日も此君の無(なく)てやはあらめ、
又
花咲ばそれ、さけとしやれて、
足らぬを樽の底までわすれ、
そよや浮世を猪口と悟らは、
きみが谷~(こゝろ)は何も無からめ、
又
醉へりやと問へば未だしと笑ひ、
笑へりやと問へば未だしと醉ふ、
今の世の死醉候(しすゐこう)、
酒あらば夜一夜、日も足らす、
唯、ねぬなはのぬらり/\、
去れ、我は尾を泥中に曳かんとぞ云ふ、
其の藏六よ/\、
劔菱の實に腹な破りそ、
【靈魂】
▼
手にむすぶ水にやどりし、月影や、
よどみに浮かぶ、うたかたの、
有か無かの、世にぞ住む、
吾人々の、はかなきは、
あらし待間の、夜さくらや、
散らで過べき、身ならねば、
苦しき海の、淵瀬にて、
浮きつ沈みつ、蜑(あま)小舟、
たま藻刈るとも何かせん、
さは去りながら、わくらはに、
斯世にうまれ、來しうへは、
世にふさはしき、なりはひの、
道をまもりて、ひたすらに、
意馬(いば)のくるひを、つなぎとめ、
喜怒哀樂を、平らかに、
はかりの如く、砥のごとく、
其の砥にかけて、實相の、
心の鏡、研ぎすまし、
よしあし草の、くさ/゛\に、
うつる姿を、あやまたず、
執着輪廻、せぬときは、
穢土(ゑど)も其のまゝ、極樂ぞ、
心佛衆生、無差別ぞ、
かゝるたのしき其の道の、
まつげの下にあるも猶ほ、
ゆめにも知らず、悟らずに、
利慾におぼれ、名の爲に、
修羅のちまたに、あらそふは、
阿鼻焦熱の、地獄ぞと、
雪の山人、たふとくも、
權(かり)に因果を、蓮の絲、
ひき説かれたる、法(のり)の門、
彌陀の御國と、説かれしも、
心をたねの、おしへぞと、
識るやしら雲、ふみ分けて、
山に入る人、やまにても、
あきらめ兼し、其の時は、
何處に行きて何かする、
西や東の、國々に、
教(おしへ)のかづは、品あれど、
みな眞心を、種として、
あしきことをば、遠ざくる、
其のてだてとぞ、知られける、
あだし教の、みのりとて、
いまに傅ふる、其の中に、
孔子をのぞく、其の外は、
皆こと/゛\く、吾人の、
みたまの説を、立てられき、
すべて斯世に、吾人の、
みたまの説を、立てたねは、
三千四千歳(みちよちとせ)の、前(さき)の世に、
人のこゝろの、くらくして、
燈火(ともしび)の無き、其の世には、
父をも知らず、子も分ず、
仁義の道は、更に無く、
鳥やけものと、むれ居して、
只、かたくなに、いと強く、
つよき人のみ、富みさかえ、
弱きものこそ、あはれにも、
虐げられつ、棄てられつ、
姥捨山は、今はたゞ、
名のみなれども、其の昔、
かゝりし事の、ありしかも、
夫(そ)を救はんが、其のために、
かしこき人の、世に出て、
人の人たる、斯道を、
立てられしかど、如何にせん、
おろかな民等、うけがはで、
あしき草のみ、日にましに、
蔓(はびこ)りゆきて、今ははや、
八重の敏鎌(とがま)を、ふるふても、
薙(つく)しがたかる、ありさまに、
一しほ心(むね)を、いためられ、
たとへに道を、かりそめの、
むくろの失せし、其のあとに、
罪のかづ/\、むくひ來て、
みたまは獨り、くるしみを、
受るものぞと、説かれしが、
人を導びく、もとにして、
染めはじめたる、白絲や、
みだれを爰(ここ)に、おさめつゝ、
かたくな人を、手引きせし、
さきがけとこそ、知られける、
吾はらからの、おとゞひよ、
吾はらからの、おとゞひは、
いまだねふりの、さめやらで、
權(かり)の教にさまよふか、
如何ほど説を、たくむとも、
天と唱ふる、天も無く、
地と稱(たゝ)へたる、地もあらじ、
むくろの失せし、其のあとに、
魂魄(たま)のみのこる、わけあらじ、
よし殘るとも、何かせん、
世界のひらけ、そめしより、
三千四千歳(みちよちとせ)に、なりぬれど、
死(う)せにし人の、日數へて、
またよみがへり、世にいでゝ、
魂魄の中なる、ありさまを、
説かれしことも、聞ざれば、
因果三世の、ことはりも、
死せにしあとに、あらずして、
現世(このよ)のことゝ、知れよかし、
少しまなびの、才あるは、
たとへの文の、おもしろく、
とくるまに/\、おぼれそめ、
深き旨をば、あやまりて、
みづから心に、得たりとし、
己が所説に、忤(さから)ふは、
舌の刃に、斬りたふし、
ひたぶる人を、惑はして、
眞の道と、おもふなる、
人を救はん、其の爲に、
立ておかれたる、其の道を、
ゆがみし道に、悟らるゝ、
人の心は、已(すで)にはや、
まよひの中に、まよへるぞ、
迷ふなと説く、其の人が、
已にまよへば、夫(そ)をきいて、
悟らるゝ人、またまよふ、
迷へる上に、いやまよひ、
影にほえたる、門の犬、
一度啼けば、其の聲に、
共吠(ともぼえ)するに、ことならじ、
世はとこやみと、なるぞかし、
日にすゝみ、月にひらくる、大御代に、
生れ逢ひたる、われ/\は、
三千四千歳も、前(さき)の世に、
かたくな人を、導きし、
權の教の、かづ/\に、
まよはせられじ、迷はじと、
思ひ居れども、如何にせん、
浮世はひろく、人多し、
くしき教に、迷はされ、
吾と我身で、わが智惠の、
光をおほふ、しれ者の、
若しやはあると、藻汐草、
かきつくされぬ、貝多羅(ばいたら)の、
其のちり/゛\の、そのなかの、
一ひらを爰(ここ)に、釋(と)くものならじ、
【出放題】
▼
きのふは過ぎぬ、明日は未(いま)だし、
君に若し、
肉あらば、食はせ給へや、
君に若し、
酒あらば、飲ませ給へや、
世の中は、
今日の外(ほか)、唯現在の今日の外、
明日も明後日も無きものを、
あらば其は、あだなる名のみ、
あらば其は、むなしき名のみ、
世の中は、
唯おもしろきものなるを、
其おもしろきものとては、
唯現在の今日のほか、
明日も明後日も無(なき)ものを」
我酒瓶(かめ)にあり、飲めや人、
我琴棚(たな)にあり、彈けや人、
醉はゞ我、其醉の國に住み、
彈かば我、其聲の國に住み、
住まば我、其醉となり、
住まば我、其聲となり、
其醉の、我なるか、
其我の、醉なるか、
其聲の、我なるか、
其我の、聲なるか、
彼もなく、又我も無き其時は、
夢と見て夢ならじ、
夢ならば其の夢は、
誰も云ふ夢ならで、
夢ならぬ夢ならめ、
夢アゝ夢なるかな、
夢なるかな」
醒めたりと云ふ其人の醉へるは、
醉へりと云ふ其人の醒たるが如、
是を説かば、非中是あり、
非を説かば、是中非あり、
我馬をもて彼馬を説かんより、
彼馬をもて彼馬を説け、
彼指をもて我指を説かんより、
我指をもて我指を説け、
世の中は、唯一指なるをや、
世の中は、唯一馬なるをや」
君見ずや、
天地(あめつち)は笛なるぞ、唯大きなる笛なるぞ、
吹くは仰(そ)も何者ぞ、
見えねどもかたちとて、
唯明らかに見えねども、
春來れば、花うるはしく、
秋去れば、雪おもしろし、
進むとは如何なるを退くと見て
進むなるか、其は能(よく)も得知らねど、
進むと云ふ世の中に
進むと云ふ世の人の、
夏暑く冬さふしとぞ云ふ、
其道理(ことわり)は合點(うなづけ)ど、
肯(うけが)へど、
おしひろめ、押詰むれば、
世の中は、唯一指なるをや、
世の中は、唯一馬なるをや」
天地は笛なるぞ、唯大きなる笛なるぞ、
吹くは仰も何者ぞ、
何者とは得知れねど、
絲にあたれば絲に、
竹にあたれば竹に、
金にあたれば金に、
石にあたれば石に、
山に、
河に、
海に、
數へても數へつくせぬ其ものは、
吹きゝたり吹きあたる其かぜは、
其音は、
幾千萬と數へても數へ盡せぬが如、
世のなかの差別とし云へるものを、
是非としも云へるものを、
差別して數へなば、
其を數へつくせぬがごと、
又數へつくされじ」
ふりかへれば、我年は、
かぞふれば、我としは、
四五千年にやなりぬ覽(らん)、
進みきたりぬ、我知慧は、
殖てきたりぬ、我知慧は、
進みきたればこそ、
ふえきたればこそ、
名も無きに名をつけて、
理學、哲學、猫、杓子、
アハゝ、アッ、ハッ、ハ、
我知慧は凄まじ、
わが知慧えらし、
それでこそ理學、哲學、猫、杓子、
唯いろ/\に名を附て、
底無き穴によつ這ひて、
頭は、蜘蛛の圍に、
顔は、かはほりに、
息もたへ/゛\迷ふ人、
あはれ/\、アナあはれ」
見來れば、我身世に出でゝ、
白絲の有無をだに知らぬ、
えぞ知らぬ、まだ幼(をさな)頃より、
今は頭に霜ふりて、
アハゝ、アッ、ハッ、ハ、
まだ霜などは降らねども、
四五千年の今日が日まで、
石は石、花は花、竹は竹、
花が石にも咲きはせじ、
竹が花にもなりはせじ、
わからぬものゝ詮索を、
分らぬものに爲(させ)るとは、
アハゝ、アッ、ハッ、ハ、
唯笑へ、笑ふて遊べ、
世の中は、
唯現在の今日の外(ほか)、
明日も明後日も無きものを、
止れや蝶々、菜の葉へ止れ、
菜の葉があいたら、
よしの先きへ止れ、
止まるところを忘れなば、
猫に追はれし蝶々の、
莊子は夢にうなされやせん、
【旅烏】
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ふところ淋しき旅なれば、
むやみに先のみ急がれて、
一里も前途(ゆくて)へ近かれと、
勞れし足をばがまんして、
向ふの宿へといそぎつゝ、
お日さま山邊に落ぬうち、
此の松原をとあせれども、
わらじに喰れし足おもく、
並木のなからに日は暮て、
夕月こだかくひんがしの、
はるかの峯をば飛び離れ、
見渡す限りのやま/\は、
次第にすそ濃く靄籠めて、
暮れたり/\急ぐとも、
今はた何にも甲斐は無し、
脚絆の紐でもしめなをし、
ゆるりと宿まで歩まんと、
おもふて倒れし松の木に、
腰打懸けんとするはづみ、
草鞋のまへつぼ蹈切りぬ、
これはと顰めた其の顔の、
若しやは可笑(おかしく)ありつらめ、
後よりつゞきて落葉掻く、
熊手を肩げて來かゝりし、
田舎のむすめに笑はれぬ、
よき機(しほ)なればと呼留めて、
ゆくての里數をうら問へば、
顔をばあかめて口籠りつ、
返辭も爲し得でばた/\と、
ほこりを蹴立て行き過ぬ
折から浮雲むら/\と
月をばかくして暗ければ
日頃はにッくき鳥なれど
今宵は折にやふれぬらん
鳴くむら烏もあはれなり
【須磨の月夜】
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波さへも、
煙りに音をつゝまれし、
風無き夜半の須磨の浦、
松のひゞきも靜やぎて、
見渡す沖にひとつぼし、
なさけを知らぬ海面(うなづら)は、
次第にひかりを呑初て、
いまはすがたもきえ/゛\に、
眼を屡(しば)叩き打ちわびぬ、
其のありさまを譬ふれば、
壽永のむかし、平ぞくが、
都をしのびしほたれて、
浪のゆら/\世の中を、
棚無し小舟と喞(かこ)ちたる
女官の風姿(ふぜい)もまの當り、
斯くやと思ふをり柄に、
ちぎれ/\の雲間より、
眞白におつる月のかげ、
淋しき樣を見るにつけ、
思ひ出るは其のむかし、
松を吹く磯風黒み、
海を吹くまつ風くろみ、
浪のおと、
血烟り立てゝ打ち寄し、
平家の武士が討ち死の、
潮に洒落たる死骸(むくろ)をば、
照し來りしひかりかと、
思へばそゞろ恐気(おぞけ)立ち、
其のまゝ其處に躇(たゝず)めば、
何にさわげるむら千鳥、
撥(ぱツ)と立しもあはれなり、
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