平井晩村

ひらいばんそん(1884-1919)

前橋市の造り酒屋に生まれる。県立前橋中学二年の時、ストライキに参加、退学して東京の明治議会中学
校へ転校。短歌雑誌へ投稿を始め1901年「新声」4月号に掲載される。1903年 早稲田大学入学。
金子薫園
らの短歌会「白菊会」に参加。卒業後、報知新聞に入社し翌年結婚。社会部記者として勤める傍ら、紙上
に実録小説を連載。1914年に退社して文筆生活に入る。小説、少年少女小説、紀行文と多方面に「名文家」
として活躍した。1915年、詩集『野葡萄』(序文・夏目漱石、
相馬御風横瀬夜雨)刊行。1917年、妻を
亡くし自身も体調を崩して前橋に戻る。民謡詩集『麦笛』は、同じ月ではあるが没後の刊行となった。19
47年『平井晩村の詩謡』(平井芳夫著)、1973年『平井晩村の作品と生涯』(平井芳夫著)がある。前橋
公園に「
落葉」の詩碑がある。 /「群馬の詩人」(群馬県立土屋文明記念文学館)より

詩集『野葡萄』より


【落葉松】

山国の秋のゆふくれ
落葉松(からまつ)の並木のはてに
痩せてゆく日脚を罩(こ)めて
立つ煙――峠のなだれ

しめゞめと濡るゝ光に
沈みゆく秋の葉いろの
滴りや――胸に沁みては
うは白みさしぐむ空の

山の影――河原蓬の
明け暮れを悲しむ旅に
茶の花はうつろひ咲けど
『追懐(おもひで)』はいつか疲れて

浅くのみ小柴の霜の
遠方(をちこち)に涙も凍る
鳥のこゑ――小野の夕の
寂しさに羽搏(はうち)もすらし

山国の秋のゆふくれ
ほろほろとおち葉は積る
野も山も振りさけみれば
白雲の寒きに暮れぬ

+---------+
(註)
 ■罩める=霧がたちこめる、の、こめる

【柿の葉】

客人(まろうど)に火桶ぞまゐる
秋の夜の庭に忍びて
柘榴(せきりう)の実をこぼしつゝ
羽搏(はうち)して鳥は匿れぬ

庭下駄や窓の障子に
薄霜はほのめき初めて
うたゝ寝の人の枕に
秋の夜はいたく更けたり

その夢の悲しき国を
紫の星は照して
流転(さすらひ)のおもひは帰れ
遠(そら)の山小霧は立ちぬ

おもふ時、おもはるゝ時
月はいま雲を離れて
柿の葉の雫を醸し
白壁に影を印しぬ


【魚灯】

磯の草
わづかに暮れて
天の河、旅の情も
津の国
つゞく浮雲
帆を捲いて
船もかよはず
浜の街、梶の葉ぐれの
宵闇に
魚灯は灯る

浜の夜の
更くるも知らに
踊子の袖と袂は
虫の音の
露に濡れたり


【町はづれ】

春の日は――
梁(うつぼり)にゐてつばくらめ
藍甕に藁を翻(こぼ)しぬ
午さがり――
判木のうへに紋型(かた)を切る
紺屋の舗(みせ)のいと柳は
障子に揺れて日のながき

町はづれ
薬湯の煙に浮ぶ
木蓮は梢も痩せて
花咲きぬ

いくとせか照り白む
光にぬれてほろほろと
崩れし春の
おもかげに立かへりぬる


【わが夢は】

わが夢は
海士(あま)の
塩木(しほき)のいつまでか
黒髪はけさも翻(こぼ)れて
あさましき
枕の塗に
俤(おもかげ)はさむく映るも

秋の日の人は遠きに
立つ煙空に消えつゝ

吾妻はやその山かけて
雨ぞ降る

けふも昨日も
さやさやと海越えて
山越えて
秋ぐもは通へども

わが夢は
海士の塩木のいつまでか
はなれ小島の
磯がくれ、潮の音の
咽むを聴けば

肌に沁む秋の一葉の
日に錆びて夕は落つれ

枢戸(くるゝど)の暗きに馴れし
わが夢は
暁の涙に濡れて、涯もなく
胸に潜まむ


【落葉】

落葉掻くまで大人びし
いたいけな子に母はなく
父は庄屋へ米搗きに
留守は隣りへことづけて
連もなければ只ひとり
裏の林で日を暮らす