戻る

芥川龍之介

あくたがわりゅうのすけ(1892-1927)

東京京橋入船町生まれ。実母が発狂したため、その実家芥川家の養子になった。芥川家は代々江戸城の
お数奇屋坊主をつとめる旧家で、江戸文人墨客の多い環境の中で早くから和漢の書に親しんだ。東京府
立三中・旧制一高時代は鴎外、鏡花、漱石、ヴェルレーヌ、ボードレール、ワイルドなどの作家、詩人
たちの作品を読み耽った。東大英文科に進んで
豊島与志雄、山本有三、菊池寛久米正雄らと第三次・
第四次「新思潮」を創刊し、活発な創作活動に入り、『鼻』が漱石の激賞を受けて文名多いに拳った。
この間、
北原白秋桐の花』の影響を受けた短歌を「心の花」に発表し、斎藤茂吉赤光』に感動して
アララギ調の作品を模作し更に俳句、漢詩、旋頭歌等の詩作品を多く作った。 /日本現代詩辞典より


『わが散文詩』より(6篇)

【秋夜】

火鉢に炭を繼がうとしたら、炭がもう二つしかなかつた。炭取の底には炭の粉(こ)の中に、何か木の葉が乾反(ひそ)つてゐる。何處の山から來た木の葉か?――今日の夕刊に出てゐたのでは、木曾のおん岳の初雪も例年よりずつと早かつたらしい。

 「お父さん、お休みなさい。」

 古い朱塗の机の上には室生犀星の詩集が一冊、假綴の頁を開いてゐる。「われ筆をとることを憂しとなす」――これはこの詩人の歎きばかりではない。今夜もひとり茶を飮んでゐると、しみじみと心に沁みるものはやはり同じ寂しさである。

 「貞(てい)や、もう表をしめておしまひなさい。」

 この呉須(ごす)の吹きかけの湯のみは十年前に買つたものである。「われ筆をとることを憂しとなす」――さう云ふ歎きを知つたのは爾來何年の後(のち)であらう。湯のみにはとうに罅が入つてゐる。茶も亦すつかり冷えてしまつた。

 「奧樣、湯たんぽを御入れになりますか?」

 すると何時か火鉢の中から、薄い煙が立ち昇つてゐる。何かと思つて火箸にかけると、さつきの木の葉が煙(けむ)るのであつた。何處の山から來た木の葉か?――この奄嗅いだだけでも、壁を塞いだ書棚の向うに星月夜(ほしづくよ)の山山が見えるやうである。

 「そちらにお火はございますか? わたしもおさきへ休ませて頂きますが。」


【椎の木】

椎の木の姿は美しい。幹や枝はどんな線にも大きい底力を示してゐる。その上枝を鎧(よろ)つた葉も鋼鐵のやうに光つてゐる。この葉は露霜も落すことは出來ない。たまたま北風に煽られれば一度に褐色の葉裏を見せる。さうして男らしい笑ひ聲を擧げる。

 しかし椎の木は野蠻ではない。實の色にも枝ぶりにも何處か落着いた所がある。傳統と教養とに培はれた士人にも恥ぢないつつましさがある。樫(かし)の木はこのつつましさを知らない。唯冬との閲(せめ)ぎ合ひに荒荒しい力を誇るだけである。同時に又椎の木は優柔でもない。小春日と戲れる樟(くす)の木のそよぎは椎の木の知らない氣輕さであらう。椎の木はもつと憂鬱である。その代りもつと着實である。

椎の木はこのつつましさの爲に我我の親しみを呼ぶのであらう。又この憂鬱な影の爲に我我の浮薄を戒めるのであらう。「まづたのむ椎の木もあり夏木立」――芭蕉は二百餘年前にも、椎の木の氣質を知つてゐたのである。

 椎の木の姿は美しい。殊に日の光の澄んだ空に葉照りの深い枝を張りながら、靜かに聳えてゐる姿は壯嚴に近い眺めである。雄雄しい日本の古(こ)天才も皆この椎の老い木(き)のやうに、悠悠としかも嚴肅にそそり立つてゐたのに違ひない。その太い幹や枝には風雨の痕を殘した儘。……

 なほ最後につけ加へたいのは、我我の租先は杉の木のやうに椎の木をも神と崇めたことである。


【虫干】

この水淺黄の帷子はわたしの祖父の着た物である。祖父はお城のお奧坊主であつた。

 わたしは祖父を覺えてゐない。しかしその命日毎に酒を供へる畫像を見れば、黒羽二重の紋服(もんぷく)を着た、何處か一徹らしい老人である。祖父は俳諧を好んでゐたらしい。現に古い手控への中にはこんな句も幾つか書きとめてある。――「脇差しも老には重き涼みかな」

 (おや。何か映つてゐる! うつすり日のさした西窓の障子に。)

 その小紋の女羽織はわたしの母が着た物である。母もとうに歿してしまつた。が、わたしは母と一しよに汽車に乘つた事を覺えてゐる。その時の羽織はこの小紋か、それともあの縞の御召しか? ――兔に角母は窓を後ろにきちりと膝を重ねた儘、小さい煙管を啣へてゐた。時時わたしの顏を見ては、何も云はずにほほ笑みながら。

 (何かと思へば竹の枝か、今年生えた竹の枝か。)

 この白茶(しろちや)の博多の帶は幼いわたしが締めた物である。わたしは脾弱い子供だつた。同時に又早熟な子供だつた。わたしの記憶には色の黒い童女の顏が浮んで來る。なぜその童女を戀ふやうになつたか? 現在のわたしの眼から見れば、寧ろ醜いその童女を。さう云ふ疑問に答へられるものはこの一筋の帶だけであらう。わたしは唯樟腦に似た思ひ出の奄知るばかりである。

 (竹の枝は吹かれてゐる。娑婆界の風に吹かれてゐる。)


【線香】

わたしは偶然垂れ布を掲げた。…………

 妙に薄曇つた六月の或朝。

 
八大胡同(こどう)の妓院(ぎいん)の或部屋。

 垂れ布を掲げた部屋の中には大きい黒檀の圓卓(テイブル)に、美しい支那の少女が一人、白衣(びやくえ)の兩肘をもたせてゐた。

 わたしは無躾を恥ぢながら、もと通り垂れ布を下さうとした。が、ふと妙に思つた事には、少女は默然(もくねん)と坐つたなり、頭の位置さへも變へようとしない。いや、わたしの存在にも全然氣のつかぬ容子である。

 わたしは少女に目を注いだ。すると少女は意外にも幽かに瞼(まぶた)をとざしてゐる。年は十五か十六であらう。顏はうつすり白粉を刷(は)いた、眉の長い瓜實顏である。髮は水色の紐に結んだ、日本の少女と同じ下げ髮、着てゐる白衣は流行を追つた、佛蘭西(フランス)の絹か何からしい。その又柔かな白衣の胸には金剛石(ダイアモンド)のブロオチが一つ、水水しい光を放つてゐる。

 少女は明を失つたのであらうか? いや、少女の鼻のさきには、小さい銅の蓮華の香爐に線香が一本煙(けむ)つてゐる。その一本の線香の細さ、立ち昇る煙のたよたよしさ、――少女は勿論目を閉ぢたなり、線香の薫りを嗅いでゐるのである。

 わたしは足音を盜みながら、圓卓の前へ歩み寄つた。少女はそれでも身ぢろぎをしない。大きい黒檀の圓卓は丁度澄み渡つた水のやうに、ひつそりと少女を映してゐる。顏、白衣、金剛石のブロオチ――何一つ動いてゐるものはない。その中に唯線香だけは一點の火をともした先に、ちらちらと煙を動かしてゐる。

 少女はこの一しゆの香(かう)に清閑を愛してゐるのであらうか? いや、更に氣をつけて見ると、少女の顏に現れてゐるのはさう云ふ落着いた感情ではない。鼻翼は絶えず震えてゐる。唇も時時ひき攣るらしい。その上ほのかに靜脈の浮いた、華奢な顳かみ(こめかみ)のあたりには薄い汗さへも光つてゐる。…………

 わたしは咄嗟に發見した。この顏に漲る感情の何かを!

 妙に薄曇つた六月の或朝。

 八大胡同の妓院の或部屋。

 わたしはその後、幸か不幸か、この美しい少女の顏程、病的な性慾に惱まされた、いたいたしい顏に遇つたことはない。


【日本の聖母】

山田右衞門作(ゑもさく)は天草の海べに聖母受胎の油畫を作つた。するとその夜聖母「まりや」は夢の階段を踏みながら、彼の枕もとへ下つて來た。

 「右衞門作! これは誰(たれ)の姿ぢや?」

 「まりや」は畫の前に立ち止まると、不服さうに彼を振り返つた。

 「あなた樣のお姿でございます。」

 「わたしの姿! これがわたしに似てゐるであらうか、この顏の黄色い娘が?」

 「それは似て居らぬ筈でございます。―― 」

 右衝門作は叮嚀に話しつづけた。

 「わたしはこの國の娘のやうに、あなた樣のお姿を描き上げました。しかもこれは御覽の通り、田植の裝束でございます。けれども圓光がございますから、世の常の女人とは思はれますまい。

 「後ろに見えるのは雨上りの水田、水田の向うは松山でございます。どうか松山の空にかかつた、かすかな虹も御覽下さい。その下には聖靈を現す爲に、珠數懸け鳩(じゆずかけばと)が一羽飛んで居ります。

 「勿論かやうなお姿にしたのは御意に入らぬことでございませう。しかしわたしは御承知の通り、日本の畫師でございます。日本の畫師はあなた樣さへ、日本人にする外はございますまい。何とさやうでございませんか?」

「まりや」はやつと得心したやうに、天上の微笑を輝かせた。それから又星月夜(ほしづくよ)の空へしつしづとひとり昇つて行つた。…………


【玄關】

わたしは夜寒(よさむ)の裏通りに、あかあかと障子へ火の映つた、或家の玄關を知つてゐる。玄關を、――が、その蝦夷松の格子戸の中へは一遍も足を入れたことはない。まして障子に塞がれた向うは全然未知の世界である。

 しかしわたしは知つてゐる。その玄關の奧の芝居を。涙さへ催させる人生の喜劇を。

 去年の夏、其處にあつた老人の下駄は何處へ行つたか?

 あの古い女の下駄とあの小さい女の子の下駄と――あれは何時(いつ)も老人の下駄と履脱ぎの石にあつたものである。

 しかし去年の秋の末には、もうあの靴や薩摩下駄が何處からか其處へはひつて來た。いや、履き物ばかりではない。幾度もわたしを不快にした、あの一本の細卷きの洋傘(かさ)! わたしは今でも覺えてゐる。あの小さい女の子の下駄には、それだけ同情も深かつたことを!

 最後にあの乳母車! あれはつひ四五日前から、椅子戸の中にあるやうになつた。見給へ、男女の履き物の間におしやぶりも一つ落ちてゐるのを。

 わたしは夜寒の裏通りに、あかあかと障子へ火の映つた、或家の玄關を知つてゐる。丁度まだ讀まない本の目次だけざつと知つてゐるやうに。


【手】

諸君は唯望んでゐる、
諸君の存在に都合の善い社會を。

この問題を解決するものは
諸君の力の外にある筈はない。

ブルジョアは白い手に
プロレタリアは赤い手に
どちらも棍棒を握り給へ。

ではお前はどちらにする?

僕か? 僕は赤い手をしてゐる。

しかし僕はその外にも一本の手を見つめてゐる、
――あの遠國に餓ゑ死したドストエフスキイの子供の手を。


『芥川龍之介全集・第九巻』より(5篇)


【鏡】

丈なせる鏡のまへに
ひもすがらひとりしをれば
かきつばたにほへるひとは
まみえじとつげこそ來しか。

すべなしと知りは知れども
おもかげをしばしうつせる
鏡にぞ言ふべかりける。――
ひもすがらひとりしをれば
わがともはわれのみぞとよ。


【船中】

ゆふべとなれば海原も
遠島山も煙るなり
今は忘れぬおもかげも
老いては夢にまがふらん


【レニン第一】

君は僕等東洋人の一人だ。
君は僕等日本人の一人だ。
君は源のョ朝の息子だ。
君は――君は僕の中にもゐるのだ。


【レニン第二】

君は恐らく知らずにゐるだらう、
君がミイラになつたことを?

しかし君は知つてゐるだらう、
誰も超人は君のやうにミイラにならなければならぬことを?

(僕等の仲間の天才さへエヂプトの王の屍骸
 のやうに美しいミイラに變つてゐる。)

君は恐らくあきらめたであらう、
兎に角あらゆるミイラの中でも正直なミイラになつたことを!

註:レニンの死骸はミイラとなれり


【レニン第三】

誰よりも十戒を守つた君は
誰よりも十戒を破つた君だ。

誰よりも民衆を愛した君は
誰よりも民衆を輕蔑した君だ。

誰よりも理想に燃え上つた君は
誰よりも現實を知つてゐた君だ。

君は僕等の東洋が生んだ
草花の奄フする電氣機關車だ。