(はしがき)
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径を求むる若き僧が、恋に惑ひ、利に酔ひ、名に渇き、位に餓ゑし悶えの跡、
世に示すも耻かしや。おのが汚れの悶えの跡を世に公にするさへ迷へる業なるかな。
死の国にとはにつきせぬ生を得たりわれ救はんのほとけたのみて
【朝顔と夕顔(ムーンフラワー)と】
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今宵ぞ月をおがまんと
咲くは朝顔の希望(のぞみ)なりき、
されど真昼の風むごく
凋むはかれの常なりき。
明日こそ旭おがまんと
夕顔の希望かたかりき、
されど夜中の風つらく
凋むはかれの常なりき。
百度朝顔咲きしかど
終に月をば見ざりけり。
されども月は宵毎に
露の乳をば飲ましけり。
千度夕顔咲きしかど
終に旭に逢はざりき、
されど旭は昼毎に
光りの胸にあたゝめぬ。
【鳥と魚と】
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空とぶ鳥の嘆ずらく、
魚は自由の身なるかな、
水底泳ぐ鰭もてり、
あゝ幸なきや、わが運命(さだめ)。
水ゆく魚の嘆ずらく、
鳥は自由の身なるかな、
大空翔る翼あり、
あゝ幸なきや、わが運命。
かくして鳥は悲みぬ。
かくして魚は悶えけり。
はかなきものは運命かな、
自由はわれにそはぬよと。
【魚釣る人と語る】
(監獄を見ての帰るさに)
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かれ
風なき川の雨の暮
葦間に舟を横たへて
魚釣る人とならばやな、
暫し浮世を逃れつゝ。
われ
こゝに嫉みはあらざりき、
夕べ楽しき水の世や、
魚は自由の鰭を得て
仏の慈悲を舞へるかな。
かれ
あゝ釣竿のしほるとき
魚は溌ねるよ。我胸に
楽み涌かん、あはれとか、
魚は慾ゆへ身を果てぬ。
われ
誰か与へたる慾の因(たね)
われ気弱くて涙あり
犯せる罪に同胞の
苦む見るに忍びんや。
【酔歌行】
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鉄もたゝなん鋭刀も
恋故にこそ鈍りたれ。
鍛ひあげたる筋腕も
酒ゆへにこそ狂ひけれ。
山をも抜かんその力
少女故にぞ弱りたる、
星をも蹴らんその勇み
葡萄の薫に酔はんとす。
諾(なぎ)のみ神は冊(なみ)を恋ひ
項羽も虞故に涙あり、
地獄めぐりし詩人も
ビアトリチエに身を捧ぐ。
小春治兵衛のために死し、
忠兵衛梅川のために果つ、
子をも夫(つま)をも世のすべて
おさゐは捨てぬ権三故。
あゝ恋故に葡萄故
人は自然に溺れけり。
あゝ女故男故
人渾沌に還りけり。
飲んで其角を慕はんか、
酔ふて李白を学ばんか、
狂ふてゲーテを習はんか、
怒りてバイロン追はんかな。
星を慕ふて涙ぐむ
菫の恋を学ばんか、
蝶にあこがれほゝゑめる
五形の思ひ習はんか。
酔ひたる人の眼(まなこ)には
浮世は酒の泉にて
恋する人の心には
万有は愛に溺るなり。
あゝ恋故に葡萄故
人は天女と共に舞ひ、
あゝ女故、男故
人はミユズと歌ふなり。
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(註)
■諾(なぎ)のみ神は冊(なみ)を恋ひ=伊奨諾(いざなぎ)、伊奨冊(いざなみ)
■項羽と虞美人、ダンテとビアトリチエ、小春と治兵衛、忠兵衛と梅川、おさゐと権三
■五形=ゴギョウ=ハハコグサ
【躓く我】
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かはゆき蝶の後追ひて
泥田にころぶわが身かな。
我に血のある何むくゐ、
恋知りそめし何の罪
寧ろ彼女(おとめ)のなかりせば
あゝこの憂ひあるべきや。
清けき星の影のぞみ
石に躓く我身かな。
生れて文字知る何の刑、
経誦(ず)し覚ゆ何の罰、
寧ろ理想のなかりせば
あゝこの悶あるべきや。
愛の堅まり宿したる
耻らふ少女ゆかしやな、
かの若者にいたはられ
その溜息に慰むよ。
憂ひ生命(いのち)の憂の子、
憂ひ離れて生くべきや。
悶え力の悶の子
悶え離れて死なずやは。
転びて泥に膝つけば
その田の畔に菫咲き、
蝶こゝに来て眠れるよ、
わが痩せし手の触るゝ儘。
躓き草にはらばへば
その草の上に露光り、
その白露に星住めり、
わが唇に吸はるべく。
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