GROUND
ANGEL 2005/12/18(日)
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「GROUND ANGEL」。わたしは仕掛け人である石井竜也という男が(何故だか訳もなく)大嫌いなのでご遠慮申し上げたのだけれど、人の好き嫌いの偏見の皆無なミーハー妻はとにかく芸(ノー)人系だというだけで瞳が輝いてしまう。そんな妻は可愛くて大好きなのだけど石井竜也氏は大嫌いなのだ。彼の楽曲も映画も最近のアート活動も、どうもあざとく感じられてしまうのは多分、彼のアノ笑顔と私の大好きだったKに極似(だと自分勝手に思い込んで数10年・・・)の南野ちゃんにワルさ(ごみ箱に捨てた)をしたという事実に由来しているのは間違いない。とにかく妙ちくりんなマスタベ風イベントの様子を妻に聞き、妻の撮った写真を見て、サイトを覗いた限りでは、う〜ん、いったい何のために資源や人力の無駄遣いをしているのだろうと、あ、そうか、そりゃ銭儲けやし、と思わざるを得ないのでありますな。とりあえずHiroshimaで“平和”をアピール(する体の)ナニモノカを作りさえすれば県も市も血税から予算を計上してくれるわけだから。
アムステルダム国立美術館展 2005/11/27(日)
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兵庫県立美術館の「アムステルダム国立美術館展」でフェルメールの『恋文』を見てきた。といってもアムステルダム国立美術館展なわけで、レンブラントの数点以外は聞いたことのないオランダ人画家の作品が延々と続き、こりゃあぜってぇえ一番最後までもったいぶってやがるぜ、と思ったとおりの展示方法。おまけに他の作品と比べてショボイこと。サイズの小ささ(44.5x38.5)もさることながら、こうして見るとフェルメールのどこが良いのかを疑ってみるべきなのかも知れないと首をかしげてしまう駄作だ、この「恋文」というのは。36作品と言われる残り全部の本物を見たわけではないのでナンだけど、銭のために急いで仕上げた愚作も混じっている方が普通なのかもしれない。それでもその名前だけで客を呼べるのだから死にそうな清原や流浪のキングカズ並みの魅力はあるのだろう。それよりもこの展示では、ニコラス・マース(Nicolaes
Maes:1634-1693)という画家の『祈る老婦人(通称名はてしなき祈り)』というのが気に入った。でも例によって会場出口(感動が冷めない距離)にある土産物の厳選12種類のポストカードには選ばれていなかったのでネットで検索してみると、おおっ、あったのす!そこは何とやっぱし「アムステルダム国立美術館」なのだった。その土産物コーナーで買ったのが念願のデルフト焼きタイル。オランダ直輸入というPOPの文句に惹かれたそれは、映画『真珠の耳飾りの少女』でスカーレット・ヨハンソン演じる少女グリートがフェルメール家に使用人として売られる時、涙と一緒に家から持ってきたあのタイルの面影が・・・
古代エジプト展 2005/10/18(火)
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「古代エジプト展」に行った。どうやら日本中を巡回する企画展のようで、それにしても各地そうそうたる美術館開催なのに何でウチだけ某倒産系百貨店の催事になってしまったんだろう・・・と思っていると案の定、せっかくの展示品なのに売場に無理矢理確保した狭っ苦しいスペースにコレデモカァ!とばかりに林立させた展示方法では、悠久の古代ロマンも真っ青の体たらく。とってももったいない展覧会へと堕してしまっていた。客に来て欲しいという倒産系百貨店の気持ちはよおくわかるけれど、肝心の「人・物・価格」で勝負しないで目先をかえた集客手段で楽しようなんて思っていると、第2次倒産なんてチョー恥ずかしいことになってしまうぞ。そんな無駄な経費を使うくらいならもっと客の生活のためになる還元方法を立案しましょうね。
ベルリンの至宝展 2005/9/10(土)
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神戸市立博物館で「ベルリンの至宝展」を見に行った。7月に大阪へ行ったついでに見ようと思ったのに月曜日で休館。あきらめていたら何とまあロングランなことで10月10日まで開催していた。だからといっては何々だけど、こちとらてっきりガラ空き状態で快適に鑑賞できるとふんでたら、おいおい何でこんなに超満員なん?の大盛況。流石は都会だ。広島ならいくら人気系の催しでも3ヶ月も過ぎればもう・・・なのに。
海遊館 2005/8/1(月)
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「海遊館」は少し前に詩に登場していただいた時にサイトを調べていたので何だか身近に感じた。ちょうど開館15周年の夏休みイベントが目白押しで大賑わいの中、その15年前の開館時には大行列で落ち着いて見られなかった館内をゆっくり堪能できた。圧巻はやはりジンベイザメ。背中の模様が甚平さんに似ているから命名されたという新知識もどこ吹く風の堂々悠々としたその姿にシャッターを切り続けていた。今日は何故だか常にマンタが背中に寄り添っていたのも印象的だった。 最後にマスコットの「遊くん」の抱き枕をゲット。これが他にはない絶妙のパイル仕立ての傑作で、ヒレの凹凸や胴体の太→細の具合が妙にリアルなのでございます。
華麗なる17世紀ヨーロッパ絵画展 2005/6/3(金)
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‘只券’が手に入ったので広島県立美術館へ「華麗なる17世紀ヨーロッパ絵画展」を見に行った。そもそも行く予定ではなかったものなので全く期待していなかったのだが、ところがどっこい、掘り出し物とはこのことだ。報道で大勢の客が詰めかけているといってた理由がよくわかった。最も単純に絵画を味わうならこんなふうな展覧会がいいかもという企画で、バロック絵画をイタリア・スペイン・オランダ・フランドル・フランスと地域で分けて展示されていたのが印象深く、悲しいかな、オランダは1609年にスペインから独立してプロテスタントに宗旨替えしてできた国で、カトリックのままだったのがフランドル(今のベルギー)だったなんていう歴史を初めて知った・・・それにしても気づけば全部がサッカー強国ではないか。1600年代のことなのでサッカー発祥よりも200年も以前なのだけれど、文化なのか風土なのか闘争心なのか戦争の名残なのか、とても偶然とは思えない。1600年代のオランダといえばやはりフェルちゃんなんだけど展覧会にその影はなし。ヨハネ・パウロ2世美術館には所蔵されていないのだろう。この展覧会、実は去年の4月に北海道でスタートして今年の8月に石川県で終わるという巡回モノで、期間中のちょうど4月に法王が亡くなるなんてこれまた偶然とは思えないなあと感じていた。
美しき日本の絵はがき展 2005/5/15(日)
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呉に行ったついでに呉市立美術館へ寄ったら企画展『美しき日本の絵はがき展』を開催していた。これがまた掘り出し物の良さだった。ボストン美術館にあるローダーさんという人のコレクションで、ローダーさんというのは女の人なら知っているらしい有名な化粧品会社の死んだ女社長の息子なんだそうだ。パンフレットによると、、、この展覧会では、ボストン美術館が所蔵するそのコレクションから350点を精選し、「絵はがきの誕生」「日露戦争期の絵はがき」「画家による絵はがき」「アール・ヌーヴォー」「アール・デコ」「ユーモアの世界」「年賀状」「広告としての絵はがき」の8章で構成、展示します。。。となっていて、中でも「日露戦争期の絵はがき」が楽しかった。というのも殆どが作者不詳の今なら印刷会社の社員か下請け人による意匠(デザイン)で商業主義っぽくも芸術だぜっぽくもなく、そして実際に購入した人が戦地に書き送った文面がとてもリアルなのだ。もちろん戦地と内地を行き来するする全ての郵便物には御上の検閲(review)が入ったので戦意高揚、戦況好調のような内容ばかりで、苦しいとか寂しくて会いたいとか早く帰って抱きたいとかそんなのは皆無なのだ。
大和ミュージアム 2005/5/15(日)
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呉の「大和ミュージアム」に行った。予想通り館内の雰囲気は時代錯誤もいいところだった。いちお建前は「呉の歩み」ということだったけれど呉=軍港を視点(始点)とするその展示内容は日清・日露戦争〜太平洋戦争までの輝かしい戦績を誇る軍艦群の勇姿・栄光と携わった技師、軍人達への賞賛でしかない。おまけに勇壮なBGMと戦時中を思わせるトーンのナレーションと相まって、こんな所へ中国人や韓国人が訪れれば暴動が起きるのではないかと思わせる程だ。しかし私にそんなことはどうでもよくてメインの戦艦大和ですら1/10の模型には何の感慨もなく、ひたすら零戦の写真を撮りまくっていた。大きさ的には1/10の大和の1/3位しかないのだけれどやっぱり模型よりも実物の迫力は違った。そして回天。人間魚雷回天。真っ黒な機体の中に潜んで海中を進みながら敵艦に体当たりしていくその無念さは現代を生きる私にはとうてい推し量ることなどできるわけがない。
りんごの秘密 2005/4/24(日)
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妻が「りんごの秘密」を観に行くというのでつき合った。何のことかと思ったら広島美術館で開催中の企画展。ところがタイトルの「秘密」という文句に騙されたというか、つい手の内にはまってしまったというか、単にりんごモチーフの作品を100点以上集めてきて、牽強付会っぽい基準で仕分けして展示しただけの子供だましだった。もし例えば「りんごだらけ」とかいう企画内容を正確に切り取った鮮烈なタイトルだったら妻もその気にさせられることはなかっただろう。しかし「アダムとイヴのりんご」コーナーの説明の中で、聖書には禁断の果実の具体的な記述はなく中世欧州ではイチジクが有力説だったとか、16世紀以降りんご栽培がドイツで盛んになって画家が描くことが多くなり、そしてまたラテン語の“りんご”が『悪い』という意味をもつことから禁断の果実=りんご説が起こり、ミルトンの失楽園(1667)によってりんご説が定着したらしいという部分は勉強になった。
草間弥生展 2005/3/6(日)
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「草間弥生展」に行こうというのでつき合った。???
私にはサッパリの空間だった。ネットだか水玉だか知らないがあんなものを約半世紀にもわたって評価するアメリカという国の精神はやっぱり病んでいるに違いないし、そしてまた自己消化もできないまま言いなりになっている我が国の西欧文化拝顔意識も歪んだままなのは言うまでもない。草間弥生という老女個人の半生はなるほど日本の時代性と無縁ではなかったのだろうが、そのこととこのこととは切り離して考えなければ、ただ熱いだとか痛いだとかを書いただけの原爆詩が世に残り続けるのと同じことになってしまう。だからむしろ50年代〜60年代の反戦メッセージを込めた作品群はまともでわかりやすく、でもまあそんなことなら他の誰もが試みていることなので他者との差別化にはならなかっただろう。
エルミタージュ美術館展 2005/1/21(金)
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『エルミタージュ美術館展』に行った。昨年12月にスタートしてから大人気で連日満員のニュースが流れていたので平日の昼間を選んだのにそれでもワケ知り顔のオバちゃん連中の大行列で辟易した。彼奴等はおまけに音声ガイドなるものを耳にあてがいながら超ごゆっくりと鑑賞なさるので余計に前に進まないのだった。それでも大感動したのが「黄金の馬車」。本物の迫力はスゴイ。予想以上の大きさで、こんなものをサンクトペテルブルグから空輸する費用ったら、、、展示そのものはロシア革命の100年前後前、ロマノフ王朝最盛期の煌びやかなりし遺物展なんだけれど、そんなら「イースター・エッグ」のひとつくらいは何とかしてほしかったものである。それでも一連の「嗅ぎ煙草入れ」は今読んでいるエラリー・クイーンの親父のリチャード警視が愛用していることもあって興味深かった。
中原中也記念館 2005/1/16(日)
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「中原中也記念館」は外観は殆ど変わらなかった。ここは全国に300館近くある文学系記念館の中でも珍しく、常設展示を定期的に入れ替えることにしたようで、今は「中也 愛の歌−長谷川泰子をめぐって」というテーマで2月13日まで展開されている。記念館を出たすぐの所に「足湯」があった。帰りの電車まで少し時間があったので試してみることにした。むむむ、チョー熱い。66度の源泉そのままストレートらしい。妻と二人で15分くらい(靴下のゴムの跡が消えないのを互いに悲しみながら)浸かっていたのだけれど、足先の温みはその後4時間家に帰り着くまでずっと保たれていたのだった。
ピカソ展 2005/1/16(日)
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山口へ行って県立美術館で「ピカソ展」を見て、新装開店した中也記念館に再訪した。このピカソ展というのがピカソの最後の嫁はんが膨大な未発表在庫の中から税金代わりにスペイン政府に没収された残りを他の3人の前妻と分け合った物らしく、なるほど今まで見てきたピカソタッチとは微妙に異なった作品が多く、楽しい展覧会だった。特に「接吻」と題された数作品の中のグレーだけの濃淡で描かれた作品が最も印象的で、売るためにではなく愛する女のために描いた絵そのものの感動があった。
LOUIS VUITTON展 2004/12/17(金)
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阪神神戸駅から東に2駅目の「岩屋」で降りると徒歩数分で「兵庫県立美術館」がある。海風のあたる立地でとてもいい建物だ。そこで『LOUIS
VUITTON展』が開催されていて、“そっちも行く”と妻が言うのでつきあった。ルミナリエであろうがヴィトンであろうがぺ君であろうが、例えどんなミーハー系でも妻との時間であればそれはとても大切だと思うので可能な限り優先してつき合うことにしている。どちらかが先に死ぬまでの2人のこういう時間はもうあまりそんなに多くはないのだから。ところがこの展覧会は予想外に良かった。ヴィトンの使用形態を切り口に「馬車の旅」の時代〜「自動車の旅」、「豪華客船の旅」のそれぞれで実際に使われた大型ケースに張られた当時のホテルのシールがリアルで楽しかった。長い歴史を誇る今も健在の有名ホテルのシールの数々はヴィトンの持ち主の人生の流転を物語っているようで生々しい。そもそもヴィトン氏がモノグラムというヤツを発想したのが日本の伝統意匠からだったことの明確な証しは腑に落ちたけれど、2代目が一時期関わっただけのアールヌーボー系だからといってガレやドーム、ティファニーの作品で水増しされているコーナーは残念だった。会場の設計を担当した安藤忠雄事務所の皆様、もう少し繊細な気配りをよろしくね。
ルミナリエ 2004/12/17(金)
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「ルミナリエ」に行きたいと妻が言うのでつきあった。広島発am7:00の高速バスお1人様\3800の日帰りツアー。帰ってくるのが23:00というチョーお疲れ旅行。ところがバスに乗ってみてウハウハ喜んでしまった。てっきりぺ君世代の臭気フンプンかと思いきや何と!おおよそ50人のうち90%が若き乙女たちの香気ムンムンなのだ。まるで女子大のゼミの合宿を引率するセクハラ大好き助教授にでもなった気分・・・というわけで彼女達が無防備に寝入る姿を堪能しながらの往復は天国と見まがうばかりの9時間だった。ところでルミナリエはというと、どうしてこんな電飾なんかわざわざ時間と金を浪費してまで見たいのだろうという程度の感想。人工の光はあくまでも冷たくよそよそしく、それはまるで夏の夜の花火を思わせる、お星様に手も心も届かない人間様のマスターベーションなんだなあと悲しくなってしまう。そんな蠢く大群衆からポツンと離れて佇む老夫婦。“みんなもっと静かに見つめればいいのにな”と連れ合いに語りかける老紳士の言葉が耳に入った。そう、震災復興のために立ち上がった光のショーは今はもう当事者の手から離れ、あるゆる部署に儲けを振り分ける慣例としての経済と政治の傘下に成り下がってしまったのだろう。
高村光太郎展 そして智恵子 2004/10/11(月)
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「高村光太郎展 そして智恵子」という展覧会が引越し前に住んでいた地で開催されているので行ってきた。美術館と文学館が連携して同じテーマで催すというのは初めての経験でとても格調高くてよかった。しかし若き日の光太郎が残した文章にはカチンときた。「私には多分に彫刻の範囲を逸した表現上の欲望が内在していて〜〜〜」で始まるのだけれど長いので要約するとこうだ、「〜〜〜その欲望を言葉によって吐き出さなければ私の彫刻は多分に文学的になってしまい、何かを物語らなければならなくなってしまう。だから私は詩を書くのである」というのだ。ど〜よ、この傲慢なこと。文学的でない彫刻のために詩はウンコだとでもいうのか!あれれ?正解やし。。。もひとつ、次は最晩年に残された色紙への筆書き。『白髪三千丈、ビールによつてかくの如く美し』。ははは、これまた同感です、はい。
フィギュア大博覧会〜お宝玩具・人形・おまけコレクション展〜 2004/8/23(月)
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「広島アニメーションビエンナーレ2004」の企画の中のひとつ「フィギュア大博覧会〜お宝玩具・人形・おまけコレクション展〜」に行った。タイトルの割りに内容は真面目なもので、日本人のフィギュア好きを埴輪からスタートさせているところが面白かった。埴輪〜仏像〜根付〜郷土人形〜玩具という流れを作って時系列で代表的な物たちが展示されていた。流石に同時代の物は懐かしくて特に幼少のミギリに親しんだキャラクターは垂涎だったけれど時代が新しくなるにつれて次第にそのバカさ加減もあぶり出されて来るのだった。子供用玩具として実用を前提に本物の犬猫や昆虫の代用として職人の手で作られていた物のない時代から、最初っから封も切らず保存や売買のために買う大人たち向けに鑑賞・収集を前提に作られている物の溢れかえる時代。チョコエッグなどの食玩系は殆ど展示がなかったけれど、前科者の一人として再反省の思いを強くしたのでありました。。。それでも\100のトンボのブローチとセミの磁石を買ってしまった私はいったい・・・
明和電機ナンセンス=マシーンズ展 2004/8/16(月)
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「明和電機ナンセンス=マシーンズ展」に行って来た。昔々の「誰でもピカソ」の彼らしか知らなかったので、その後の継続的な活動には驚いた。記憶の中では変な楽器を作って演奏する兄弟2人組、くらいの印象しかなかったのだ。特に気に入ったのは「NAKIシリーズ」の<F>グラフィッシュと、<W>コイブミ。グラフィッシュはグラフィックの洒落の魚拓。魚拓といっても「死の瞬間を捉えた時間軸のある」というコンセプト。作り方は簡単。墨を塗った生きた魚を紙の上で死ぬまで放置するだけ。その暴れ具合の軌跡が死への過程というわけ。新鮮だった頃の思い出を作ることができます、というのが売りでもあるのだ。コイブミはこれまたスゴイ。水槽に泳がせた魚と水槽の上下に設置し回転させた電極から出る光線がリンクする偶然(或いは必然)を捉える。捉えたその位置から伸びる電気信号によってタイプライターの該当するキーがひとつ♪カタリ♪と文字を刻むのだ。写真はコスプレ企画。明和電機の作業着を着せてもらって妻と。同じ写真を明和電機の社長に送るらしい。はて、何に使われるのやら。
イサム・ノグチ展 2004/6/29(火)
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今日の半日を過す得意先の近所が現代美術館なので「イサム・ノグチ展」を訪れた。でもまあ彼の作品にそれほど興味があるわけではなくて、ついでに彼の親父について何か新ネタがありはしないだろうかという不純な動機なのだったのだけど案の定、米次郎のよの字もなくておまけにほとんど写真展だったので見応えゼロ。ただ彼(イサム)が女優の山口淑子と結婚していたことや広島の原爆慰霊碑のデザインで広島市の責任者ともめていたこと等の知らなかった事実を知ることができた。。。それがどうした、といわれても返す言葉は全然ないけど。
ベルエポックの輝き Paris1900 2004/4/17(土)
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ひろしま美術館へ「ベルエポックの輝き Paris1900」を見に行った。美術館の一部改装記念と展覧会の開場初日記念ということで9時〜10時までの入館が無料というので朝っぱらから出かけた。何も1000円も払って見るだけのものではないからという妻のご神託はまさしくその通りで、1900年前後の「エコール・ド・パリ」を200点未満で表現しようというのだからどの分野も全て中途半端なものだった。当然のように最も力を入れている絵画にしても半数以上の画家を私は知らなかったし、個人的な主目的だったガレ&ドームの工芸品にいたっては屁の突っ張りにもならないような粗末な品揃えでガッカリしたのだった。おお、こんなのに1000円も出費していたらと思うとぞっとするぜ。←ロハで見たくせして文句言ってごめんね。
舟越桂展 2004/4/4(日)
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広島市現代美術館へ待望の『舟越桂展』を見に行った。数年前に何も知らないまま妻に連れられて行った岡山県は井原市の「田中(でんちゅう)美術館」で出会って以来というもの私は彼の彫刻に惹かれてしまっているのだ。その魅力を言葉で説明するのはとても難しい。顔の彫り跡とロンパリ特注硝子玉眼球との妙にリアルな表情のバリエーションがその全てで、70年代からスタートする彼の作風を時系列で見ていくとその変遷ぶりがよくうかがえる。個人的には80年代後半からの最もオーソドックスな彼の臭いが好きで、色々と試行錯誤して新しい機軸を探しつつ昨年頃から再び原点に帰ったようで顔の造作を少し和風にした最近の作風もなかなかいい。
YESオノ・ヨーコ展 2004/1/31(土)
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広島現代美術館に「YESオノ・ヨーコ展」を見に行った。1960年〜70年といえば小野洋子(1933年生)自身はもちろんのこと時代そのものもまだ若かったのだろう。あまりの饒舌さにしばし茫然としながら眼も脳も作品群を上滑りしていただけだった。もし小野洋子がジョン・レノンと出会っていなければ果たして彼女のArtなるものは陽の目を見ていたのだろうか。まるで「松島やああ松島や松島や」的な作風が多いのには辟易した・・・でもまあ、とにもかくにも60年代の質感というかにおいというか自由とか解放とか反戦とかの主義主張が様々な形となって溢れていたあの頃を懐かしく思い出させてくれただけでも楽しい催しではありました。中でもお気に入りだったのは「A
Box of Smile
(ほほえみの箱)」という小品。単なる小箱の底が鏡になっているだけのもの。覗き込んだ人の顔が映る仕掛けで、その顔が微笑んでいれば作品は完成したということなのだそうだ。今私が取り組んでいる「今週の詩:微笑みシリーズ」に使えるかもしれないので入念にインプットはしてきたのだけど。。。
柳宗悦の民藝と巨匠たち展 〜柳宗悦の心と眼〜 2004/1/17(土)
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ひろしま美術館へ「柳宗悦の民藝と巨匠たち展 〜柳宗悦の心と眼〜」というのを見に行った。本当は行くべきではないと感じたのだけど妻とのデートの一環だったし、まあそんなに目くじらをたてることもないということで・・・何で行くべきではないかというと柳さんのした「民芸運動」とは美術館の解説にもキチンと書いてあるように<柳は、日常生活で用い、「用の目的に誠実である」ことを「民藝」の美の特質と考えました。実用的でかつ低廉であり、量産され、職人の作る無銘の日用品に、民芸品としての新たな価値が発見されたといえます>・・・そんなわけなので後の世になって結局のところ「用の美」という権威を被らされ低廉でなく高価なものとして、無銘の日用品としてではなく飾り立て並べられ入場料の下に品評されるなどというのは全くのナンセンスだと思ったからだ。そう、それはあたかも「無印という印」のようなアノ偽善的なブランド発想と同質の似非看板へと堕してしまいかねないからなのだ(論文調)。その極みが展示の最後の最後にあった茶道具。柳氏は民芸運動からみて元来質素であるべきはずの茶の湯の世界の絢爛豪華化に批判的だったそうなのだが彼の所持していた茶道具一式は全て「銘」ある高価なものばかりで、中でもひときわ異彩を放っていたのが「鼈甲細工の茶杓」なのだ。それも2本!わははは、所詮は金持ち坊ちゃんエエとこの子なんだから本当の庶民の心なんてわかりようがないのも当然ではあるのだ。
詩人たちの絵展 2003/7/19(土)〜8/17(日) ひろしま美術館
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2003年の8月〜10月のデータ喪失。
鉄腕アトムの軌跡展 2003/8/19(火)〜9/23(火) 広島市現代美術館
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2003年の8月〜10月のデータ喪失。
アフリカ美術展 2003/5/3(土)
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アフリカ美術展というのが開催されていたので行ってきた。アフリカ原住民の暮らしぶりをアートだとか美術だとかにしてしまうのは好きではないけれど、ピカソやクレーが影響されたような身体の芯が震えるような存在感が充満していた。中でも好きだったのはガーナの西部沿岸地域に居住するファンティ族の軍旗「ASAFO(アサフォ)」だった。これらの「旗」の絵柄そのものよりも私が惹かれたのはその意味で、日本で言う諺とか教訓とか風で言葉としてとても面白かったので引用しておく。←こういうのの著作権って微妙?旗の種類はここに紹介した10点が実物とともに意味を付されていて、その他にもまだたくさんの種類が絵葉書として売られていたのだけれどそれらには「意味」が書かれていなかったのが残念だった。
(←click on P)
詩のボクシング広島大会決勝 2003/3/21(金)
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結 果は、もうすぐ高校卒業の女の子に決まった。1回戦の16人を見たとたん、もうノータイム、ダントツで彼女が飛びぬけていたので妻にそう言った手前、実際に優勝したときは流石は詩人だろうと自慢しまくったのだった。(笑)彼女(井上梓さん)が読んだ、というよりパフォーマンスした詩4作は全て「社会風刺」性が強く、高校生なりの自分の意見がはっきりとしていて快かった。「時間割り」という枠組みの中の自分とか、別の詩では試験終了後に高校のトイレに流されていく押しつけられた知識と1ヶ所だけ詰まったまんまの便器(が私)とか、さらに東京の夢の島から広げられた「ゴミ論」は、ゴミから眼をそむけるために更に新しいゴミでゴミにフタをするという現実を語り、かと思えば「ラッシュ時の真黒な電車内で私はカラフルな中吊り広告になりたい」だとか、自動改札機が好きだとか、そして決勝戦でのアドリブ詩ではミサイルの変わりに湯呑を飛ばしてしまったのだった。(楠かつのり氏からの即興のお題=お茶)中でも特に私の記憶に残ったのは最初の作品の中の「時間割り」 ・・・・・・およそ時間を割れるのは学校だけだろう/それにしても時間を四角く区切るなんて・・・・・・これらのフレーズに触れていきなり彼女に惹きつけられてしまった。そういえば嘗て何気なく使っていた「時間割り」という言葉。時間を割るという感覚。なるへそ、である。しかも例の「時間割り表」を見て、時間を四角く区切るというイメージの可笑しさに気づく。時間はむしろ天体や時計からくる「円形」のイメージが強いのだから。帰ってさっそく検索してみた。[井上梓]===まさかとは思っていたけれど、何のことはない、すぐに発見。しかもかなりの使い手。殆どセミプロ。全国大会(7/12)では広島代表としてどうぞ頑張って下さいませ。しかしまあ、彼女のサイトのPoetのコーナーに、「表現はウンコです。排泄するものです。」だなんてあるものだから、ますますだなぁ〜♪おまけに彼女も沖縄にハマってしまったらしくて・・・メール出して応援してあげましょうかな、余計なことは書かずに。。。それにしても若い子のサイトの文字のサイズはどうしてこうも小さくて読みづらいのだろ・・・(>_<)
私とピカソ〜岡本太郎 2003/3/18(火)
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NHKアーカイブで、1980年に放映した思い出の日曜美術館「私とピカソ〜岡本太郎」というのを見た。その中で太郎さんが言っていた「キレイ(綺麗)と美しい(美)」の違いについてが印象的だった。曰く・・・(正確な言葉ではないので失礼。)キレイというのは時代や流行やで刻々と変化している。例えば女性の髪。昔は緑の黒髪がキレイで赤毛の縮れッ毛は恥ずかしかったけれど、今は皆あえて赤くしてパーマをあてる。ところが「美」というのはそういう要素には無関係に、相対的ではなく絶対的な価値観としてあるもので、名声や評価や金額やで左右されることなく「自分の眼で見て」美しいと信じることが大切だという。ピカソも当初の数十年は周囲から馬鹿にされ全く評価されなかったけれども信念として貫いたから今日があるのだという。今の人はこの「キレイ(綺麗)と美しい(美)」を同じものとして見てしまっているからダメなのだ、と太郎さんは20年以上前に発言していたのだった。そういえば、「綺麗」という漢字。美いとは書かないのだ。美(きれ)い、とは読まないものなぁ。「綺麗」とはいったい何なのだろう?
新作 和のキルト展 福屋広島駅前展 2003/2/27(木)〜3/4(火)
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記録が残っていないのだけれど確か妻が‘百恵ちゃんの作品がある’と言うのでつきあったような記憶があってそして、百恵ちゃんのはあったけれどでも、それがいったいどうした、百恵ちゃんは歌声を聞いてナンボやし、それともあの麗しいお姿を拝見してこその伝説ではないかと、そんなことを思ったような思わなかったような・・・
サイバー・アジア〜メディア・アートの近未来形 2003/2/23(日)
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広島市現代美術館で開催中の『サイバー・アジア〜メディア・アートの近未来形(2/18〜4/6)』というのに行ってきた。アジアのアーティスト対象なので如何にもそれ風のが多くて個人的にはイマイチ、アジアの風合いは好きではないので退屈しかけていたところ、ひとつだけとっても気に入ったものがあった。左の画像の文字が読めるだろうか。このブースに行くとまずローマ字で名前を入力するように言われたので、ある人の名前を打った。そしてenter-keyを押すと左の字に変換されて出てきたのだ。ってか、そもそもこれは「字」なのか?そこで係員に説明されてあっと驚くタメゴロぉ〜♪とはこのことで、よいですか、よおく理解してね。上の漢字の「ヘン」にあたる部分が<m>、ツクリの部分の上の左が<O>、その右が<R>、下を縦に2つが<I><I>・・・・というわけで、続けると<mORII>となるのさ。もうわかったべ?だから下の漢字らしきもののヘンは<H>、ツクリの上が<I>、下へ行って<R>の裾広がりの中に<O><K>とあって、その下が更に<I>というわけ。ど?よーできとるっしょ。田中とか鈴木とか思いのままにサイバー漢字が形成される様子はとっても楽しかったのだ。もちろん漢字系文化の国でないとこの面白さを理解するのは難しいかもしれないけれど、昨今の巷での漢字ブームもあることだし、単純にデザイン性を楽しむだけでもこの試みは素敵かもしれない。Richard
Perker(リチャード・パーカー)さんという名前の人が我が国に帰化した際に、自分の名前を<立地安堵-合羽>だなんて当て字にしなくてもいいし?
棟方志功展 2003/2/1(土)
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ひろしま美術館へ「棟方志功展」を見に行った。実はわたくし彼の大ファンでありまして、10年ほど前かしらん、鳥取県にある「足立美術館」というところで彼の作品に初めて触れてそしてその時の感動の発露のまんま、まっしぐらに“版画を始めるぞ”宣言したことさえあるくらいで・・・中でも好きだったのは岡本かの子の詩を採用した版画「女人観世音板画冊」。志功先生は版画の他にもリトグラフや油絵、書画など色々な作品を残しておられますが、やはり版画。しかも文字。そして女人。この全ての条件を満たしているのが上記の作品。う〜ん、いつ見ても師匠の板画(=師匠は版画をこう呼んだのだ)は素晴らしい。ちょいと饒舌過ぎるのが玉に傷だけど。
第87回 再興 院展 2003/1/25(土)
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「第87回 再興
院展」に、行んてん・・・ぶっ、、、それにしてもまあ全点が日本画。当たり前っちゃー当たり前なのだけどとにかく辟易。日本画というのは妻に言わせると伝統の日本色を楽しむもので、独特の顔料の使い分けに画家の個性が出るらしい。あとは筆致と画題。如何にも!っちゅうものから、お!これ水彩風やん、とか、殆ど洋画やし、まで、色々あるかなあ〜っと思っていたら流石は院展。。。90%が「如何にも風」だったので途中で飽きてきた。おまけに日本画の伝統なのかどうかは知らないけれど絵の構成に余分なものが多過ぎる!それらは例えば真ん丸のお月様だったり花弁の一片だったり、白々しく俯いた犬だったりと、さり気なく置いてこそ効果的なはずのものが「置きましたよ!」式に描かれているのだ。見る方としては知らんぷりはできないし、かといってあまりのこれ見よがしさなのでとっても恥ずかしいのでした。そして更に目立ったのが「人の模写の下手さ加減」なのだ。あれはあれでああゆーふーなものなのでございまする、とは言われそうなのだけれど、そんなことを知らない「純粋な鑑賞者」から見れば、単にスミケイで象っただけのようないい加減な目鼻立ちや顔の輪郭や、あるいは版画の真似のような太めのスミケイによる囲い込みなんかはさ、せっかくの日本画タッチが台無しに思えたのは私だけなのだろう。
横尾忠則展・森羅万象
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義妹と甥姪たち合計4人がやってきて妻とともに広島市現代美術館へ横尾忠則氏の「横尾忠則展・森羅万象」を見にいった。
私はというと今だ風邪が直りきらずに一人でお留守番・・・
マグリット展 2002/11/3(日)
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ひろしま美術館へ「マグリット展」を見に行った。私はこれまで、ルネ・マグリット(Rene
Magritte)という画家については全く知らなくてただ妻に着いていっただけだったのだが、、、会場に入ってみてビックリ!予想外に大勢の人がいて、むむむ、けっこう人気者なんだなあと思ったわけで、ふむふむ、なるほど、う〜ん、これはこれは、なるほどまったく、あらら、という具合に、鑑賞し終わった私は妙に彼の絵が気に入ってしまっていたのだった。彼の絵はこれまでに見た中でもっとも「詩」であった。展示されていた彼の発言語録の中に“言葉は絵の中で物と同様にイメージとして存在する”・・・みたいなことを表現している文章があって、そういう意味では絵を「長編小説」のような名画や俳句のような水墨画として比喩するとすれば彼の絵はまさしく「詩」なんだなあと思った。また、ピカソやダリの抽象が対象の形や色を歪めて表現しているのに対して、あるいは現代アートとされるものの中にある得体の知れない線刻やバケツを返したような塗装やポツンと置かれているだけのオブジェ等がそもそもの見た目を否定しているようなのに対して、彼の絵の中にあるモチーフは決して形や色を歪めたり否定したりはされていなくて、ただ切り取り方を変えてその組合せに彼オリジナルなイメージを媒介させているように思う。ということはつまり、やっぱり、これは「詩」なわけで、更にシュールでもダダでもなく、むしろ批判や思想や皮肉がたっぷりと込められた意味性のある詩だなあと感じた。「世界の謎」が彼のテーマであるらしく、その謎を解くためのイメージ性を彼は強調しているようだけれども、私には彼の主張の方が強く届いてくるのだった。気に入った絵のひとつは「帰還」。タイトルといい作成が1940年といいベルギーという立地といい、これはまさしく彼のナチスや当時の戦争イズムに対する主張だろうし、他にもこの組み合わせ(タイトル+年代+地域=戦争)が多く見られたし、子供時代に見せられた母親の死に顔に対するトラウマから来るのであろう象徴的な絵は、「世界の謎」とかいう大層なことどもよりも、単なる彼の個人性のあらわれ、彼自身の存在に対する「詩」なのだろうなあと感じたのでありました。
人体の不思議展 2002/10/9(水)
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「新・人体の不思議展」というのに行って来た。3月〜9月まで大阪で開催されていたのが巡回されてきたらしい。公式サイトの「予定」を見ると2004年の東京会場まで延々と続くので機会があればぜひ見た方がいいと思う。とにかくスゴイっす。そのリアル感に圧倒されて最後には麻痺してしまったけれど、人間という生物としてのヒトの側面がよおっくわかります。ああ、やっぱヒトも究極は単なる生き物なんだなあと強烈に実感する。特に「3年前に死んだ男性の脳の実物」を手の平に載せた時にゃーもーあんた、小ぶりの瓜くらいの大きさなのに重いことといったら(約1.4kg)、いったいこの質量は何から形成されているのだろうとビックリした。それはまるでテニスボールくらいの大きさなのに片手では持ち上げられない鉄だか何だかの金属の重さに驚くのと似ている。この本物の人体の標本は「プラストミック」というものらしいのだけれど・・・公式サイトより引用すると・・・<標本といえば、20世紀後半まではホルマリン容器に入った白色の保存臓器や、模型のがい骨などを使っており、医師ですらその匂い、標本の扱いにくさに困惑していました。そのような難問を解決した標本が、今回の『プラストミック標本』です。新技術で作られたプラストミック標本は匂いもなく、また弾力性に富み、直に触れて観察でき、常温で半永久的に保存できる画期的な人体標本です。>この標本になりたい人は申し込み用紙があるのでそこに書いてあることに同意し必要事項を記入して提出すれば、死んだ後で無駄に焼かれて消滅することなく半永久的に姿を残せるだけではなく人類や祖国の医学の発展に役立てるというわけだ・・・ははは。
マルクシャガール展 2002/10/6(日)
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シャガールは妻のお気に入りだ。そう言えば3年前に月子さんという女性からもらった扇に添えられていたメッセージもシャガールのポストカードだったなあ。=「夢(うさぎ)」シャガールが1985年まで生きていたなんて少し驚きだった。ところでシャガールといえば例の何でもかんでも飛ばしまくっている絵が特徴的で今日の展覧会を見た限りでは、ロシアっぽい町並みと抱き合っている男女を横から見た線画とぼってりとした鳩に似た鳥とビッグXの耳のような「翼」とを適当に背景にあしらっておけばそれだけで「シャガール風」になるみたいだったけれど、けれども私の一番のお気に入りだったのは1908年作(21歳)の「死者」という作品。まだ「シャガール風」になる前の初期の作品群の中の一つなのだが、それでも「シャガール臭」はもう既に漂っていて、夜の路上に横たえられた死者を蝋燭が取り囲み、屋根の上ではバイオリン弾きが送別の曲を奏で、反旗が翻り、家々の扉には悲しみの顔が覗き・・・というような構図だ(多分)。売店のポストカードにもされていない不人気なもののひとつなのだったのだが、何故だか私の眼と脳裏に焼きついたまま離れようとしていないのだ。あと「新聞売り(1914)」という作品にも惹かれた。
蝶の誕生と世界の大昆虫展 2002/8/13(火)
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甥の大好きな「虫」を見に(ちなみに私も大好き。現地では私の方がはしゃいでいたと思う、多分。)百貨店へ『蝶の誕生と世界の大昆虫展』へ行ってきた。世界の生きたクワガタやカブト虫がいっぱいいたし、特に「カマキリ・コレクション」がお気に入りだったなあ。また世界最大の虫「何とかナナフシ」なんか30cm近くもあったんだぞ。「蝶の誕生」というのは8畳くらいの広さに網を蚊帳風に張り巡らせて、その中で蝶々の蛹を羽化させているという、沖縄のええ〜っと、何というところだったか、58号線を北に向かい、パイナップル園を抜けて北部の旧海洋博跡へと続く途中にこじんまりとある、そうそう「琉球城・蝶々園」だ。そこの規模縮小バージョンみたいだった。羽化して飛んでいる蝶々もあの懐かしい「オオゴマダラ」で、金色の蛹もぶらぶらと一杯ぶらさがっていたさぁ〜。
大アマゾン冒険博 2007/7/28(日)
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NTTクレドで開催されている「大アマゾン冒険博」に行ってきた。こういうの、大好きなのだ実は(^o^)/!まず入口いきなりにアマゾン川流域に棲息する淡水魚水槽のオンパレードだ。これは元熱帯魚オタクにとってはたまりまへん、というか懐かしい光景だった。そして次が爬虫・両生類。蛇に蜥蜴に亀のオンパレードさ。残念ながら蛙はいなかった。ヤドクガエルのシリーズものをコレクションするほど、流石のスタッフもマニアックではないのぉ。そして哺乳類。猿系が多かった。特にリスザルは巨大ゲージに数10頭単位で居たので元気ピンピンに飛びはねていた。こういうのは珍しい見せ方だ。中には交尾(後背位で)しているヤツらもいる始末でさ・・・、ケツを振る振るわで羨ましいったら・・・次の鳥類は個人的には興味はなかったけれど、こんなに見事なカラーリングの鳥たちがいつものウォーキングコースを乱舞していてくれたらさぞキレイだろうなぁ〜と思ったねえ。そして最後が昆虫!といっても生きているのではなく全て標本。でもでもでも、本展示物の中ではやはり最高さ!あんなに巨大なセミがいるだなんて・・・私の未来のセミ巨大化説に自信を沿えてくれるようなデカさだぞ。それになんといっても世界のかぶと虫コレクション。これはサイズというよりも角(ツノ)の多様性が嬉しかったねえ。角の数とかサイズとかデザインとかそれらの組み合わせとか。
金子みすゞ展 2002/5/31(金)
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童謡詩人と謳われているのでついつい軽視してきたけれど、簡便平易なその言葉の連なりのほんの少しだけ奥まったところにキラリと光る視点を見つけられた。さっそく次回(6/3)のメールマガジンで紹介しよう。それにしても展示会場で今も続く嫁ぎ先だった書店が物品販売にいそしんでいたのには驚いた。主催者(郵便局)ももう少し気を配ればいいものを。さっすがお役所仕事。
奈良美智展/I DON’T MIND IF YOU FORGET ME. 2002/5/25(土)
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広島市現代美術館へ『奈良美智展/I DON’T MIND IF YOU FORGET
ME.』というのを見に行ってきた。
う〜ん、これは癒されるぞ。見る前は妻のお供に着いて行っただけだったし、会場内も平均年齢が低く、おまけに幼稚園内みたいな雰囲気だったのであまり期待していなかったのだけれど・・・さすがに若い女の子みたいに「きゃーっ、可愛いぃっ!(^^)/」というわけにはいかないけれど、単体としての絵面ではなく全体の流れとして見ていくと彼の様子が伺えるし展示の最後にあった狭い空間の壁の四方全面に貼られた彼のメモやデッサン、下書き(=と思わせたアートなのか、事実その通りなのかは不明)がリアルで良かったっす。
美の系譜−日本画の精華− 2002/5/12(日)
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呉に行った。先週は岩国で今週は呉だ。先週は米軍海兵隊航空基地で今週は海上自衛隊駐屯地だ。何かアブナイけれど、先週はともかく今週は目的の呉市立美術館が潜水艦の停泊する港のすぐ側にあるのだから仕方ない。美術館の催しは「美の系譜−日本画の精華−」というもので、富士美術館(創価学会のものらしい)から借りてきた近代日本画55点なのだ。川合玉堂、川端龍子、横山大観、伊藤小波、鏑木清方、上村松園・・・・・・と、知っている人も知らない人も取り混ぜて色々なのだった。でもまあこれは多忙中にもかかわらず開催期間終了まではどうせずっと多忙な妻の“今の内に行っておきたい”というご希望に沿うもので(GW明けの赤ペン先生はお忙しいのだ)私自身は申し訳ないがあまり日本画に興味はない。
古代エジプト文明展 2002/4/4(木)
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今日は「オカマの日」らしい。だからというわけでもないけれど広島県立美術館へ「古代エジプト文明展」を見に行った。う〜ん、いつ見てもエジプト王朝の文明は素晴らしい。特にミイラ関連には驚かされる。それと神々の多様性だ。中でもトト(Thoth)は、文字と智恵の神で月とも関連していたというのだから面白いではないか。トキの姿を借りているというのもなかなか意味深だ。
片岡鶴太郎
パリ凱旋記念展 2002/3/19(火)
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天満屋というローカル百貨店で「片岡鶴太郎
パリ凱旋記念展」というのを開催していたのでのぞいてみた。例の棟方志功風タッチの書や鯖やカニの絵などの他にも着物の絵柄、焼き物の絵付けなど実に様々なものを表現媒体として取り入れていたので驚いた。ただし風景画だけはイマイチだと感じたのは私だけなのだろうか。そレと「凱旋記念」というタイトルが妙に引っ掛かった。彼はパリ生まれだったのかい?ま、そんなことはともかく私の好きな彼の蜻蛉の絵葉書を3種手に入れて、満足マンゾク。
岡山の詩百年展 2002/3/16(土)
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岡山の「吉備路文学館」で開催されている「岡山の詩百年展」を見に行った。かなりマニアックで訪れる人もなく館内は私と元妻の二人だけだった。黒い帽子姿が「詩人風」の・・・・・と思っていたら前妻に“喪黒福造みたいやなあ”と言われた。ナンボ元妻でもちょいとショック(>_<)。ところで元妻とか前妻とか書いているけれど「元」と「前」とには何か違いがあるのだったか?確か政治家のシェンシェー方は選挙になると「新」「現」「前」「元」に分類されているけれど「新」と「現」はまあこの際置いとくとして「前」は前回は選挙に落ちた情けないヤツで、「元」は前々回に落ちて前回は素人だったヤツのことだったかなあ←ウロ覚え。その伝でいくと「前妻」というのはまだ少し未練が残ってたり下手ぁすると肉体関係が続いていたりする嘗て妻だった女のことで「元妻」というのはそんなんもー、きれいさっぱり、憎んでこそいないものの、まあー何や、その、あの、、、という嘗て妻だった女のことをゆーのだろうか?それにしても、「現妻」というのは妙にナマナマシイ語感だなや。しかしもちろん「新妻」というのにこしたこたーないのけれど、まあいつまでもそーはゆーとられんし。
詩のボクシング広島大会決勝 2002/2/24(日)
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う〜ん、詩というよりは「言葉」のボクシングだ。アカデミックというよりはコメディーだ。けれども「伝える」ということにおいては「紙の上の詩」よりも格段に説得力はあるだろう。ただし一過性で刹那的だ。真面目に詩を語る者ほどそして語る上での身体表現力のない者ほど判定負けしていく。詩として優れているかどうかなどは大した問題ではない。そもそも詩を理解しそうな審査員なぞ見当たらないし。いつだったかの福岡大会であの河野さんが負けてしまったのもそういうことだったのだと想像できる。優勝した寺内大輔くんなどは徹底して「言葉」を語らずに勝ってしまった。彼は「音」とその繋がりに関心があるという作曲家で意味不明の声音を出し続けていただけで広島代表の座についたのだ。ただ予想に反して中年〜熟年の方々の参加が多かったので(ちなみに決勝で破れた方は66歳のバブルに躍らされた元不動産経営者。何と妻の実家の近くの方だった。)第2回があれば私も・・・う〜ん、ウケ狙いの方向に走ってしまいそうだ。
亀倉雄策展 2002/1/12(土)
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呉市立美術館で「亀倉雄策展」が開かれているので見に行った。亀倉氏といえばグラフィック界の重鎮、通称“亀ちゃん”・・・多分そうだと思う・・・東京オリンピックのシンボルマークを始め、明治チョコレートのパッケージやNTTのCI、グッドデザインマークなんかも彼の作品だ。1997年に亡くなられたのだけれど、偶然にも今朝の新聞に田中一光氏の訃報が伝えられていた。ううっ、残りは永井一正氏ただひとり・・・とは私だけの思いではあるまい。
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