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中村秋香

なかむらあきか(1841-1910)

静岡市生まれ。幼少から父に歌学を学び、松木琴園門下。御歌所寄人となり、東京女高師・第一高等
中学などに教鞭をとる。新体詩成長期に、風調・語格を主んじ、今の詞を生かし新事物を歌うことを
提唱し、「新体歌」という新名称を主張した。『新体詩歌集』に、五七などの定型にとらわれぬ作を
残す。当時愛唱された唱歌の作も多く、『新体詩歌自在』はひろく入門書として読まれた。
                                 /「日本現代詩辞典」より


【燕】

霞める空に、友よびかはし。
翅も輕く、とぶつばくらめ。
馴れにし去年の、軒端やかはる。
古巣たずねて、こゝかしこ。
あはれ其つばくらめ。

誰がかけにける、印の糸ぞ。
おもひの色も、さながらなるを。
結びし人は、行方も志らず。
をちかへりつゝ、わびしらに。
あはれそのつばくらめ。


【暮色】

聞ゆる、鐘の音。
煙こめつゝ、ほの/\暮れゆく、黄昏。
雲路分けて、歸る村烏。
五つ、四つ、二つ、遠近に。

空ゆく、浮雲。
つひのよすがは、眺むる袂の、夕露。
星の光、今ぞきらめくや。
一つ、三つ、七つ、こゝかしこ。


【親睦會】

吹くとなき風に亂れて散る花を
とる盃の霞にうけて
あなおもしろのけふのまとゐや
暮れぬともよし語らはん花の蔭

肌寒き風にきほひて鳴く蟲も
かきなす琴の調に入りて
あな心ゆく夜半のむしろや
更けぬともよしうたげせん月の夜に


【春朝】

朝日に匂ふ花の色 霞に迷ふ鳥の聲
曉しらぬ眠も覺めて 見るものに聞くものに
心浮き立つ春のあしたの空や 空

袖寒からず吹く風に 靡ける柳散る櫻
心の駒ぞそゞろに勇む 思ふどち野に山に
手綱引きつれいざや遊ばむいざや いざや


【親友】

同じ机に書讀みかはし 一つ硯に墨すりあひて
學の窓の明暮さらず 睦びし友あはれ其友
嬉しき事も又憂きふしも 共に語らひかたみに告げて
力となりもなられもしつゝ うたゝこゝらの年月も經ぬ
あはれ其友 志ばしと言ひて立ち別れしは 去年の此月
三月すごさで歸り來なんと 頼めしものをあはれ其友


【山中雑興】

瀧の響松の風 心とはに清く
花の色鳥の聲 月日そゞろに長し
雲を分けて苔に臥し 露に醉ひて歌ふ
峯の春谷の秋 誰か知る此こゝろ


【古城】

山もさくべき鬨の聲
矢さけびすごく十重二十重
攻めよる敵を一まくり
拂ふや花の朝あらし
烈しかりつる跡とへば
けふさへ寒し千早風

岩垣崩れ岨くえて
跡はかもなき山畑に
むかし尋ねて飛ぶ小蝶
よし其あとはうもるとも
朽ちぬ其なの花の色は
今も匂へりかぐはしく


【霜夜の鐘】

とほちの鐘の聲さやかに聞えて
板屋の霜の上に更けゆく夜の月
越山併せ得しその世の秋も
志のばるゝ空に鳴きゆく雁がね

功業期しがたく年人を待たず
傾く月に身を照らして思へば
あゝあゝ幾ばくの我が世の程ぞ
更くる夜の影はよそにはめぐらじ