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小池亮夫

こいけあきお(1907-1960)

岐阜県可児郡に生れた。1925年、早稲田大学予科に入学。その後に早稲田大学高等師範部英文科に学ぶ。
1930年、大学卒業後満州大連に渡り出版社に入社。この頃より詩作を始める。1934年、詩誌「鵲」(か
ささぎ)を
滝口武士、八木橋雄次郎らと創刊。1941年「満州詩人」と合するまで多数の作品を発表した。
1937年、満州文話会に参加。「満州文芸年鑑」に作品を発表。1938年「詩文学研究」同人。1941年「燕
京文学」「満州詩人」同人。1943年「華北詩人」を藤原定らと創刊。1945年、終戦、帰国。1946年「花」
池田克己佐川英三上林猷夫らと創刊。1947年、「日本未来派」創刊同人、また八木橋雄次郎らの
「雲」同人となる。1949年、詩集『平田橋』上梓。1957年、中部日本詩人連盟委員長。1960年、交通事
故で入院。薬の中毒あり。潜伏中の脳腫瘍が悪化し、意識不明のまま永眠。遺体は可児郡のナスビカラ
山頂に埋葬。/『小池亮夫詩集』より


『小池亮夫詩集』より

 

【あなたは袖をふる】

今日はどうやらかうして日のあるうちに
この峠を踰えようとする私を袖をふつて迎へてくれる。
あか松の丘の稜線のかなた濃尾平野のひと色。
その背景である鈴鹿山脈の藍色。
人通りまれな峠とはいへこんな所にとは思つたが
路ばたの芝草に寝ころんで頬杖をつき
野萩に頬をなぶらせ峠の眺めをたのしんでゐる。
なんとまあ空は昆虫のやからでいつぱいなことだ。
蟻は地べたのつもりで私の肌を這ひまはつてゐる。
かつて大陸ボヘミアン時代私はかんなの
それも紅のかんなを愛した。
彼女は焔を嘗めんばかりの烈しさだつた。
しかし時には凍てついたやうに固く心をとざした。
紅のかんなは私のいのちをこやしとして
いよいよその紅のあざやかさをました。
今もその紅は私をむしばみ続けてはゐるが
それにくらべてこの野萩はそばかすをかくすのではなく
白粉をつけてその口もとの滑らかさ。
胸のふくらみもろこつではない。
ぎゃうぎのわるい私のかたはらで目をすませてゐる。
私の思ふこと思ふこと恥づかしいことばかり
あなたはそこでそんなにおとなしくしてゐる。
あなたはそよ風に袖をふるだけ。
じつとして黒蟻のするにまかせたむずがゆさ
私は微笑み野萩を眺めてゐる。
野萩よあなたはかんなの紅とのけだもののやうな
恋にすべてを捧げつくしたこの
私になんのかかはりがあらう。
ああまたあなたたちは袖をふる
いつせいに初秋の袖をふる。

【虹】

君は君の民族とともに民族をあげての
旅に出なければならない。
紅で顔をなほしネクタイの恰好をつけての旅にではない。
或はふたたびその土を踏むことはないかも知れない
故国を後にしての旅にだ。
黄海を渡つて支那大陸に上陸
西へ西へ乾燥へよりひどい乾燥へと旅を続け
季節風がその地殻までもひびあかぎれにし
血をにじませてゐる
西蔵高原
さらに西へ世界の屋根への道に踏み迷はねばならない。
乾燥烈風の厳しさにはじめて人間を意識し人人は人間をもとめ
民族をもとめ国土をもとめて呼びかひ泣き叫ぶであらう。
なまぬるい寒さとなまぬるい暑さと
小さな憎しみと小さなしやれとを破りすて
す裸になつて歩け迷へ。
人人はふりかへりふりかへりしだいにうすれていく
湿りに潤んだ日本を眺めるであらう。
そして日本列島に生長しなければならないものが
何であるかを
たとへ列島が霞にかすんで遠いとはいへ
はつきり知ることができるであらう。
俗情の巷をうろつき腐敗を耕す君たちよ。
瓦礫と荒廃とは空爆のあとにあるのではない。
太陽と太平洋と日本海とだけの日本列島を見よ。
晴れたありつたけ陽を浴びた鳥や花の日もいいが
太平洋の濤が日本海へ日本海の波が太平洋へと
渦巻き列島を流し洗ひ雷雨の横なぐりに
なぐりつけられてゐるあらしの日の日本列島は
さらに烈しく美しいであらう。
今君がもみくちやにされてゐる電車のなかででもよろしい。
心を静め日本列島のあらしを想ひゑがいてみよ。
君の肉体を君の性根をたたきつけてくるあらし。
ひれ伏し耐へ忍んでゐる君が
そのあらしに捧げ得るものは何である。
洗ひ尽くされ捧げ尽くし日本民族最後の一人となつても
なほかつ君の叫ぶものが虚無でしかないといふのなら
君はその虚無を銜へて起きあがれ。
虚無また虚無といふ生きもののはず
銜へた君の歯は碧い血の糊となるであらう。
もし君が国土の一つぶの米をも口にせず
雑草の一葉をも汚さず
己の骨髄を喰らつて自らを養ひいちづ
太平洋から日本海へと日本列島を跨いだ虹をゑがき
つひに餓ゑ死んで君が国土のかて
君が国土の屍になり果てんことを冀(こいねが)ふといふ途をえらぶとしても
日本列島はやはり日本人の一人もゐない
日本列島の方が美しいにちがいない。
君は故国を後に永の旅に出なければならない。
日本列島に一人の日本人をものこさないため。


【恋】

土用丑だからといつて鰻の頸に錐をさし
鰻のひつしに巻きつかうとするその力で
やたら鰻をひき裂く風景もある。
揚子江を旅して憲法なくて五千年とうたつた
私の好きな瀧口武士さんの風景もある。
それはさて今の私はこの五月株を植ゑた
白と赤のばらをなんとか育てたいと思つてゐる。
人間の技巧の極まりをこのばらといふ花に
もとめてゐるのではないが。
どうせ最後は涙で頬をぬらすといふ
能のない方法で自分を葬らなければならないのだが。
ばらの葉の緑を食つた青虫の腹の美しさをとりあげたくない。
こすもすの繁りの蔭にしたくもない。
恋を養ふものがなんであるかわからないやうに
ばら彼女のいちばん好きなこやしがなんであるか
わからないのが悲しい。
私はこの白と赤のばらをどうしようといふのでもない。
ただできるだけばらの白を表はしたい
できるだけばらの赤を現はしたい。
批判でなく風景でなく好きとか嫌ひとかいふのでもない。
どうしてこの生きものの白と赤を
空間に置いたものかと思ひわづらつてゐるのだ。
それは嘘だ今までのことはみんな嘘だ。
昭和二十二年七月二十四日午後三時十何分から三十何分までの間
初めて見た白い服と白いさんだるの
私になんのかかはりもないある女性に
溺れ死なうとした私を
つひに二度とはあり得ないその時間の私を
ほんとうに私は殺したいと思つてゐるのだ。


【滅び】

まだらにはげたコンクリートのこの階段を
なんど登らせたら気がすむのだ。
下が銀行で二階から五階までは
いはくなになに産業いはくなになに商事
要するに闇屋の巣だ。
生活困窮者のための共同募金の委員を仰せつかり
今日一日に四度登り降りするかたいこの階段である。
四階から三階への階段の折れ目に立ち
伊吹おろしが破れから容赦なく吹きこんでくるよごれつぱなしの
窓硝子に額を近づけ
かさぶたのやうな名古屋の屋根を見下ろしてゐる。
本質の美などといふものはないといふ考へは否定されなければならないと
眺めながら考へてゐる。
人間の営みが滅亡への過程に過ぎないから
滅びはてる姿を表はしたものが尊いといふ考へにも賛成し難い。
この時いつたい今日一日で地球に幾人の人間が生まれたんだらうといふ
思ひがふと通り過ぎる。
年の暮れの大売出しに上気したそして
晴れわたつた名古屋の屋根を眺めながら
私はおもむろに設計図をひろげる。
この設計図は特に名古屋にあてはめてひいたわけではない。
大きくつて俗悪で空爆のあとのひどい都市といふ条件からすると
名古屋より東京の方が効果的かも知れない。
別に都会である必要はないかも知れない。
自分がたまたま名古屋に関係が深いから
名古屋にと思つたまでだ。
高さは伊吹山の高さを要せず
幅は木曽川の幅を必要としない。
だが高い方がよく材料はできることなら大理石がいい。
幾何学的ながらの彫刻をたんねんにほどこしたい。
かうした階段を名古屋の街の中心に
南から北に傾斜させて
物質の精神を形体の美を築きあげたいのだ。
たいせつなことはその基礎部以外に
支へをいつさいつけないといふことだ。
構築の目的は高い所に登るといふ
現実的なものにはないともいへる。
空への支へのない階段
技術的に不可能な夢想的な方法をとりあげる必要はない。
この傾斜を安定させるあらゆる材料が使用されていい。
要は太平洋戦争といふ一つの経験を加へた日本の
叡智がこれに凝集されることだ。
常に一点のよごれもとどめない空への階段。
四六時中眺めてゐても腹の足しにはならないであらうが
この形体は形体をこえて遠く生きることができよう。
これは日本人が人間世界に贈る創造物であらう
一口にいへば人間本来の象徴であらう。
人間に空気と光りの在り方を知らせるものとならう。
この階段は快感を与へることもあらう。
それはわきあがりたぎりたつ怒りの
しびれがもどる時に覚えるあの快感の類ひではない。
この階段は百のうち九十九のものは語らないかも知れない。
しかし祈りもなく念ひもなく
虚空をたよつて立つこの階段をただ眺めるがよい。
人類にあつて滅びの精神とは
どんなものであるかを知るために


【地球人間の根】

鍬をかたはらに腰をおろし
鍬のこしらへた土の断面を眺めてゐる。
すぎな、しのね、おほばこ、どくだみ、やつまた
百姓があだ仇にしてゐるこれらの草の根を眺めてゐる。
地の闇にあるものを日にさらして眺めてゐるわけだ。
やつまたはやつまたどくだみはどくだみ
おのおの異なつた形をもつてゐる。
これら雑草の根がおのおの地上を匂ひ輝いてゐるやうに
僕といふ地上の形を営んでゐる本(もと)
即ち草木でいへば根といふべきものはどんなものだらう。
今日僕は電車の満員であぶら汗をぬつたくり合ひ
油頭で顎のあたりをねぢあげられ
脚は脚であやふく人の脚ととりちがへさうになつた。
もう一度つくつて見せよといはれたつて
こしらへるわけにはいかない恰好になり
ぶざま極まる人間の形に目を見はり
はては押し合ひからみ合ふことになつた人の分も加へて
人間が幸福でありますやうにと祈つた次第である。
「愛と憎しみの中で」の時間であつた。
かうした往復の電車の中の風景
クロポトキンの相互扶助宮沢賢治の修羅
橘樸先生の念願平田小六の目北満州の平原
サバルワルが泣く原因石森延男さんの呼吸
女の子の白内障ファブルの昆虫
エヴェレストの写真後から見た母日本未来派
栄養分のあるものを食べさせられないため
いい薬だからと蝮の粉を子供たちに朝晩一さじづつ飲ませること
今日帰りに峠で食べた草苺の指をそめた紅
日本人共通の敵である
夜となく昼となくラジオの放送する歌謡曲なるもの。
さしあたつてこれらの僕から切りはなせないらしいものたちが
つぎつぎ僕の頭に浮かんできた。
実際にこの目に映るものでなければ
その存在を疑ひやすい樸
つまり想像の世界などといふものを笑つてきた樸といふ人間の形の根は
いつたい何に根をはり何を吸ひあげて
かうして存在してゐるのだらう。
ぼんやり雑草の根を眺めてゐるだけでいいものだらうか。
現実に現実にと根をはつてこのやうになりはてた
僕といふ現実なんだが。
豚や鶏の餌さを横どりすることをおぼえ
根にふれてみようとしたりしながら
どうしようもなく地球上を混乱した
人間の根を僕は考へてゐる。
思ひあまつて骨ばつた拳固をふりまはす。
手ごたへがあるがこの手ごたへは空気のそれとはちがふやうだ。
根をはつてはつて隙間がなくなり
液体のやうになつてしまつた人間の根ではないだらうか。
このたしかに手ごたへのある人間の根に
名称を与へる地球上最初の人は誰であらう。
地球の中心に一番近く生きてゐるものを
しひて考へてみる必要はない。
昨日までの人間の歩みを抹殺すればそれでいいやうだ。
この荒れはてた地球人間の根は
何処へのびて何を吸ひあげようとしてゐる。
地球生物の根の本来の尊さに通ずるものはなんだらう。


平田橋

なぜあなたは私を絶望へ絶望へと逐ひやらなければならないでせう。
始めつからあなたは私がこんな恥づかしい姿に
變りはてるのを願つてをられたのでせうか。
私をまともに見ることのすくないあなたの目は海のやうで
私には波の奥がわからないのです。
いやあなたの目には波がありません。
あるのは海の深さばかりです。
私を狂はせる冷たさばかりです。
西から漂ひ寄つた一枚の木の葉と
東から漂ひ寄つた一枚の木の葉とが
太平洋のまんなかで觸れ合つたといふせつない話を聞いてゐます。
その時あたりの波は疼き澄み
風は息をのんだといふことであります。
二枚の木の葉の相觸れ相抱いた時間は
一瞬といつてもいい時間であつたといふことでもあります。
抱擁も束の間また木の葉は東と西に分かれ
漂ひ漂ひ終ひに今も見る海の色となつてしまつたといひます。
ここでは海は見られませんが空があります。
微塵と微塵と微塵と
微塵たちの涯てしなさである空に
靜かに浮かんで二枚の木の葉があります。
觸れ合ふことがよろこびか抱き得ないことが悲しみか
それは私にはわからないことです。
觸れ合ふこともあり觸れ合ひ得ないこともあるにちがひない
私といひあなたといふこの地上における
生命の存在生命の流轉にあつて
私にわかる一つのことは生命の悲哀といふことです。
生命のうつろひを生命の悲しみといふだけでいいのでせうか。
そして美しくありたい願ひを悲しみといつていいのでせうか。
私は愛さずにはゐられない私の愛情に
なぜ復讐されなければならないでせうか。
復讐されなければならない理由を
私はあなたに訊ねることはできません。
たつた一人で死ぬまで愛しみつづけなければならない私自身さへ
何も私に話してはくれないのです。
電車の窓から二人で指した夕映が
彷徨ひの私の胸に映り榮えてゐます。
こんなにも紅に。
夕暮を眺め私は吊革につかまつて
ひつしに破れくづれようとする私を支へてゐます。
それは電車のなかだけでの私の姿でありませうか。
私の前には終ることのない苦惱の時間があります。
雷雨の瀧にうたれずぶ濡れ
夜を徹して額を灯にたたきつけてゐるやるせない蛾ではありますが、
私は滾(たぎ)りたちまち沸騰しようとする
泡だち寸前の湯のやうにだまつて
じつと耐へ忍んでをります。
ひれ伏しただ祈り凡ての憎しみを
愛情にしたい時間に私はうつむいてゐます。
あなたがあり私があるこの雑草原はどうして
こんなに脈うち生命に燃えたつてゐるのでせう。
地上に生物が生まれ出る時
土は痛み生命は土に涙します。
それだのに何萬年か何千萬年か續けられてきた永久運動
生命の腐触といふ營みを根として
人間の生命はどうしてこんなに燃えなければならないでせう。
呪ふべき永久運動に人間の歴史は流轉してゐます。
茫茫極まりないこの人間の雑草原。
雑草原を分けて私の前に現はれてきたあなた。
地球には二十億の人間がをるといひます。
二十億の人間のなかからあなたが現はれて
私が底なしの悲しみにもがき
私の生命が息づいてをるといふこと
私の焔の刻々。
四八年九月八日は二百二十日を二日後にして
雲の去來あわただしく時に小雨がありました。
花を見せ始めた稻の穗波は安らがず
こほろぎは晝を啼いてゐました。
平田橋を出はなれた
電車の窓から
私たちがいつも眺めた新川の堤防の草に埋まつて
私たちは電車や遠い汽車や工場や田の人を
眺めるともなく眺めてゐました。
その時あなたを流れ私を流れてゐたもの。
午後五時五十八分をすこし過ぎて
あなたが白い横顔のまま呟いたあなたの呟きに
私は「僕にはわからない」と目をとぢるほかありませんでした。
私の胸の破れに指を觸れてみながら
人人にもまれ人人に見られ私は
地上の一點あなたを見つめてゐます。
かつてあなたと私の微笑みのうちに交はされたあなたと私
今私にあるあなたの姿は常にあなたの後姿です。
ふりかへることをせず私を去つて行く後姿
しかも常に私の涙に映つてゐるあなたの後姿。
私はいつまでかうして人人のなかに立つて
涯てしない雑草原にただ一人佇んで
あなたを待たなければならないでせう。
私は私を支へる何ものもこの地上にないといふことは知つてゐます。
九月の月の夜の秋蟲の充満にあつて
悲しみであるにはあまりに私は見つめすぎてゐます。
美といふにはあまりに私はさいなまれすぎてゐます。
今日も私はただ一人電車に乗つて
私の愛情を渡してはくれない平田橋をこえて歸りました。
今日を往き今日を復り時は流れ
私が滅びあなたが滅びても
雑草原は地球の限り滅びることなく
金魚の鰓の紅はその鱗の紅よりも紅
金魚の生命の紅はその鰓の紅よりも紅です。
雑草原を紅の海として
平田橋は今日も夕映でした。
あなたを失ふこと永久になく
今はあなたを染め得ない紅ではありますが
滅びることのない私の紅です。

(1948.9.16)


【散乱】

蕗の薹が霜柱をわけたんぽぽも一花二花
よもぎの緑は今がよく梅の花はすこし老けた。
春も早春の粧ひは地味だ。
うつむき芝草道を行きやがて山路にかかる。
かさなり遠のき靄け
藍色の靄けが雪の山なみを鋭く捧げてゐる。
立春を過ぎると光も広くなる。
潤むものら枯れ渇き年月を経たが
靴の下の世界を思ふこともできる。
落葉石ころに足をとられないやう登る。
昨夜ラジオが親子の愛情といふ人間の進歩には
縁りのない劇を放送してゐた。
せつかくの風景にあつて悪いことを思ひだしたものだ。
黙つてすねる者しやべつて押しだす者
生きるにつけ死ぬにつけ人間ひとしく本性を圧しまげて終ひだ。
卵を生んだと騒ぎたてる鶏のやからを
よしとするものではないが人間の顔
夜毎ことなつた男を迎へる
宿直の蒲団の脂のやうなものが滲みでてゐてきたない。
人かげないこの松山ではあるが
僕といふ人間のなかは息もできない人間のごつたがへしだ。
解けた靴の紐を結ひなほす気にもなれない
見下ろす麦の田に風がない。
溜池も水を湛へてゐるやうでない。
今朝の水雲のある空をそのまま映してゐる。
松の木立が濃くなる電車の音が走る。
車体の動揺にのり初めは手の背で
それから薬指と小指に挟んでほのかに額に乱れた
わが人の髪を撫でる。
目をつむりいやらしく頬に集つてくる車内の視線をふせぐ。
あわてて僕は松につかまる。
頬に頼らなくとも松籟で風の向きはわかる。
幹に掌をあてたまま梢を見上げる。
やはりその松は枯れてゐる。
枯れた木は掌にその幹を感ずる。
生きた木は掌にその根がくる。
頂に近づくにしたがつて風を思はない。
木の枯れ生きも思はない。
雲がかへつて高くなる。
人間がいよいよ僕に集つてくる。
北の方雪山の連なつてゐる方を見る。
昇らうとしてゐるのか下りやうとしてゐるのか
雪の連山を奪ひ雲は
木曽川に向つて緩やかに群れふした丘陵の波濤を移動し始める。
雲は東に移らず地の展望が西に後退してゐる。
頂が近い。
量り得ない美しさがこの今の僕にあると思ふことはどんなものか。
同じ姿再びもたらす時の眺めを信ずることはどんなものか。
渡る風のたえ間に山自らの声を聴く。
鳥もゐる。
あれは雲ではない雪だ。
丘陵の波濤の藍色から天に傾き昇つて移動するものは雲ではない。
竪に裂いた雪の幔幕の裂け目深く
硝子を鏡にする銀のやうに
冷りとするものはやはり
御嶽山の雪肌らしい。
よろめく。
よろめきながらも人間を耐へ人間の散乱に
わが人の髪にまぶしく僕を立たしめてゐるものは
人間のうちのなにものであらう。
音なく山河なく人なく
吹雪き寄せるわが人の散乱。
わが人の髪を撫でる。


【焔】

精神的にか物質的にか
いやそんなわけへだてはなく人間には
なんらかの贅沢といつたものが必要らしい。
遠いところへ行つてしまひたいなどと思ひ
大いなる歴史のなかに死にたいとも思ふ。
かうした人間の冀(こいねが)ひの源は人間に巣くつてゐるなにものだらう。
人間を真に怒らせる根源はなんであらう。
僕が幾度かその解氷を見た
松花江
三月の中頃に解氷する。
武解とか文解とかそのちがひは別にして解氷の時には
江の全長一千八百粁
みぢんのゆるぎないものがまさに解氷
流れの形に一変しようとするまばたきもゆるさない
一瞬といふものがある。
松花江が北満を疼いて解氷するこの春三月
僕は広小路の舗道を
生きることのやうに汚れたはんかちや
自殺することのやうにふざけた煙草のはいつてゐるぽけつとに手をつつこみ
辺りを見たり見なかつたりして歩いてゐる。
トロイやアッツ島の戦場からではなく
シャリアピンの声ではなく
何億人といふ人間のコーラスが湧きあがつてゐる。
灯に群がる蛾のやうに額をぶつつけ
人間が群がつてゐる。
るゐるゐたる屍 天を焦がす焔だ。
つねに人類の歴史である戦争
つねに敗戦の跡である戦場
地球といふ死ぬか生きるかの修羅場から湧きあがつてゐる歌。
この歌は何時も人間意思の焔となつてゐる。
株式取引所はもうもうたる煙草の煙とわめきと電話と
指と指と手と手のあらしだ。
僕の前を歩いてゐる気どつた後姿が
ちり紙のもみくちやかららしく落した喫ひかけの煙草
たちまち春の陽の明るみを浴びる。
世界最強を誇る国では平和についての原稿の作製に忙しく
テヘランの街では昨日のやうに今日も駱駝がうづくまり
頸をのばし頤をさしだしペルシヤ王の高貴を反芻してゐる。
バッハにモーツアルトに蒙古高原に
冷たい雨がわたつてゐる。
中共軍に国民党軍に
闘争のなかに人間なんの悲しみがあらう。
破れるべき夢は破れればいいのだ。
かうして歩いてゐる時自分の靴音しか耳にはいらない時間がある。
その時生命の滾(たぎ)るまる遠い戦場に向ふ歌のあらしが
底の方から轟きあがつてくる。
僕は僕の歩調を歌に和はせる。
生命にあつて美しいもの
その生命の美を永遠のものとするため
人間ほど生命の停止を冀ふ動物を僕は知らない。
百年を生きても人間は
自分の背後にいつさいの生物を遺すまいと祈る人間を悶え
異性蹂躙といひ人類滅亡といふ慾情を燃え
しかも大いなる歴史を冀ふ
戦ひの場の焔となり果てようとする。
自らの手で慾情に灯を放ち深く頭をたれる。
僕は往き交ふ一人一人の顔をのぞきこみ
人間の営みの醜さに愕然とする。
しかしその抱いた焔は僕の目を焼く。
なんといふさうざうしいラジオだ街の騒音だ。
歩いてゐる僕を包み僕を狂はせる騒音を
人間の表情であるとは僕は思はない。
炸裂した原子爆弾に咲いた静かな花
僕は人間根性の悲哀をまづ信じてゐる。
僕は諸君がまことある戦場をもとめ
諸君の屍をさらさうとしてゐる焔の心を信じたい。
僕は往き交ふ一人一人に手をさしのべ
その手を握りしめたい衝動にかられる。
僕は人類の嗚咽人間の慟哭を信じたい。
僕の靴音が和はせ僕の靴音に集つてくる靴音
たしかに僕に近づいてくる靴音だ。
腐り形失はうとしながらも美しさと
その放つ香りで危く姿たもつてゐる時の林檎は
林檎の時間のうち最も美しく香りだかい。
生命をかけた林檎の汚れだ。
僕の生命のしるしである人よ
僕はあなたに汚れるほど美しい
そしてあなたは僕に汚れるほど美しい
人間が昔も今も汚れるほど美しいやうに。
あなたと僕とが抱いてゐる焔
抱き合ふことによつて燃える焔
かつて人類が詞しなかつた詞を
姿しなかつた姿を燃えて燃える焔。
息をのみどちらからともなくさつと頬を寄せ合ふ。
凝と視つめて思ひとどまる。
よごれつくし形あるものの凡てを失ひ
永遠といふものあれば
それを燃えるであらう二人の焔。


【涙】

今日の僕とあなた午前八時。
あなたはもまれながら電車を降りるいつもの駅
僕は麦畑のかたすみであぐらをかいてゐる。
奇妙な時間がありますね。
緑の海の谷底の麦畑きりぎりすの声が近い。
松の木なみに芽に陽があたつてゐる。
ひどくたのしげに小鳥が啼いて翔ぶ。
人間の世界で僕はあんなよろこびの叫びを聴いた記憶がない。
それよりもこのじーんといふ虫の音のいつぱいなこと。
この虫は地の中でか表でか年がら年中
地が生きてゐることをつたへる役目のやうに
夜昼のさかひなく啼いてゐる。
僕に映つてゐるといつたらいいか
映つてはゐないといつたらいいかわからない世界です。
音でなく形でなく色彩でなくそうぜんとして
あることだけはたしかな世界。
麦の針に逆光で蝶がとまつてゆれてゐる。
針は虚空に直かにささり
僕の見てゐる前でどがつてゐる。
その営みの限りがわからない。
明日の午後八時少し過ぎを考へよう。
明日は来るだらう。
昨日のやうに僕とあなたとは別れるだらう。
お互の目がお互を失ふむざんな
一瞬よりも短い時間があるだらう。
多くの人が死に多くの人が生まれ
そうぜんたる慾情の模様のなかで
僕とあなたは会ふだらう。
僕とあなたとは宇宙大円環の一点で
なんといふよろこびをすることだ。
そうぜんたるなかに僕が生きてをり
どこかであなたも生きてゐる。
どんな姿でどんな心であなたが生き僕が生きてゐるかわからない
しかもある時々刻々。
僕はそのよろこびとかなしみに
僕が感じた光のなかの光の穴に
あやふく墜ちこまうとする。
そしてこれも光のふちにつかまつて僕は
ふんばり姿勢をととのへる。
胸をどきつかせて光といふものを見る。
二人には昨日も明日もなくなる。
二人にしかない現実がのこる。
朝露でびたびたの
もう雲雀のさへづつてゐる平田橋の見える
新川の堤防。
リヤカーやトラックや鎌をもつた人の通るのが見え
見えはしないがいろんな音が聴えてゐる。
緑やそれらのかげで掌を切る葦の緑。
緑の露に二人は濡れる。
草原にあをむいてあなたは泣く。
泣くあなたを僕はだまつて見てゐる。
よろこびでも安心でもないが
僕は死ねるぞと思ふ。
愛する人よ涙だけはよしてください。
涙の罪業を見とどけてから僕はもう十年にもなる。
今はもう涙にたよりすがる余地のないところへ僕は来てゐる。
泣いたあとの残るもののない爽やかさ。
 時には冬暖かく夏は涼しい。
それも僕は知らないではないが涙は
死ぬまでかうしてまつくらな坑道を掘りつづけなければならない
僕の手をにぶらせるのだ。
生物であらうとする僕を人間へつれもどす。
どこへも行かずじまひにしてしまふ。
涙といふものを僕は人類の歴史にかけて知つてゐる。
涙で死ぬのはいやだ。
あなたは両手で顔をおさへ肩をふるはせまいとしてゐる。
僕に背をむけ泣くあなた。
抱擁のうち腕のなか
あなたは唇をむすばずまとも僕を見あげてゐる。
あとからあとから涙の玉があふれてくる。
大きな美しい涙の玉が僕を見入つてゐる。
僕はあなたの胸に顔をうめる。
なんにも見えなくなつた。
あなたにうめた僕にあなたがつたはるだけ。
厖大な宇宙の生命が二人の抱擁をつつんでしまふ。
こんな空虚は僕はいやだ。
毛虫の這つたそのあとのわからなくなつてしまふやうな
そんな空虚な時間はなくしませう。
なぜこんなことをしなければならないでせうとあなたはいつもいふ。
僕はそのたびにあなたのたづねたとほりを僕の返事のことばにする。
死ねるぞと思はずつぶやきの出るやうな時間
そんな時間を僕からなくしたい。
燕には燕の鬼薊には鬼薊の営みがある。
そのおのおのの営みに見えてゐる孤独。
口をすすぎたばこに火をつけ熱いお茶を前におき朝の光を眺め
臓の腑の生理に美を感ずる。
人間はたつた一人になるとなにを考へる。
僕は毛虫を見る。
のたうつ毛虫を見つめながら
なほも火をさしつけてゐる。
誰もゐないところで自分の生命を見る僕の術。
そうぜんとむらがる生命の宇宙にあなたと樸。
あなたと僕が生きてゐる。
一つの孤独にプラス一つの孤独
それが人間生命をただよふ僕とあなたの限界であらうか。
ほんたうにさうであらうか。
あなたは
そのままさうしてゐて
涙の底から僕を見ないで


【あなたから僕に帰る道はない】

人間が蛆に見える。
原子爆弾を抱かない目でこれを眺めることはむづかしい。
かなり高い空中から撮つた大都市の写真を眺めてゐる。
僕の抱いた人類の営みを
僕に眺めさせてゐるものはなんだらう。
お互がお互を見ず
言ひかへれば視線の対象がなく
声もとどかず
思ひだけがあつてお互を確かめてゐる。
この一つの安定はひどく悲しい。
来るかも知れない来ないかも知れない。
厖大な雑音と騒音のなかからたつた一つのもの。
あなたの跫音が近づくのを待つてゐる
見つめてゐる。
見つめてゐるものはあなたでも
僕の前僕の目にはいるものでもない。
この場合自分の胸を
自分で割り破る方法は僕にはない。
背ろをふり向けばもう僕は僕に帰らないであらう。
植物がある。
動物がをる。
あなたがゐる。
夜も昼もある地上の眺め。
あなたがゐなければこの風景はない。
あなたはゐなければならない。
生き死ににかかわることで
光や空気に関する問題をもはや離れてゐる。
あなたから帰る道はない。
心といふ言葉もない。
僕とあなたにあるものは
僕とあなたとがこの地上に在ることによつてのみ考へられるものなのだ。
なにか知らそれはあるものだ。
それには名称がない。
それは永久に名称せられないであらう。
太陽は凄い焔を渦巻かせて燃えてゐる。
地球は飴玉のやうに小さく
しかも自らの光はなく
宙におかれてある。
僕は淋しくない。
草木いちやうに天に向つてゐるのに人間だけがさうではない。
郊外電車は数分毎にがらがらとはいつて来て
またがらがらとこの地下ホームを去つていく。
風景を出て風景にはいるのだ。
僕は目を開けたまま鞄をかけたまま片手に夕刊をつかんだまま
すべりこんで来た一つの電車に僕を投げる。
連結機の上の辺の鉄板に頭をたたきつけるだらう。
それは一瞬のことで
あとは生命の営みが失はれ
ただ肉体の自然現象のみが僕にのこるであらう。
ポケットのなかにはほこりと脂汗にくずれた皺くちやの十円札など
生命のないものたち。
弁当筐は洗つてあるが
靴は踏まれたまま
胸の抱きは抱いたまま
自らを破壊する。
この行為またあなたへの愛情であるとすれば
僕は僕の死を嘲けらないでいいであらう。
人間を愛することをわきまへた者と思つてさしつかへなからう。
確信をもつてこれだと叫び得るもの
僕が人間に視すゑてゐるもの
今僕が渡つてゐる人間の綱を
安全剃刀の刃でこつそり切るなんてことはしないで欲しい。
真赤に焼けたフライパンの上に
一適の水を落しなさい。
それは地球に訣別せんことを念願する者の
行為ではないはず。
ああもう僕には
あなたから僕に帰る道はない。


【飛沫】

終る眺め
終らぬ眺め。
コルトーの荘重なる変奏曲の
跡方を見せず
ほこりはわーんと喚いてゐる。
夜から昼へ昼から夜へ
もがき出す人間
人間は情を発して美しくなる。
人間の美しさは
だからのべつまくなしなんだ。
俺は抱く。
生き死にのさなかで
ぎゆーつと俺を抱くためにだ。
人間が性をむき出した
この陸地でだ。
俺は試みに訊いてやつた。
人間と人間のつながりがもとで
そんなに君は笑ふのかと
俺は言つてやつた。
すり減らされて
俺が居ることは
俺のつらが
君に向けられるより仕方のない
ためではないと。
俺は気がついた。
俺のでない闇は
生きものの集りに過ぎないことに。
抱きをといて
それが俺にわかつたのだ。
人間にしか通用しないで
俺は立つて居る。
誰がゐなくても
俺一人で笑へるとして
その笑ひが俺のメカニズムを
きしませてゐるといふことは
人類の終焉に対する
俺の仮説を
くつがへさないこととちがはない。
俺は無限とつらつき合はせて居る。
小便は
闇の艶に没し
地球にはねかへつてゐる。
睾丸の裏が再軍備につながり
どしや降りの闇を
電信柱がゆれてゐる。
メスの跡が骨の髄に及ぶとも
笑ふ部分を
俺は刳(えぐ)つてとらう。
電信柱がなかなか腐らないのは
風が吹いてこいつがゆれて
檜なら檜の生命を
こいつがよびさますからではない。
かたつ方の脇に傘
かつた方の脇に交織の風呂敷。
ずぼんの釦の
ありつたけを俺は外した。
今日も今日の酒は歇(や)まず
電信柱を額でうけて
宇宙の闇に
さかとんぼり。
またしても俺は立小便を始めるのだ。
どしや降りの夜の闇
はねかへる飛沫。


【波は波】

人間に関することなんだが
人間が精神といふものの為体(ていたらく)を 
あばき得る時とあばき得ない時とがある。
朝郊外電車を降りてホームの
溜り水を避けた瞬間
このことに気づいた。
今日またこれは
めんどうなことになるわいと
あたりを見まはした。
疾つて停つて降りて歩いて
さびしく見まはして
さて人生は鰮(いわし)か三摩か
問題は歩くことをとにかく一応ここで
やめてみるだんどりとなる。
歩くことをやめてみるのは今まで
わーんといつていた空気が
ぴたりと騒ぎをやめるのが
面白いからではない。
また飯や女にかゝはることでも
一念あつてのことでもない。
何かを見てをつて
急ぎ脚になつて見
ゆつくり脚になつて見
ゆつくりになつたり急いだりする
その途中でも見る。
目を開けてをることは
見てをることになるようだが
憎むもののみを数とせず
愛するもののみを見方とせず
せつぱつまつてはしがみつき
せつぱつまつてははなす。
放射能があろうとなかろうと
波は波
迷惑がるやつは生命だけだ。
生命にとつて代る生命もまた
あろうじやないか。
現に奄美大島には
奄美大島でなければならない
百貨店には
百貨店でなければならない
渇きといふものがあり
生命あるものが均しく生命あるものを
渇いてをるだけ。
こればかりはまともに育つた
生き物の性が荒びてをる。
心中の汚職の交通事故の野球の
倒産の記事のひしめいた
新聞紙には新聞紙の行く末があり
明けには明けの別れが
暮れには暮れの別れがある。
おまへさんがあつしに靠れているのか
あつしがおまへさんに靠れているのか
かうして立ちどまつて
地球と人間の裂け目を
いつしよくたに意識する。
もろはだ脱ぎ
時にす裸かになり
時所なく飛びこんで
血だらけに
たゞ血だらけになりたいと
歯ぎしりする。
人間の初めから
手をかへ品をかへた精神を
きまりきつた関係に
皆はいつたいどうをさめてをるのか。
男の旨に女が顔をうめて
じつにまあこの女と男女と男。
肉体をさか削りにし
精神をさか削りにして
なほかつある人間の言葉なんだから
人間の云ふことには
一応傾けなければなるまいが
ほんとうでもうそでもなく
こゝまで来た。
いゝんだよこゝまで来りやあ。
日に背を向けて人間は育ち
花は散り花は咲く。
艶めき競ふ人間といふ性の器。
誰がゐなくつてもさしつかへない
この人間の真つ昼間。


【雲】

地球の造成に
人間は参加していない。
この事実についての人間の知識が
どんな風に  人間の染みになっているか。
人間
酒を
(の)めば酒を喝んだ人間であり
君八木橋と僕小池は現に
その酒を喝んでいる。
重曹を苦にして  胃の薬を飲むことにも
神が
最後まで登場しないということにも
背負はなければないですむ。
過去とか人間のひしめきとか
そうした特定なものを対象としてではなく
いつさいを根こそぎにしたいと念願する
たつた今の僕というもの。
ふんどしも何もせず
気候風土といつた条件だけで  獅子や虎は歩いているか。
撫でるでたりず
捩ぢあげている指は君の指で
捩ぢあげられている顎は  僕の顎だ。
君が僕を見る時僕が君を見る時
君と僕は目をあける。
生命という  なだれの瞬前にある空しい存在を
目をつむらないで見るわけだ。
無智に過ぎて
人間が騒音をなさないことと
人間の数が雑草の数より少いこととで
不渡手形と優越慾と民族と水素爆弾との
地上風景も
美しいとはいえない。
人間は地球の表面を  歩いてみる。
枝葉末節以外にはとらわれるものなく
心もち大股に
つーんとして人間が歩いてみる方向に
何があるかを口にするな。
君がいなければ僕はいない。
僕がいなければ君はいない。
人類世界の君と僕の
血の気ばかりのこの孤独。
天の奥に青をのこさず
雲は雲に  音を見せない。


【うつろ】

ちよつとしたことで
腐りの現われるような精神には別れ
肉体だけの一人身になつて
などとぐちは云わず
脚は歩いておる。
七十年八十年はまだしも
百年とつづく脚は稀であろう。
マスプロだのオートメだのと
この後何年歩いてみることになるか
わかつたことではないが
こつちのものをあつちへやり
あちらのものをこちらへうつすに過ぎない
二十世紀文明を
歩るかなければならない脚だ。
行くというだけで
行きつくところとてなく
歩るかなければならない脚だ。
撫でてやれ。
女がその美しいと言う手で
その美しいという脚に
あまえるようにではなく
撫でさすつてやりたまへ。
どうなることやら
人間のことはもうおれの手にはおえない。
ただ生きものである証拠だけは
人間に残しておきたい。
とはいつたい何に対して云い
誰様に向つてたのむ言葉だ。
人間の隣りには人間がおると云い
そしてその人間と人間との間に見えておるものまた
たしかに人間であると云う。
それだのに生ま傷を負わせてみなければ
それとわからないような
人間の精神と肉体。
畳を没し机をひたし
見る見る渦まきあがつて来る濁水。
ラジオに懐中電灯に油虫に
ぜに金にいのちに
おれの恐怖が
つぎつぎにおれから奪いとつたもの。
おれから最後に失なわれていつた記憶は
さて何であつたか。
くら闇にくら闇を圧し倒して来る
この大襲来の
瞬間らしきものの連続にあつて
在るものは前後も美醜もない
本能にまでさかのぼつた戦慄だけだ。
日本の貧困と秒速五十米の台風との
まつくらの濁水に呑まれまいと
もだえることがすべてである現実。
闇よりも風よりも水よりも多い
人間本能というやつが
いつきよに集めることのできる物量を
受けて立つ言葉はおれにはない。
襲来と襲来の間を縫つて
聞こえて来る虫の音。
目をつむり闇にうずくまつたおれの
手の指の触覚がさぐり当てた
人生五十年の足の爪の固さ。
生きることはうたなければならないあだ仇の数を加えることとして
何を考えることが人間であることか。
A介が買うかB一郎が買うか
誰が買つても構わないという自由の
商業文明と天然自然というものの間にあつての
人間の孤独の色艶。
裏がえして見てもエフは
赤地に白でワレモノ注意。
身じろげばすなわち立つほこり。
さし込んだ陽に群らがる
ほこりの静けさ。
おれは拒ばまない
来るというおまえを。
しかしおれに来るもの
岩を笑わせてから来るがいい。
血の色を見なくても
その肩から背にかけての怒りを見れば
今猫の舐めておるものの正体はわかる。
コンクリートに咲いておる
クロバーの花の白。
草は土があるから根をはるのではない。
草はその根で土を集め
これを養い暖たためるのだ。
伊勢湾台風で泥水に呑まれた死体の掌は
木つ端かぼろきれか藁か
とにかく何かをつかんでおつたという。
生まれたばかりの赤ん坊を含めて
百年経つたら
今地球を動いておるおよその人間が
死んでしまうだろう。
税金を食うやつ税金に食われるやつ。
地球二十数億の人間は
その掌のつかんでおる現実のなか身を
その目でたしかめたことがあるか。
人間の今日現在の営みをおれは
ほんとうに人間おれの
考えの拠り所としてしまつていいのか。
今日おれは
百万の人間を見とどけようと思つて
街に出た。
人相が変つてしまうほど疲れた。
九九九九九九人の人間しか見られなかつた。
百万を千万と千万を億万と
単位を変えて見ても同じことだが
たつた一人その億万のなかにははいらない人間。
その一人のおまえだけが
美しい。
手のひらで顔を拭いなおして
おまえを眺める。
美しいというのはおかしいかもしれない。
とにかくたつた一人の
人間おまえの方へ
おれの心はにじり寄つていくのだ。
かみ形靴の減りぐあい。
身のうつろ心のうつろ
その一人の人間とはいつたい
何者なのだ。
カロリーだけでは生きられない
人間を背負い
たずね歩るき倒れ込んでいく人間に
きざみ深く刻まれておるもの。
人間に近づいてくる人間と
人間を遠のいていく人間。
文字盤のない時計を眺めておる目と
文字盤のある時計を眺めておる目。
その二つの目の間にあるちがいを
おれは口にしていいか。
口にしてしまつたおれは
日本民族のアジヤ人の有色人の
そのさきの人類にはさまつた
時空厖大のうちの
一個の人間として存在し
つづけることができるか。