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小林愛雄

こばやしあいゆう(1881-1945)

東京生まれ。本名‘ちかお’。‘よしお’とも。1907年、東大英文科卒。教職につき常磐松高女校長、早稲田実業校
長等を歴任した。1909年、反自然主義の文芸革新会に参加。「帝国文学」や「明星」に、上田敏・蒲原有明・薄田泣
菫らと同系の詩風を持つ象徴詩や、ブラウニングなどの英国詩人の翻訳などを発表した。代表作としては、詩集『管
弦』が挙げられる。 /「日本現代詩辞典」より詩人であり早稲田実業の校長でもあった人物。東京出身。日本で初
めてのオペラ創立に尽力した一人で「ファウスト」「天国と地獄」ほか賛美歌など多くの訳詞をこなした。特に「ボ
ッカチオ」の中の「恋はやさし」は広く歌われた作品。雑誌『音楽と文学』を創刊し、日本作歌者協会を設立するな
ど、多方面で活躍した。/「
d-score」より


詩集『管弦』より


「管の巻」

 [一の曲]より


【蜜蜂】

うすもの被衣靄のうちに
紫雲の帶は千襞に
夜の戸たゝく朝姫、
響に蜂の瞼あきて
あかき玉環の朝はあけぬ。

されば死の室夜は亡せて
日影も長にはろやかに
間廣の空はうたに溶け
小蜂は芝をすぢかひに
ゆきにもどりに唄さはに。

あまき眞夏の白日路に
彩野うつゝの花戀の
たゝわれとなき接吻に、
天上こゝにうまし世と
讃歌湧きわく花の坐よ。

蕋は炎の舌に燃え
もえてはうまき蜜の香の
群集の蜂のあふれ笑、
虫おどろかす管弦の
音ともこりてや眞晝丘。

照る日に丘は束の間を
永遠の世といまうたよぶに
垂死の花もあふれ笑み
笑むに招くに一の列
さらばと蜂はまた花に。

 [二の曲]より

【海の響】

頬もあか/\と瑠璃の海や
戀しりそむる夕輝に
銀櫛かゝる小原が丘
夢とあはさ、夢よりも。

遠つ海は藍に溶けて
白き舞踏、渚むれぬ、
樹の間にゆるゝ腕ひくう
水泡としろさ、泡よりも。

 (折しもはるか海の響
  誰そ獨唱の波にのりて)

『戀は海の呼吸をふるひ
磯も碎けと海角にあたる
われはその戀、
破れては天空を地獄に
あゝ、奇しき終焉かな』

 (折しもまたも海の響
  誰そ獨唱の雲にのりて)

『戀は光明、暗黒を照らし
生ける花を胸にさゝぐ
われはその戀、
美しさは、地獄を天空に
あゝ、奇しき生命よ』

魘はれ燕春を鳴いて
歡樂を哀歌に誦むと、
ひとりは戀の終焉を夢み
地獄の痛苦、地獄よりも。

純白の羊草苑の花に
接吻を永久に與ると
ひとりは戀の生命夢み
天空とほがら、天空よりも。

 (折しもかなた海の響
  誰そや合掌の雲の浪に)

『戀は夢よ、覺むるならひ、
さはれとはに追懷の
われはその夢、
よし戀人は亡せぬとも
戀の夢追ひゆかむ、
よし、海は天空となれ、
たゝ夢を、たゝ夢を』。


【寂音】

深海沈む夜の秋や、
秋は樹ぶかに藍を溶く
月光の草逕!
葉陰洩る森の香を
身に浴びて若き女の、
草ふむもそことなく。

かげ瓔珞の森苑や、
飄遊びとのみだれ音に
たゆたふ哀歌!
音は遠にはた遠に、
はて消えぬ、若き女は、
花床のまどろみに。

聞けば、管鳴る、舞の音に、
天降りし、見れば、嫦娥の
天の私語、
「月里の寂寞に
人の頬の美しさに、
地を忍び忍び來ぬ。」

雲井の秋を長想の
侘の少女は、はやかりに
わなゝく高音――
「たかき界のまどかさに、
靈郷の清浄さに、
天馳けむわが願。」

「理想は海波の琴に駕り
八重潮はてな雲と行く
これやこの戀」――
誰が聲か胸を衝く、
時しもや嫦娥消えて、
あまき香の薫ずるに。

栗殻色の髪浮くがごと、
長夜の寂のひた/\と
潮たゆたひ――
夢さめぬ、月落ちぬ、
婆娑と鳴る破壞の葉の
森わたる風暗き。


 [三の曲]より

【尼寺】

わたつみの底に似し
僧院ふかき夜に
忍び音の比丘尼や、

その夜より讀經の
たえしまゝ秋もゆく、
煤けたる如來や。

丘にたつ人は伏見の
見つむれど黒影ばかり、
せめて明日暴風ともなれと、
弱き身の波立つおもひ。

靜かにも夜はふけてゆく、
古りし日の愛音低く
遠き音の息ひをまたず
あゝ丘よ涙はうごく。


【山間】

あらくれし巌男の
なかをゆく河姫
よき顔をさらせば
やらじとて大岩、
せまられて河姫、
紅き頬のうしほに
のがれては流るゝ。


【罪の音】

そゞろ夜の物狂ひ
えたへじと指觸るゝ
わが琴のおそはれ
いみじ音に波うつ、
過ぎし日の罪なくば
かばかりの音はいでじ。